「まあ、それはいいとして。とにかく、お前、ふざけんなよ。仲川が動いてるの解っても俺に電話してこなかったのは、無茶苦茶怒ってるってことは覚えておけよ」
そのまま、卓巳の膝に頭を乗せたまま上を見上げると北上神(きたにわ)はそう言った。
「ご、ごめん……」
卓巳は素直に謝った。これだけ忙しい北上神を怒らせてまで来させてしまったこともあったし、自分が何か勘違いをしていたのもあったからだ。
彼女はいないと言われただけで、妙に嬉しかったのもある。
たぶん、卓巳は自分の中に芽生えつつある、北上神への特別な思いがあることに気付き始めていた。
なんだかんだで、男にキスするくらいなら、北上神も自分のことを少しは好いてくれているのだと思えるのもある。
「なんか、卓巳、機嫌よくねえか? 俺に怒られたのにどうしたんだ?」
北上神はそれが不思議だったらしく、じっと卓巳の顔を見つめてくる。
「あ、やっぱ、北上神が来てくれて嬉しかったのかも……」
卓巳は素直に言っていた。そしてその笑顔を見て、北上神はニッコリと笑う。
「そろそろ、北上神はやめて、威(あきら)って呼んでくれよ」
そう言い出した。
「あ、威?」
「お、いい感じ。卓巳に呼んでもらうと、自分の名前もいいんじゃないかって思えてくるから不思議だな」
そう言って、スッと手を伸ばしてくると、北上神は卓巳の頬に触れた。
「自分の名前が嫌いなの?」
頬に当てられた手は、ゆっくりと卓巳を撫でているが、それはまったく気にならなかった。
それが妙に心地よくて、卓巳はさっきまで慌ててた心が落ち着いていく気がするのだ。
「んー。あんまり。なんつーか、威って字の意味。人が自然と恐れ従うような鋭さって意味なんだよな。北上神家の長男としてはいいのかもしれないが……俺、そういう性格になってるような気がして。名は体を表すって言葉があるじゃん。あれ言われたら結構ショック」
北上神はそんなことを言い出す。どうも自分の名前にコンプレックスがあるらしい。
そういえば、北上神の友達は誰も彼をファーストネームでは呼ばないなと卓巳は思い出した。
「嫌なのに、俺には呼ばせるの?」
「だから、結構いいって思ったって言ったじゃねえか。俺もどうかしてると思うけどよ」
北上神は少し照れたように、そっぽを向いてしまう。
こういうところは子供っぽくて可愛いと卓巳は思う。
年相応という感じがする。
いつもは大人っぽくて、本当に高校生かよとツッコミたくなるところが満載過ぎて、これはある意味新鮮だったかもしれない。
「威(あきら)。結構、名のままなのかもね。自然と人が従うって言うけど、それって恐れてじゃないと思うよ。威が何を考えていても、見抜く人はいるわけだし、俺たち、まだ高校生だからさ。これから如何様にもなるんだし、そうやって自分を少しずつ変えていくのもいいんじゃない?」
卓巳はそう言っていた。
その言葉に北上神は、少し驚いたようだった。
自分はこんな人間なのだと言ったとたん、それを変えていけるのだと卓巳が言うのだ。
そんなことを言う人間は今まで出会ったことは無い。
周りは北上神の態度に、「大人」という言葉を当てはめてしまって、それを変えろとは言わないのだ。
卓巳は違うという。
今からでも変わっていけるのだと言ってくれた。それが、よいのだと。
その言葉は北上神には嬉しいものだった。
やはり、卓巳を選んだことは本能ではあっても間違いではなかったということなのだろう。
こうやって自分は欲しい言葉を卓巳から沢山貰うことになるのかもしれない。
それはいいことなのだろう。
「卓巳、ありがとな。結構、嬉しいぞ」
北上神はそう言って微笑んだ。
それはとても優しい笑顔。
思わず、卓巳も微笑み返していた。
「さて、喧嘩も仲直りも終わったところで。今日が決戦だと思う」
北上神が現実に話を向けると、卓巳も真剣な顔をした。
「どうする? 探偵がいるとは言っても、俺たちだけで何か出来る?」
仲川をなんとか現行犯で捕まえるにはどうするか。
それが今一番の問題である。
これを乗り越えないと、先には進めないし、自分はここに立ち止まったままになってしまう。
どうにかこの状況を打破したい。
その為に北上神にも協力してもらっているのだから。
「そうだな。とりあえず、家宅侵入をしてもらって。後は仕留めるしかないな」
家宅侵入となれば、さすがに警察を呼ばないといけなくなるだろう。
だが、仲川はそれでも何とかなると思っているのかもしれないと予感がする卓巳だ。
それは北上神にも解っているので、その方面でも一応考えがあるらしい。
「今度こそ、終わりにしてやる」
北上神はそう言うと、ゆっくりと起き上がった。
「決戦前に飯だな」
北上神はニッとして食事の準備をする。
卓巳がちょこちょこ手伝うと色々と教えてくれて、邪魔だとは言わないでやらせてくれて、卓巳も楽しかった。
ご飯も食べ、早めに風呂にも入って準備を済ませる。
探偵の玖珂からは逐一報告が入っているが、仲川がこの家に近づいている様子は無いようだった。
本当にあの図書館で何をやっていたのかが不思議だ。
それを言うと、北上神は。
「俺が居ないって確認受けて、本当にそうなのかを確認しにきたってところじゃねえ?」
と言うのだ。
つまり、仲川にとってまだ北上神という存在は邪魔であり、脅威であるのだ。
学校で手出しできなくなったのも、殆ど北上神の姿のお陰だし、もちろん他の生徒が手を出せなくなったのは熊木のお陰だ。
二人のお陰で学校で仲川が何かすることは不可能になってしまったのだ。
その邪魔な二人がいない、今こそが仲川にとってチャンスなのだろうが、本当に何がしたいのかと卓巳は未だに疑問である。
そこまで人に執着をしたことがないから解らなくて当然だ。
卓巳たちは、早々に部屋に引き上げ、下のセキュリティを入れて、卓巳の部屋に篭った。
北上神は卓巳のパソコンを使って何か作業をしているが、卓巳を無視しているわけではない。
話しかければ普通に会話出来るし、話しかけるのが悪いと思わせないところが北上神にはある。
それを言うと北上神は笑った。
「仕事してる時は、常に誰かに話しかけられているからな。慣れてんだよ。作業しながら、話したり、作業を中断してもすぐに元に戻るなんてことがな」
それは特技の一つだろう。
頭の切り替えが早くないと、こういうことは出来ない。
「そういえば、俺のパソコン、開けて何か入れ替えてたけど、何やってたんだ?」
「ああ、メモリ足してた。俺の仕事のソフトが結構メモリ食うからな」
「って、お前、俺のパソコンに仕事のソフト入れて何やってんだよ。それ企業秘密だろ!」
卓巳はずっこけながらもツッコミを入れる。
そんな大事なデータは、いくら削除したところで、データとしてHDDに残ってしまうではないかと。
「大丈夫、その前にうち特製のアンチウイルスソフトと暗号ソフト入れた。ここからデータ出すのには俺の140のパスワードねえと絶対無理な設定にもしてある。卓巳でもこのソフト開けないぜ。その辺で売ってるようなパスワード解除や、その辺の奴が作った解析でも無理なやつな」
北上神は得意そうにそう言っている。
「それって、販売したら結構なものじゃないのか?」
「アホ。販売したらすぐにデータ解析されて、これに感染するウイルスや解析作られるだろ? それを出来なくするために、特製があるわけだ。今のところうちのが最高。毎年新しいの作り出してるしな。その使い終わったのを販売してもいけるか」
最後の方は自社製のソフトを売ったら商売になるかという言葉だった。こういうところは結構商売人である。
それが卓巳には可笑しかった。
クスクスと笑っていると、北上神も一緒になって笑い出す始末だ。
「今作ってるのはなんだ?」
だだの英数字の文字の羅列では、卓巳でもわけが解らない品物だ。
「んー。新しいゲームソフトを簡単に作れるソフトかな? CGが綺麗に動くとか。もっと自然にとかな」
「それ、一般用?」
「それもあるし、企業用もな。企業はさすがに要求が厳しいからな」
北上神でも厳しいというものなら、卓巳にはさっぱりなものだ。
作業している北上神は置いておくとして、卓巳は北上神に借りたDVDを観る。テレビとハードは買ってもらえたから連日見ていたりする。
全編英語音声だから、これは勉強になると言っていたが、確かになると卓巳は思う。
日本語字幕は、あくまで簡単に出来ているから、自分で訳したものとはかなり意味合いが違っていたりする。
それが面白くて、英語音声が楽しくなってきたのだ。
一応、英会話は小学生からやっていたから聞き取れもするし、学校の勉強でも役に立っているが、映画となると、ニュアンス一つでも意味は沢山あって、その状況にあわせた台詞を自分で組み立てると尚映画が面 白くなってくるし、何度観ても楽しくなってくるのだ。
その楽しさを教えてくれたのは、北上神だ。
「さて、作業も終わりっと」
北上神が作業を終わらせて、パソコンのメール画面を見ると新着が沢山あるのに気付いた。
「卓巳、メール開けるぞ」
卓巳がまだ承諾していないのに、北上神はさっさとメールを開いている。
「ちょっと……」
マウスをカチカチ言わせているのを見て、卓巳は慌ててパソコンの前に行く。
すると、そのメールの着信が、なんと百件を超えていたのだ。
「ま、まさか……」
卓巳はそれには覚えがある。前に仲川らしい人物にやられたメールの件だ。
「その、まさかだ」
北上神は次々とメールを開いていく。
そこには『もう行くよ』『そろそろ駅』『駅前』などと、自分の状況を実況しているのだ。
でも、前にメールアドレスを変えたはずなのにと思ったがハッと卓巳は気付いた。
「まさか、威(あきら)、メールアドレス元に戻したのか?」
「ああ。そうした方が向こうも安心すると思ってな。一応、迷惑メールの方も空けてみたがかなり量だな」
関心したように北上神が言う。
いつの間にと思ったが、北上神がパソコンに触ったのはこれが二回目だ。
前の時は、北上神は印刷以外しなかったはずだから元には戻せない。
それをやったのは、この部屋に入ってからパソコンに触っている間だ。
「そろそろ安心して、元のアドレスに戻したって設定にしてみたが、見事にやってくれるよ」
北上神はそう説明する。
どうやら、仲川にもそう取れただろうというような程の、メールの量だ。
「さて、『家の近くまで』が最新だがどうするつもりか」
家の近くにいるというメールがあると言った時、北上神の携帯が鳴った。
どうやら玖珂の部下らしい。
「こっちもメール予告貰いました。そろそろ進入かもしれませんね」
北上神がそう宣言した通り、いきなり家の電気が消えたのだった。
感想
選択式
メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで