Distance Start in my life

5

 写生の間、唯は左部(さとり)にしがみついて、説明を求めた。
 面白がって付いてきたのは北上神(きたにわ)だ。当然東稔(とね)付き。

「だからな、前から唯は人気があって、裏で写真が取引されるくらいに凄かったんだけけどな。呼び出しとか受けない姿勢があったから、誰もこっち方面には興味ないのだろうと思ってたわけだ」

 左部はそう説明する。高校からこの学校にきた唯には、ここが男子高なのにカップルがいる状況を説明するのが先だと思ったらしい。

 だが、それは唯の得意とするところだった。
 ある世界がある、そこは特殊でそういう人も多いと聞く。寧ろ、あの人がそうなのかと不思議に思ったことはあっても、嫌悪したりしたことはない。

 だから、この学校でそういうことがあっても別に驚いたりしないのだ。
 それに、一年の時の男が男にストーカーする事件の被害者が目の前にいる始末だ。

「確かに興味はないから、あからさまなのは避けてた」
 唯は頷きながら言っていた。
 何度も呼び出しをくらいながらだったが、何度受けても断っているうちに誰も声をかえてこなくなったのだ。

 それはそれでよかったと思っているが、その間に、自分は学校で友達を作るという作業ができなくなってしまったのだとも思っている。
 なので未だにそんな誘いがあっても、絶対に断るに決まっていると言える。

「なるほど、この学校の特殊なことは解っているんだな」
「大体は」

「で、自分が結構人気あるってのは?」
「ない。最近誰も話しかけてこないから」

「それが密かに華を愛でるってなってるんですがー」
 と、左部が唯に言う。

 唯が華で、それを皆が手折ることなく見守るというのが今の唯に対する態度である。
 それに唯一接近した左部が、当然その人たちから何もされないわけがない。

「ちょ、ちょっと待って……左部、何隠してる」
「何って?」
 左部はニコリとして唯を見る。
 だが、それが隠しているとしか思えない笑みの種類だと唯は思った。

「その愛でる会とか何かしてきたのか?」
 少し怒りが出てきたのか、唯は怒りを見せて左部に聞いていた。

 そんな自分が知らない世界の人間に、唯一内側に入ってきてくれた左部を傷つける権利などないと言いたい。いくら、自分が無視した結果とはいえ、それが左部に返るとは思いもしなかった。

「1,げた箱荒し。2、机荒し。3、呼びだし」
 答えない左部に、北上神(きたにわ)が親切に答えてしまう。

「北上神!!」
 憎らしげに左部が北上神を止める。
 だが、それに東稔(とね)が言う。

「あのね、委員長。そういうの隠されると、凄く腹が立つって解らない?」
 経験がある東稔としては、こういう自分が関係していたことを全部隠されることは凄く腹が立つ行為なのだと左部に教える。

 その東稔の言葉に、唯も頷く。
 暫く、唯を見つめていたが、左部ははあっと諦めたように息を抜くと言い出した。

「まあ、唯って呼びだした頃から、かなりやられたかな」

「さっき北上神が言ったこととか!?」

「序の口かなー。体育になると体操服はないし。ロッカーはもう荒し放題されてるんで何もおけない。最後には北上神の方にまで被害が出始めた。俺が持ってないものを北上神に借りたせいだけどな」

 そう左部が正直に話すと、唯は信じられないと口を塞いだ。
 そこまでされれば、自分が誰ともめた、もしくは仲良くなった結果起こっていると解るのに、それを切ろうとするどころか、名前を呼び捨てにしてくれて、余計に親しくしてくれるなど。あり得ないと。
 そんな唯の心を読み取ったのか、左部が言った。

「どうしてって思ってるだろ? 簡単に説明すると、そういうのが別に気にならないくらいに、唯と一緒にいたかっただけ。それだけだ」
 左部はさらっと凄いことを口にしたと思う。
 そこまでされれば、普通人は逃げていく。なのに、左部はやはり自分が思っていた通りの人間で、親切で優しいのだ。

「ごめんなさい……」
 その言葉に、左部は咄嗟に怒りを見せた。
 お金がないと言った時と同じだった。

「それ、二度というなよ。俺は唯に謝ってほしくてやってるんじゃない。俺が満足したいからやってるんだ」

「でも……酷いことされたんでしょ」
「それを唯がやったとでも言うのか? 違うだろ」

「結果は同じだ。俺が断ったりしたから」
「じゃあ、その愛でる会の中の誰か適当なやつとでも付きあうっていうんだな?」

「そんなこと言ってない!」
「いや、そうとしか聞こえない言い方だったな」

「違う!」
「それならさ。俺と付き合っていることにしたって同じじゃないか? ん?」

 その左部の言葉に、唯は唖然とした。
 左部が怒りに任せていった言葉なのに、一瞬ドキリとしてしまったのだ。

 でも今は状況が違いすぎた。
 怒りに任せて言った言葉でも、これは酷い部類に入ってしまう。
 こんな大事な言葉を汚い言葉に混じらせていうのはたまらなく嫌だった。

「お、同じにしないで! そういう言葉と一緒に言わないで!」
 唯がそう言って、顔を真っ赤にして口を塞ぐと、その場に座り込んでしまった。
 すると、今まで黙って見ていた東稔が、ゆっくりと動いていた。

「卓巳?」
 北上神にも驚く行動だったかもしれないだろう。
 東稔は、左部を殴っていたのだ。それも拳で。
 忘れている人もいるだろうが、東稔卓巳は古武術を習って一年経っている。しかもまれに見る達人だったようで、この拳もまともに入れば吹っ飛ぶものだ。

「売り言葉に買い言葉でも、言う時が違う言葉があった。セーブしたのありがたく思ってね委員長」
 東稔はそれだけ言うと、さっさと荷物を持って去っていった。
 それを見て北上神も自分がいるべき場所ではないと思ったのか、さっと身をひくことにしたようだ。だが、余計な一言は忘れない。

「ま、それ、一週間くらい消えないかもな。卓巳のセーブ、意外に後から来ることも多いから、右左(うさ)、ちゃんと左部見てろよ」
 ニヤリとして北上神が言って去ると、しゃがんでいる唯の側に立っていた左部が。

「いたあーーーーー」
 と言って座り込んできた。
 それに驚いたのは唯だ。
 ゆっくりと顔をあげると、目の前にいる左部は右頬を抑えて座り込んでいる。

「さ、左部?」
 唯は左部が東稔に殴られたところを見ていないので、何が起こったのかさっぱり解らないでいる。
 何をセーブして、何が一週間くらい消えないのか。
 その正体を左部が唯に見せてくれた。

「ちょ、ちょっとそれ!」
「綺麗に殴ってくれたよ。さすが東稔。切れるとこええなあ」

 喋ってもあまり痛くないのは、口の中が切れてないのもあるし、何処がどう違うのか解らないが、今の左部に与えられた衝撃は、ただ力が出なくて、顔に一週間の傷を負うというものだけのようだった。

「そりゃ、怒ってくれたのはありがたいけど。暴力でどうにかするなんて。東稔って案外暴力的?」
 唯はとにかく冷やすものと、ハンカチを近くの水道で濡らして持ってきて、左部を寝転がせると頬にハンカチを当てた。

「わりぃな。マジ動けんのよ」
 唯があれこれやってあげないと、左部は暫く身体がしびれたようになっていて、まったく自分で身体を動かすことが出来ないでいた。

 これで一応、東稔的にはセーブなのだから、本当に本気で殴られていたら、失神、救急車だっただろう。

「ま、東稔を悪く言わないでやってくれよ。あいつが力を使うのは、未熟なんだって証拠だしね」 

「未熟で済ませれる問題なの?」
 唯が何故殴られた左部が東稔をかばうのか解らなくてそう聞いていた。

「つまり、セーブ出来るけど、力を使わずに何かを止めることができなくなってしまったことで、それは唯のことを思えばの行動なわけだ。納得出来るか?」
 左部にそう言われて、唯はふっと考え込んだ。

 確かに東稔は、唯が嫌がった言葉を口にしたから切れたわけで、それは唯を思ってないと出来ない行動ではあるということだ。つまり、それは東稔にも経験があって、同じことをされるとこれだけ辛いのだと言いたかったのかも知れない。
 代弁をしてくれたのだろう。

「東稔は自分のことと重なって、俺の代弁をしてくれたってことで納得する」
 唯はそう言って自分を納得させることにした。

「まあ、そうだなあ。悪かったな唯」
「俺こそ!」
 二人は同時に謝って、この件の喧嘩は東稔の仲裁でなくなったことにした。

「とにかく、周りが妙なことになってきているから、唯も気をつけてな」

「うん、わかった……」
 家出の問題であった、自分が目立たないこと。それが学校生活で起きてしまっている。でも、学校生活なら、数年で終わって、誰ともわからなくなるが、家出の問題はのちのちに残る問題であるがゆえに、唯は左部に甘えるしかなかった。




「とりあえず、夕飯は」
 学校で奇妙なことが起こっていると言われてから、もう一週間が過ぎた。

 家出してからも結構な時間が経っているが、家のものが学校へ探しにきたことはなかった。
 特に教師からも家のものからとか、授業に差し障るものという問題は出てきてはいないようだ。

 実はあれから、一度家に帰ってみた。
 授業のものを取りにどうしても戻らないといけないと思ったからだ。

 それには左部もついてきた。でも左部は家の中に入ってまできたというのに、特に何か言うわけでもなく、ただ荷物をまとめた唯から荷物を預かると、さっさと部屋を出てしまったくらいだ。

 それに家出の理由や、家に母親らしい姿がいないことも気にはしてないようだ。
 まあ、それは唯の気のせいでしかなかった。

 実は、左部はかなり驚いていたのだ。家出の理由もすぐに思い当たったし、唯の保護者が誰なのかも、実名で解ったくらいだ。

 自分でもかなりの驚きがあったくせに、それをまったく口にしかったのは奇跡に近かっただろう。何でもない風に振るまい、何でもないように装い。

 二三日は混乱していたが、ふと気付いた。唯と付きあっていくのに対して、何故、保護者の身分が大事なのかということだ。
 そんなのは関係なしに左部は唯が気になったはずだ。

 なら、最初からいないも同然、探しにもこないような身内を気遣ってやる必要は何処にもないわけだ。
 寧ろ、よくぞ唯を放り出してくれたと感謝したいくらいだ。

 それからは、まったく気にならなくなり、唯とは以前と変わらず過ごせている。
 ただ、どうして唯を探しにこないのかが気になって、北上神にだけは知らせて調べてもらったら、結構なことが解って、収穫もあった。

 唯の保護者は今大変な目にあっているようで、そっち方面で手一杯らしい。
 ただ憎らしい北上神は、唯のことは冗談で調べていたらしく、全て知っていたというのが左部が悔しいところである。
 まあ、そのことを覗けば、後は向こうがどうでてくるかを見張っているしかない。

 それに学校では、唯を巡って、愛でる会が動き出してきているのもあって、結構裏工作する作業も大変になってきている。

 衝突するなら、先に家出の原因である方の、歌、が問題であろう。
 未だにそれに嫌悪を持っているかのように、唯はテレビを消してしまう。
 最近頻繁に流れ出した、ある歌手のCMソング。

 その名は。
 歌姫、緖川ゆい。
 16歳の少女の歌声とは思えないと噂され、現在未知の存在として騒がれている謎のシンガー。
 その正体は、右左唯(うさ ゆい)。その唯の声である。 

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