Distance 愛うらら

10

23


「千冬、どうした?」

 その声に千冬ははっとして顔を上げた。視線の先にいは、世嘉良(せかりょう)がいた。今はちょうど、部活の時間だ。石膏を描く作業をしているところだったのだが、思わず手が止まってしまっていたようだった。

「あ……いえ」
 千冬はそう言って、視線を反らしてまた石膏に視線を戻した。でも、手が動くわけではなかった。

「今日はもういい」
 さっと手を握られて作業を止められてしまった。

「あの……」

「集中出来ないなら、やらないほうがいい」

 世嘉良にそう言われて、千冬ははあっと息を吐いた。そうだ、言われた通 り、集中出来ないのだ。それでいくら頑張っても大したものは出来はしないのは解っていた。

 千冬は仕方なくスケッチブックを片付けた。どうにもこうにも集中が出来ない。気になっているのは、世嘉良と嗄罔のことだ。あれからどうなったのかは、はっきりとは解らないが、あの嗄罔の意味ありげな視線が千冬を不快にさせ、更に落ち込ませる原因となっていた。

 自分には関係ないと思い続けていたのに、どうしてこんなに気になっているんだろうと自分でも不思議で仕方ない。世嘉良の顔を見た瞬間にあの光景を思い出してしまうのだ。

「何か、悩んでるのか?」
 世嘉良にそう言われて、千冬は何で解ったんだろうと目を瞠ってしまった。

「やっぱり、悩みか……」

「どうして……」
 千冬の口から言葉が漏れた。

 すると世嘉良はニヤッとして、千冬の頭をつんっと指で突っついた。

「そんな顔してる。というか、顔に僕悩んでますって書いてある」
 そう言われて、千冬はぱっと自分の顔を押さえてしまう。

 嘘、そんな顔してた?

「千冬は顔に出るからすぐにわかるんだよ。今日は何に悩んでたんだ?」

 そう言われても千冬は下を向いたまま、言葉を口にはしなかった。言えるはずない。世嘉良と嗄罔のことで頭がいっぱいだったなんて、口が裂けても言えない悩みだ。

 千冬が頑なに口を閉ざすのを見て、世嘉良は小さく溜息を吐いてしまった。

 てっきり、先日したことを怒っているのかと思ったが、どうも違う。それに自分が失敗してしまった表情のことでもないのは、千冬が部活に出てきた事で違うと解ることだ。

 でも、千冬は世嘉良には言いたくない悩みを持っているのだ。相談もしたくないと拒否されているのは解ってしまう。

「まあ、悩める少年というわけか。それはいいとして。今日も一緒に夕食を取ろうか」
 世嘉良は無理に千冬から悩みを聞き出す事をやめて、別の話にもっていった。

 ところがだ。その言葉を聞いた瞬間、千冬は首を横に振ったのだ。
 手を前で合わせ、それをギュッと握って何度も何度も首を振るのだ。

 これは一体どうしたということか? 昨日は世嘉良も忙しく一緒には食事は出来なかった。それは仕方が無いことではある。でも、今日のことを拒否される理由が見当たらない。

「い、嫌です……」
 千冬は搾り出すような声を出して、そう拒絶した。

「それはどうして?」
 世嘉良が千冬に近づいてそう聞き返すと、千冬は一歩後ろに下がって。

「嫌だから嫌なんです!」
 凄い剣幕で叫ぶと、スケッチブックと荷物を掴むと、そのまま走って美術室を出て行ってしまったのだ。

「千冬!」
 世嘉良が追いかけようとしたのだが、その素早さで、千冬は階段を駆け下りていく音しか聴こえなかった。

「何がどうしたってんだ……」
 世嘉良は呆然として、美術室の前に立って下の階まで駆け下りていく千冬の足音を聞き入っていた。 

 このまま追っても無駄なのは解っていた。千冬はそのまま帰ってしまっただろう。そうなれば追いつくことは出来ない。
 世嘉良は千冬を追うのはやめて、美術室を片付けて、鍵を閉めて美術教官室に戻った。

 何が千冬の機嫌を損ねたのだろうか? 何がいけなかったのか。
 今まで、相手の気持ちなど考えたことがなかった世嘉良は、今千冬が何を考えているのがまったく解らなかった。

 ただ、拒絶されたということは解った。そして、千冬は怒っていた。それも世嘉良に対してだ。

 たった一日会わなかっただけで、千冬を怒らせるようなことでもしたのだろうか。それとも何か誰かに吹き込まれでもしたのだろうか?

 色々と考えを巡らせてみるが、どれもいまいち説得力が無い。

 この学校で千冬に手を出す奴がいるとは思えない。あれほど牽制しておいたのだし、千冬はそんな被害にあったこともないと言っていたのだから。

 さて、どうしたものか……。

 世嘉良がそう悩んでいると、世嘉良の携帯が鳴った。着信を見てみると、悪友であり同僚でもある埜州(やす)からの電話だった。

「なんだ」

『おー無茶不機嫌だね』
 向こうはこちらの事情などおかまいなしに上機嫌で冷やかしてくる。

「だから、なんだ」

『ま、不機嫌ならちょうどいい。久しぶりに飲みにでもいかないか? 京義(たかぎ)も都合がついたところだしよ』
 京義とは、やはり悪友で同僚の化学教師である。

「男3人で飲んで何が楽しいか」
 世嘉良が吐き捨てるように言うと向こうは何故か爆笑だ。埜州はいつもこんな感じで、軽い男なのだ。

『その不機嫌の理由も聞いてやるよ、いつもの店で7時な』

 埜州はそれだけ言うと携帯を切ってしまった。いつもこうだ。こちらの事情などどうでもいい誘いを持ちかけてくるのだ。

 だが、世嘉良は今日は行く気になっていた。世嘉良は切れた携帯を見ながら、一瞬千冬にも掛けるかと迷ったのだが、やはり今日はやめておいた方がよさそうだ。どうせ今頃電車で電源は入ってないだろうし。

「たくっいい様だな」
 世嘉良は失笑して携帯をカバンに戻していた。




 世嘉良がいつもの店に足を踏み入れたのは、7時10分前くらいだった。

 そこは表には看板などなく、暗い路地にポツンと明かりだけがあるような場所だ。普通 の人なら何の店か解らずに入るのを躊躇うし、もしくは通り過ぎてしまう。そんな場所を気に入ったのは、何を話してもマスターは気にしないし干渉もしないという徹底さだろうか。

 他に客はほとんどいない閑古鳥が鳴いているような店だが、世嘉良が入った時は先客がいた。

 世嘉良は自分を男前だと自負しているが、そこで女と一緒に飲んでいた男はそれを更に上回るような男だった。初めて見る顔だと内心思いながら、狭い店を見渡すと、案の定時間の10分以上前に姿を見せるという徹底した時間厳守を守る男が座って既に飲んでいた。

 世嘉良は挨拶も無く、その空いている席にドカリと座った。
 飲んでいた男は少し顔を上げて世嘉良を確認すると、ちらりと腕時計を眺めた。

「今日は、何十分遅刻だろうね」

「さあ、30分はかかるんじゃね?」
 世嘉良はそう言って笑うと、マスターにバーボンのロックを頼んだ。

「いきなり呼び出して、遅刻してくる奴の気が知れない」

「京義(たかぎ)の10分以上前ってのも十分異常だと思うが?」

「私は遅れて相手を待たすことが嫌なだけだ」
 京義はそう答えると、ウイスキーのロックをグッと飲み干した。

「この時間にこんな所に出てくるということは、隣の可愛い子には振られてしまったのかな?」
 京義はそう言って口の端を上げてニヤッとした。

「振られる以前の問題だ。何で機嫌が悪かったのかさっぱりだ」

「怒らせてしまったと……それくらいで参るものかね」

「俺はお前と違って紳士なんだよ。鬼畜野郎が」

「鬼畜とは失礼な。ちゃんと可愛がっているといってくれないか」

「化学室の怪奇の原因のくせに」

 化学室の怪奇とは、薄暗くなってきた校舎の特に化学室の前を通ると女の啜り泣き声が聞こえるというものだ。その原因はこの男にある。

「なかなか出来た怪奇現象だね。お陰でアレを可愛がるのに周りを気にしなくてもよくなったよ」
 そう言って薄く笑う京義を胡散臭そうに世嘉良は見た。すると、入り口で誰かが入ってきた音がした。

「お、お早いお揃いで!」
 そう言って入ってきたのは、埜州(やす)だった。遅れてきたことなどどうでもいいといういつもと同じ口調でそう言って席に座った。

「いやーなかなか抜けられなくて」
 などと言い訳しているが、これもいつもと同じ言い訳だ。

「で、何話してた?」
 さっそく話題に入ってくる。

「化学室の怪奇現象のこと」

「ああ、あれね。面白いよなあ。京義(たかぎ)が面白がってるのは解るが、あのほら、あの子、もうちょっと加減してやらないと。今日も保健室でお世話する羽目になったぞ」
 埜州(やす)は保健医なのでそう忠告してきたのだ。世話をしたのは、今京義が入れ込んでいる子のことだ。

「これでも手加減はしているよ。なかなか元気があっていい子だ」

「元気があってもな。保健室に世話になるようなことまでやるなっての」

「……ふむ、少し手加減しておこう」
 京義は相手が始終保健室に世話になっているとは思ってなかったらしく、とりあえず考えることにしたようだ。

「で、世嘉良はなんで機嫌が悪かったんだ? 隣の可愛い子には振られてしまったのか?」
 まったく京義と同じような事を埜州は口にした。思わず、世嘉良は舌打ちをしたい気分になった。

「機嫌が悪いのは、可愛い子の方なんだそうだ」
 京義がそう言うと、埜州はへえっと意外そうな顔をした。

「あのタイプは、そんな風には見えないのになあ」

「そうだね。大人しいタイプで天然入ってる子だね。如何にも世嘉良が好みそうなタイプだ」

 この悪友二人の性癖はほとんど世嘉良と変わらない。少年を食い物にするという言い方は悪いが、要はそういうことだ。年齢こそ一二歳の違いがあるが、どうもこういう話になるとこの三人はよく集まってしまうのである。今日は情報交換というところだろう。

「訳解らねえんだよ。一緒に食事しようと言ったら、嫌だと。おまけに今日は妙に上の空で、僕悩んでますって顔してやがった。ほんと、何があったんやら……」

 思わず愚痴を零してしまう。他に言うところがないというのもあるが、この二人はからかうことはするが、言いふらしたりはしないから大丈夫だと解っているので言えてしまう。

「で、お前には心当たりが無いと?」

「あったらからかいながらでも可愛がってやったさ」
 完全にふてくれている世嘉良に京義が言う。

「案外、甲斐性がないんだな」

「どういう意味だ」

「嫌だという言葉。これは、本当に嫌なのか、そうではないか。まあ、食事に誘ったことが嫌だった場合、お前の部屋に上がるのが嫌とも取れる」

「まあ、それは考えたが、その前に食事した時はちゃんと居たし、嫌がることなどしなかった」

「では、後ということになる。その子からして、その後にお前の部屋に上がるのが嫌になるような出来事が出来てしまったと解釈すべきだろう」
 京義(たかぎ)は淡々とした口調だが、実に解り易い説明で難題に取り組んでくれる。

 その後だと?
 世嘉良はそれを思い出そうとして躍起になった。

「嫌になる出来事ってのはなんなんだ?」
 埜州(やす)が京義に聞いている。興味が湧いてきたのだろう。

「例えば、世嘉良の部屋に女の形跡があった。もしくは、そのような出来事を目撃してしまったというのはどうだろう?」

「こいつに女なんかいねえぞ」

「だから、例えばと言ったんだ。まあ、男でも構わないというか、男しか考えられないわけだが」

「つまり、その子の後に、別の子を連れ込んだのをその子は見てしまった、もしくは聞いたか、連れ込んだ方のに何か言われでもしたか、だな?」

「それが一番解り易い。つまり、浮気をした現場、証拠などを知ってしまったと考えるのが妥当だろう」
 京義と埜州の話を聞いていた世嘉良は、なんとも言えない顔になってしまった。

 つまりは、千冬は浮気されたと思っているという事になってしまう。

 浮気なんてした覚えもないし、ここ数年、生徒に手出ししたこともなかったのだから、連れ込んだという相手が乗り込んでくるなんてこともあるわけないわけで。過去の揉め事が今更勃発することはないと言えるので、そうすると、おかしなことになってしまう。

 あの家に移ってからは、千冬以外家には上げてないのだ。それなのに……と考えた瞬間、世嘉良は昨日のことを思い出したのだ。

 そう、昨日、調査を依頼した玖珂(くが)の同居相手が、わざわざ調査報告書を家まで届けてくれたのだ。
 それは嗄罔(さくら)という少年で、千冬とも同じ学校で同級生でもある。

 もし、その現場を目撃されたとしたら、玄関先で取引をしたとはいえ、千冬からしたら、家に上げたことになってしまうではないか。

「ちくしょー。あれか……」
 世嘉良がそう零した瞬間、二人の目がこっちを向いた。

「なんだ、やっぱ浮気したのか?」
 などと、埜州が言うし。

「一人しか相手出来ないと口にはしていたが、本命が二人いたとは驚きだ」 
 大層驚いてない声で京義が言う。

「だから、浮気でもなくて、本命が二人でもなくてだな。玖珂のところに調査を依頼してたんだよ」
 世嘉良はそう言いながら舌打ちをした。

「玖珂に?」

 埜州は少し驚いた顔をした。玖珂とは、大学の後輩で、今は探偵事務所という名の興信所をやっている。調査は確実で、どこから持ってくるのか解らないような些細な詳細を細かく調べてくれると評判なのだ。

「千冬のこと、調べて貰ってたんだよ」

「それとこれとどう関係があるってんだ?」
 埜洲は意味が分らないと聞き返す。

「その玖珂のところに引き取った子がいただろ。嗄罔水渚ってガキ」

「ああ、あの綺麗な子だね。頭が切れる凄い子だって前、京義が褒めてたよな。あれが?」
 埜洲は素直に嗄罔(さくら)の感想を付けて聞き返した。

「それが、家まで調査報告書を届けにきたんだよ。住所はバレてるから仕方ないにしても、学校で渡してくれる予定だったんだが、俺が学校にいなくて、それで家まで来た訳だ」
 世嘉良がそう説明をすると、二人はなるほどと納得をした。そう、答えはそこにあったからだ。

「まあ、えらい勘違いをされて、浮気モノ扱いされた訳だ」
 埜洲(やす)はなーんだと残念な顔をして言った。

「あの子ならそう考えそうだね。微笑ましいというか、天然の意味も解ってきたよ」
 京義(たかぎ)はクスリと笑っている。

「純粋だといってやれ。たくっ、一言あれは誰だって聞いてくれりゃ、その場で解決出来たものを」
 世嘉良はそう言うと、バーボンのロックを一気に飲み干した。

 やっと千冬が不機嫌な理由が解った。まさか、あれを見られていたとは思わなかったし、あの嗄罔(さくら)の意味深な顔の意味も理解できた。
 余計な事をしてくれる。

 つまり、嗄罔は何か自分が不機嫌だったのもあり、世嘉良の弱点を意地って遊んだだけなのだ。

「ガキに遊ばれた感想は?」
 京義はそこまで解っていたのだろう、そんなことを言ってくる。意地悪な奴だ。

「いっぺん、絞めてやる」




24



 千冬が学校へ行こうと朝玄関を出ると、そこに世嘉良(せかりょう)が仁王立ちしていた。

「うわっ!」
 思わず驚いて、千冬はドアを反射的に閉めようとした。

 だが、閉めようとしたドアは力を入れても閉めることが出来なくて、唖然としていると、そこに世嘉良の足がしっかりと挟まっていて、閉められないようにされていたことに気がついた。
「な……!」
 こんなに思いっきり閉めたのだから、足が挟まって世嘉良はかなり痛い思いをしたに違いない。
 千冬は慌ててドアを開けた。
 すると、今度はドアに手をかけられて、世嘉良が千冬の家の玄関に上がりこんできたのだ。
「な、なんですか……」
 怖くて世嘉良の顔を見ることができない。何故世嘉良がこんなことをしているのかも理解出来ないし、待ち伏せしてまで、自分に何をしようとしているのかも解らない。 

 でも、さっき見上げた時の世嘉良の真剣な顔は、少し怖かった。だから反射的にドアを閉めてしまったのだ。
 世嘉良はゆっくりと玄関に入ってくると、ドアを背にしたまま、ドアの鍵を閉めたのだ。

「な、なんですか……」
 千冬はゆっくりと世嘉良を見上げた。そうするしか世嘉良がこんなことをしている意味を知ることが出来ないからだ。

「言いたいことがあるのなら聞く」
 世嘉良はさっきの真剣な顔とは違って優しい声でそう言った。

「え?」
 一体何のことを……。
 そう思った千冬だが、思い当たることがあった。それは世嘉良の誘いを断るほど、ショックだったこと。

「あ、あの!」

「ん?」

「あの……嗄罔(さくら)って先生のなんですか?失礼とは思うんですが、恋人ですか?」
 千冬にしては率直にきいたものだ。普段ならそんなこと聞けないと思っていたのだが、何故かそう聞いてしまった。
 すると世嘉良は持っていた茶封筒を千冬の前に差し出したのだ。

「え……あの?」

「これを見れば解る。嗄罔が持ってきたものだ」
 そうして渡されたものを千冬は受け取った。中を見ろということなのだろう。慎重に中を出してみると、報告書と書かれているものだった。

「これが……なにか……?」
 なんの報告なのだろうか、この話の流れでどうしてこんなものがと不思議がっていると世嘉良が答えてくれた。

「千冬に関する報告書だ」

「え! な、なんで!」

 千冬は驚いて世嘉良を見上げる。自分を調べてどうしようというのだろうかと思ったのだ。
 思わず、自分に関する報告書を捲って見てみる。

 そこには、千冬の家族構成やら、生まれてからの千冬が知らなかったような報告まで詳細に書かれているのである。

 本当の父親の名もあった。そして、幼稚園、小学校と上に上がっていくにつれて、詳細が詳しくなってくる。
 千冬があまり知られたくない、イジメのことまで。首謀者が誰でどういうことをされたのか。もちろん千冬の記憶にもあるものだ。

 どうして……。

 何故、世嘉良がこんなものを調べようとしたのだろうか。
 報告書を見終わった千冬は震える手を押さえて、世嘉良を見上げた。

「どうして……」
 それしか言葉を知らないかのように千冬は繰り返して聞いていた。
 世嘉良は、少し困った顔をして、ポツリと言ったのだ。

「そりゃ、千冬のことを知りたかったからだ」

「だ、だったら、こんな調査させないで、俺に聞けばいいじゃないですか!」
 千冬は思わず叫んでしまった。
 世嘉良は、当然そう言われると思っていたのだろう、こう返してきたのだ。

「俺が聞きたいと言って、千冬が素直にこんなことを喋ったりするとは思えない。確信があったんじゃないが、何かあったんだろうとは思ってた。これじゃ言えないよな」

 それは千冬に対するイジメの問題だ。千冬は母親にさえそれを隠していたのだ。ただ、同級生と巧くいかないとは言ってはいたが、イジメのことは断固として認めなかった。

 世嘉良はそんなことを感じ取っていたらしい。気になり、でも千冬に直接聞くことは失礼だと思い、調べることまでしたのだ。

「こっちの方が失礼だと思います。どうして……どうして俺なんか……」

 そんなに気に掛けてくれるのだろう。言葉はそうは続かなかった。
 自分はそんなに気にしてもらえる存在じゃない。そんなものでもないと思っている。

「嗄罔(さくら)のことを話すには、これを見せないと説明が出来ないと思ったからだ。本当なら千冬には見せないつもりだったし、秘密にしておこうと思ったものだ」
 世嘉良はそう説明した。

「これと、嗄罔が?」

 確かに嗄罔は世嘉良に渡すものがあると言っていた。それがこれなのは解ったが、何故、嗄罔がこれをもっていたのかが説明されてない。
 そう思った千冬の考えを読んだように世嘉良は続けて言った。

「嗄罔を引き取っている男が、興信所をやっていて、俺の後輩なんだ。信用できるところだから頼んだんだが、持ってくるのがあのガキとは……。それに家まで押しかけてくるのも予想してなかった」

 世嘉良はそう言って、ポリポリと頭を掻いている。本当にそう思っていたようだ。

「あ……。家の住所教えたの、俺です……」
 千冬はそれを思い出して、しゅんとなって言った。

「え? 千冬が教えたのか?」
 世嘉良はまさかそうだとは思いもしなかったと驚いている。目を見開いて千冬を凝視している。

「あのガキ、千冬に聞きに来たのか?」
 信じられないという顔で世嘉良は確認をしてくる。
 千冬は小さく、うんと頷いた。

「あんの、クソガキ!」
 つまり、自分はからかわれたのだ。たった十五歳の子供にだ。

 だが、幸いだが、千冬の誤解を解くのが早く出来て良かったとも思った。このまま学校で捕まえても、千冬のさっきの様子からすると、絶対に逃げ回るだろう。それは想像できる。その前に捕まえて事情を話して誤解を解くことが出来たようだった。

「それで、千冬は機嫌が悪かったんだな?」

 世嘉良がそう言うと、千冬はさっと顔を赤らめて下を向いてしまった。どうやら昨日京義が言っていたことは的を射ていたようだ。あの助言がなかったら、未だに千冬の機嫌の悪さが解らずに、四苦八苦していたかもしれないのだ。

 でも、それもいいかもしれないと今では思う。口説く時と同じように聞き出せばいいだけのことだ。

「悪かった。千冬しか入れたことのない家に、あんなガキ入れたからな。千冬が怒っても仕方ないよな」

 世嘉良がいきなりそう言ったので、千冬は驚いて顔を上げた。相変わらず顔は真っ赤なままだが、意味が解らないという顔でもあった。

「どうして……」
 そんな事言うんだよ!と続けたかったのだが、驚いたことに、声は少し掠れていた。
 何故か自分は緊張している。

「そりゃ、千冬怒って当然だ。俺が悪かった」
 世嘉良はそう言って頭を下げるのだ。

「せ、先生! そ、そんなことやめてください!」

 世嘉良の家に世嘉良が人を入れるのは普通のことだ。それを千冬が機嫌が悪くなるからという理由で、それを謝っているのだ。
 どうしてそこまでしてくるのか。それが千冬には解らない。

「では、どうすれば千冬の機嫌は直るのかな?」

 世嘉良は下げた頭を上げて、千冬の顔を覗き込んでくる。その口の端は少し上がっている。つまり、この状況を楽しんでいるのだ。
 なんて男だ。

「千冬は、どうしてってばかっで俺にはどうすればいいのか解らないんだな」

「だ、だって……! 先生の家に誰が入ろうが、先生が入れたなら、俺がとやかく言う必要はないはずですよ?」

「そうは思っていても納得出来ずに機嫌が悪かったのは、あのガキのせいだな? あのガキがわざわざ千冬の機嫌を損ねるような態度で接してきたというのは確実なんだな?」

 確かめるように、ゆっくりと世嘉良が聞いてくる。

 確かに不快だったのは、あの嗄罔の態度だ。世嘉良に当たる必要はないわけで、昨日の態度は自分でも恥ずかしいくらいに八つ当たりだったのかもしれない。

「え、で、でも、それは……」

「やっぱり、何かやったんだな?」

「そ、それは……」

「それは、千冬が不機嫌になるようなことなんだな?」

 世嘉良の声が段々低くなっていく。余程、嗄罔(さくら)にかき回されたことが気に入らないらしい。
 千冬は訳が解らなくなって、思わず頷いてしまった。
 確かに嗄罔の態度に自分が不機嫌になってしまったのは間違いないことだからだ。

 まったく、やってくれる……。

 世嘉良は大きな溜息が吐きたくなった。

 でも、嬉しい誤算は、千冬が自分のことを気にしていることが解ったことだ。あんな事をしたというのに、それでも千冬は自分を慕ってくれているのだ。

「まあ、こういうわけだが、千冬の機嫌は直ったかな?」
 世嘉良はそう言って、千冬の頬を両手で包んだ。にっこりと笑う世嘉良に思わず千冬は見惚れてしまった。
 これは自分の為に笑ってくれているのだ。

「機嫌って……そんなこと気にしてたんですか?」
 わずかに期待を込めた言葉を千冬は言っていた。世嘉良はなんて答えるんだろう? そういう気持ちがあった。

「そりゃ、嫌だって言われてかなり落ち込んだよ」

「え……先生が落ち込むんですか?」
 意外過ぎて千冬は笑ってしまう。そんな言葉が世嘉良から出てくるとは思いもしなかった。

「言っただろ。俺は千冬が好きだって。だから嫌われたと思って、昨日落ち込んでた」
 また意外な言葉。それと聞きなれた言葉。

「……好きって……それって」

「一目惚れだった」

「え!?」
 まさか、そんな意味で世嘉良が自分を好きだと言っていたとは思いもしなかった。周りで噂されていた事は、ほとんど間違ってないということになる。

 千冬はぐんっと体温が上がるのを感じた。

「千冬は? 俺のことどう思ってる?」

 世嘉良の言葉に、千冬は戸惑った。つまり、今自分は告白をされたわけで……で、世嘉良はその答えを聞きたいと言っているのだ。

「あの……」
 答えは決まっている。

 でもそれを口にすることは勇気がいる。ドクドクと心臓が耳についているんじゃないかと思える程の大きな鼓動が聞こえて、それが世嘉良にも聞こえているのかもしれないと思ってしまった。

「あの?」

「……先生、近いです」
 段々と顔が近づいてくる。もう唇がくっつきそうなほど近くに世嘉良の顔があるのだ。

「千冬、返事は?」
 にっこりと笑う世嘉良に、千冬は意を決して言ったのだった。

「俺も、先生が好きです……」
 それは消え入れそうな声の告白だった。



25

 告白が終了した時、千冬は顔を真っ赤にしていた。それを見た世嘉良(せかりょう)は、尚更千冬が可愛いと思い、そのまま抱きしめてキスをした。

 最初は少し抵抗があったものの、それ以上の抵抗はなく、千冬はされるがままにキスを返してくれた。それは辿々しいものであり、幼稚であるのだが、それが世嘉良の気持ちに火をつけることになるとは千冬も思いも寄らないだろう。

「ん……は……っ」
 キスが終わると、千冬はぐったりとして世嘉良にもたれ掛かった。

 世嘉良は、これはいい機会だと思ったのか、倒れ掛かってきた千冬を抱き留めると、そのまま担ぎあげてしまったのだ。

「え?」
 さすがに意識が飛びかけていた千冬でも、この展開は読めなかったらしく、びっくりして正気に戻った。

「せ、先生!」
 世嘉良は千冬を担いだまま、自分の部屋へと戻り、すぐさま居間へと連れていった。

 そこで、世嘉良は千冬を下ろし、もう一度キスをした。
 今度は抵抗なく千冬は受け入れてくれた。

 そしてそれが終わった瞬間、千冬はふうっと息を吐いた。

「もう、先生……急過ぎる」
 告白してそれほど経っていないのに、世嘉良がこういう行動を取ったことが可笑しかったのもあった。

 そして冷静に考えて、今、こうしている場合ではないとも千冬は思った。

「こんなことしてる場合じゃないです。学校へいかないと……」

 抱きしめてくる世嘉良に千冬はそう言って離れようとする。さすがにこれ以上を急に千冬に求めるのは早過ぎると思ったのか、世嘉良も息を吐いて辞めた。

「……悪かった」
 世嘉良はそう言って離れた。

 千冬はほっとすると咽が乾いた気がしてきて、ふと目に入ったお茶を手に取った。

「ち、千冬! それは!」

 世嘉良が慌てて止めに入った時にはもう遅く、千冬はその液体を飲んでしまっていた。ほんの少しだけ口に入れて呑んだだけで、それはぐっと身体が熱くなる品物だった。

「千冬、だ、大丈夫か? それは、酒なんだ」

「そ、そんなの早くいってくださいよぉー」
 千冬は泣きそうな顔になって世嘉良にすがりついた。

 世嘉良は側におきっぱなしになっていた本当の水を千冬に与えてみたが、酒は抜ける様子はなかった。

 なんとかなだめて千冬の身体をさすったりしてみた。

「先生、なんか暑い」
 段々と思考がおかしくなってきて、倒れこむように世嘉良に縋る。

 その世嘉良が触ったところから、熱がきているような気がして、千冬は体を振るわせた。

 なんだろ、これ……?

 よく解らなかったが、世嘉良が触ってくれるところは熱いのだが、気持ちがいいのだ。
 頬を撫で、そして首筋。

 キスをされると思った時にはもうキスをされていた。

「ん……」
 これは抵抗なく受け入れる。
 だが、世嘉良の手が服の中に入ってくるとピクリと体が震えた。

 ゆっくりと乳首を触って、指で捏ねてくる。それが気持ちが良くて、いつの間にかキスが終わっていた口からは喘ぎ声が漏れた。

「あ……うん……もっと」
 頭がぼんやりするが、それが気持ちいいのだとは解っている。

 もっと触って欲しくて、千冬は世嘉良に体を擦り付けるようにしていた。これは無意識だった。

「まさか、酒にここまで弱かったとは思わなかったな……」
 世嘉良がそう呟く。

 どうやら千冬はウイスキー一杯、それも舐めた程度で酔ってしまって、大胆になっているらしい。
 今なら何をしても受け入れてくれるだろう。そんな予感がする。

 だから、このチャンスを逃すことは世嘉良には出来ない。

 こういうチャンスは二度と訪れないと言えそうだ。それに千冬をどうにかするには、今しかないような気もする。
 この酒は、神様が機会を与えてくれたのかもしれないとさえ思える。

「酒の勢いを借りるのは、ちょっと不本意だけどな……」
 少しの不満を言ったのだが、目の前に美味しそうなのが横たわってくれているのだから、食わないわけにはいかないのもある。
 その辺は、自分に言い聞かせて、正気の時は二度目でもと思い直した。

「千冬が悪い子だからいけないんだよ?」
 世嘉良はそう言い聞かせてみると、千冬はトロンとした瞳を世嘉良に向けた。

「悪い子?」
 首を傾げて考えているのだが、何がいけないのか解らないらしい。

「そう、飲むんじゃないと言っただろ? だから、こうなってるんだよ」
 世嘉良がそう説明すると、納得したらしく、うんと頷いた。

「じゃあ、この暑いのどうにかなるかな?」
 そう聞いてきたので、世嘉良はニコリとして言ったのだった。

「言うとおりにしてれば、とても気持ちいいことになるよ」
 その言葉に千冬は嬉しそうな顔をしている。

「千冬は気持ちいいの好きだよね?」

「うん、好き」
 普段ならこんなに素直に答えないのだが、今日はいけるだろう。

 卑怯な気もするが、これはなるようになったとしか言えない。

「じゃあ、もっと気持ちよくしようね?」
 そう言って、世嘉良は千冬をベッドへと運んだ。

 ゆっくりと寝かせると、シャツを脱がせ、ズボンも脱がせた。
 全裸にして、それを弄るように世嘉良は手を伸ばした。
 至るところを触られて、千冬は気持ちいいのか溜息のような甘い息を何度も吐き出す。

「は……ん」
 首筋からずっと舐めとって、乳首に辿りつくと、何度も吸っては噛んでみたりとする。

「あ、ん……は……ん」

「気持ちいいだろ?」

「うん、もっと……あ!」
 乳首を舐めながら、千冬自身をもいじってやる。そうすると直に勃起をし、汁を垂らし始める。

 そういえば、前にこれをやった時も千冬は抵抗らしい抵抗はしなかった。
 基本的に気持ちいいことには弱いのだろう。

「ん……ああ……いっちゃう……」

「いっていいよ」
 そう囁くと、瞬時に千冬は達する。それでも世嘉良は千冬自身を放さずに擦り続ける。
 達したのに、またそれをやられると快楽がいきなり襲ってくる。

「やっ! あっ!」
 世嘉良は千冬の腹に散らばった精液を舐め取りながら、千冬自身にも舌を這わせた。

「あああ!」
 これはさすがにやられたことはないから、びっくりしたらしい。
 口に含んで舌で舐めながら扱いてやると、千冬自身はまた頭をもたげてくる。

「ああ、ん……あん……き、気持ちいい……んん」
 そして今度は世嘉良の口の中で達してしまった。

「はあ……はあ……」
 全身を震わせて吐き出したのだから、かなり体力を使ったらしい。

 それを見ながら、世嘉良も服を脱いで、用意していたローションを取り出した。
 それをたっぷりと手に塗って、更にうつ伏せにした千冬のお尻にもたらした。

「つ、冷たい……」
 そう言って抗議してくるが、指で孔を擦ってやると、びくっと体を奮わせた。

「ここが気持ちよくなるようにしようね」
 世嘉良はそう言って、孔を丹念に撫でて解していく。

 最初に一本の指が入った。
 ゆっくりと抜き差ししてもローションのお陰か、大して千冬も痛がりはしなかった。

 それを何度も繰り返していると、千冬の腰が揺れ始める。

 感覚が慣れてくると、世嘉良は二本の指を入れて孔を広げた。
 酔っているお陰か、殆ど抵抗はなく、ただ千冬は気持ちいいことを探しているようだった。

 そこで、前立腺を捜し擦ってやると、びくりと体が跳ね上がった。
 千冬にしたら、それは電流が流れたようなものだった。

 一瞬それがあって、驚いて世嘉良を振り返っている。

 だが、世嘉良はそこを何度も擦り、気持ちいいだろと繰り返した。
 しっかり千冬自身も復活していて、感じていることは確かなのだ。

「ん、あん……そこ……ああ……もっと……んん」
 千冬は枕にしがみ付いて、その言葉を繰り返す。

 そして三本の指を入れて更に広げてやると、最初はやはり抵抗があるが、直に慣れてくるようだ。
 丹念に孔を広げ、痛くないようにしてやる。孔の襞ももう一方の手で撫で回し、内側と外側から攻め続ける。

「あ、あ、あ……っ」

「そろそろ、大丈夫かな?」
 散々時間をかけて解したのだから、かなり孔は緩やかになっているはずである。
 それでも指より大きなものをいれるのだがら、それなりにやらなければならないこともある。

「千冬、そのまま、力を抜いていて。そういい子だね」
 そうして手を千冬自身に伸ばし、扱いてやりながら、世嘉良は孔に自身を差し入れた。

 ローションをたっぷりとつけていたお陰が、先はすんなり入ったのだが、奥までは解せてなかったから、そこから先が辛いところだ。

「千冬、深呼吸して」
 やはり、半分を入れた辺りから、千冬が痛がり始めたのだ。

「気持ちよくないよ……」
 そう文句を言い出したが、ここまで来て世嘉良が引き返せるわけがない。

「これを全部入れて、擦ると気持ちがよくなるから、もう少し協力してな」

「どうやって?」

「深呼吸と、それからこっちに集中して」
 そうやって千冬自身を扱いてやると意識はそっちにいったららしい。
 そのまま、世嘉良はゆっくりではあったが、ローションの滑りを利用して中へと入っていく。

 そして全部が入った時、千冬自身を擦りすぎたのか、千冬が達してしまった。
 全部収まった状態で、いきなり締め付けられて、世嘉良はその気持ちいい快感をなんとかやり過ごした。

「……あぶね、もってかれるところだった」
 その締め付けが具合良すぎて、入れただけなの達しそうになったのは初めてだった。
 これはかなり体の相性がいいらしい。

「先生……なんか、お腹が一杯な感じがする」
 どうやら入っているものの異物感をお腹が一杯と表現したらしい。

「もう少し慣れるまで待ってな」

「うん……」
 世嘉良は自分の大きさに孔がなれるまで、千冬の体を撫で回していた。それも気持ちいいのか、千冬は喘ぎ声を上げる。
 全身の神経が快感に向っているらしい。
 普段ならくすぐったい場所でも、千冬は喘ぎ声を漏らすからだ。

「そろそろいいか。動くぞ」

「それ、気持ちいいこと?」

「俺も千冬もすぐに気持ちよくなることだよ」
 そう言うと千冬は頷いた。

 そうしてゆっくりと抜き差しをすると、すぐに千冬は快感を追い始めている。

「あ、ん、あ……ん……あ……あ」
 千冬の中は世嘉良自身にしっかりと吸い付くような感覚で、世嘉良も気持ちが良かった。

「やはり、相性がいいらしい」
 そう呟くと、今度は早く動き始めた。

 その腰の動きに合わせて、千冬の腰も動き出す。自分で快楽を追っているのだ。
 なかなか、素質があるのかもしれない。
 などと、世嘉良は思ったが、自分も限界が近づいていた。

「あっ……あっ……ん……あっ……なにか……なにかくる……っ」
 それが絶頂であることを千冬に理解できるはずはなかった。

「あ、ああああっ!」
 完全に達してしまった千冬は、世嘉良自身を締め付け、その反動で、世嘉良も千冬の中に精を吐き出した。

「ん……!」

「は、はあ……はあ……はあ……すごい、なんか、すごい」
 千冬は視線が定まってないながらも、そう呟いていた。

「ん? すごい良かっただろ?」
 世嘉良が千冬の中から出ないまま、千冬を仰向けにして言うと、千冬はうんと頷いた。

「き、気持ちよかった……」
 そう感想を漏らした。

 そして言ったのである。

「もっとして……」
 そう言って、世嘉良の首に腕を回してくる。
 まだ余裕があるのか、それとも酒の効果なのか。
 それは解らないが、千冬がやる気になってるなら、やるしかない世嘉良である。


 結局、第二ラウンドで千冬は力尽きてしまい、寝てしまった。

 世嘉良は寝た千冬を綺麗に拭いてやってから後始末し、一緒にベッドで寝た。
 こうやって一緒に寝るのは初めてだったので、世嘉良はしっかりと千冬を抱きしめていた。

 その鼓動が聞こえたのか、千冬は世嘉良に擦り寄ってきて、胸に収まると、すうすうと寝息を立てていた。それを見て世嘉良は苦笑すると、自分も眠りに落ちていった。






 翌朝、千冬はいつも通りに目を覚ましたが、しっかりと世嘉良に抱きしめられていて身動きが取れなかった。

 しかもありえないところが痛いし、腰も痛い。体がギシギシいっているようだ。
 ふと、自分の昨日の醜態を思い出してしまった。

 酒を少し飲んでおかしくなったのは確かだが、まさかセックスに至るとは。しかもしっかり自分から求めていたことも全部覚えていたのである。
 お酒で記憶を無くすというのはよくあることだが、これほど鮮明に覚えているのはどうかと思う。

 すると真っ赤な顔をしていた千冬の顔を世嘉良が覗き込んでいたのだ。

「おはよう、よく眠れたみたいだな」
 世嘉良はそう言うと、千冬の額にキスを落とした。

「……全部、覚えてて……」
 千冬が小さい声でそう言うと、世嘉良は笑顔になって言った。

「そりゃよかった。まさか初夜を覚えなしにってのも可愛そうかと思ったが、千冬があんまり可愛くて、手が出てしまったんだ」
 世嘉良はクスクスと笑う。

「可愛いからって……もう」
 千冬は照れたのか、布団に潜り込んだのだが、あらぬ所が痛くて直に動けなくなった。

「ほら、今日は一日ベッドだな。大人しく寝てな。ご飯用意するから」
 世嘉良はそう言うと、潜っている千冬の布団を叩いてから出て行った。


 結局、その日は本当に千冬は夕方までベッドから起き上がれる状態ではなかった。

 でも、世嘉良が上機嫌であって、しかも自分も十分満足している記憶がある以上、世嘉良を責めるわけにはいかず、大人しくいうことを聞いていたのだった。
 いずれは、こういう関係になるのだと思えば、酔っていたとはいえ、正気じゃなくてよかったと考えればいい。

 でもこれ一回で終わる関係ではなく、これからも続いていくのだと解ると、あんな快楽に落ちて醜態をさらす自分が恥ずかしい。

 でも、それでも世嘉良に迫られてた自分は断れないだろうと思う。

 でもしかし。

 明日は学校がある日だが、大丈夫だろうか。

 今日休んだことを誰かに問い詰められたら自分はたぶん普通ではいられないだろう。その時、このこともバレるのではと思うと少し考えてしまう。

 すごく恥ずかしいじゃないか。
 それが今の千冬の一番の心配ごとだったのだった。

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