彼方より
006
砂漠の街カザへ
朝起きると部屋の前にイヴァンが立っていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう。よく眠れたようだな」
そう言ってイヴァンが俺の頬を出て撫でてきた。
その瞬間俺の中にゾクリとした感覚が生まれ、それがあの性行為を思い出させてきた。
「……ふっ」
ちょっと目を瞑ってしまったらその瞬間イヴァンが俺の唇にキスを落としてきた。
触れるだけのキスだったかもしれない。
こいつ、本当に油断ならんな!
「ハルは本当にいい匂いがする……」
そう言われて俺は恥ずかしくて部屋の中に飛び込んで扉を閉めた。
あいつ本当に本当に、どうかしてる!
つか、俺は可愛くもないし、イケメンでもないし、美人でもないんだけど、あいつ聖女ってだけで俺のこと口説いてくるのな!
顔が熱くてびっくりして窓ガラスに映っている自分を見たら、思いっきり真っ赤な顔をしている自分が映っていた。
これは揶揄われたなきっと。
俺はそれで冷静になった。
それから朝ご飯を皆で食べた。
モルトさんが宿屋の高級な食べ物を傲ってくれたので遠慮なく朝から肉を食べた。いい魔物の肉らしく、柔らかくて美味しかった。
「今日から移動になります、三日間よろしくおねがいします」
モルトさんがそう言ってモルトさんの馬車に乗った。
馬車は人が乗るちゃんとした馬車で、貴族とかが乗るちゃんとした椅子のある馬車だった。
それに俺とモルトさん、イヴァンとレギオンが乗って馬車を運転する人が二人乗っている。
出発すると街道沿いに進むのでまだマシな道のりだった。
次の街であるテジラまでは丸一日かかる。
途中で王都の方を振り返って俺はホッとする。
街並みも城門も遠くになってしまうと、やっと王都レダイスから抜け出せたのだと実感できた。
二度と戻ってこないつもりだけれど、三日間それなりに試行錯誤した街だったので本当は戻ってきたいくらいには思い出もある。けれどやっぱ王族に見つかると鑑定で覗かれる可能性があるので(隠蔽も完璧ではないので)こない方がいいんだ。
途中で昼食休憩をしている間も、モルトさんには従者の人しかついてないのに、俺にはしっかりとイヴァンとレギオンさんが張り付いている。
どう考えてもおかしいけれど、周りから見れば過保護な親が子供を守っているように見えるらしい。
レギオンさんは何か言いたそうな感じで俺を見てるけど、イヴァンが必ず側にいるので何も言えないようだった。
多分言いたいことが山ほどあるけど、依頼中なので言えないのだろうな。
俺もかなり俺は怪しいと思うよ。
安宿にしかイヴァンが泊まらないことをレギオンさんは知ってるだろうし、そんな安宿の隣同士になったとか言ってる人を高級宿に泊めて監視するなんておかしいよな。
俺もおかしいと思うよ本当に。
もっと気楽に駅馬車でもよかったんじゃないかなと思うけれど、それでも馬車でモルトさんが移動することは普通にあることらしく、商売人としてカザに行くのは普通のことらしい。
二日目はトピの街までいった。トピの街はカザから入る輸入物とフルツ山の麓にあるホツの街から入る山の産物が融合して揃う場所らしい。
街は活気に溢れていたけれど、夜なので俺は宿でしっかり監禁中。
もうちょっと気楽な旅がしたいので次の依頼はもっと簡単な配達依頼にしようと心に誓ったのだった。
それでな、イヴァンのやつ。
俺の警護をしている中でやたらめった体を触る。
触れたところを撫でる撫でる。
セクハラと言われたらその通りだと言われるレベルのことを俺にしてくる。
あいつ、モルトさんにバレなきゃ俺にセクハラしても許されると思ってる!!
俺も俺で、触られたらどうしても感じてしまうのは、きっと肌を重ねたせいだ。
というか、なんであの時抵抗をしきれなかったのか分からない。
なんで気持ち良くなって抵抗らしい抵抗もできなかったのか本当に分からん!
そんなことを思っていたけれど、トピの街まで付く間に、三度も盗賊に狙われた。
イヴァンが一人残り、レギオンさんが飛び出して行って一人で盗賊を一刀両断してしまう。
レギオンさん強すぎでしょと思うくらいに戦力の差が凄い。
圧倒的に違う剣筋とか、魔法とかさ。なんなんというくらい盗賊とは違っていた。
俺が驚いているとイヴァンが教えてくれた。
「盗賊は基本的に冒険者になり損ないが堕ちる場所だ」
つまり冒険者として上手くいかないので人様の荷物や人質を取って身の代金を奪うようなことをしている。
商隊を狙うと荷が良ければそれなりにいい思いはできるだろうが、それでもそれは束の間のこと。いつか誰かに犯罪者として裁かれるしかない運命だ。
俺は盗賊には死んでもならないし、あいつらのように落ちぶれたくはない。
けれど俺に技能が一個もない状態だったら、堕ちるところまで堕ちていたかもしれないのだから、本当に城をさっさと追い出されて助かったんだけどな。
レギオンさんが盗賊を始末して、街道脇に埋めてしまうと盗賊の指紋を布に採っていた。
「あれは何してるの?」
「ああ、あれはですね。犯罪者になっている人の指紋を採っているのですよ。討伐証明といいますかね。誰が盗賊で誰がその人達を始末したのかという記録も取っているんです。有名な盗賊は指紋も残っているものがいるんですよ」
「へえ」
この世界にも指紋とかあるんだ。
まあ、冒険者証明書の不思議仕様を見れば、まあ指紋くらい登録されて共通のデーターベースとかありそうだな。
全員冒険者登録をしているだろうから、そこから割り出されているのかもしれない。
そういえば、指紋登録もしたなと俺は思い出した。
あれはそういう風にも使われるものなのだろう。
レギオンさんが全ての作業を終えて戻ってきて、三十分遅れでトピの街に到着することができた。
三日目にはやっと最終カザの街を目指す。
ここまで来ても街道沿いには盗賊が時々現れる。
他の商人が応戦していたり、それを助けたりしながら進む。
俺は駅馬車に乗っていたらきっと助けて貰えなかったんだろうなと思えたので、モルトさんの大げさ過ぎる護衛はちゃんと意味のあるものだったんだなと知った。
無知って怖いね本当。
やっぱりセフネイア王国とか他の国に行くときは商隊に混ざった方がよさそうだ。
俺は一人で無茶をしても死ぬだけだということをこの三日間で学んだのだった。
それから俺たちも無事に生き延びてカザに到着をした。
大きな城門があり、カザの街の検問を越えると街の大きさがよく分かるくらいに広かった。王都よりももしかしたら大きいのかもしれないくらいの街だった。
「おお、大きな街だね」
王都よりもずっと活気ある街並みで、人々は笑顔に溢れている。
王都のレダイスの一般人よりも上等の服を着ている人が多かったし、店の装飾も派手だった。色も沢山使われていて、華やかな街で俺は感動をした。
「凄い楽しそうな街だね」
俺がそう言うとモルトさんは笑った。
「そうですね。私がカザの街を選んだのはこういう楽しそうな街だったからってことですかね。後は砂漠を挟んでシリンガ帝国やセフネイア王国の色んな物が入ってくるので、資源も豊富なんですよね。なので貴族が冬はここで過ごしたりするんですよ」
「へえ、王とかも?」
「いえ王族はさすがに来ないですよ」
「そうですか」
良かった一生レダイスから出ないでくれ王族一家どもめ!
俺はそう思いながらふとモルトさんに聞いた。
「グノ王国って何処かと戦争とかしてるんですか?」
よく分かりませんと言うように問うと、ひそっとモルトさんが教えてくれた。
「海を介してロドロン公国としてますし、セフネイア王国とも国境付近で時々いざこざがありますね。今はまだ平和ですがそろそろきな臭い感じがするのですよ。シリンガ帝国は砂漠から攻めることはできませんがイスニア山を越えて下りてくることがあるそうで……ノイラの森の北側は危ないんですよ。人が少ない草原地帯で兵士がきても分からないことがあるそうで……」
「へえ、そうなんですね。でもベルテ砂漠を越えてきたりはしないんですか?」
「ああ、砂漠はね。兵士が甲冑を着て渡れるほど柔な世界ではないんですよ」
つまり日中は暑くて夜間は凍えるほど寒いベルテ砂漠は、冬の間は極寒になるほど酷いらしい。さらには夏は夏で灼熱の日々になり、渡れるのは春と秋だけ。
その間に商隊があちこち渡るけど、それを邪魔すると各地の物産品が届かなくなって貴族が悲鳴を上げることになるらしい。
なので貴族としては砂漠を戦場にしたくないのだという。それは三国全てがそう思っていて砂漠での戦争は一度もないのだとか。
それと砂漠には盗賊や砂漠の民がいて、戦争に出ようとするとその砂漠の民や盗賊に襲われてしまい、戦争に使う道具などが奪われてしまうらしい。
「強いのか砂漠の人たちは」
「そうなんですよ。そんな騒動が起こったらもちろん奇襲なんてできませんし、二国に何をしているのか全部筒抜けになってしまうのであまり優位にはならないんですよ」
ということらしい。
だからかベルテ砂漠は特別な場所として残っているのだという。
そんなカザには二か国から色んな商隊が渡ってきて様々なものを沢山置いていく。
今は秋なので商隊もたくさん来ていて、商売するなら今時期らしい。
秋は三ヶ月続くので冬までの間にモルトさんも俺が収納している商品を売り切るつもりらしい。
このモルトさんは王都での店は閉めてきて、店の立地は良かったので商業者組合に建物も実家も売ったらしい。本格的にカザの街に移住をするので荷は何も残してない。
けれど、どうしても持ち出したい家具だけは俺がついでに回収してあげた。
なんでも奥さんの嫁入り道具らしいんだけど、持ち出せるなら持ち出す予定にしていたけど、荷馬車がないので諦めるしかないと思っていたらしいのだ。
でも俺の収納の容量が大きいので余裕で収納できてしまった。
なので到着した日は宿泊所で一泊してからモルトさんの倉庫に荷物をやっと収納から取り出した。
倉庫はあっという間に埋まり、予定通りに倉庫一杯になった。
「圧巻ですな。本当に。これほどの荷物を何の負担もなく運ばれるとは……あの」
モルトさんはそれから俺にコソリと相談をしてきた。
「もしこの国を本格的に出ることになりましたら、是非全ての荷物をハルさんに運んで頂きたいのですが……」
「よ、予約ですか? えっと俺、冬が終わったらセフネイア王国に行こうかなと思ってて」
「セフネイア王国にですか? ならば配達の仕事をハルさんがいるセフネイア王国の住んでいる街にでも依頼をお願いします。そうすればハルさんを雇えるでしょ?」
「あーはい、そうですね。その時はよろしくお願いします」
「絶対ですよ」
モルトさんはかなり本気でそう考えているらしい。
セフネイア王国に本格的に移動になっていないのは、恐らく家族がこの国を捨てられないのかもしれない。親戚とか身内も多いとかで身動きが取れないのかもしれないね。
とりあえず冬の間にモルトさんも国を捨てる決心はするらしいので、俺はセフネイア王国に渡るとなるともしかしたらモルトさん一家と一緒に移動することになるのかもしれない。
それから荷物はまだモルトさんの奥さんの家具が残っているので、モルトさんのカザの街の屋敷に行った。
大きな屋敷は元貴族の家らしい。その貴族は没落してしまったので屋敷は売りに出されていた。でも大きすぎる家なのでなかなか買い手が付かなかったのでモルトさん曰く、王都で家を建てるよりも安上がりで買えたらしい。
金持ち商人の金銭感覚は分からないや、はは。
とにかく家具を全部配置してあげたら、奥さんのナディーさんは大感激。
「ハル様! 本当にありがとうございます! これは本当に両親に貰った大事な花嫁道具だったので手放したくはなかったんです!」
だそうだ。
とりあえずよかったね。
すべての荷物を収納から出してしまったら、俺の仕事は終わり。
モルトさんから依頼達成証明書を貰った。
「本当に助かりました。また倉庫から店に荷を運ぶ時など依頼を冒険者に出しますので、見かけたら受けて頂けると幸いです」
「あ、はい、その時はよろしくお願いします」
俺はお礼を言ってその場を後にしようとした。
それと同時にイヴァンとレギオンさんも仕事を完遂したってことで依頼達成証明書を貰っていた。
なので一緒に冒険者組合に行くことになってしまった。
「ハル、この後何処に泊まるんだ?」
イヴァンがそう聞いてきた。
「なんでお前に言わなきゃなんないんだ」
そう俺が返すとイヴァンが言った。
「この時期、宿は冒険者で埋まってるぞ? これから探すとなるとまず見つからないってこと知らない?」
そう言われて俺はマジかとなってしまった。
「え、うそ……泊まるところないの?」
それは予想していなかった事態だ。
「宿はないな」
レギオンさんもそう言うのでどうやら本当らしい。
「家を借りるといい。小さな家なら、宿とあまり家賃も変わりない」
イヴァンがそう言ったので俺は頷いた。
そうか家を借りれば同じくらいなのか。
そうだよな、何か月もここにいることになるのだから、家を借りた方が負担は少なそうだ。
「わ、分かった」
俺がそう答えた時、冒険者組合に到着をした。
お互いに違った受付で依頼達成証明書を提出して依頼金を受け取る。
俺はモルトさんが特別報酬も積んでいてくれていたので金貨で百二十枚の大金を受け取れた。
特別報酬は奥さんの大事な家具のことだ。
直ぐさま預金に振り込まれたので引き出せるけれど、俺はそのまま持っている方が怖いので冒険者貯金に預けたままにした。
そうすれば他の国でも受け取れるからだ。
それに手元にはまだ金貨四十七枚も残っているから生活には困らない。
「あの家を借りる場合、どこに行けばいいか分かりますか?」
そう受付の人に聞くと、親切に教えてくれた。
「賃貸の家とか買う場合は、商業者組合に行くといいですよ」
「ありがとうございます。あ、この街の地図と、観光案内冊子を貰えます?」
地図と案内冊子はとても役に立つので必須だ。
とにかくお金は受け取れたので、イヴァン達はまだ手間取っていた(多分お金をそのまま下ろしていたからだと思う)から俺はイヴァンから逃れるために早々に冒険者組合を飛び出したのだった。
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