彼方より 001

勇者召喚のハズレからの当たり

 昨日、ちょっと出かけていたから寝不足で、授業はほぼ寝て過ごした。
 一番後ろの席だったから、教師の注意も他の生徒に向かっていたお陰か、気付いたら昼になっていた。
 さすがに俺、藤本晴一が目を覚まさないので友達の裕紀が起こしてくれた。
「おい、昼だぞ、ハル」
 目を覚まして周りを見ると、全員が昼食に入っていた。
「うわ、食堂のパン、買わなきゃ」
 慌てて財布を持って教室を飛び出して食堂へと走った。
 幸い、食堂にはパンは残っていたのでパン四つを買い込んだ。
 ハンバーガー二つと鳥の照り焼きを挟んだパンを二つ。それを確保してホッとして食堂の端にある紙パックのジュース販売機でコーヒーとミルクイチゴを買った。
 ミルクイチゴをパンを入れているビニール袋に放り込んで、コーヒーの方はストローを刺して一口飲んでからホッとしたところだった。
 そこはちょうど食堂を出たところで、誰かにぶつかった。
「おわっ」
「わ、あぶなっ」
 ぶつかった者同士がよろめいたせいで、手を伸ばしたら相手の人が手を伸ばして腕を引っ張ってくれた。
 それで転がりそうだった俺は床に倒れないで済んだ。
 でも、その次の瞬間、俺たちの周りの風景が変わった。
 学校の食堂の廊下だったはずの場所から、薄暗い広間に松明を沢山焚いているような場所へと瞬間移動をしたんだ。
「……え?」
「は?」
「なに?」
「……ちょっと」
 その時その場にいたのは、俺とぶつかった男子生徒と、その男子生徒についてきていた女生徒二人だった。
 俺たちが全員何かおかしな場所にきてしまったと気付いた瞬間、ワッと周りから大きな歓声が上がった。
「勇者召喚じゃ!」
「勇者がきた!」
 その声に周りに人が沢山いることに気付いた。
 俺は驚いて見回してみたら、教会の宗教関係の人が着ているミサの服装のような格好をした人たちが沢山いて、正面の王座らしい場所には着飾ったイギリスの王族が儀式などの時にしている格好をした人が立っていた。
「……え、勇者って何?」
 ちょっと怖いんだけど……なにこれ?
 俺も訳が分からず強ばったままになってしまった。
 コーヒーとパンの入った袋を抱えたままの俺であるが、それを持ったまま呆けてしまった。
 ぶつかった男子生徒はまだ俺の腕を掴んでいたけれど、その腕を掴む力はやっと抜けていく。それで腕は離れたけど、その男子生徒はすっと自分の周りにいる女生徒を引き寄せて庇うようにした。
 こういう時もイケメンは違うんだなと俺はその時は冷静に思ったものだ。
「勇者たち、よくぞ参った! 我らを救ってくだされ!」
 王座にいる男がそう大きな声を上げると、周りの人々も同じように叫んでいる。
 救うってなに? それ最近流行の勇者召喚とかいうアニメとか小説?
 冗談だろ?
「神は我らに味方をしたのだ!」
「待ってください! 確かに神にそう言われましたけど!」
 イケメンがそう言った。
 は? 待って、神にあったのお前?
 俺は神に合う間もなく、寧ろ瞬きしただけでここに来たんだが?
「私たちできません! 神様にもできないって言いました!」
 女生徒がそう言っている。
 待って本当に待って、俺だけ神様に会ってない感じ?
 嘘でしょ?
 俺の衝撃を余所に周りは話が進んでいる。
 どうやらここは異世界で、勇者召喚によって勇者が呼ばれたらしい。
 らしいというのは双方の話を総合するとそういうことになるってこと。俺だけ訳分からん感じ。
 身動きできずにとりあえず王様らしい男を見る。
 派手な王冠には宝石が沢山付いているし、服も綺麗で豪華な金糸が使われているようで光ってみえる。指輪も大きな宝石が付いている指輪をしていたし、杖も金ピカ光っている。
 でも王様の周りの壁は少し汚れていて白い壁には薄汚れた様子が見える。
 そこで俺はちょっと不信感を持った。
 身なりは綺麗で派手でも、周りの装飾には金を掛けないのは強欲な印だ。
 そして勇者召喚で呼ばれたと思った俺は、これは駄目な召喚だと察した。
「さあ、勇者様、この水晶に手を置いてください。あなたの技能などが記されます」
「いや、でも」
 イケメンが拒否しているが、周りの屈強な兵士がイケメンの腕を掴んで無理矢理水晶に手を置いている。
 そこで俺は周りにいる兵士もそうだが、人の身長がとても大きいことに気付いた。
 何か皆、二メートルくらいの身長がある気がする。兵士だから大きいのかと思ったけど、周りの貴族っぽい格好の人たちも背が高い気がする。
 すると。
「おおー! こちらの方が勇者だ!」
 イケメンの技能が見えたのか、勇者として召喚されたことが証明されたようだ。
 そして女生徒も女性の王族らしい格好の女性に腕を引っ張られて水晶に手を乗せられている。
「こちらは剣士ですわ!」
「おおおー!」
 女生徒は剣士と言われて、周りが盛り上がっている。
 となるともう一人は聖女で決まりだなと思っていると。
「こちらは賢者ですわ!」
 もう一人の女生徒が賢者だった。
 なるほどねーと思ったが、俺はそもそも神様に会ってないわけだが?
 そう思っていると俺の手を屈強な兵士が掴んでいる。
「わっ……ちょっと、待って」
 俺は神様には会ってないから、きっと技能とか貰ってないやつ!
 そう思っていると水晶に映し出された技能には「なし」と書かれていて、俺の称号には「召喚に巻き込まれし者」と書いてあった。
「……は……?」
「……王よ、この者はゴミでございます」
 そう兵士が言い、俺のことを本当にゴミを見るような目で見たのだ。
 周りからは残念がる声が漏れ、俺は思わずイケメンたちを見ていた。
 すると女生徒が言った。
「そういえば、いなかったよね……あの人、神の間に」
「あ、うちら三人だったよね……」
 そう女生徒たちが言った。
 は? 三人同時に呼ばれて神様に説明を受けて、ここに立ってるっていうのかよ! 俺だけ何の説明もなく、この世界に放り込まれたっていうのかよ!
「ちょ、マジでなんなん?」
 俺は思わずそう言うけれど、王が側近に何か耳打ちをして兵士に手を振っている。
 あ、嫌な予感しかしねえ!
「ちょっと待て!」
「そやつを早く放り出すのだ!」
 宰相らしい男がそう言い、俺は兵士に両腕を掴まれて王座の間から引き摺られていく。
 身長が明らかに足りないから足が浮いているんだから踏ん張れない。
「ざけんなよ! 勝手に呼び出しておいて、捨てるつもりか!」
 俺がそう叫んでも王たちは気にした様子もないし、一緒に召喚された奴らは俺の扱いを見て、勇者として断ったら同じように捨てられると思ったのか、全然助けてくれない。
「彼に、慈悲をっ! お願いします!」
 イケメンがそう叫んでいるのが見えた。
 イケメンさすがイケメン!
「ちょっと健二君やめなって…あの人は、意味ない人なんだから」
「そうそう、杏奈。意味ないのよね。ゴミスキルとかっぷっ……」
「笑っちゃ駄目だって、千奈……ふっ」
女生徒はそう言い俺のことゴミと言って見下した兵士と同じ視線を向けた。
「くそ女ども、笑いやがったな! ぜってえてめえらのこと忘れねえからな! そこにふんぞり返ってるくそ王もてめえらも全員、覚えてやがれ!」
 俺はそう叫んでいた。
 いや別に悔しいわけじゃないけど、勇者じゃないと分かった時に庇ってくれたのはイケメン君だけじゃん。
 何か悲しいよな。同じ日本人で同じ学校に通っているのにな。
 それでも俺は引き摺られていく間も叫んでいた。
 恨んでやるだの、王家のやり方を広めてやるだの、色々言ってたけど、意味なくて、そのまま城門まで引き摺られていったのだ。
 そして門の横出口から放り出されて石畳の地面に投げ出された。
「……いってえ!」
「ほらよ、これは勇者の慈悲だ。当面の金と食べ物が入っている。とりあえず今日中に冒険者組合に行って身分証明書を作っておくんだ。それがないと何処かで兵士に捕まったら街から放りだされるぞ。宿へ行く前に冒険者組合だぞ」
 兵士はどうやら召喚されてそのまま放り出される俺に慈悲をくれたようだった。
 そのまま放り出して放置すればよかったのに、身分証明書の作り方を教えてくれた。
 扉はそれで閉まってしまったけれど、俺はゆっくりと立ち上がって鞄を肩に掛けた。
 城を見上げたらその城は派手な城だったけれど、ところどころ壁も補強もしてないようで朽ちているのが分かる。
 こんな世界に放り出されてしまったけれど、この城にいるよりは外の街にいる方がマシかもしれない。そんな気がした。
「あれよ、最近流行のダメ王国のパターンだ」
 俺はそう思って早々に城から距離を取った。
王城から跳ね橋を渡りきった時だった。
『「王城から即座に追い出される」条件を満たしました。技能を解放します。鑑定、収納を解放しました』
 急に俺の頭の中に声が聞こえてきて、余りに驚いたので俺はその場に座り込んでしまった。
「な、なんだ?」
 俺はキョロキョロと周りを見回したけれど、周りを歩いていた街人が俺のことを不審な目で見ている。
『階級が上がります。階級が上がります……』
 どうやらこの声は俺にしか聞こえないナビゲーションらしい声だったようだ。
 俺はその場に座り込んで、階級が上がるという音が止むまで身動きが取れなかった。
 その階級は十回以上なり響き、やっと止まった。
「……は、マジか……技能なしだったのはそういうことだったってこと?」
 俺はそこでハッとした。
 水晶で見た時は技能なしだったはずだ。それが今条件を満たしたということで技能が解放されたのだ。
 しかも鑑定と収納である。
「マジか……もしかして俺、めちゃくちゃいい技能を貰ってる?」
『「一刻以内に追放される」条件を満たしました。聖女の称号を解放します』
 また頭の中に響いてきて、俺は突っ込んだ。
 俺が聖女ってなんやねーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!
 待て待て待て待て!!
待ってくれ!!

【名前】ハル
【種族】異世界人族 (見た目 人族)
【年齢】18
【基準(lv)】999
【称号】聖女 999 神々に愛されし子 召喚に巻き込まれし者
【技能】鑑定 収納 闇魔法 光魔法 生活魔法(各、火、水、風、土、光、闇。攻撃には使えない魔法)転移魔法 祈り(回復 解呪 浄化 結界 防御) 創造魔法 言語理解 危険察知 隠匿 魔力感知
【運】幸運EX
【加護】******
【生命力】200
【魔力】99999

何か知らんが攻撃系の魔法がないんじゃないんですかね!!
 見られないところとかあるんですけど!!
 俺は混乱しながらも、それでも街の方に歩いていった。


あのままあそこにいても意味がないので、俺は街の中に入った。
 技能のことは置いておくとして、俺にはまず自分の状況を整理する必要がある。
中世ヨーロッパみたいな石畳と街並みを見ながら歩いていくと街は確かに人は多かったけれど、そこまでいい街とは思えなかった。
 貧困なのか街の人たちの服装も何だか薄汚れている気がしたのだ。
 ただ単に俺たちの世界ほど清潔ではないのかもしれないと思ったがそうでもなさそうな感じだ。
街に下水の臭いはしないし、そこはちゃんとしているようだった。
 けれど街は活気はあまりない。
 王城がある足元の街がこれでは正直、この国に安心して居着くのは怖いなと思った。
 とにかく俺は噴水のある公園まで歩いてきて椅子に座った。
「あ、鞄の中身」
 貰った鞄は薄汚れた茶色の鞄である。
 中身はなんだっけ? お金と食べ物が入っているとか言っていたな。
 まず袋が二つ入っていた。
 大きな袋を開けてみると、その中にはパンみたいな形のものが入っている。
 これが食べ物か。パンのみ六個ほど入っている。
 もう一つの小さな袋を開けてみると、そこには金貨が二十枚くらい入っていた。
 どうやらこれが当面の資金らしい。
「価値が分からんな」
金貨一枚であっちの世界の金額にしてどれくらいの価値があるのか理解できない。
 とりあえず、自分の持っていた異世界まで持って来てしまったハンバーガーを一つ食べた。コーヒーは持ったままだったし、紙パックなのでこぼれてはいなかった。
 一個食べて少しだけ頭が回るようになった。
 どうやらさっき暴言を吐いていたのはお腹が空いて頭が回ってなかったからだろうな。
「とにかく、先に冒険者組合に行くしかないか」
 そう思いながら俺は自分の言葉がこっちの言葉にちゃんとなっていることに気付いた。
 神様には会ってないけれど、言語学はこちらの世界に合わせられているようだった。
 危ない、自分だけ通じないとかじゃなくてよかった。
 俺はとにかく歩いて冒険者組合を探した。
 パッと街並みの看板を見ると知らない文字だと認識できるのにそれが日本語として読めるのである。脳内変換でもされているのだろうか。
 段々と冷静になってきたところで周りから凄く自分が見られていることに気付いた。
 じっと見てくる自分より高身長の女性や歩いている男性など、ジロジロと見られるため何だろうと自分を見てから気付いた。
「あ、制服か……」
 そう呟いた時に斜め前の店から人が出てきた。
「兄さんや、ちょっといいかい?」
老婆がそう話しかけてくる。
「はい?」
「あんたは異国の人かい? その服とてもいいね……」
 とジッと服を見られた。
 そうか制服はこちらの人にとってどうやら良い物に見えるらしい。
「あー……普通の服って売ってます?」
「ああ、あるよ。うちにおいで」
 老婆はそう言ってさっき出てきた店に案内してくれた。
 そこは服やと防具やらしく色んな服が並んでいた。
「兄さんのサイズじゃ、子供サイズだね」
 そう言われて出されたのは少し子供っぽいデザインの服。それでも色は緑色で落ち着いたし、ズボンは茶色で悪くない。
「防具もどうだい? これなんか負担にはならないよ」
 そう言われて進められたのは革製の胸当ての防具である。
「んー……服だけでいいかな。服は幾ら位します?」
「そうだね。上下合わせて金貨一枚ってところだね。結構丈夫な服なんだよ。まあちょっと値段がしてここでは売れなかったんだけどね。ほら子供は成長が早いから、すぐ着られなくなるんだよ」
 どうやら老婆は俺のことは大人でこれ以上の成長は見込めないからこれで大丈夫だと言いたいらしい。
 うるさいわい! 俺だって165センチで身長が止まるとは思わなかったんだよ!
この腰の曲がった老婆でも慎重は180センチくらいあるんだから、この世界の人は身長が高いのがデフォルトらしいな。
「じゃあ、これ貰うね。着替えていいかな?」
「そこの奥で着替えていいよ。ついでといっちゃなんだが、その服はどうするんだい?」
「あーどうしようかな。持っていても……」
 収納が確かあったので持っていても困らないが、持っていても帰る時に着替えるとかしないだろうしなと考えて売ることにした。
「売ってもいいですよ」
「そうかい! じゃあ、金貨八枚でどうだい?」
「は、八枚?」
そんなに貰えるのかと思ったが、俺があまりに驚いたせいか老婆が勘違いをしてしまった。
「じゃあ、金貨十枚だ!」
「それで大丈夫です!」
 よく分からないが恐らく金貨十枚は大金だ。間違いなく大金だ。
 金貨一枚が一万円くらいだとすれば、十万円。恐らくそれくらいの価値はある。
 パッと店の中を見ると、一般的な服は銀貨三枚程度で買えるようなので、買った服も高価であるが、恐らくこの制服を売ることが前提で高い服を出してきたのだろう。
「はい、じゃあ金貨一枚分を引いて、金貨九枚ね」
「どうもです」
 よく分からないが制服を売ったので金貨九枚儲けたことになった。
 これから生活も厳しいだろうし、ここはもう仕方ないことだ。
 俺はそう思って服屋を後にしたのだった。

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