彼方より 004

技能収納で初仕事

 冒険者組合に昼を過ぎてから行くと、初心者受付のところの受付嬢が昨日の人と同じだった。
「ハル様、証明書できていますよ」
 と声を掛けてくれたのですぐに受け取りに行った。
 冒険者証明書は鉄でできていた。
 魔法を使って窪みを付ける仕様で、階級は最初の階級である青級だ。
「青級は登録時の一時的な階級になります。毎月一回の依頼達成をしていただかなければ、証明書が再発行になります。そうなると一からやり直しですし、再発行には金貨五枚が必要になりますので気を付けてください」
「はい」
 金貨五枚とは……結構するな、再発行手数料。
 今は金銭に余裕があるけど、出費がかさんでいったら下手したら詰む気がする。
「月一回というのは全階級でしょうか?」
「いえ、青級だけでございます。ですので依頼を少し達成していただければ、すぐに鉛級に上がることで三ヶ月の依頼達成期間が設けられますね」
「もっと上がったら?」
「銅級まで上がりますと、依頼を受ける受けないに関しまして年単位となります。鉄級からは指名依頼など冒険者組合から指名が入る依頼がありますので、証明書の期限はなくなりますが……あまりに受けていただけない場合は登録抹消もあり得ます。もちろん、罪を犯したり、違反行為が重なれば失効処置になりますので気を付けてください」
 なるほど階級が上がれば依頼を受ける期間も長くなるけれど、あまり上がると冒険者組合からの依頼が入って面倒って感じか。
 無難に銅級辺りが安定するのかもしれないな。
 などと俺は思った。
「ところで、収納持ちのハルさんに打って付けの依頼がございますがどうします?」
「え、聞きますよ」
「では説明させていただきますので、依頼受付カウンターまでどうぞ」
 そう言われて初心者受付から依頼受付の方へ移動をした。
昼は冒険者も少ないみたいで、組合もあまり忙しそうではないようだ。
 そのまま受付の人が手伝ってくれて、俺は配達の依頼を受けることになった。
 荷物は鉄の塊。剣とか作るために鉄鉱山から運ばれてきたものらしいんだけど、王都にある鍛冶屋に鉄を降ろした際に、馬車が壊れたんだそう。
 これから王都内に複数ある鍛冶屋に運ぶ予定が滞ってしまった。貸出し馬車も出払っていて運ぶことができなくて冒険者組合に収納持ちがいれば運んで貰いたいと依頼が今朝入ったらしい。
 容量は鉄の塊百キロ以上、できれば四回くらいに分けてでも運んで貰いたいとのこと。
「やってみますね」
「頑張ってください」
 そう言われて依頼者のいる鍛冶屋の地図を貰った。
 ついでにこの国の地図と世界地図、それから生活魔法の指南書というのも貰った。
 生活魔法の範囲が分からないのでね。


 鍛冶屋を探して少し迷ったけれど、裏通りにある鍛冶屋は多くて、そこで人に聞きながら移動をしたら近所の子供が店まで連れて行ってくれた。
「こんにちは、冒険者組合からきました」
 店先で声をかけると裏から凄い勢いで矮人族の人が出てきた。
「収納持ちか!」
「はい」
「す、すぐ裏に来い!」
 そう言われて出てきた矮人族の人に腕を掴まれて連れて行かれた。
 矮人族って小さいからそう言われていると思ったんだけど、俺と身長がそう変わらないんだけど……。
 並んでみたらちょっと小さい程度だ。
 この世界の人の身長を考えたら、そりゃ百六十センチじゃ小さいに入るんだろうなと思えてきた。
 裏口にそのまま俺は連れて行かれて、すぐさま鉄の塊の乗っている馬車を指さされて言われた。
「どれだけ入る?」
鉄の塊は見た感じでは二百キロくらいか。
「分からないので、とりあえず入れてみますね」
 そう言いながら塊に触った。
 すると一個ずつ触れないと入らないと思っていた塊が、珠々繋ぎで入っていってくれる。
 入れたり出したりを繰り返していたからかレベルが上がって触っている分の中で望んだ物だけが入るようになっていた。
 百キロは入ることは分かっているのでその先である。
 あっという間に収納の中には鉄の塊が入っていく。その容量を見ていると二百単位なのに一個の枠の中に鉄の塊が百以上入っているのが見えた。
 これ一枠999個は確定したな。
 何だか何処まで入るのか分からないけれど面白いので入れていくととうとう全部の塊が綺麗に収納の中に収まっていた。
「入りましたね」
「入った! よし! これで今日中に全て配り終えられる!」
 そう言うと鍛冶屋のおじさんが俺を引き連れて歩き始めた。
「ここから百メートル先に鍛冶屋がある、そこで三十キロだ」
「あ、はい!」
 どうやらこのまま歩いて行ける距離に鍛冶屋が並んでいるらしい。けれどさすがに二百キロも手作業で運ぶのは辛い仕事である。
 店は全部で10件、歩いて回れる距離ではあったが三十キロずつ運ぶとなると馬車を借りるしかないわけだ。
 俺は収納の性能を生かして、三十キロちょうどをきっちり取り出してさっさと次の店に回った。時間にして一時間ほど、全ての店に鉄の塊を渡し終えたのだった。
「助かった! お前、名前は何て言う」
「ハルです」
「そうか、ハルか。お前はいい奴だな。ほら依頼達成証明書だ。俺たちはこの鉄を打ち終わったら南の街に移動をする予定だ」
 そう言われて俺はああっと納得した。
 王都の中でも矮人は最後まで残っていた亜人なのだろう。
 それでも差別や偏見に晒されてしまい、とうとう最後の仕事を熟したらいなくなる予定なのだ。
「セフネイア王国に行くんですか?」
「最終的にはそう考えておるが、この国にもお得意様はいてな。とりあえずはカザという街に移住してそこで様子見をすることになった。そろそろ冬が来るし、そうなったら身動きが取れなくなるのでな」
 そう言われて俺は冬ってどういうことだと聞いていた。
 この国はグノ王国と言うのだが(今更知った)、冬になると降雪量が酷く多く、王都以外が雪の中に沈むらしい。一メートルの雪の中を移動する手段はなくなるので、この国の王都以外の人々は秋の季節に南の街に移動して冬を越すのだそうだ。
 つまり、王都にいつまでもいると雪で閉ざされて移動もできなくなるわけだ。
 王都はそうした冬には城門の中は整備された魔法で雪は溶かしてしまうらしいが、かといって街道などもできるかというとできないのである。
 そういうわけで冬ごもりのために人々は食べ物を保管したり、備蓄したりして暮らすらしいのだ。
 ヤバイ、俺も南の街に移動した方がよさそうだ。
「カザの街はいいところですか?」
 俺はそう尋ねていた。
「ああ、砂漠の入り口の街で年中暖かいところだ。大きな街だから人も冬には沢山来て、賑やかだし、冒険者は更にノタの街まで移動して狩りをしたりする。とはいえ、お前は収納を生かすんだろうから、商人に繋ぎを付けるといいだろうな。配達の仕事は結構あるからな。商業組合には俺から紹介してやろうか?」
 矮人のおじさんはどうやら俺のことを相当いいように買ってくれたらしい。
「有り難いですね。同じくらいの量なら運べるので」
「そうか、なら冒険者組合に収納の仕事を出すように行っておこう。お前はまだ青級だから指名とはいかんが、これだけの収納量ならお前しか受けられない依頼だろうから、受付にも話を通しておくよ」
「どうも助かります」
 そう言うわけでお得意様先が一つできた。
 依頼も問題なく達成できたので依頼達成書を持って冒険者組合に戻った。
「どうでしたか?」
 受付のお姉さんがそう言ってきたので俺は依頼達成書を見せた。
「まあ、早くも依頼達成されたのですね、よかった緊急の依頼だったので達成していただいて助かります」
 そう言われて依頼達成書と冒険者証明書を照らし合わされた。
 どうやら依頼関係の内容はあの板にも魔法で記されるらしく、俺がちゃんと仕事を誤魔化していないことを証明するために冒険者証明書が使われるようだった。
 中には依頼達成書を無理矢理書かせて達成をする冒険者もいるらしく、それを防ぐ目的で冒険者証明書には魔物を倒した数が自動記載される魔法が使われているんだとか。
 それで誤差がないことを確認したら本当の意味で階級が上がるようになるそうだ。
 意外に手厳しいね、冒険者証明書って。
 犯罪をしても記載されるけれど、相手が盗賊だったり、裏切り行為によるものだったりするとそういうのも詳しく記載されるっていうから、どんな技術が使われているんだか。
「はい、確かに達成されていますね」
 証明書に間違いがないことを確認されて、俺は今回緊急依頼達成だったお陰か、あと一回大きな依頼を達成すれば鉛級に階級が上がるらしい。
小さな依頼だと三回くらいだってさ。
「こちらが依頼料になります。金貨二十枚です」
 ……そういえば依頼受ける時に達成金額を聞かなかったな……。
 ズシリと重い金貨を貰ってそれを俺は袋ごと貰って収納に仕舞った。
 すると後ろの方で舌打ちをする何者かがいて俺はギョッとしたのだ。
「気を付けてくださいね。冒険者にもいろいろな人がいます」
 そう言われて暗に強奪される恐れもあるのだと言われて俺は肝が冷えた。
 そうだよな。収納持ちだからスリに遭わないけれど、脅されて出さざるを得ない場合もあるわけだ。
 それは怖い。
 俺はゆっくりと冒険者組合を出て人通りの多い場所を通り、何とか昨日から泊まっている宿屋に戻れた。
 幸い、付けられている様子もなかったので、急いで受付で鍵を貰い部屋に閉じこもった。
「どうしよう……」
 怖いと初めて思った。
 この世界にきてかなりな目に遭っているはずなのに、怖いと本気で思ったのは今回のことだ。
 俺は戦う術を持っていないし、魔法だって生活魔法が使えるかどうかってところ。
 防具を買わなかったことを俺はここで初めて後悔をした。
 お金を持つってことは、それを狙うヤツもいるってことだ。
 ただ収納に入れたお金は、俺が死んだらどうなるんだろうという疑問があったのでそれは最優先で調べないといけない。
 けれど俺が収納にお金を仕舞った瞬間、舌打ちをされたのでもしかしたらお金は俺が死んでも亜空間で消えるだけなのかもしれない。
 とにかく王都であっても冒険者であってもお金に困ってる連中は犯罪をしても金を得ようとしているのだと思っていた方がいい。
 そう思って俺はその日は震えて部屋から出られなかった。
 食べ物はお昼に買った肉と、硬いパンがあったのでそれを無理矢理食べた。
 パンは想像以上に硬かったけど、フランスパンだと思えば食べられないこともなかった。
 そして俺はそこで誓った。
 調味料を買おうと。
最低限、塩はいる。他にも香辛料があれば探す。
 そうしないときっと俺にはこの世界の食べ物は耐えられない気がしたのである。
 その日、早めに寝たところ二十一の刻の鐘が鳴った時に部屋をノックされたんだけど、俺は無視した。
 怖いじゃん。
 何度かノックされたけど、そのうち諦めて去っていったようなので俺はそのまま眠りに付いた。昨日もあんまり寝られてなかったしな。ぐっすりよ。


 翌日は街に出て買い物をした。
 食べ物を露店で買い込み。金貨一枚分の串肉や屋台のできたてのスープなど。一杯買ってみて美味しかったやつだけ十日分くらい買った。
 それを収納に入れたら有り難いことに収納のレベルが上がったのか、時間経過停止が付いた。これで食べ物が腐ることはなくなる。
 やった!
 それから調味料を探してみたら、塩は結構安く手に入った。
 どうやら塩を生成する方法は確立されているようで、街の人も気軽に買えるらしい。
 ただ胡椒は輸入に頼っているようで、それなりのお値段。
 それでも俺は胡椒を買ったけどな。
 王都くらいにしか出回らないらしく、カザに行ったら高くなるのが分かったからだ。
 なので自分だけで食べる分ならそう多くなくていいので金貨三枚出して買えるだけ買った。とはいえ大きめの袋一個だけだったけど。
塩は大きな米袋くらいの大きさのものを銀貨五枚で買えたけど、胡椒は高いね。
 でも昨日の依頼で金貨二十枚が手に入ったのでここは奮発。
 それからすぐに防具を買うことにした。
 親切だった老婆のところに行ったら、防具の一式、胸当て、腰帯革、肘当て、太めの手袋、薄い鉄入りの帽子に鉄板の入ったブーツを売って貰えた。
この間売った制服を貴族が買ったらしくて(勇者様と同じ制服なので売れた)その金額をふっかけたらとんでもない金額で売れたらしい。
 それで俺のこの防具一式を金貨一枚で売ってくれると言った。
「もう、言い値で買ってくれたから儲かっちゃって。これで私もセフネイア王国へ行く資金が貯まったんだよ。だから商品を大安売りしてんだけど、この子供用の防具はさすがになかなか売れなくてね。あんたが気を取り直して買ってくれるかもって取っておいたのさ」
 そう言われてちょっと嬉しかったよ。
 最初に親切にしてくれた兵士の人の次に親切にしてくれた人だしね。
 そこで防具以外も服を安くしていると言われたので金貨二枚分の服を買った。
 どうせ売れないで残っている子供用だからってかなりオマケしてもらったけどね。
 老婆は一週間後にセフネイア王国に行く駅馬車に乗るらしく、それまでに店の物を売ってしまいたかったらしいけど、売れないのは近所の同じ店に安く売る予定だそうで、それならばと知り合いにはうんと安くして譲っているんだとか。
そういうわけで俺は上着は四枚、パンツも三枚、冬用のコートも一枚、下着も三枚ずつ、古かったので中古の鞄も買った。
 そういえば靴はそのままだったので老婆にこれも制服に合わせていたものだからと譲ったら、にんまりして貴族に高値で売りつけてやると息巻いていて、買取りで俺の今買った物がただになった。
 収納を持っていると言ったら、着られる服を五枚、パンツも二枚、コートも二枚足してくれた。
 どうやら靴だけでも金貨十枚分の価値があるらしい。
 それでも金貨五枚が懐に返ってきた。
 まあ、同じ服は着られても靴は履けないかもしれないけど、飾る目的で持つ貴族らしいのでついでに履いていた靴下も足しておいた。
 これであちらから持って来たもので俺が所持しているのは下着だけになった。
 さすがにこれは恥ずかしくて売れないです!

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