Distance 愛うらら

8

17

世嘉良(せかりょう)が階段を降りてくると、すぐに千冬に近寄ってきた。

「千冬」
 世嘉良はそう名を呼んで、千冬を抱き寄せる。肩に手を回してギュッと抱き締めるのだ。これはもういつもの世嘉良だ。それは千冬も気にしない。こんなスキンシップは何故か慣れてしまったのだ。

 そして世嘉良は千冬の耳元でゆっくりと言ったのだった。

「あんまり、遅いから心配したぞ。何かあったのかと思った」

 久しぶりに、しかも耳元で囁かれると、自然と千冬は顔が真っ赤になってしまう。この声には弱いし、耳に息が吹きかけられるのも弱い。くすぐったいのと何か熱いものが込み上げてきて、赤面 してしまう。

「案の定、虫に捕まってるしな。まったく目が離せない」
 世嘉良はそう言って千冬の頬を撫でた。

「虫……って」
 なんだろう?と千冬は首を傾げてしまう。

 当然、普通の虫の意味でない事は解っている。だが何を意味しているのかが解らない。まったく世嘉良の言う事は、何でも謎が多くて解り辛いのだ。それには千冬も困ってしまうのだ。

「それになんだモデルって。千冬も怪し気だと思ってるだろ?」

「モデルの何処がですか?」
 世嘉良の言葉に千冬はそれがどうしたと返した。

 本当にモデルをするのであれば、普通に撮るだろうと千冬は思っていたのだ。だが、世嘉良の言い方だと何か違う意味みたいだ。

「解ってるのか? モデルといっても普通のじゃないぞ。あいつは千冬のイヤらしい写 真を撮って売ろうと考えてるんだぜ」

 呆れたように世嘉良が言うのだった。
 その言葉に千冬は目を見開いて固まってしまう。


 イヤらしいのって……まさか、ヌードとか……?
 え、でも……男のだよ?
 あ、でも……男でもいい人っているんだよね……?
 うわっそれって……。

 だんだんと顔が真っ赤になってくる千冬。まさかモデルにそんな意味があるとは思わなかったのだ。そんな意味で言われているとも想像もしてなかったが、世嘉良に指摘されて千冬が考えたのは、女性のヌードのようなモノだった。

 さすがにそれは恥ずかしいだろう。撮られるだけでなく、売られてしまうのだから。

「そういうイヤらしい事を先生こそやってるんでしょうが!」
 と、下水流(しもつる)が反撃に出た。でも上和野の後ろに隠れたまま。どうやら、下水流は世嘉良の事が苦手らしい。

「趣味でそんなの撮ってるお前に言われたかないな」
 世嘉良はそう言いながらも、千冬の頬をゆっくりと撫でている。その撫で方が妙にイラやらしく見えるのは、他の人の目からも明らかだったが、千冬には何故かそれが心地いいと思ってしまう出来事だった。

 まだ少し放心していたが、その撫でる手で千冬は我に返った。

「せ、先生……」
 不安そうに千冬が世嘉良を見上げると、世嘉良はにっこりと笑って言うのだった。

「大丈夫、俺がいる限り、そんな写真は撮らせないからな」
 そう断言してくれるのだ。それは世嘉良が千冬を守ってくれるという意味なのだろうとなんとなくではあるが、千冬にも解った。

「あーイヤだ。そんな甘い先生、初めて見る。人間、変わったんじゃないんですかー?」

 甘く千冬を撫でて、安心させている世嘉良は、彼等が知っている世嘉良ではない。それは上和野も見てそう思っていたからだ。有り得ない出来事に出会っているのである。でも、それは千冬には解らない。世嘉良は最初からこうなのだからだ。

「千冬の事は特別だからな。こうやって大切にしているだけさ」
 世嘉良はそんな甘い事を言う。それに2人はげっそりとした顔をした。有り得ない言葉を聞いてしまったからだ。

 その言葉に千冬は、ふと多保達が言っていた言葉を思い出した。世嘉良は千冬を大事にしている、という言葉だ。3人ともが納得していたみたいだが、今もそうやってされているという事なのだろう。世嘉良がどんな人なのかまだよく解らないが、この甘いのが、世嘉良という認識の千冬には、意外でもなんでもなかった。

 でも、大事に、大切にされているというのは、もし嘘だとしても言ってくれただけで、嬉しいと感じてしまうのは、仕方ないと思う。千冬は素直に嬉しかったのだった。

 騒ぎが少し治まったところで、世嘉良はあの事を切り出した。

「で、例のモノは出来たか?」
 下水流(しもつる)をニヤリとして見て言う。こういうニヤリとして人を見下したような人が世嘉良という人間である。煮ても焼いても食えないというのが定評だ。

 その言葉に下水流はじーっと世嘉良を睨んで言ったのだった。

「出来ましたよ! 百枚ジャスト! ネガ付きですよ!」

「後で持ってこいよ。金は払ってやる」

「当たり前ですよ!」

「ほー。勝手に写真売り払って儲けている奴がいう事か? どうせ千冬の写 真も限定発売したんだろ?」
 世嘉良は下水流のやりそうな事を見越してそう言い放った。すると、その話しに上和野(うわの)が入り込んできた。

「まぁ、そうですよね。それも法外な値段ですし」

「景、まさか……」
 下水流は話しに割り込んできた上和野を見上げて、不安そうに青い顔をした。

「こっちとしても、裏儲けやってるわけですし、それを見逃してもらったという事で今回の写 真はチャラでもいいですよ」
 上和野はそう言い切ったのである。その言葉に下水流(しもつる)はムンクの叫びの顔をしている。

「さすが、上和野(うわの)は話しの解る奴だな」
 世嘉良は満足という笑顔を上和野に見せた。それに上和野は答える。

「いえ、千冬くんにも悪いですからね。ごめんね、千冬くん」
 上和野はいきなり千冬に謝ってきた。

 だが、そう言われても千冬には身に覚えのないことで、なんで謝られているのかがさっぱりだった。

「何がですか? 謝られるような事、されてませんけど?」

 千冬がそう言うと、上和野と下水流が意外そうな顔をした。そして二人で顔を見合わせるのだ。千冬はどうしたんだろ? と首を傾げる。世嘉良はニヤリとしているだけだ。

「あの、もしかして、呼び出されたりとか、告白とか、そういうのされてない?」
 下水流が信じられないという顔をして尋ねてきたのだ。上和野も同じような顔だ。

「多保とかはされてたけど、ああいうのはないですよ」

「まったく!?」

「はい」
 千冬は素直に頷いた。多保がされている事を千冬もされていると二人は思っていたようだったが、それはさっぱりだったのだ。だから謝られても困るのだ。被害はないのだから。

「先生! どんな手、使ったんですか!?」
 下水流が大きな声で叫んで世嘉良に聞いた。信じられないとまだ疑っていて、千冬が被害に合わなかったのを世嘉良のお陰だと見抜いたようだった。

「そりゃ、トップシークレットだ。なんだ、やっぱり写真売ってやがったのか」
 世嘉良はそう言って舌打ちをした。限定発売とか言っていたがやはり千冬の写 真は一部だが出回っていることになる。

「そ、そ、そりゃ少しは……先生より早く注文された分は。頼まれた分だけですよ。その他は売ってません。一応信頼ある写 真部ですからね、断れないんですよ!」
 下水流はそう言って世嘉良に反撃したようだった。
 その下水流に上和野が吐き捨てるように言ったのだった。

「裏のな」

「景ー」

「俺は無条件に千冬くんの味方だしね。過去の事を思えば、当然だろうが」
 上和野はそう言い切った。

「う、そりゃ……まぁ……」
 と歯切れの悪い下水流。どうやら前科があるらしい。それで上和野も苦労したのだろうと千冬は何となく解った。多保でさえあんなに苦労してるのだから、この上和野景もまた同じ目に合っていたに違いないのだ。

「ああ、上和野(うわの)さんも昔、前鹿川(ましかわ)多保みたいに大変だったって事ですか?」
 千冬がそう言うので、世嘉良はよくで来ましたとばかりに頭を撫でた。

「そうだよ」

「やっぱり、上和野さん、凄い綺麗ですもんね」
 千冬が素直にそう言うと、脱力したようになってしまう世嘉良である。

「千冬、可愛い子も大変なんだぜ」

「え?」
 千冬は不思議そうな顔をして世嘉良を見上げる。

「千冬みたいに可愛い子はね、弱いと思われているから、押せば何とかなると思ってる輩も多いんだぜ」

「でも、俺、可愛くもないし、大変な目にもあってませんよ?」
 千冬は自分の事は可愛いとは認めてないので、こんな言葉が出てしまうのである。

「それは俺がいるからだぜ」
 世嘉良はニヤリとして言うのである。その言葉に千冬は、あっと思い出したように言った。

「もしかして、あの変な噂のせいですか?」

「変な噂ってなんだ。本当に千冬の事が好きだから守ってるんだぜ」

「え?」
 本当に好き? 千冬は聞き間違えたのかと思ってしまった。でも確かに世嘉良はそう言った。間違いない。その呆然としている千冬に世嘉良が言うのである。

「そうじゃなきゃ、今頃、前鹿川(ましかわ)の二の舞いってところだったんだぜ」

「多保の……二の舞い……」
 考えただけでもぞっとする出来事だ。変な噂も妙な所で役に立っているようである。このまま否定するよりは、曖昧にしていた方が身の為だという気がしてきた。

 世嘉良を利用しているのは気が引けるが、多保みたいに大変な目に合うのも嫌だと思った。

「そう考えれば、俺、1人相手している方が楽で安全だろ?」
 世嘉良がそう言ったので、千冬はうんうんと頷いてしまった。

 あれ……? 何か違うような……?
 と千冬は首を傾げたが、何がおかしいのか気付く事は出来なかったのである。

 

18


 美術室に入ってみると、やはりというか、見事に誰もいなかった。

 部活初めなのだから一人くらい先輩や同級生がいるかと期待していたのだが、見事に裏切られた。そんながっかりとしている千冬を見て世嘉良(せかりょう)は苦笑した。

「そうがっかりするな。一対一だって言っただろ?」
 世嘉良にそう言われ、肩を叩かれた。

 確かに世嘉良は最初からそう言っていたはずだ。千冬はそれを思い出してため息を吐いた。
 まあ、もともと美術をしたがる生徒がいるとは思えない学校だから、これも仕方がないことなのだろうと思うしかなかったのである。

 運動部の方が盛んで、文系の方はあまり活動はしていないような感じである。
 外からは、威勢のいい声が木霊して聞こえてくる。


「とりあえず、石像のデッサンからやってみようか……」
 世嘉良はそう言って、千冬のために席を一つ教室の後ろに用意して、その側にあった石像を一つ選んでテーブルに置いた。

 なんだか、意外に普通で千冬は拍子抜けという感じだった。

 今まで描いてきたモノを持ってこいとは言われなかったし、どんなのが趣味なのかも聞かれはしなかった。
 これが世嘉良のやり方なのだろうかと、千冬はふと思った。

「千冬、好きな向きでいいんで描いてみな」

「あ、はい」

 千冬は席に進められて、そこへ座ると、持ってきたスケッチブックを取りだし、鉛筆やら筆記用具を出し準備した。
 世嘉良は、千冬の後ろに立って、その様子を眺めていた。
 千冬はセッティングをすませると、すぐにデッサンに取り掛かった。

 千冬はデッサンには慣れていたので、スムーズに筆が進む。特にあーでもない、こーでもないとは悩むことはなくて、一回それを見ると、こう描きたいというイメージがすぐに湧いてくるのだ。それに合わせて描いているだけ。

 その筆がスムーズに動いているのを見て、世嘉良は少し意外な感じがしていた。
 千冬が本格的に美術系に興味があるとは思ってなかったのだ。趣味程度にはやっているだろうというくらいしか思ってなかったのだ。

 でも千冬は真剣に石像を見つめ、そしてスケッチしている。
 その絵は、かなりの上手さだった。ただし、素人にしてはである。

 でも高校生として何かの賞に出せば、努力賞くらいには引っ掛かるか?というタイプの絵だ。本格的にやっていた自分と比べたら、鼻で笑ってもおかしくはない。だが、真剣に取り組んでいる千冬をみていると、そんなことはしたくなくて、ただもっと上手くなるようにしてやりたいと思ってしまう。

 そんな感じだ。
 趣味としてやるくらいなら、それなりに評価はされるだろう。

 美術系を苦手にしている人間からすれば、それはかなりの上手さになってしまう。でも玄人からすれば、まだまだ未熟だ、になってしまうという微妙な線に千冬はいるのだ。

 それでも趣味だけで、ここまで描けるのなら、本人がどれだけ絵が好きかは解るものだ。

「出来ました」
 千冬は、自分ではここまでと思ったのだろう。鉛筆を置いて、スケッチを差し出した。
 スケッチすることに悩まず、ひたすら描いていたから、十分な出来だ。

「ほう、早いな」
 世嘉良は、関心したように呟いた。

「そうですか?」
 千冬を少し首を傾げて、世嘉良を見上げていた。
 早過ぎたのかな?とちょっと不安になったのだ。

「30分経ってないからね」
 と、世嘉良は答えて、千冬をスケッチブックを取り上げた。
 じっくりとその絵を見入る。

「やっぱり、下手ですか……?」

 千冬は不安になって、世嘉良に尋ねていた。世嘉良は美大を出た、美しい絵を描く教師だ。どんな事を言われても仕方ないとは思うが、あまりに下手だと言われると、なんだかショックを受けそうになってしまう。

 世嘉良は暫くその絵を見ていたが、ふっと笑って答えたのだった。

「そうだな。趣味でやってきたにしては上手い方だと思う。ただ、専門から見れば、素人に毛が生えたって感じだな」

 世嘉良は下手に褒めたりはせずに、素直な感想を述べていた。
 千冬は、それを真剣に聞いて、うんうんと頷いていた。

 やはり専門の人から見ると、下手なのが解ってしまうのは仕方ない事だ。それでも、素人にしては上手いと言われた方が嬉しかったりする。だって、自分は素人なのだから。

 それに、今まで趣味でやってきた事を否定はされなかった。
 趣味だから許されるくらいに、自分の絵は見られるということになる。別 に玄人にはなろうとは思ってないから、その評価は十分過ぎくらいである。

「でも、好きだ。絵が好きだって気持ちが伝わってくる、いい絵だな」

 世嘉良はそう言って、千冬の頭を撫でた。千冬はそうされると、何故か気持ちがよくなってしまう。なんだろう、この気持ちはと考えても解らない。
 褒められたから嬉しいのではなく、こうされるのが気持ちいいと思ってしまうのだから、表現のしようがないのだ。

 でも顔は笑顔になってしまっていた。
 そのにこにこしている千冬を見ていると、世嘉良はたまらなくなってしまう。

「千冬……」

「は……い?」
 絵を好きだと褒めて貰って、嬉しくなって頭を撫でられて、更に嬉しいと思っている千冬の顎を世嘉良の手が捕らえる。

「あ……」
 千冬がはっとなった時には、もう千冬の唇には世嘉良の唇が重なっていた。

 またっ!

 一瞬の隙を突かれたとはいえ、またキスされるような好きを与えてしまったのかと思うと、千冬は悔しくなる。

 でも、抵抗しようと世嘉良の身体を押し退けようとしたのだが、その手首を捕られ、身動きが出来なくなってしまった。

「ふっ……ん」
 唇の向きを変えると、甘い声が漏れる。
 感じたくないのに、千冬は世嘉良のキスに感じてしまっていた。

 覚えてしまった感覚が押し寄せてきて、千冬の頭は何も考えられなくなっていく。

 口の中を動き回る舌が舌を求めて絡みついてくる。逃げようとしても、それは出来なくて、次第に答える形になってしまう。
 手首を掴んだ手が離れても、千冬は暴れることはしなかった。
 自然に世嘉良の服を掴んでしまっている。

「はっ……ん」
 息がしやすいように世嘉良は何度も唇の位置を変えてキスを続行している。
 このキスを続けていると、千冬の身体に異変が起きた。

 胸がドキドキするのは当たり前として、そうじゃなくて身体の中心、男の象徴するモノが段々とじんじんとしてきたのだ。

 前も少しは感じてはいたが、今ほどではなかった。
 今のキスが濃厚で、それに身体が反応しているようだ。

 その身体の反応に戸惑っていると、その戸惑っている場所に気がついたように、世嘉良の手が動いた。
 そして、その手は、千冬の熱が溜まっている場所に辿り着いた。

「!!」

 ギュッと自分自身を握られて、千冬ははっとして目を見開いた。
 

19


「あ……いやっ」
 唇を解放されて、千冬の口から嫌がる言葉が出てきた。

 だが、世嘉良(せかりょう)は手を止めず、ズボンの上から何度も千冬自身を握ってくるのだ。
 嫌だと思っているのに、千冬はしっかり反応していて、勃っているのだ。

 世嘉良に刺激を与えられ、千冬はブルブルと身体を震わせた。感じているという反応であって、嫌悪からくるものではなかった。
 それはもう千冬にも解っていた。誤魔化せない事実である。

 世嘉良はニヤリとして、千冬の耳に息を吹きかけた。
 それだけで千冬はギュッと世嘉良の服を握りしめてくる。

 感じているような反応だ。

 世嘉良はそれに満足して、すっと手を進めた。
 これは千冬の反応を見ていたからだ。この分だと大した反撃はなさそうである。

 元々千冬にはそういう所がある。人を拒絶する事が出来ない性格なのだろう。

 世嘉良が、千冬のズボンのベルトを外し、ボタンやチャックを開けてズボンと一緒に下着をずらせると、千冬がハッとしたように顔を上げて世嘉良を見上げてきた。

「先生……な、何する、の……?」
 不安そうな千冬の声が上がった。

 それさえも世嘉良は千冬にキスをすることによって封じてしまう。

 反論出来なくなったところで、世嘉良はすっかり勃っている千冬自身をすっと手で握った。
 キスをされて、気を反らされていた千冬だったが、この感触にはさすがに驚いたように目を見開いた。

 でも、それで止まる世嘉良ではなかった。
 世嘉良がキスをやめると、千冬がはっと息を吐いた。

「あ……ん」

 甘い疼きをくれる、世嘉良の手がゆっくりと動き始める。それに千冬は甘い声を上げていたのだ。

 他人からされるなんて、初めての経験である。
 それでも身体が反応してしまうのだ。
 世嘉良は千冬の耳に舌を這わせながら囁いた。

「マスかいたことはあるよな?」
 世嘉良にゆっくりと擦られながらも、千冬は耳に入った言葉にかっと顔を赤く染めた。

 つまり、やったことがあるという事だ。
 男なら一度はやった事がある事だ。何も珍しいことではないし、千冬も知らないという程、無知ではなかった。

「それにしても、綺麗なピンクだよな。あんまりやってない?」

 千冬のようなタイプなら、性欲があるような盛りの少年とは違って、もっと淡泊なはずだ。
 他人からはさすがにされたことはないのは、反応を見ていれば解る事で、世嘉良はニヤッとしてしまう。

 これは千冬には初体験というのだから、嬉しくて仕方がないとしか言い様がない。
 千冬は世嘉良の言葉に、小さく一度頷いた。

 こんなことは、進んでするものではないし、そこまで千冬は欲求不満というわけでもなかった。
 出来れば、こんな事はしたくないとさえ思っていたのだ。

 一人でしている時、達した瞬間に妙な空しさが残ってしまうのだから、進んでやろうとは思わないわけである。
 そんな事情は世嘉良には解らない。でも世嘉良は嬉しそうに口の端を上げて微笑むと千冬の耳にまた囁いた。

「性欲はあまりないけど、ちゃんと俺のキスに答えてくれた訳だ。嬉しいね」
 そう言って、世嘉良はクスッと笑うと、握ったものを激しく扱き始めた。

「あ……っ! やっ……!」
 いきなり襲ってきた快楽に千冬は、どうしていいか解らなかった。怖かったわけでもないし、ただいきなり来る知らない快楽は少し怖かったのもある。
 何故世嘉良がこんな事をするのとか、そういう考えはすっかり翔んでしまっていた。

 与えられる快楽に身を預けてしまっている。
 ギュッと目を瞑って、快楽に堪えようとしているのだが、思わず頭が後ろにのけ反ってしまう。

 世嘉良は強めに千冬自身を握って上下に扱いてくる。

「は……あっあっ」

「気持ちいい?」
 世嘉良がそう耳元で囁くと、千冬は何度も首を縦に振った。

「人にやってもらうと自分でやるより違うだろ?」
 そう言われた瞬間、耳を甘く噛まれて、千冬はびくっと身体を震わせた。

 自分でやっていた時より、はるかに快感がくるのは確かだった。それも物凄いものだったのだから、千冬にはただただ喘ぐしか方法がなかった。

「あっー……あっ、だ、だめっ! あ!」
 快感が体中を巡る。信じられないくらいに気持ちが良くてたまらない。扱き上げる世嘉良の手は、千冬の精液の先走りによって、滑ってきて滑りがよくなっている。

「はっ、あ、あっん」
 千冬は喘ぎ声を上げながら、世嘉良の服を握りしめていた。
 そして、だんだんと追いつめられていく。

「やっ……だめ……い……ちゃう……っ」
 千冬は頭を振って、射精を堪えた。でも、それも時間の問題だった。
 世嘉良は耳元で優しく言い放ったのである。

「いっていいんだぜ。その為にやってるんだから」
 ゾクッと腰にもろにくるような甘い声で言われて、千冬はもう堪えるのを放棄してしまった。

 もうどうにでもなってしまえという感じだ。

「やっあっあっ……いく、いくー」
 千冬自身は爆発寸前だった。
 その千冬の耳に世嘉良は言う。

「いって」
 世嘉良がそう言って、扱くのを強めてやると、千冬は一気に達した。

「ああっー!」

 甘い声を上げて、千冬は一気に精を吐き出した。その時、身体がびくびくっと震えて絶頂を迎えた。

 世嘉良は千冬が達する時に、すっとハンカチを千冬自身に被せて、それで精液を受け止めた。

「たくさん、出たね」
 世嘉良はそう言って、千冬の無防備になっている唇にキスを落とした。

 千冬はもう精力が尽きたかのような困ぱいぶりで、ぐったりとイスに凭れているだけだった。少し意識が遠くへ行っているようだ。

 世嘉良はそんな千冬の下半身を綺麗に拭いて、下着やらズボンを綺麗に元のように戻してくれていた。そんな様子を千冬は少し遠い世界で見つめている感じであった。

 まだ絶頂の余韻に浸っているのだ。まだ力も戻ってないのか、腕もダランとして下に下がったままだ。
 ただ、吐く息はまだ甘さを残していて、色っぽくみえる。

 世嘉良はそんな千冬の頬を撫で、軽くキスをした。キスをして放した唇を舌で舐めて唇を甘噛みした。そして、顔中にキスを落とした。

「ちょっと、千冬、遠くへいっちゃったな」
 あまりの千冬の放心ぶりに、世嘉良は苦笑してしまった。

 ここまで感じてくれるのは嬉しいところなのだが……などと心の中では喜んでいた。

「千冬?」
 千冬を現世に呼び戻す為に世嘉良は、少し強い声で呼びかけた。

「ん……?」
 まだ、放心してはいるが、答えてくる声はあった。

「気持ちよかった?」
 世嘉良がそう聞くと、千冬ははあっと甘い息を吐いて答えた。

「……うん、びっくりした……」
 千冬はそう答えて、ゆっくりと目を閉じた。

「そう、よかったか」
 世嘉良は言って笑っていた。それは千冬の意識にも残ってた。

 だが、世嘉良は少し困っていた。手でやっただけなのに、ここまで放心してしまうとは……最後までやったらどうなるんだろうと、不意に思ってしまったからだった。

 これはまだ序の口。入門編なのだから。

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