彼方より
016
眠っている間の二人の会話
「ハルが完全に心を開いてくれない」
それはイヴァンの声だった。
俺はベッドで疲れ切って寝ていて、その直前はもちろんセックスに興じていたわけだ。
さすがに二人を相手にすると俺が先に力尽きてしまうので、体力や性欲を持て余しているはずの二人はまだ眠れないでいるようだった。
俺は夢うつつのままで耳に入る言葉を聞いていた。
そこにイヴァンとレギオンの会話が聞こえてきた。
「はあ?」
レギオンが急にイヴァンの言うことに驚いているようだった。
「だからハルが心を許してくれない」
イヴァンは繰り返すそう言うとレギオンがふうっと溜め息を吐いている。
「仕方ねえよ、俺らみたいに長い時間一緒にいたわけでもない。たった二ヶ月だ。それで人を信じようってのは無理だろう」
レギオンは俺が心を開かないことはおかしいことではないと言う。
「俺はハルが好きだ」
イヴァンがそう言い、更に熱弁する。
「二ヶ月だけど、ハルを可愛いと思うし、愛しいと思う。いつでも抱いていたいし側にいたい。離れたら心配だし、レギオンにしか任せられないくらいに思ってる」
ぶっ……!
お前、そこにレギオンが入るのか!
くっそ面白いなイヴァン。
どれだけレギオンを信用してんだか。
そう言われたレギオンはちょっと笑っている。
そこまではっきりと信用していると言われ続けてずっと一緒にいるのだろう。だからイヴァンがどこまでレギオンを信用しているのか試している部分もあるだろうな。
例えば、俺に手を出してもイヴァンは怒らないのかとかさ。
まあイヴァンはレギオンなら信用しているから共有すること自体に嫌だとは言わないし、寧ろそうした方がレギオンとも一緒にいられると思っているよう。
こいつらが60年も一緒にいて、どっちも結婚とかしてないのも恐らくその共有のせいかもしれないな。
女性だったら二人に共有されるとそれなりに我が儘になるだろうし、イヴァンの純情を揶揄うようなことをするかもしれない。
でもレギオンはそうして人を篩に掛けてきたはずだ。
俺の時もきっとイヴァンが本当に怒ったとしたら、俺を寝取ったレギオンではなく俺を怒っただろう。
俺のことよりもきっとレギオンの方を取るのは分かっていた。
だからこそ、俺はレギオンと寝ることにそこまでの抵抗はなかった。
それでイヴァンが去ってくれるならそれでいいと思っていたから。
俺はイヴァンの思いに応えられるほどの情熱を持っていないから。
そう思っているとレギオンが言った。
「そこはハルが一番だと言え。それじゃ俺が一番だって言ってるようなもんだぞ。お前はそういうところで振られてきたんだから」
レギオンがそう言っているけど、イヴァンは言った。
「違うよ。俺が他の人と別れてきたのは、あいつらはレギオンのことも馬鹿にしていたからで……。でもハルは違った」
「どう違うっていうんだ? お前が出かけている時に俺が迫ったとはいえ、俺と平気で寝て、平気で同棲するようなやつだぞ?」
そう言われたら俺は結構酷いよな。
ちょっと俺もどうかと思えてきた。
自分で言うのもなんだがな。
「でもそう言うときはいつもお前と俺を一緒に愛そうとして、どっちも愛しているとかどっちも好きだからとか、そういう言い訳始めるだろ?」
「まあそういうだろうな。そうなって欲しいんだろ?」
「そうだけど、そうじゃない。ハルはレギオンと寝ることには躊躇ないけど、レギオンを愛しているとか好きだとか言わない。欲しいのはそのペニスだけだよ」
イヴァンがそう言うので俺はかなり酷いヤツに映っているんだなと思えた。
こう聞くと結構酷いな俺。本当のくそ野郎じゃないか。
というか完全にビッチやん。
いや淫乱の称号あるし、色情狂だからしょうがないんだけどさ。
「それはそれで酷いな」
レギオンがそう言うと、俺もそれに賛同したよ。
「でも酷くはない。俺のことは意識しているし、レギオンとの距離はちゃんと取ってる。二人でいてもレギオンじゃなくて俺を選んでくれる。優しいから俺をちゃんと選んでくれる」
イヴァンはそう言う。
俺はまあ子犬のような目で見つめられるからイヴァンを放っておけなくて選んでしまうだけなのだけど、それはイヴァンにとっては好印象だったらしい。
思わぬ誤算だな。
「こういう時、いつも平等に俺らを扱おうとして半々にされるだろ? 俺はもっと構って欲しいのに、構って貰えないし、レギオンは一人でいたいときにも邪魔されて大変だっただろ?」
イヴァンはレギオンのことをよく分かっているのだなと俺は思った。
レギオンもまた恋愛音痴で、人のことを深く愛せないのだ。一人だけと決めることができず、イヴァンの相手にすら、もしこの人が運命の人なら奪おうと思うくらいには恋愛音痴なのだ。
イヴァンはそうしているレギオンを許していて分かっているのだ。
レギオンはそうしないと人と深く関わらないし、人を見ようとはしないのだ。
娼館だのその場限りだの、そうした関係しか結ばないのだ。
そうして人との距離を取り、安全圏に自分をおくのだ。
そうすれば傷つく事なんてないから。
まるで俺みたいな考えで、俺とは違う距離の取り方だ。
俺は受け入れはするけれど、心はやれない方だから。
「まあそれはな。俺は、人を愛するとか分からねえからな。愛情を貰ってないからそれがどんなものなのかも分からない。お前しか背中を任せられないしな」
こいつら相思相愛なんじゃね?
俺はそう思った。
どうせなら付き合っちゃえばいいのにな。
なんでこんなところで間に俺を挟んじゃってんのよ?
「でも仕方ないよな。俺らは互いに背中は任せられるけど、俺がお前に突っ込むとかありえないし」
「ないわ、それはない」
二人はそう言ってお互いが付き合う方向にならない理由を言った。
そうこいつらはお互いにセックスの時に攻める方だから入れられる方になりたくないのだ。こればかりは譲れないとどっちも拒否し続けていることらしい。
60年間そうしてきたからこそ、あり得ないのだという。
「想像しただけで吐きそうだ」
そう言い合い、お互いに気持ち悪いものにでも接触したかのように何でか俺の頭とか体とか触り始めた。
「こう柔らかくないとな……」
「それは同感だ」
こいつら、本当にどういうことなんだよ!
お互いに抱き合うのはいやだけど、お互いの相手を共有するのはオッケーとか概念とか倫理観とかどうなってんのよ!
訳分からんな、本当に!
「レギオンはいつも相手に興味はないけど、一緒に住むくらいにはハルに興味が湧いているよな?」
イヴァンはいつもとレギオンが違うと言うのだ。
「そりゃ……こいつの称号のせいだろう」
それはあると思います!
俺もレギオンの言い訳には賛同した。
「違う。レギオンはそう思っているなら、一緒には住まなくていいはずだ。離れている間に死なれたら嫌だと思うくらいに、ハルのことは大事に思ってる。これは凄く珍しいことだぞ」
イヴァンはそう言う。
俺はそうなのか?と思っているとレギオンは観念したように溜め息を吐いた。
「お前は誤魔化せないからな」
認めたのか……嘘だろ?
たった一ヶ月くらい一緒にいるだけで、レギオンもどうかしてるぞ?
「だろ? 俺たちにはハルの称号とかは切っ掛けに過ぎないんだ。ハルを大事に思う気持ちは絶対、嘘じゃない。俺はハルを好きだし、ずっと一緒にいたいと思っている。でもそれはレギオンも一緒じゃないとダメだ」
そう言われてレギオンは暫く黙っていたけれど、イヴァンの思いが本気であることは分かっているようだ。
ここまでイヴァンがはっきりとレギオンの思いを確かめたのは初めてなのかもしれない。
これまではイヴァンから人を引き入れてもレギオンが拒否するとイヴァンから別れているのだろうな。
俺の何がそんなに……というか聖女だからまあ、そこは引っかかる部分はあるんだろうけども、俺に二人に情が湧いているように、イヴァンにもレギオンにも俺に対しての情があるのかもしれない。
「分かったから、もうお前はしょうがないな。ハルがそこまでいいのも分かったし、俺が一緒にいなきゃ寂しいのも分かったって……仕方ねえな本当に」
そう言うレギオンの声が弾んでいるのは嬉しいからだろうな。
どこまでもイヴァンと一緒にいたいんだろうな。
だから共有する相手には平等でありながら、距離もちゃんと見られる人でないと駄目なのだろう。
というか、イヴァンがここまで押すのが俺ってのが問題だよな。
そこは聖女だから大事にしようとか、聖女だから気持ちが引き摺られているとか、そういう明確に称号のせいだって言われた方が俺はちょっと楽かもしれないな。
ここまで二人の強い思いを持って、俺が二人を愛せるかと言われたら俺にはできないと答えるしかないのだ。
俺は自分しか大事にできない。
だって俺はまだ高校生で、十八歳になったばかりで、60年も相棒をやっている二人みたいに生きてきていない。
恋愛もしてこなかった俺に、そういう思いはきっと百年とか凄く後にしか湧かないと思う。
だから他を選んでくれた方がきっとこいつら的にも楽かもしれない。
そう思っているとレギオンが言った。
「それでハルが心を開いてくれないって話だったな」
おっと最初に戻ったぞ。
レギオンはちょっと恥ずかしかったのか、話を俺の話に戻した。
「そう、ハルは体は簡単に開いてくれるけど、心は全然なんだ。今まで優しくしたら俺のことを好きになってくれる人はちゃんと俺を好きだって言ってくれた。でもハルは俺がそう言っても笑うだけで、全然靡いてくれない」
まあな、靡くも何も好きって気持ちがないしな。
お前ら俺を襲っておいて押しかけてきておいて、好きになって貰えるってどんだけ自分の行動と顔と体に自信があんだよ!
「今までお前が選んだやつがどっちかというと速攻でお前に堕ちていたよな。俺はそれを摘まんだだけだけど。摘まんだ相手がここまでそういうことを言わないで堂々として俺らの間で寝てるやつは初めてだからな」
「そういえばそうだな……」
イヴァンもいつもと違うと感じたのか、俺の方を見ている気がする。
そして案の定俺の頬を撫でている。
優しい撫で方だから俺はちょっと気分はいい。
結局俺もだけど、人に優しくされたら情は湧くんだよ。
俺はこいつらに優しくしてないけど、こいつら的にはいい感じなんだろうな。
ここは寧ろあんまり突き詰めないで好きにやってみればいいんじゃないかな。
俺もこいつらのことあんまり知らないし、こいつらも俺のことはあんまり知らないんだ。
「ハルは大物だな。聖女だからとかそういうのは関係なく、ハルは俺らのことをちゃんと見て扱ってくれている。俺が構ってなのも知っているし、レギオンが甘いのが苦手なのも知ってる。俺らの扱いを最初から間違えなかった人だよ」
イヴァンが何だか嬉しそうにそう言っている。
いや割りと適当に扱っただけだけどな。
それで正解とかお前ら何なの?
モテすぎておかしくなっちゃったの?
そういうことなの?
俺としては適当だったんだけども!
「レギオンも一月一緒に暮らしても出て行こうとしてないし……」
「そりゃまあ、居心地は悪くないからな。放っておいて欲しいときは放っておいてくれるし、出かけても何処行くとか何処行ってたとか五月蠅く言わないし。寧ろそこまで俺に興味がないみたいで、ちょっともうちょっと興味持てよとは思うが……」
レギオンがそう言う。
レギオンは本当に面倒臭い性格してやがる。
構い過ぎと邪魔扱いしてくるくせに構わないでいたら興味持てとか言い出すし、こいつ本当に面倒だ。
でも一番面倒なのはイヴァンだろうな。
放っておいたら拗ねるし、構ってやってももっと構えと言うし。
レギオンよりも構ってやらないと愛されてないと言って別れようとするし。
かといってレギオンよりも大事にするとそれはそれでレギオンを大事にしてないと切れるし。
どうしろって思うほどに面倒臭い。
基本的にイヴァンは自分を一番にと言いながらもレギオンを一番に大事にしないような人には心を閉ざしてしまうんだよな。
そりゃ恋人ができるわけないじゃん!!
その二人の間に俺を挟んで、好きになってくれとか無茶過ぎるだろう!?
「じゃあ、レギオン。ハルのこと好きだよね?」
「ああ、認めるよ。こいつのことは好きだよ」
レギオンがとうとう折れた。
イヴァンの誘導に引っかかって、結局俺を好きだって認めた。
「それなら俺らにハルが惚れてくれたら全部いいってことだよな?」
イヴァンが無茶苦茶を言う。
結局俺が好きとか嫌いとか言ってお前らとの距離とか色々考えないといけないやつじゃん!
俺が一番気を使うやつやん!
「惚れさせてやればいい。俺らから離れられないようにすればいいんだよ」
「そうだよな」
イヴァンの声が明るい。
どうやら俺が二人に惚れたと言うまで俺はこの二人に口説かれ続けるらしい。
結局、俺が最後に答えを出すしかないわけか。
恋愛って、本当、興味がない俺が答えを出すしかないわけか。
かといってここでお断りしますって言って別れようとしても、イヴァンが納得を絶対にしないやつだろ!?
俺はこの二人に堕ちて、そこで初めて二人が本当に俺を選ぶのかどうかってことなんだろう!
ああもう、本当に間とか恋は面倒臭いな!
あ、ナビゲーションの声がする。
【名前】ハル
【称号】聖女 8 淫乱 18 色情狂 15
↓ ↓ ↓
【称号】聖女 9 淫乱 20 色情狂 18
全体的に上がってんな。
このままセックスを続けたら100まで上がるのかね?
そうなったら俺はどうなるんだろうな?
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