Distance
カウントダウン
20
翌日になって、卓巳は昼まで寝ていたが、もちろんベッドから起き上がることは出来なくて、夕方までそのままの状態だった。
セックスがこれほどの負担があるとは思ってなかったのもあった。それについては北上神を責めたいのだが、甲斐甲斐しく世話をしてくれる彼に何が言えよう。
しかも満面の笑みで何でもやってくれてしまうのだが、もう溜息しか出ないというところだ。
結局、その日も家に帰ることが出来ずに、北上神のベッドの中で、翌日も過ごしてしまった。
たった一回なのに。と思うと悲しくなってくる。
だが北上神は、次からは手加減もするし、卓巳にもちゃんと知識があるから、大分楽に出来ると言われてしまって、そうなのかと頷くしかできない。
卓巳は、ただ寝ているだけの日々であったが、北上神にとっては幸せな一時であったのは間違いない。
そして、夏がやってきた。
学校が一学期の終了式を迎える日。
卓巳の家にはしっかりと北上神がいる。最近では、外で待つのでなく、家の中まで上がりこんで、コーヒーまで飲んでいく始末だ。
すっかり信用された為、こんな扱いを卓巳の両親から受けている。
更に、驚くことに、北上神は、生涯のパートナーとして卓巳が欲しいとまで言ってしまったのである。
もちろん、その意味は色々あるのだが、両親はただ普通に、今後卓巳が北上神の仕事を手伝っていくという意味で言っているのだと思っているらしいが、本当のことを知ったら北上神は絶対にこの家に上がれるわけがない。
今のところは北上神もそれで満足しているところがあり、生涯のパートナー権利を一応手に入れたと思っているらしい。
それが北上神の作戦の第一歩なのだ。
そして最後の最後に本当のことをいうのだろう。
それは多分、この家にとっても卓巳にとっても北上神という存在を邪険に出来ない状態になった時に起こることなのだと卓巳は思っている。
そこまでやる男なのだ。
大体、この家に上がり込む為に、あの仲川さえも利用したのだから、あなどれない。
あの保健室で出会った瞬間から、卓巳の運命は全部北上神に握られていたようなものだ。
それは今では素直に聞ける話であって、あの当時に聞いていたら、今はこうしていないはずである。
今は、十分に北上神威(あきら)という人間をよく知っているから、言っていることの嘘や本当を見抜けるまでになっているから許せることだ。
「威、行くよ」
卓巳が部屋から鞄を持って降りてくると、北上神は卓巳の母親との話を打ち切った。
「じゃ、また明日です」
北上神はニコリと母親に言って、さっと玄関に来る。
「いってきます」
「いってきまーす」
二人は母親にそう言って学校へ出かける。
これが日常になってしまって、本当に変だと思う。
4月から5月中ごろまでは、仲川事件のことで一杯で、その後は、北上神と卓巳との恋愛が始まった。
夏ごろになると、もうそれが普通になってしまい、周りも完全にそれを認めてしまい、公認の仲ということらしい。
最初の方にあった嫌がらせも、いつの間にか、卓巳側と北上神側との共同戦線となったのか、すっかり大人しくなってしまった。
というのも、卓巳側からすれば、卓巳が急激に綺麗になり、笑顔をよく見せるようになったことに嬉しさを感じている。
一方、北上神側は、北上神が妙に優しくなったというところに嬉しさを感じているようだ。
つまり、両方がいなければ、あの二人はああならなかったという結論が出たらしい。
今では、その両方が一緒になった非公認のファンクラブがある。
卓巳は、北上神のお陰で、段々と苦手だった科目が出来るようになり、期末試験では、1組の下位の者より成績が良かった。
北上神には、2年になれば、確実に卓巳は1組に上がれるだろうという保障までつけた。
ついでに、田上も熊木も同じく成績が上がり、上位に食い込むという快挙を成し遂げたばかりだ。
北上神サマサマと拝む始末。
「それにしても暑いな」
朝のまだ早い時間だが、気温がどんどん上昇している。
そう言われて、卓巳が北上神を見ると、ふと目に入るのは、あの時、切り付けられて出来た傷跡だ。
少し肉が盛りがった感じになっていて、傷口が白くなっている。、
「傷、残っちゃったね」
卓巳がそう言って、フッとその傷に触れると、北上神はその手に手を当てて言う。
「これくらいで死ぬわけじゃない。何、そのうち、解らないくらいに薄くなる。第一、これ気にして言うのは卓巳くらいだしな」
と笑うのである。
卓巳はいつもそれを見ると思い出してしまう。あの怖かったことを。
それでも傷が白くなって薄れていくのを見ていると、まるで自分の心をここに映しているかのような気分になってくる。
「まーた、思い出しか? 忘れろとは言わないが、思い出すな」
と、北上神は無茶を言う。
忘れないから思い出すのであって、忘れたら思い出しもしないだろうに変なことを言うと、卓巳は笑ってしまう。
こういうところが北上神の面白い語源だ。
卓巳が笑ったのを見て、北上神は安心する。
自分が傷なんか作ってしまったから卓巳はそれを見るたびに思い出すのだ。
二度と繰り返さないということを意味する為には、忘れてはならないことだが、思い出してしまうのは辞めて欲しいとおもう。
これは自分の失態の証だから。
あれから、卓巳と一緒に古武道の道場にも通っている。
卓巳には難しいものではなく、相手を一瞬で動けなくする方法を教え、それを痴漢撃退の為に使うように教えている。
北上神は二度と怪我などという失態を犯さない為に練習に励んでいた為、そのきっかけを作った卓巳は、師範に大いに気に入られている。
そこそこに運動が出来る卓巳は、一撃で人を沈めることが出来るようになっていた。これはかなり上達が早い。
案外、護身術習っても同じ結果が出たかもしれないと、母親もそれには喜んでいるらしい。
卓巳が頼もしい男の子になってきたのは、北上神のお陰だと思っているらしく、余計に北上神に甘くなる始末だ。
その間に、卓巳たちは、北上神の父親と食事などをしたりもした。意外に気さくな北上神父は、卓巳父と友人になり、面白い交友関係が広がっているらしい。
そうした子供たちが恋愛感情ありで付き合っているのを知っているのは、北上神父と卓巳父だけだ。
そうしたことを打ち明けられたのは、昨日のことだった。
卓巳は父親に呼ばれ、そうした話をしたのだ。さすがに母親は卒倒するだろうから、暫く様子をみることにして、意外にも父親は理解を示してくれた。
何でも過去にそういう友人がいたそうで、今でも友人関係であるらしいのだ。
あっちは他人だからいい、こっちは息子だから駄目という考えは出来なくてその友人に相談した挙句に、結論を出してもらったそうだ。
そうしたことを今北上神に打ち明けていた。
「そうか。親父がなんか企んでると思ってたが、そういうことか」
北上神はやっと納得できたらしい。昨日何か父親に吹き込まれたらしいのだが、何を言われたのかは卓巳には教えてくれなかった。
つまり、終わったことなので、もう言う必要はないということだ。
こういう秘密主義なところはまだ北上神には残っているが、全部を知りたいというのは贅沢だと思っている卓巳は、北上神が答えないと解ると諦めるようになっていた。
学校の駅に着くと。
「お二人さーん」
と大きな声を出して、田上がやってきた。
「おはよう、田上」
「よう」
二人が挨拶すると、田上も挨拶をした。
「暑い暑いと思ったら、発生源はここですかー?」
わざと田上は言う。
最近はこうやってからかうようになってきたから質が悪い。
「またくだならいことを……」
卓巳が呆れて言うと、田上はニヤニヤしている。
「そういや、夏休みは殆ど、北上神の家に入り浸りだって、東稔?」
「いや、そうじゃない。海いったり、山の別荘行ったりで大忙し」
からかう田上を止めるのに、北上神がそう言った。
「なにー! 遊び放題、避暑に海!」
それが衝撃だったのだろう、田上はぐわっと顔色を変えて叫ぶ。
「なんという充実した夏休みだ!」
「何叫んでんだよ。うるせーぞ」
後ろからやってきた熊木が、田上の頭をバシッと叩いた。
「よう」
片手を上げて挨拶をする熊木。それに卓巳と北上神が挨拶するのに、田上はまだ騒ぐ。
「聞いたか! 海に避暑! 夏休み満喫する気だぞ、こいつら!」
そういう田上にボソッと熊木が言うのだった。
「そりゃ、新婚旅行ってもんだろうが」
「は?」
卓巳が思わずその言葉に反応してしまう。
熊木はニヤリとして言う。
「いや、婚前旅行かな? どうだ北上神」
そう北上神に振ると、北上神もニヤリとして言う。
「当然、半分決まったような祝いも込めてな。婚前旅行で合ってる」
「威!」
卓巳が北上神を止めようと叫ぶと、北上神が卓巳の耳元で言うのだ。
「そういうことにしておけば、こいつら付いて来ないだろうが。何? あれの声とか聞かれてもいいって言うなら、遠慮なく誘うぞ」
と言われて、卓巳はブンブンと勢いよく首を横に振った。
当然、北上神と出かけるとなれば、泊まると決まれば、そういうことに雪崩込むのはもう解っていることだ。
それをここにいる二人に聞かれるとなると、顔が真っ青になる。
冗談じゃない!というところだ。
「だから、そういうことにしとけ」
北上神は笑って言う。
「う、うん」
そう頷く卓巳だったが、これも北上神の作戦であるのに気が付くのは、避暑やら、海などに行った時の出来事で解ることになる。
それはもうすぐそこまでやってきている。
頷いた卓巳を見て、作戦第一段階成功とニヤリと悪魔な笑みを浮かべた北上神だったが、それは、卓巳を交えて盛り上がっている二人には見えない笑いだった。
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