彼方より 015

抱っこで収納

 結局俺とイヴァンとレギオンは一緒に住むことになった。
「レギオンがこう言い出すと反対はできない」
 とイヴァンが言うからだ。
 俺の意見はまあないに等しいというか、レギオンをもう受け入れているのでイヴァンの気持ち次第だったんだけども、結局イヴァンもレギオンだったら仕方ないって感じだったらしい。
「まあ、よろしくな」
 レギオンはすっきりしたような顔をしてそう笑って言う。
 う……笑顔が眩しいぜ。
 さすがイケメン、顔がいいだけでこうも俺の心を乱すとは!
「ハル?」
 イヴァンが首を傾げて俺を見ている。
 こっちも相変わらずイケメンだよな。
 彫刻みたいに整った顔とか、俺みたいな平凡な顔だとイケメンの気持ちは分からんけれども、イヴァンはイケメンと言われてもあまり嬉しそうではなかったけど、レギオンは笑ってありがとうというタイプだよな。
 たぶんモテるんだろうな。それで慣れているんだろうな。
 イヴァンが帰ってきてから二日ほど俺は身動きが取れないほどだったんだけど、やっと四日目には普通に出かけられるようになった。
 イヴァンには家賃を一部返還したら、せっかくだからとノタの街から届いたばかりの肉を買い取ろうとなったんだ。
 イヴァンは自分で取った肉を持って返ってきたけれども、レギオンの分までは考えていなかったので足りないんだとか。
「あいつめちゃくちゃ食べるからな」
「へえ、そうなんだ」
 食事は各自好きな時に食べる感じにしていたから、レギオンが食べているところは見てない。俺はちょっと警戒して買ってきた物を食べていたから、一緒の食事はしていなかったんだよね。
 でもスープは寸胴を買ってきたりしていたから、最初から俺の家にイヴァンと一緒に住むつもりだったんだろうな。
「久しぶりだね」
 肉屋は露店でやってる串肉屋の大元だ。
 おじさんは夜時間の露店をやっているけれど、昼間は息子がやっているらしい。こっちの店を閉めた後に露店で串肉を売って儲けているらしい。
 なんでも温泉施設から出てくる人が露店を利用するらしくて串肉は名物なんだって。
 そりゃ美味しいよな。俺も好き。
「ノタの街から肉が入ったよな?」
 イヴァンはそう聞くと、おじさんはその肉を見せてくれた。
 肉屋には魔石を使った冷蔵庫があって、日に当たらない店の中に冷蔵されている。
 冷凍もあるらしいんだけど、それは塊で買うしかないんだって。
「オークの肉があるよ」
「三キロ貰おうか」
「はいよ」
 オークはイノシシのような顔をした二足歩行をする魔物だ。
 結構美味しくてよく街にも出てくる肉だそうで人気でよく売れる。
 俺がいつも串焼きで食べている肉はコカトリスという鳥型の魔物の肉だ。
 オーク肉はまだ食べたことはない。
 串焼きにするとちょっと値が張る銀貨五枚になるのでコカトリスの肉だったら二本買えるので俺は個数を取ってしまっていたわけだ。
 一キロで金貨一枚なので金貨三枚。
 焼き肉をしたらよく食べる人だとさくっと消えるらしい。それくらい美味いんだって。
 受け取った肉は俺の収納に仕舞ってから俺はふと思い出した。
「そういえばさ、レギオンに新しい技能が解放されたんだ」
「……新しい技能?」
「うん、収納がね」
「収納が? 技能って新しく解放されたりするのか?」
「するみたいだね。たまたま俺のこと抱えて歩いてたら収納が解放されましたってさ」
 俺がそう笑って言うとイヴァンは急に俺をレギオンと同じように抱え上げたのだ。
「こうか?」
「いや、全員が同じ条件とは限らないけれども」
 俺はそう言ってみたんだけど、イヴァンは言い返してきた。
「実験してみよう。同じ条件で発生するのかどうか」
「……え、あっ……えええ?」
 イヴァンは俺を抱えたまま歩き始めて俺は抱えられたまま五十メートルほど歩いた。
 でもイヴァンには発生しなかったようだった。
「ほら、やっぱ条件が違うんだよ」
 俺はそう結論を付けたんだけど、イヴァンは納得しなくて俺はそのまま気付いたら倍の百メートル歩いていた。
 するとそこでイヴァンは立ち止まった。
「……この声がするのがそうか……収納が解放されたと言っている」
 うっそー!?
 俺を抱えて歩くだけで収納が解放されるとかおかしいだろう!?
 しかもイヴァンとレギオンで歩く距離が違うだけで、収納という同じ技能が解放されるとか絶対におかしいんだけど!!
「マジか、でもおめでとう」
「ああ、収納は少しでもあると圧倒的に違うから助かるが……大きさと時間停止なども関係してくるから……」
「ああそうか。それって収納を使えば使うだけ、進化するから一杯入れて使えばいいよ。そうすれば容量は分からないけど、時間停止はそれで俺も解放されたよ」
 俺がそう言うとイヴァンは和やかに笑った。
「やっぱりハルは俺の聖女だ……」
「わわー……!!」
 外で聖女とか言うなし!
 俺が慌ててイヴァンの口を塞いだらその手にキスをされてしまった。
 うわあああああああ!!
 俺が焦って真っ赤な顔をしていると、イヴァンは何だか嬉しそうだった。
「君たちは仲がいいね」
 そう言われてハッとすると、そこはモルトさんの店の前だった。
 モルトさんが店から俺たちが変なことをしていたので気になって出てきたらしい。
「イヴァン、降ろして」
 俺はそう言ったらやっと降ろしてくれた。
 モルトさんは笑ってるけど、男同士がイチャイチャしていたらそりゃ目立つよな。
 さすがに身長の差から親子に見えるかもしれないけど、俺がそこまで子供ではないのは分かってしまうから変に見えたらしい。
「すみません……ちょっとふざけてました」
 俺がそう言って変なことをしててごめんなさいとモルトさんに謝った。
 モルトさんは俺がカザの街に来る時に王都レダイスから店の倉庫の荷物を収納で運ぶ仕事を請け負ったんだよね。
 それから街でちょっと見かけたら挨拶する程度だったけど、ちゃんと話をしたのはあの日以来かも。
「そういえば、セフネイア王国に引っ越す話は決まりました?」
 俺はそう話を切り出してみると、モルトさんはちょっと苦笑していた。
「実はあと少しで説得ができそうなんですよ。荷物についてはハルさんがいれば嫁入り道具も持ち出せるから、大きな問題は達成したんですけど、あとは妻の両親のことですかね……、置いて行くのもどうかと妻は心配しているようで」
 どうやらグノ王国のテジラに済んでいる奥さんの両親にもセフネイア王国へ行こうと誘っているらしいんだけど、慣れ親しんだ街を離れたくないと言っているらしいんだ。
 もちろん国の衰退は分かっているらしいんだけど、今更新しい土地で暮らすのは老人には厳しいんだとか。
「でも老人とはいえ、妻の両親は矮人族なんですよ。まだ二百年ほど生きられるんですけどね」
 そう言われてちょっと俺は笑ってしまった。
 矮人族は長生きだし、まだ五百歳くらいらしい。
「もし荷物を運ぶ人が必要でしたら、俺も手伝いますよ? テジラでは冬が明けてからになるだろうけど」
 俺がそう言うとモルトさんの顔が笑顔になった。
「ありがとうございます! 荷物全部を持って行けるかもしれないと分かったら気が変わるかもしれませんね!」
 どうやら俺でも役には立てそうだ。
 矮人族だって言うならきっとこれからもっと酷い差別などが起きるかもしれないので引っ越した方がいいに決まっている。
 モルトさん達がセフネイア王国に移動をしたら案外引っ越しに同意してくれるかもしれないしね。
 俺はセフネイア王国には行くけれど、ベルテ砂漠を越えるにはモルトさんの手を借りた方がいいからね。恩は売っておくに限るな。
 そういうわけでモルトさんと話している間にイヴァンが近所の店で料理に使う鍋やら色々買ってきたようだった。
「戻ってこられたようですね。それじゃその時はよろしくお願い致しますね」
「はい」
 イヴァンが戻ってきたので俺はモルトさんとの話を切り上げて買い物を続けた。
「俺の収納に寸胴鍋とか小さな鍋と片手鍋と揚焼鍋(フライパン)、包丁三本にお玉、菜箸、返しとか入った」
「おお、結構入ったな。レギオンは自分の鞄しか入らなかったんだよ」
「そうなのか。やはり何か関係があるか、解放時に貯まっている点数とかあるんだろうか?」
「分からないなあ。俺の周りでそれが起こっているのがイヴァンとレギオンだけだし、比べようがないんだよね」
 俺がそう言うと確かにそうだなとイヴァンも唸った。
 検証するにはどうしても人が足りない。
 かといってそれを検証するために俺が誰かに抱えられて歩く実験とかしたくない。
 もしそれが称号の聖女と関係があったりなんかすれば、自分から称号を言いふらして歩いていることになりかねない。
 できればグノ王国を出るまでは派手な行動はしない方がいいに決まっている。
 まだ大きな収納を使った仕事はしていないので、俺くらいの収納はちょっと珍しい程度だけど、王宮にはそのことを知られるわけにはいかない。
 王などが国外逃亡する時に貴金属を持って一緒に逃げるように脅されたら逃げ切れないなんてことになりかねないし、そうなったら色んな人から命を一生狙われるだろうし。
 そこまで考えて俺はとにかく早く春にならないかなと思ったのだった。


 カザの街で二ヶ月が過ぎた。
 冬が終わるまではあと二ヶ月。
 生活はやっと三人の生活が落ち着いて、俺は俺で仕事が安定している。
 仕事中はイヴァンかレギオンが常に一緒にいてくれた。
 護衛なんだけれど、二人は無償で付き添ってくれている。
 本人達曰く。
「ハルのことが心配で仕事ができない」
 とイヴァンはこう言ったし、レギオンは。
「お前を手放してむざむざ殺されるとか、絶対に嫌なんだけど」
ということらしい。
 つまり自分たちの目の届かないところで俺が殺されるのは嫌だってことらしい。
 どうも俺とのセックスが相当よいらしくて、俺から離れたくないんだって。
 俺も気持ちがいいから応じているけれど、二人相手に一日一回、週末は一日中とか盛ってるのに飽きないんだとか。
 それはそれでいいんだけど、飽きたら離れると言われている気がしてちょっと心が寂しかったな。
 もしかして俺は二人に情が湧いているのかもしれない。
 愛とか恋とか分からないけど、情なら湧くのだなと俺は自分の中にちゃんと二人に対する思いがあることに気付いた。
「ハル」
「ん、次行こうか」
 ちょっとぼうっとしていたらイヴァンが俺の手を引いてくれた。
 それに引かれて歩いて次の買い物に向かった。
 買う物はベッドの布団。毎回濡らしていたら乾かすのが大変なので防水の柔らかいやつを買おうと決めたわけだ。
 なんでもそういうものがあるらしく、レギオンが娼館で使われているのを見たことがあると言った。
 まあ、冒険者をやっていて性欲を持て余す時は、寄ってくる女とか娼館の女性とかで発散させてきたらしいけど、この国にきてから獣人とか鬼人もそうだけど、亜人はどうしても嫌われる傾向が強くて二人はなかなか発散できなかったそうだ。
 それで俺の時に暴走したってわけだ。
 それは置いておいてっと。
 布団などを売っている問屋で防水の布団を二つ買ってきた。
 防水とはいえ、さすがに入れ替えはして布団は干そう!
 そういうわけで金貨十枚が飛んだ。
 敷き布団だけで金貨五枚だよ~、高いよさすが防水加工。
 俺には収納があるので買った物はそのまま持ち帰り。
 それからついでに旅の間に使う天幕と布団も買っておいた。
 ベルテ砂漠を渡ることは確定しているので、そのための準備を徐々にしていこうってわけです。
 ちょうどイヴァンもいるし、旅に必要なものを揃えておく。
 どうせ俺には収納があるのでそのまま入れっぱなしで邪魔ではないし、重くもないのでいつ買っても変わらないわけだ。
 けれどあと二ヶ月後にイヴァンとレギオンと一緒に暮らしていて、さらにはセフネイア王国に一緒に旅に出るかと言われたら俺はまだそれを信じていない。
 何処かで飽きて家を出て行くかもしれないし、セフネイア王国には一緒に行ってもその先まで一緒かどうか分からない。
 とりあえず今できることで、二人に聞ける知識は俺は学んでおかないといけない。
 冒険者としてできることをね。
 そういうわけで一人でも大丈夫なように色々と準備をしている。
 イヴァンはそんな俺のことは分かっているみたいで、何か言いたそうにしているけれど、俺が二人を完全に信じ切れてないのは仕方ないと思っているようだった。
 だって出会ってまだ二ヶ月だよ。
 イヴァンとレギオンの二人は冒険者組織を組んでからは約60年ほど過ぎているらしくて、その長さを一緒にいるからこそ信用できて信頼して何でも話せるのかもしれないけど、俺はまだ浅いんだよね。
 もちろん俺が異世界人だと知っている二人は俺のことを大事にしてくれているけれど、それも聖女だからというのもあると俺は思っている。
 イヴァンはちょっと違うっぽいけど、レギオンは完全に俺が聖女だから抱いているに過ぎないと分かっている。
 だからレギオンが飽きてイヴァンを説得してしまったら、イヴァンはきっとレギオンの方を選ぶと俺は思っている。
 そうなっても全然不思議じゃないしね。
 だから俺は二人の間にまだ全然入れてない訳。
 そういう意味で俺は二人を信用していないんだ。
 こればかりは長い付き合いとかそういう情にモノを言うものだから俺がどうこう言えるものでもないよなって。
 ちょっとだけ二人の関係に嫉妬してるのかもしれないね。


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