Distance
愛うらら
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「あの……終わりましたけど……」
キッチンでの洗い物を終えて、側にあったタオルで手を拭いた千冬は、振り返って遠慮目に言ってみた。
洗い物をしている間、ずっと世嘉良はくっついてた訳で、何故こんな状態なのかも理解出来ないのだが、とりあえず、離れて貰うしかない。
千冬の遠慮目の声に世嘉良(せかりょう)は反応して、やっと抱き締めていた腕を離して、離れてくれた。
ホッと千冬が息を吐くと、今度は世嘉良の回ってきた手が腰をしっかりと掴んで、ひょいっと千冬を持ち上げて抱き締めてきたのである。
「ど、どうかしたんですか!?」
本当にいきなりだったので、千冬は戸惑ってしまう。
世嘉良は、千冬の40キロ台の体重をものともしない様子で、本当にひょいと荷物でも担ぐように千冬を抱き上げたのである。それもしっかりとした足取りでキッチンを出て行く。
行き先は、千冬がさっきまで座っていたソファのようだった。
「何なんですか、さっきから!」
もう訳が解らなくて、千冬は暴れて逃げ出そうとしたのだが、しっかりとした腕が腰に回っていてとてもじゃないが、千冬の力では外す事は出来ない。
なんでこんなに力があるんだ……。
そう思ってしまうのも無理はない。千冬が暴れているのに、世嘉良はまったく焦った様子でもなく、すたすたとまっすぐに歩いて目的地まで辿り着いてしまったからだ。
結局そのままソファに座る形になってしまい、千冬は世嘉良の膝の上に跨がるように座ってしまったのだった。
これは結構恥ずかしい体勢だ。
いい年した子供がする格好ではないし、子供の頃だってこんな事はした記憶すらないのだ。
千冬は恥ずかしくて、何とかこの体勢から逃げようとするのだが、腰はしっかりと世嘉良が押さえ込んでいて、痛いくらいに掴まれている。
多少暴れたところで、この体勢から逃れる事が出来ないんだと悟った千冬が大人しくなると、腰を掴んでいた世嘉良の手が背中に回って、千冬の背中を撫でているのだ。
まるでペットを撫でているかのような手付きだ。
この人は一体何がしたいんだろう?
千冬は首を傾げて世嘉良を見つめた。
すると世嘉良はそれだけで満足したのか、すぐに笑顔に変わっていた。それも嬉しくて仕方ないというような甘い顔だったのだ。
こんな事して、何が楽しいんだか……。
千冬はされるがままで、暫く考えた。自分はペットのように見えているのだろうか?とか、いや、ペットに無理矢理こんな事をする人はそういないだろうし、人間とペットを間違える人だっていないはずだ。
千冬には訳が解らなくて首を傾げていると、ふっと世嘉良が笑って言ったのだった。
「千冬は本当に小さくて可愛いな……」
世嘉良がそう言ったので千冬は眉をしかめて、世嘉良を見てしまう。
この人はすぐに人を可愛いと言ってくる。何処が可愛いのかさえ千冬には自分では解らないのだから、この謎は解けない。
すると、その眉を顰めた千冬の眉の間に、世嘉良がキスをしてきたのだ。
考え込んでいた千冬はそれを避ける事が出来なかった。
ハッとして眉を手で押さえて、千冬は逃げようとした。これはかなり恥ずかしい。
それなのに、腰を掴んでいる手と背中に回っていた手が、がっしりと千冬の動きを押さえ込んでしまう。
こう力で押さえられてしまうと、千冬は逃げるのを諦めてしまう。
それは、過去に力で押さえ込まれてきた経験から、力を抜いた方が楽だったという事からきている。諦めるのが早いのだ。これは欠点でもある。自覚していながらでも、今の状態では、世嘉良に力では叶わないのだから、諦めるしかないのだ。
「先生……さっきから何なんですか?」
千冬は訳が解らなくなって、世嘉良に尋ねた。こんなスキンシップは初めてだし、どうしていいのか解らなくて、ただただ困ってしまうだけなのだ。
しかも男からキスされるなんて事、有り得ないと思っていた。世嘉良が何をしたいのかが掴めずに困り果 てるしかなかった。
すると世嘉良はニコリと笑って言ったのである。
「そりゃ、千冬に触って、キスしたいだけさ」
さらっとその台詞を言った世嘉良に千冬はドキリとしてしまう。
「何で……」
男に触って、キスしたいなんて冗談だろうと思った。世嘉良の悪い冗談だ。千冬はそう思ってしまう。こんな事したって、世嘉良にはなんのメリットもないのだから。
それに男にこんな事言ったって意味がないと千冬は思っていた。
嫌がらせなのだろうか?
からかって遊んでいるだけなのだろうか?
世嘉良(せかりょう)程の容姿の持ち主なら、相当遊んでいそうだ。ほっといても女は寄ってくるだろうし、選り取りみどりという感じがする。女には不自由してなさそうに見える。
そう千冬が考えていると、世嘉良が言った。
「他の男にさせるなよ。ああ、女も駄目だぞ」
世嘉良はそう言うと、腰に回していた手を千冬の顎に置いて掴むと、口を開かせてた。千冬が何だと思っていると、世嘉良の顔が近付いてきた。
びっくりして目をぎゅっと瞑ると、なんと世嘉良は千冬の唇にキスをしてきたのだ。
「んん……っ」
文句を言おうと口を動かそうとしたのだが、それは顎を掴まれているお陰で出来なかった。すると、口の中に滑りとした感触が入ってきた。
え……?
千冬が驚いていると、それは世嘉良の舌だった。それは千冬の口の中を自由に動き回り、歯などを舐めてくるのだ。ぞくっとした感覚が背中を走っていく。それは千冬の舌に舌を絡めてきて、思わず千冬はその舌に答えてしまった。
自分が何をしているのか、解っている。なのに、逆らえないのだ。
「は……ん」
時々入り込む息が何故か甘い気がした。世嘉良はそれに満足したのか、尚も唇の向きを変えて、千冬の唇を奪っている。
千冬の頭の中は真っ白だ。激しいキスに翻弄されて、自分の意志がそこにあるのかさえ解らない。
ただその行為に夢中になっていた。与えられる感覚は、快感というもので、千冬は理解してなかったが、それでも拒むような事はしなかった。
だんだん息が苦しくなって、ぎゅっと掴んだのは世嘉良の服だった。
やっと世嘉良が千冬の唇を解放したのは、結構長い時間楽しんでからだった。千冬はすぐには我に戻れず、ただ苦しかった息を何とか肺に取り込んで苦しそうに息を繰り返すだけだった。
「はぁ……はぁ……」
舌はジンジンとしている。キスをしたのは初めてだったから、こんなキスがあるとは思ってもみなかったのだ。
母親と義父がしている軽いキスは見た事あるが、そんなものではないという事は理解出来ていた。
世嘉良はもう一度、今度は軽い触れるだけのキスをして、やっと千冬の唇から離れた。
それでやっと千冬は我に返った。
な、な、なんで!
お、男の人と、濃いキスをしてしまった!
「な、何するんですか!」
千冬はそう叫んで、自分の唇を手で塞いだ。
し、信じられない。こんな冗談。千冬はそう思っていた。
すると、世嘉良は、なんとニヤリと笑って言ってのけたのである。
「なんだ、ファーストキスだったのか。ラッキーだな」
と。
その言葉に、千冬は猛然と怒りが湧いてくる。冗談でファーストキスをこんな男に奪われたのだ。それは怒りにしかならない。
確かにそうだったからだ。図星だ。子供の頃の記憶のない時を除けば、自分で好んでしたキスはない。確かにファーストキスだったのだ。
それを何とも思っていない、しかも自分の学校の教師に奪われるとは思いもしなかったのである。
「そうですよ! なんでこんな事するんですか!?」
千冬が猛然と怒って抗議をすると、世嘉良はニコリとして答えたのである。
「そりゃ、千冬が可愛いから」
「可愛い子がいたら、誰にでもするんですか!!」
「いや、今は千冬だけだぜ」
世嘉良はそう言ってニヤリと笑う。その笑顔が憎らしい。
「俺だけって何ですか! ふざけないで下さい! ふざけてする事じゃないですよ!」
すると、世嘉良はふっと真剣な顔をして言った。
「ふざけてない。千冬が好きだからキスをしただけだ」
そう答えたのである。頭が痛いと千冬は思った。
「好きだったら何をやってもいいと思ってるんですか!?」
千冬がそう叫ぶと、世嘉良は即答で答えた。
「思ってるけど?」
「!!」
もう言葉が出ないとはこの事だ。
それでも世嘉良は言葉を続ける。
「好きなら、触りたいし、キスもしたい。それにもっと先の事もな」
そう言った世嘉良。千冬の後ろに回っていた手が、服の中に侵入してきたのである。
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「や……っ!」
千冬は、その感触に背中を反らして逃げようとした。
いきなり、服の中に侵入した世嘉良(せかりょう)の手が動き回っている。
千冬は何をされるのか解らないから、怖いと思うし、意味が解らない。男同士のセックスがあるとは思っていない、千冬には、何故世嘉良がこんな事をするのか、意味が解らないのだ。
世嘉良の手はしっかり背中を撫でていて、それがわきまできて、ゆっくりと皮膚を押すように撫でていた。
ぞぞっとした感じが身体を巡って、千冬は背中を反らしてしまった。
「おっと……」
後ろへと倒れそうになる千冬を世嘉良は受け止めて、身体を支えるように自分の方へともたれるようにした。
そしてゆっくりとソファに千冬を倒した。上から世嘉良に見つめられて、千冬は恥ずかしくなって顔を反らした。
その瞬間、ふっと世嘉良が笑ったように感じた。
なんでこんなにどきどきするのかが千冬には解らない。
世嘉良の手は止まらずに、千冬の服をかき分けて、前へとやってきた。
「や……っ、せんせい……」
腹を撫でる手が上へと上がってくる。そして、千冬の胸の突起をさらっと撫でた。
「あっ……!」
思わず千冬は声を洩らしてしまった。
世嘉良の手は突起を何度も撫でてくる。何も感じないはずの、飾りである場所から、身体中に走る電撃のような感覚に、千冬は少しパニックになってしまった。
何、これっ……?
びくびくと身体が震える。
初めての感覚に、千冬はぎゅっと目を瞑ってしまった。
世嘉良が何をしようとしているのかが解らないし、自分の身体に起こっている異変に戸惑ってもいたのである。
だが、目を瞑った事によって、余計に感覚が研ぎすまされてしまう事に千冬は気付いてなかった。
千冬の胸の突起を世嘉良の指がきゅっと捕らえた。
「あっ……!」
びくんっと身体が跳ねる。
身体が大きく震えて、千冬は驚いて目を見開いた。
そして、忍び込んでいる世嘉良の腕を押さえていた。でもその力では世嘉良の腕を取り除く事は出来ない。
「や……なんで……」
千冬は、千冬を覗き込んでいる世嘉良に尋ねていた。
本当に何でなのか解らない。この感覚がなんなのかさえ解らないのに。
不安そうな顔をしている千冬の頬を、世嘉良はすっと撫でて答えた。
「触りたいって言っただろ?」
その口調は優しかった。何度も頬を撫でてくれる。でも、忍び込んでいる手はまだ動いている。
「でも……男の身体触ったって、女の人とは違うんですよ……」
懇願するように、千冬は言っていた。
自分は女ではないのだから、こんな事されたって意味はないと。
世嘉良が求めるようなものは何もないのだと。
まさか、自分を女のように思っているとは思ってないが、でも錯覚でそう思っているかもしれないと思っていたのだ。
だから、この行為は間違っているのだと言いたかったのだ。
しかし、世嘉良からは意外な言葉が返ってきた。
「そんなの解っている。女と違う事だって解ってるさ。俺は、千冬に触りたいんだ。抱きたいんだ」
世嘉良はそう言ったのである。
はっきりとした言葉だった。
「なんで……俺……なの?」
千冬は戸惑った。触りたいといわれ、抱きたいといわれ、この言葉になんと言って答えればいいのだろうか。
納得は出来ないし、でも、逆らう事が出来ない。
「さっき言っただろ」
世嘉良はそう言って千冬の頬を撫で、そして頬へキスを落とした。
くすぐったくって目を瞑ってしまったが、悪い気はしなかったし、気持ち悪いとも思わなかった。
世嘉良は思い出したように、きゅっと千冬の胸の突起を摘まみ上げた。
「あっ!」
やはり、身体がびくびくっと震える。世嘉良はその反応に楽しんでいるようだった。それは千冬には解らない事だった。
突起を摘んでいた指が突起を転がすように動き始める。いつの間にか、服が胸までまくり上げられていて、指が触っている場所とは違う、もう片方の突起に、世嘉良の舌が這っていたのだ。
「やっ……あっ」
まさか舌が這っていて、突起を舐めているとは思わなかった千冬。
掴んだ世嘉良の腕にぎゅっとしがみついた。
ただの胸の飾りがどうしてこんなに感じるのか。
疑問を言おうとする口からもれるのはただの喘ぎ声だった。
「あっ……やん……あ……!」
何で? 何これ?
尚も世嘉良の舌は止まらず、舐めては少し噛んでみたり、指も突起を転がしたり摘んだりしている。両方を攻められて、千冬の身体はびくびくと震えるばかりだ。そして、身体の中心に熱が溜まってくる感覚がやってくる。
世嘉良の愛撫に千冬が掴んでいた世嘉良の腕から手が滑り落ち、かろうじて服を掴んでいるだけだった。
その時だった。
世嘉良(せかりょう)の家の電話が鳴ったのである。
その瞬間、一瞬だけ世嘉良の動きが止まった。
そのことで、千冬はハッとして我に返った。
今、俺は何をやって……。
それでも世嘉良が先へ勧めようとしていたので、千冬はさっと世嘉良の肩を押さえて止めに入った。
「や……やめて……」
さっきまで高揚していた顔とは違い、明らかに戸惑いの顔を浮かべている千冬に、世嘉良は顔を上げて尋ねた。
「なんで?」
まるで何もなかったかのような顔に、千冬は慌てて言った。
「で、電話!」
そう電話はまだ鳴り続いているのだ。切れることはない。
「留守電だし」
「でも……」
そう言い合っていると、留守電からメッセージが流れた。
機械音のメッセージ音声が流れた後。
『圭章(けいしょう)! 戻ってるんでしょ! 出なさいよ!』
と、女の人の声が聴こえた。
すると世嘉良はチッと舌打ちをして、千冬から手を離した。
それで自由になった千冬は、恥ずかしくて、慌てて服をかき寄せるてちゃんと着ると立ち上がって世嘉良の部屋から飛び出した。
後ろから。「千冬!」という世嘉良の声が聴こえたが、千冬は立ち止まる事なく、靴を履いてドアを開け逃げた。
そして自分の部屋に戻って、ドアチェーンをして千冬はその場に座り込んでしまった。
「今の、何だったの……?」
訳が解らないと千冬は呟いた。世嘉良とキスをして、そして胸をいじられ、舐められた。何で……? と言ったら、確か。
「好きだから……?」
好きって何? ああいう事をするのが好きなの? 今日会ったばかりの人を好きになったからってあんな事するの?
「解らないよ……」
世嘉良の事は、たぶん嫌いではない。寧ろ、変わった人で面白いと思う。教師だし、あんな凄い絵を描ける人で、その面 では尊敬もしていた。なのに、あんな事をするなんて、してくるなんて思わなかった。
「どうかしてるんだ……」
千冬は呟いて、自分の部屋に戻って財布を置いた。そして風呂に向かった。
服を全部脱いでみて、自分の胸を鏡に写してみた。そこは少し赤くなっていた。
思い出しただけで恥ずかしくなる。カッと赤くなった顔が鏡に写って、千冬はそれを見ないようにして風呂に入った。
今日は何も準備をしてなかったから、シャワーだけで終えようと思った。
そして湯を出して身体に当てると、少し乳房が痛かった。
まだ感じているような気がして、世嘉良の指と舌を思い出して、また千冬はカッと赤くなった。
「どうかしてる!」
男が男にあんなことされて感じるなんておかしな事だ。
そう、おかしいんだ。
そうしていた世嘉良も、そして感じてしまった自分もおかしいのだ。
何処かが狂ってるんだ。
千冬は自分にそう言い聞かせた。
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