Distance
over the distance
6
多保が寝てしまってから幹太は部屋中にあるアルバムを片付け、メモを纏めて、それを一から見ていた。
昔の様子を事細かに多保を覚えていたようで、幹太が忘れていた些細なことも多保はメモにしていた。
幹ちゃんがおかずをくれた。転んだら幹ちゃんが背負ってくれた。泣いていたら幹ちゃんが慰めてくれた。
そしてあの忌まわしい出来事のことも。
――――――幹ちゃん助けてって思ってたら、幹ちゃんが本当に来てくれた。幹ちゃんはヒーロー。
あの時のことは多保が言いたくなければ誰にも言わないでいいと幹太が言い、多保が知られたくないと答えた時からお互いそれに触れることなく封印してきた秘密だ。
その時のことを多保はこう思っていたと分かって、幹太は嬉しくなった。
それに集めたメモは全部幹太に関する記憶ばかりだったから、まるで鏤められ隠されていた壮大なラブレターみたいになっていた。
多保が幹太を好きだと認めてから思い出した記憶だから、好意的な一言が沢山綴られている。
だから幹太はそれを全て持って部屋を出た。
こんな熱烈なラブレター捨てられるのは嫌だったからだ。
着替えに家に戻って、帰ってきていた父親に結局こうなりましたと報告すると、父親は溜息を吐いて言った。
「仕方ないな。多保くんが大変だったようだし、お前は側に居るのがいいと言っているんだからな」
結局こうなってしまっては今更反対も出来ない。何より前鹿川(ましかわ)家が多保を貰ってやってくれと熱心に言ってくるから突っぱねるのも気が引ける。
幹太に他の女性をあてがっても、きっと幹太は多保を優先してしまうだろう。
それにもう一つ衝撃があった。
早穂と七海が付き合っていると言ってきたのだ。
父親としては息子のことより、娘の方が大事だった。なので幹太のことは好きにすればいい!と言って、今度は父親が前鹿川(ましかわ)家に電話をして、うちのお転婆娘がお世話になりますだの、気が早い母親は婚約すればいいだの、とにかく大騒ぎになっていた。
そんな騒ぎを当事者である七海は。
「息子より娘でしょ父親ってのは。だから感謝してよ、幹ちゃん」
そう言うのである。
「お前さ、わざと?」
「ううん、早穂と話して決めてたことよ。この騒ぎに乗じてってところかな。ほら二人で夜にデートしたい時に、いろいろ困るでしょ。」
「お前ら、本当に付き合ってたのか。それでよく健太を放って消えてたわけね……」
昔から早穂と七海は仲が良かった。健太だって早穂の幼なじみなのに、早穂はいつでも七海を優先していた。
つまり幹太と多保と同じ関係だったということなのだ。
「何言ってんの。健太置いて消えてたの、幹ちゃんたちじゃないの」
そう言い合っていると、騒ぎの途中に帰ってきた健太がボソッと呟いた。
「つーか、二人とも俺のこと邪魔にしてたじゃん。俺いつも一人置いて行かれて、結局お祖母ちゃんと畑にいた記憶しかないよ」
健太が田舎に行った時のことを恨めしそうに言う。
すると渦中の二人はそれは可哀想なことをしたものだと黙ってしまった。
騒動が収まったのはその日の夜。
お互いの家族が納得する形で収まった。
「あははははははははっ!」
開口一番に笑ったのは岸本だった。
月曜の朝に金曜に学校を休んだ理由と、土日にあったことを報告すると、岸本は我慢しきれずに笑い出したのである。
とにかく両家の家族の騒動やらで、幹太と多保のことが認められ、家族一丸となってサポートしていくことに決まったのだから可笑しいだろう。
「俺もなんでこんな大げさなことになったんだかって思ったけど、いずれバレただろうなって考えたら、ここでバレて置くのも悪くないと思えたんだ」
幹太が素直に言うと、岸本も笑いを治めて頷いた。
「まあ、色々ある家族間のドロドロとした確執なんてもんが吹っ飛んだだけラッキー過ぎるな。しかし多保のお母さんは強いなあ」
息子が同性愛者になると言い切ったのに動揺すらみせずに説得に走った強者だ。
「多保のお母さんはさ、強いよ。早穂が七海を将来貰うって言い出したら狂喜乱舞してたし、なんつーの、お互いの子供を交換みたいな気分だって言ってたからなあ」
幹太がそう言うと、岸本がゲラゲラとまた笑い出した。
「お前らんち面白いー」
やはり変わった家同士だったという結果だろう。
今日、幹太と多保がいつも通りに登校してくると周りの生徒たちが、仲直りしたのかとがっかりしていた。密かに多保を狙っていた者達は、幹太の制服の裾を指先で掴んでいる多保を見て、絶対に何かあったのだと勝手に噂をしている。
その噂は3年から回り、全校生徒に伝わるのはお昼休みには完了しているだろう。
ただ素直に告白しあっただけであるが、親公認になったことは大きいだろう。
体の関係まで進むのはまだ早いと釘を差されたのでそういう関係になるのは高校になる頃になるだろうが、それも後二ヶ月くらいだ。
付き合って体の関係が出来るまでに二ヶ月なら、普通に付き合っている人でもありだろう。
幹太はそれまでその欲望は仕舞っておくことにしている。一応は多保に確認はしておいた。
「幹太が、そうしたいなら、ちょっと待ってくれればいいよ……」
多保はそれ込みの関係になることは理解していて、それでもいいと言った。
だったら待てばいい。
どうせ多保のことだ。卒業記念とか理由を付けて幹太が言ってくるのを待っているだろう。
それに幹太は乗ろうと思っていた。
その相手である多保は、今は日直である。あの情報集めの時にさらに親しくなった高橋と一緒に職員室へノートを持って行っている。
やっと多保は幹太以外の人間とも上手くやるコツを見つけたらしい。それはそれでいいことだが、幹太は少しだけ残念だと思う気持ちもあった。
「で、一気に不満やら不安やらをぶちまけた多保ちゃんは、輝くような笑顔も見せるようになりましたと。で彼氏はそれがちょっとだけ気に入らないっと」
岸本が幹太の心を読んでそう言う。
当っているだけに幹太はがっくりする。
「だって、俺以外にばっかり笑いかけて、俺には鉄拳とか来るようになったんだもん、なんだよこれー」
完全に幹太に気を許すようになった多保だが、何故か幹太にだけは素直に怒りを向けるようになった。
「お前が浮かれすぎてるからだろう」
いつの間にか戻ってきた多保が怒りを浮かべて幹太の頭を軽く叩いた。
「あーん、多保ちゃん酷いー、彼氏に向かってこれは酷い、DVだー」
幹太がふざけて幹太の胴に腕を回して抱きしめて、そう喚く。周りはそれを見て、またやっているとヒソヒソとあり得ない噂を作り上げている。
「それを止めろと言うんだ」
うぎゃーと叫びながら多保が幹太を引き離す。その後殴るのを忘れない。
「たくっ……なんだってこんなことに」
幹太がわーわー言いながら頭を押さえて叫んでいるのを無視して、自分の席に座る。その席は幹太の後ろの席で岸本の隣の席だ。
「何言ってんだか。お前が浮かれさせてるんじゃん」
岸本が笑いながらそう言うので、多保はむうっと唸ってしまった。
告白をしてしまってから幹太のスキンシップが前の倍以上になってしまった。
恥ずかしいのでやめてくれと言っても幹太は殴られてもやめない。
「でもまあ、よく収まったもんだ」
一時はどうなることやらと思っていたことが収まってほっとしているのは岸本も一緒だった。
「あーうん。ごめんな岸本。嫌な役やらせて」
多保がそう言うと岸本はいえいえと笑っている。岸本が多保に言ったことは本当のことだが、それは幹太が可哀想だからキツくなって、言わなくてもいいことまで多保に言った。
たとえ多保のことを嫌う部分があったとしても、岸本はそこまで人の悪口を言う人ではないし、その言葉を吐くことがどれだけ罪悪感に駆られるのかを多保は知っている。
多保も幹太にそれをしていたのだから。
実際、洗いざらいぶちまけた後の岸本は、多保に対して妙に気を遣っていた。それが分かったので多保は謝ったのだ。
そうしているといきなりだった。
幹太が黙って近づいてきたかと思ったら、多保の頬にキスをしたのである。
「やりやがった!」
「マジかよ!」
教室中が騒然としているが、多保は岸本に話しかけたまま固まっていた。何が起ったのか理解したいのに思考回路が一時停止している。
その間に幹太はギュッと多保を抱きしめてから逃げ出した。
「……幹太――――――っ!」
地の底から低い声が聞こえて、周りに居た人間までも恐怖で震えた。
「ごめーん、ハニー」
ハートマークが出ているような言い方で幹太が言うとガタリと音を立てて多保は立ち上がると幹太の後を追って教室を飛び出した。
「幹太ー!」
「屋上に行くから、後からおいで」
幹太はそう告げると速度を上げて階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。さすがに運動神経抜群の幹太の後を追うのは無理だった。
階段の途中で多保は駆け足をやめて、ゆっくりと歩いて登った。
そうしているうちに、だんだんと怒りがなくなっていく。
階段を上りきって屋上のドアを開けると、光の向こうに幹太が立っていた。
「多保ー! 今日は天気いいな!」
そう言われて空を見ると、太陽が大きく見えて眩しかったが、寒かった朝とは違って気温も上がっているようだった。
「もうこの校舎にも来なくなるんだな。まあ校舎なんてどこも似たり寄ったりだけど」
幹太がそう言うので多保は思わず笑ってしまった。
3年の多保たちは、明日から休みになる。別の高校へ行く人たちの受験があるし、この学校でも外部を受け入れる試験などの準備がある。
3年も通った学校。高校になればまた雰囲気も変わるというから、ここの雰囲気を味わうのはこれが最後になる。
多保はそれを思い出し、苦笑して歩いて幹太の隣に行って並んだ。ここから校庭が見下ろせる。
「良かった」
多保がそう呟いた。
「何が?」
さっきまで怒っていた多保だったが今度はホッとしたように言うから幹太はキョトンとした。
「だって、幹太が居なくならないから」
多保がそう恥ずかしそうに言うと幹太は破顔して笑った。
「うん、そうだな。なあ、多保」
「うん?」
隣に立っている幹太を見ると、幹太が優しく笑って多保の頬を両手で包んだ。この先どうなるか多保は分かっていたが、幹太に全てを預けた。
ゆっくりと唇が重なって、啄むように何度も幹太は多保にキスをした。
その唇が離れると、多保は顔を真っ赤にしてもの凄く照れていた。キスした後に幹太の顔が見られない。
俯いている多保の手を取って、幹太はそこにもキスをしてから手を繋いだ。
「この手は絶対に離さないから」
ずっと側にいるからという約束。
「うん、俺も離さない」
多保はその手を握り返してから幹太の顔を見上げた。
そこには最高に優しい幹太の笑顔があった。
幹太はいつでもこうして多保を見ていてくれる。この瞳にいつでも多保は映っている。
それがどれだけ安堵することなのか、多保は痛いほどよく知っていた。
多保が感情を隠す為に暴れるのは、ただ単に恥ずかしいからだ。でも二人っきりの時にはその恥ずかしさを隠す必要はなかった。
手を繋いだまま笑い合っていると、授業が始まる予鈴が鳴っていた。
幹太は手を繋いだまま屋上から多保を連れて教室に戻った。
でも教室の近くになると、多保が思いっきり照れて手を振りほどいたのは言うまでもない。
そして戻る教室では、騒然としたままなのも言うまでもない。
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