嗄罔水渚(さくら なぎさ)の放課後は、各クラブを回ることから始まる。情報は自分の足でというのが、玖珂大介(くが だいすけ)の基本だったこともあり、水渚もそうやって学校中の噂や真相などを集めて回っている。時には学校の先生の情報だったり、噂が真実であるかどうかまで探り出すには結構この時間が役に立ってたりする。
人の口には戸は立てられないとはよく言ったもので、真実などが垂れ流しだったするのだ。
でも、水渚はそうした噂を全部頭の中に入れている。何かに書き残したりという危険は犯さない。こういう些細な情報を欲しがる人物もいるわけで、それを狙って水渚の荷物を漁ったりという輩も結構居たりする。もちろん、それに気がついているが、知らないふりをすることも必要だ。
下手に頭の中に情報があると言うと喋らそうとする輩も当然いるわけで、それらを一々相手している暇もないのだ。
荷物なら漁らせるだけ漁らせておくのが一番危険がない。
情報屋の真似事をやっているが、誰にでも情報をやる訳でもない。それに値する情報があれば、希望の情報を渡すこともある。
「今年は妙に依頼が多いなあ。やっぱ先生方は上客かも……」
入学したばかりだというのに、4月は専門への依頼が多かった。それ以外では、生徒間のものも結構あったかもしれない。
7月になった今でもかなり依頼が多かったりする。
さっきも一つ依頼を果たしてきたばかりで、貰った情報もかなりのものだ。
生徒に関する情報は、かなり大介の情報網を利用しているのだが、それさえ気づかれずにやれる自信もついてきている。
たぶん、自分は大介とは違って、角里(ろくり)のような情報屋が向いているのだろうと思う。
地道にこんなことをやっているのもある意味意地だ。何に対してなのかはもう自分でも解っている。
情報をあらかた集めて、途中の駅でハンバーガー屋で周辺の情報も集めておく。こういうのも結構役に立ってたりする。
水渚が集めているのは主に学校関係だが、学校を出た後の生徒の会話も十分な情報だったりする。
そういうのを聞いて過ごすのも慣れてきた。
それに、あまり早く家には帰りたくない。帰っても待っている人はいない。
「とはいえ、帰らない訳にもいかない」
水渚は今日はこのくらいかと、情報を詰め込むのを諦めて席を立った。
午後8時に家に帰り着く計算だ。
高級マンションという名がつくような家に水渚は現在の保護者と一緒に暮らしている。
部屋は、ダイニング、リビングを除いても4部屋あるようなファミリータイプのマンションだ。
玄関を入って、すぐに靴がないのを確かめる。
保護者である玖珂大介(くが だいすけ)はまだ帰ってないことが解る。すぐに靴箱を開けると、今日は仕事の靴がないのが解った。今日は遅くなるとは聞いていたが、やはり仕事らしい。
自室に入って鞄を置いて着替えると、ダイニングに入る。そこには家政婦の用意した食事があった。
この家政婦は、前の保護者が用意した人で、今でも気にかけて押しかけてきては、家政婦をやってくれているいい人だ。小学校の時から知っている人だが、高校へ行き始めた時からあまり顔を会わせてない。
「いつまで子供扱いなんだろ?」
テーブルを見ると、ハンバーグがある。小さいときは好物だったものだが、最近は殆ど食べたことはない。
用意してある食事が一つということは、大介は既に食べたか、帰ってこないことを意味している。
飾りつけにされていた野菜を口に運んで、残りのハンバーグやご飯は全部を混ぜ合わせて生ごみ入れに捨てる。
食べないのではなく、食べられないのだ。
申し訳ないから、今度からは外で食べてくると言おうと思っていたが、下手なことをして大介に気づかれるのも怖い。結局言えないままだ。
先週からだんだんと食べる気力もなくなってきている。
「マジでヤバイかも……」
吐き出しはしないだけまだマシかもしれないが、そろそろ気をつけないと体重が落ちてきている。
こうして変にグルグルしているのもおかしいかもしれない。
頭を振って思考を変え、大介の仕事部屋に入るとパソコンを起動させる。大介がもしもの時のためにとGPS機能付携帯を持っているので、大介の現在位置を調べる。
やはり仕事のようで、近くではあるが、ホテルに入ってるようだ。
それを確認すると、パソコンを戻して部屋に戻る。部屋にもノートパソコンがあるので、それを起動させる間に食後の薬を飲む。今日飲んだところで、薬が切れているので、明日は診察日だ。
メッセンジャーを起動させ、HN皇帝と話しをする。この皇帝は実は最近知り合った人物で、昼間梧桐と話した時に名前が出た人物だ。
皇帝/よう。
狂王/久しぶりです。
皇帝/なんだ?
狂王/まだバレてませんよね?
皇帝/今のところ大丈夫だ。
狂王/今のところって……。
皇帝/このままバレないとでも?
狂王/まあ、そうですが。
皇帝/あいつはこういうのはやらないだろうが、いずれバレると思っておいた方が気が楽だろ。
狂王/それもそうですが。
皇帝/何が気に入らない?
狂王/今の状態。
皇帝/やつも何か考えがあるんだろう。気を長くな。
狂王/自分が解決したからって悠長ですね。
皇帝/うらやましいか?
狂王/うらやましいですよ。ホント。
皇帝/どうした? 弱気だな。
狂王/そろそろ限界かもしれない。
皇帝/マジでヤバイのか?
狂王/たぶん。解らないけど。
皇帝/自分で自分が解らなくなるのは、考えすぎってのもあるが。だが、お前の場合、それはないだろうな。ここらで本当にどうにかしないと、マジでヤバそうだな。さて、どうするか。
狂王/余計なことは言わないで下さいよ。
皇帝/例えば、お前が○○病院に通ってることとかか?
水渚はそれには答えられなかった。皇帝の言うように自分はその病院に通っていたからだ。
それもここ最近であるのに、皇帝はしっかりと知っていた。話したわけでもないから、情報からだろう。
やはり、侮れない。
皇帝/それくらい俺でなくても解るんだぞ。
皇帝/やつのことに関しては、ほっておくしかないが。お前のことはどうもほっとけない。
狂王/梧桐を差し向けたのは嫌がらせですか?
皇帝/そろそろお前にも本音を話せる相手が必要だと思ったまで。梧桐ならちょうどいいだろ? お前にそうそう干渉するわけでもない。かといって放っておくわけでもない。いざという時は使えばいい。情報と同じだ。
狂王/そんなのは必要ないですよ。
皇帝/だが、もう梧桐は放ってはおかないだろうな。ああいうやつだ。せいぜい振り回してやれ。
狂王/随分無茶しますね。
皇帝/ああいうのは振り回してやるのがいい。ところで周りで変わったことはないか?
狂王/どういう意味で?
皇帝/邪魔な輩って意味。
狂王/いませんよ。何かあったんですか?
皇帝/こっちのとばっちりがいかないかどうかってことだ。
狂王/それはないでしょう。
皇帝/まあ、なんかあれば知らせてくれ。
狂王/わかりました。じゃあ。
皇帝/またな。
皇帝との話を終えて、HPを回りパソコンの電源を切る。
風呂に入って、寝る前に眠剤を取り出す。これでもないよりはマシだ。 少なくとも数時間は寝れる。
それを飲んで布団に入ると、もう午前3時を回っている。これで寝られるのは多分3時間くらいだろう。
そうして眠りに入って、ふと意識が戻ってくると外は明るくなっている。
時計を見ると、5時半を回ったとことだ。もう少しだろうと思っていると、かすかに玄関で物音がした。
大介が帰ってきたようだ。
寝たふりをしていると、静かにだがかすかに物音をさせてドアが開いた。
こうして大介は帰ってくると、水渚が寝ているのかどうかを確認する癖があるらしい。
その習慣性に気づいたのは、眠剤を必要とし出してからで、それまでそんな確認をされているとは思いもしなかったことだ。
大介は、一応保護者であるが、関心はないと思っていた。
そして静かにドアが閉まり、隣の部屋が開く音がする。
水渚はゆっくりと起き上がって、クローゼットを開ける。着替えを取り出し着替え、鞄に必要なものを詰め、次に物音がするのを確認する。
大介は帰ってきてから風呂に入るようで、足音が消えてから水渚はこっそりと部屋から出る。
シャワーの音を聞きつけてから、ゆっくりと玄関を抜け出す。
ゆっくりとドアを閉めるとそのままオートロックになる。
まだ、朝が空けたばかりで、外の空気は澄んでいる。それを暫く見つめてから水渚はゆっくりとした足取りでマンションを後にした。
そのマンションから、大介が水渚の様子を見守っていたことなどに気がつくこともなく。
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