Distance
over the distance
3
「うん、まあ、お前は馬鹿だと思ってたよ」
岸本は数日後に幹太と多保が一緒に登校しないことで、二人に何かあったのだろうと幹太を問い詰めた。
幹太は暫く何もないと言い張っていたが、岸本が嘘くせえと何度も突っ込んで聞くも口を割らなかったが、高校で多保の面倒を見てやるからと宥めるとやっと何があったのかを白状した。
「分かってるって、すんげえ馬鹿だと自分でも思ったし、まさか止まらないとは思わなかったもんな」
あの日以来、ずっと多保とは口を聞いてなかったし、顔もちゃんと見ていない。周りも幹太と多保の喧嘩のことは知っているが、幹太は例の進学の話がバレたからと言っているのでそれで周りは納得している。
多保は早穂に怒られながらも何とか起きて学校へは来ている。やはり長くかけてやったことの意味はちゃんと出てる。自分が居なくても多保はちゃんと出来ると確信できて内心ではほっとしていた。
だがクラス内では岸本以外多保に構わなくなったので、多保は一人で浮いている状態だ。
それでも多保は気にした様子はなかった。この状態を緩和するのに幹太は手を貸してはいけないと思っている。多保が誰かを信じて、誰かに話しかけない限り、多保の孤独は解消されないからだ。
それに幹太は荷担してはいけないのだ。それでは無意味だからだ。
岸本もそれは分かっているようで、多保から話しかけられない限りは基本放っておくことにしたらしい。
その多保は一人で本を読んでいる。これはいつものことだ。幹太や岸本が関わらない限り多保はそうやって学校では過ごしている。
「つーか、告白して脅してキスとか、お前は強姦魔に成りかねないな。おおこわー」
岸本が恐怖に震えたように体を震わせている。
「いうなって、というかさ、多保限定で俺そうなりそうで怖いんだよ」
幹太は素直にそれを認めて、自分を怖いと言った。それを岸本は真面目に聞いた。
「お前は前からそういう感じがしてたよ。多保に関してはな」
岸本は最初からそんな感じがしたと白状する。
「やっぱりぃ? 俺、もう駄目かも……告白して玉砕しておくつもりが、多保がそれをなかったことにしたことが許せなくて、頭に来て、ああだもん。ああー俺、どうして精神力鍛えたつもりになってたんだろう」
昔にあったことで、力を使って相手を殺そうとした事実。それで幹太は自分が怖かった。何があったのかは言えなかったが、そういう気分になったときどうすればいいのかと師匠である父親に尋ねたところ、精神力をもっとつけるようにと言われたので精神力をもっと付けるためにもっと空手に打ち込んだ。
去年、ただでさえ相手を怪我させそうになって失敗してからさらに強く精神力を中心に鍛えたつもりだったが、そんなものは、一切なかったかのようになってしまった。この10年の努力は一瞬で無になった。
「玉砕覚悟じゃなくて玉砕しておくのがお前らしいよ。だが、やり方を間違ったな。覚悟でやっておくべきだったんだ。そうすりゃ、多保に迫ってた奴らと同等に見られて軽蔑されて終わりだっただろうに。変に優しさなんか見せるからそうなるんだ」
岸本はそう分析して言うと、幹太はなるほどと頷いた。
「そうか、他の奴らみたいにやっとけばよかったのか。そうすりゃ徹底的に嫌われただろうし、傷も浅かったと」
そっちの方が名案だと頷きかけた幹太に岸本は呆れたように言っていた。
「お前がマゾなのは分かった」
かなりの重傷なのは理解出来た。
「あー俺やっぱマゾかなあ」
「自分だけに傷を負わそうとしてるのをマゾって言うんだ。そんで傷を広げて塩塗ってるしな。アホかと馬鹿かと」
「うーまあ、いいんだ。これで多保は俺に近づいてこないし。これでいいんだよ。みんな安心する」
後2ヶ月程度の我慢だ。2月になれば三年は休みに入り、3月の卒業式の行事にしか行かなくなる。隣に住んでいるとはいえ、学校に来なければ多保に会わないように行動するのは慣れる。
前と違う時間を選んで、多保に会うようにしていた時間を避ければいい。
意外に会わないようにするのは簡単だった。
多保の家に行かなければ夜や朝も会わない。
そうして遠ざかっておけば、いずれ会わなくなっても平気になってくる。
意外に離れるのは簡単だったようだ。
多保はその日の帰り道で、同じ通学の電車を使っているという広瀬順也という同級生に呼び止められた。玄関を出たところで彼は走ってきて多保の隣に並んだ。
「何ですか?」
多保が尋ねると彼は率直に言った。
「最近後生川(ごせかわ)と一緒じゃないだろ? それで話してみようかなとね」
広瀬はにっこりとしてそう言った。
「ふうん」
確かにいつも幹太と一緒で他の人とは幹太を通してしか話したことはない。そうやって多保は外部と接触をしないようにしてきたのだ。
その壁になってくれていた幹太が居ない今、他の人間からすればチャンスというところだろう。最初に話しかけてきたのがこの広瀬ということだ。
「前鹿川(ましかわ)ってあんまり他の人と喋らないよな」
そう広瀬が言ってきたので多保は頷いた。
「必要ないから」
本当にそう思っていた。だってする話だってないし、幹太を通していた時だって皆幹太とばかり話していたような気がする。
「それって後生川(ごせかわ)がいたから必要なかったという意味なんだよな。前鹿川って後生川以外に興味はあまりないみたいだし」
そう言われて多保は少し驚いた。
「気づいてなかった? 前鹿川って後生川と一緒にいない時もずっと後生川のこと目で追ってるよ」
まさかそんなことないと言おうとしたが言えなかった。
確かに幹太のことは見ていた。縋ってたいたし、信用してはいけないと思いながらも信用していた。だからあんなことがあってショックだった。
幹太の本気を見るのは三度目だ。
二度は殺意だったが、三度目は多保を好きだという真剣な目。
怖かったからまた逃げた。もう二度と幹太にすがってはいけないと思っていた。
なのにまだ目で追っていたって? 自分はそんなに幹太のことを?
「後生川と喧嘩したんだって? 推薦のこと知らなかったとか」
驚いて固まってしまった多保に、広瀬は二人の喧嘩の原因のことを言っていた。
「あ、うん」
それは表向きの喧嘩の理由だ。実は違うけれど、その方がそれっぽいし、悔しいが周りは納得しているからそのままにしてある。
「なるほど。それで喧嘩ね。でもさ、それって前鹿川(ましかわ)の我が儘なんじゃないの?」
「え……?」
広瀬のその言葉に多保は足を止めた。
俺の我が儘? なにそれ?
「だってさ、後生川(ごせかわ)にだって未来があるわけだろ? いつまでも前鹿川に合わせて先を進むわけじゃないし、そうしてる期間は過ぎたってことじゃない?」
広瀬にそう言われて多保はその可能性について考えもしなかった。
幹太は多保を嫌ったわけでもないし、むしろ好きだと言っていた。だけど、幹太にも未来はある。
幹太は未来を選んだだけのことだ。
多保に幹太を受け入れることが出来ないことを知っていたから、多保と一緒に進む未来は幹太にとっては辛すぎるから、別の道へ行くだけなのだ。
幹太はあの時、苦しそうな顔をしていた。
幹太の本気に対して、自分はなかったことにしようとした。
幹太はそれで怒ったのだ。
でも本当は多保が自分の心の中にあるものを認めるのが恐かったなんて、誰に言えばいい?
こんなこと、死んだって幹太に言えない。もう相談だって出来ない。
けれど多保には幹太以外に相談出来る人間なんて存在しない。
多保の世界は、幹太を通じて広がっていただけ、その道が消えた今、多保の世界はどことも繋がっていない。
「なあ、前鹿川。良い機会だから俺とつきあってみない?」
「……は?」
急に広瀬がそんなことを言い出して多保は混乱した。
ただでさえ、今はいろんなことを言われて混乱している。これ以上何を考えなければいけない。
「一体、何の話?」
多保がそう尋ねると、広瀬は少し驚いた顔になった。まさかこれで通じないとは思わなかったのだ。
「前鹿川って鈍い? 普通こう言えば分かると思ったんだけどなあ」
広瀬は多保が分かってないのに気づいて苦笑していた。確かに今まで多保は人気だったし、周りも積極的に動いていたはずだから、付き合うということがどういう意味か分かっているのだと思っていた。
だが、多保はそうした思いを分かる前に全てを断っていたのだ。
だって、そんな恐いこと出来るわけないじゃないか。
「そういうのは困る。俺は誰とも付き合わない」
多保はいつも言っていることを広瀬にも言っていた。
認めない、そんな恐いことは認めない。心がそう繰り返している。
「考えるとかはないわけ?」
広瀬がさらに言ってくるが多保は首を振った。
「考えなくてもはっきりしている。あなたとは付き合わない。だってあなたの思いなんて俺は知らないから」
だって一番心を動かした幹太を拒否した時点で、他の人を代わりにしたって、多保の心は動かないのは解りきっている。
頭がガンガンする。
――――――認めない認めてはいけない。
そう繰り返す思考と。
――――――幹太が居ない。どこ?
そう繰り返す心。
「そういうの考える余裕もないのか。今は、後生川との仲直りの方が大事?」
その広瀬の問いに多保は何の反応も見せなかった。
その代わりに横を通り過ぎて行った岸本の姿を見て多保は岸本を追いかけていた。
「すみません、失礼します」
多保はそう言って広瀬と別れた。
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