Distance
愛うらら
3
6
「エスカレーター式だって、入試並の実力テストと進級テストがあるからね。高等部でがた落ちする人も出るんじゃないかな。それで大学とか行けないとかね。大学は入試はあるし」
そう多保(たほ)が説明してくれたので、なんとかここのシステムが解ってきたような気がした。
「へぇ、そうなんだ。でも、三人とも頭はいいんだよね?」
と千冬が微笑むと、三人はキョトンとした。
「だって、2組だってことは、成績いいってことでしょ?」
ここのシステムでは、学年の組は、成績順となっている。1組ではないにしろ、大学を別 の大学にしているような1組とは違うのだろう。
その中で2組ということは、6クラス中では頭がいい方という事になっているのだ。
千冬の指摘は間違っていないのだが、きょとんとした三人はとたんに、ふっと笑っていたのだった。
「はー、千冬は可愛い、性格も可愛いなー」
多保がしみじみとそう言うと。
「同感」
と、幹太(かんた)と岸本が頷いたのである。
「えー、なにそれ」
千冬には自分が可愛いと言われる要素があるとは認識してない。
他から言われても、ただ童顔なだけだ、とか、母親に似ているからだとかしか思ってなかったからだ。しかも、今度は性格まで可愛いと言われてしまって、困ってしまう。
可愛い性格とはなんだろう?
そうなってしまうのだ。
すると、多保が立ち上がって、がっしりと千冬の肩を両手で持つと真剣に言ったのである。
「怖いオオカミには気を付けようね。誰かに誘われても絶対付いていっちゃ駄 目だからね。解った?」
と言うのである。
確か、世嘉良(せかりょう)もオオカミがどうたらこうたら言っていたなーと千冬は思い出していた。
その目の前で、また喧嘩が始まる。
「それは多保も同じだぞ」
幹太がそれに突っ込んだからだ。
「俺が付いて行く訳ないだろ、馬鹿幹太」
むっとして多保が言うと、幹太はふーんと言う顔をして言う。
「うっかりついていっちゃって、大変な事になりかけたの忘れてないって事だよな?」
「……忘れるもんか、いや忘れたいね。あんな汚点」
どうやらオオカミさんに何かされたようである。そう認識した千冬である。
「ついていくと、何かあるの? 脅されるとか、カツアゲされるとか……」
千冬がそう言うと、三人ははぁーっと溜息を盛大に吐いた。
「今まで、千冬が無事だったのが不思議だよ……」
と、多保と幹太が言った。その意味が千冬には解らない。
「なぁなぁ、而摩(しま)って、天然?」
話を聞いていた岸本がそう二人に聞いた。
「そーかも」
と、幹太。
「この男子高の怖さを知らないだけでも天然かもね。もしかして写真撮られてたのも気付いてないかも……」
そう多保が言ったので幹太も頷く。
「多保もかなり撮られてたもんなー。むかつくけど」
と、幹太は真剣に言った。どうやら、それだけは気に入らないらしい。
でも千冬には何故写真に撮られたら駄目なのかが、さっぱり解らない。
「写真って? どうするの?」
きょとんとして三人に尋ねた。
「うーんとね。女の子の代わりというか、男の子でもいいなーって思った奴が買ってね、自分の潤いにするわけよ。夜のおかずとかにね、解る? おかずってご飯のことじゃないよ。それは解るよね?」
そう多保に説明されて、千冬はがーんと頭を殴られたようになってしまい、固まってしまった。
もちろん、夜のおかずとは、あれをする事に使う意味というのは、いくら千冬でも知っている。それを男でもいいなんて言うのが固まってしまう要因だったようだ。
「うはー、かちこちだ」
隣にいる岸本が、千冬の肩を突いてそう言った。
「免疫なかったんだ……」
さすがに幹太も呆れてしまう現状である。
「もしかして、ちやほやされてなかったのかな?」
何かそこに原因があるような気がして、多保が呟いてしまった。可愛いからと言われても、きょとんとしてしまう千冬には何かあるような気がしたからだ。
その言葉に我に返った千冬は、本当の事を言おうと決心した。
「えっと、あの、どっちかっていうと、イジメられてたから」
「えーなんで?」
こんな千冬の何処にイジメる要素があるのかが解らないと多保は言った。
「勉強頑張ってたら、女のくせにとか……そういうの」
千冬がそう答えると多保は納得したように頷いた。
「それって、好きな子イジメちゃう方へ出ちゃったって感じだね」
「好きなって……そういうのとは違うと、思う……」
千冬はしゅんとなってしまった。
転校した中学では、そんなイジメはなかったのは確かだ。可愛いとか言われていたけど、千冬は訳が解らなかったので無視していた。
そのうち、言われなくなってしまったし、前の中学では、この顔のせいでイジメにあっていた。本当に男なのかとか、女だろうとか、女子からも無視されたりして孤独だったのだ。
だから学校は勉強するだけの場所になってしまったのだ。楽しかった事はないし、友達だっていない。だから、この学校では友達は作ろうと心に決めていた。それは義父からの影響も多少はあったかもしれない。
「うーん、でもこの学校では、イジメはないと思うよ。俺らもいるし、大丈夫。女顔なんて奴、いっぱいいるしね。どっちかってと可愛がられる方だよ。だから大丈夫」
岸本は、きっと千冬には辛い事があったのだと悟って、そう慰めてくれた。
「ふーん、そう、なんだ」
よく解らないが、大人しくしていれば、イジメに合うことはなさそうだ。
それに初対面なのに、こんなによくしてくれる多保や幹太、岸本がいてくれるだけで、千冬には十分過ぎる程の成果 だったのだ。
「まぁ、そのうち解るって。オオカミとか可愛いから可愛がられるとかね」
と、幹太がニヤッとしてそう言った。
余計に千冬が混乱すると、多保が怒って幹太を殴った。
なんか、それが千冬には可笑しくて笑ってしまった。
「そうやって、笑ってる方がいいよ」
幹太はそう言って、千冬の頭をくしゃくしゃと撫でたのだった。
なんだが、今日は頭を撫でられる日なのだろうか……。
そうしているうちに、担任らしき教師が教室に入ってきた。
「はーい、席に着くー」
なんだか、大して怒ってもなく、のんびりとした口調で注意したにも関わらず、生徒は大人しく自分が決めた席に座っていった。
「ホームルーム始めます。自己紹介とかは個人でやってください。それから席はそのままで結構ですので、明日からその席に座って下さい」
教師がそう言うと、わっと教室内が明るくなった。
元々、こういう学校なのだろう。自分の気に入った席が手に入った者は大喜びで、前にうっかり座ってしまった者は文句を言っている。
なんだか楽しそうな学校だ。
それに、席は、前には多保と幹太がいるし、隣には岸本もいる、有り難い席順だった。それが嬉しくて、千冬は微笑んでしまう。
最初から仲良くなった三人と離れずに済んだのだからラッキーとしかいいようがない。
今日はなんだかツイているような気がしてならない。
このまま、千冬の学校生活は始まったのである。
7
家に帰り着くと、千冬(ちふゆ)は一気に疲れが出たような気がした。
制服を着替え、リビングでぼーっとしてしまったのだ。
放課後は、3駅しか離れていないのに、途中で多保と幹太と岸本と一緒に少しだけ遊んだのだ。携帯やメールアドレスの交換などもやったし、楽しいお喋りもした。
どうやら校則には、制服で寄り道をしてはいけないとかそういうのはないらしく、近くのマックでお茶しながらの雑談をしてきたのだ。
夕食前だと言うのに、幹太はお腹空いたと言って、ビックマックを食べるし、多保も岸本もハンバーバーを食べていた。
食欲旺盛な年頃なんだと三人は言ったが、千冬は胃袋が小さいのか、ポテトとシェイクだけ買って食べただけで、なんかお腹が一杯だった。
どちらかというと、友達が即出来たという出来事の方に関心がいってしまって、食べる前にお腹いっぱいという感じだったのだ。
それに学校帰りに寄り道して、遊んでという事をやった事がなかったので、それが新鮮だったのだ。
また学校へ行くのが楽しくなりそうだった。
それを思い浮かべると、何もしたくなくなってきてしまった。
三人には、千冬が一人暮らしである事を教えてあった。だから夕飯の買い出しというとさっと解放してくれた。
あの三人はまだ何処か行くような事をいっていたが、それは勉強しかしてこなかった千冬には信じられないバイタリティーなのだ。
そのうち自分も慣れる時がくるのかもしれないと思うと、少しワクワクするのだ。
でも、今日はいつもより疲れたかもしれない。休み中、特に何もしていなかったというのもあって、久しぶりに動いた事が疲労になっているようだった。
「今日は作るのやめようかな……」
一応、買い物はしてきたのだが、食事を作る作業となると、なんかしたくなくなってきてしまった。
幸い、ここから歩いて5分以内にコンビニがある。ここでは時々お世話になっている場所でもあった。
買ってきたものは、別に今日作らなくても大丈夫なものであるし、明日買い物をしなければそれで間に合うという感じだったので、千冬は部屋に戻って財布をポケットへ突っ込むと、コンビニに向かおうとしていた。
部屋を出て、エレベーターが上がってくるのを待っていると、目の前でエレベーターが開いた。降りてくる人の為に避けようとした時、目の前に誰が立っているのかに気が付いた。
「よう、千冬」
「あ、世嘉良(せかりょう)先生……」
ちょうど、帰宅したばかりなのだろう、世嘉良は軽いバッグを下げただけの姿だった。洋服からも今朝、そして学校であった時のままなのは見て解った。
「今、お帰りですか?」
世嘉良がエレベーターを降りたところで、千冬はそう尋ねた。
エレベーターは何処かの階へと向かって動き出してしまったが、まあそれは待てばいいだけのことなので気にしなかった。
「まあな……千冬はどうした? こんな時間に」
時刻は7時を回っていた。高校生がこんな時間に出かけるのは珍しいくないはずなのに、世嘉良はそれが珍しいとばかりに聞いてきた。
世嘉良は、千冬がここで一人暮らしをしている事を知っているらしい。それで、家族がいないからと言って、遊び歩くタイプではないのも解っている。用事があるなら、明るいうちに済ませるタイプであるのも解っているらしい。
だから、千冬がこんな時間に出かけるのが珍しいと言っているのである。
「あの、コンビニまで行こうかと……」
千冬がそう説明をしようとすると、世嘉良はすっと眉を顰めたのである。
まさかそんな顔をされるとは思わなかった千冬は、首を傾げて世嘉良を見上げてしまった。どうしたんだろう?という感じである。
何かいけない事でも口走ったのか? でもそうじゃないしと思っていると、世嘉良は溜息を吐いて言ったのである。
「まさか、コンビニ弁当じゃないだろうな?」
そう言われて、それが当たっていたので千冬は頷いた。
「そう、ですけど?」
それの何がいけないのかが解らない。
千冬の頭には?マークが沢山だ。
世嘉良ははあっと息を吐いて言った。
「こんなちっさい身体で、栄養が片寄るだろ。こっちへ来い」
世嘉良はそう言い、千冬の腕を引っ張ってエレベーターホールから連れ出した。
向かったのは、千冬の家の隣、つまり世嘉良の自宅だった。
「あの……」
「いいから、入れって」
戸惑う千冬の腰を抱き寄せて、世嘉良は自分の自宅の鍵を開けると、そのまま玄関に入った。靴を脱ぐようにいわれ、どうしようと思いながらも、千冬は言われた通 りに靴を脱いで中へ入った。
「とりあえず、リビングにいてくれ」
世嘉良はそう言うと、玄関から一番近い部屋へ入って行った。
このマンションの間取りは、殆ど同じであるから、そこは千冬の部屋であれば、千冬の専用の部屋と同じ位 置になる場所だった。
どうやらクローゼットにでもしているらしく、ドアを開けたままで世嘉良は着替えを始めてしまった。
このまま覗いている訳にもいかず、千冬は勧められたままに、リビングに向かった。
廊下のドアを開けると、自分の家と同じ間取りのはずのリビングであるはずの空間が広がっていた。
そこは、千冬の家とは違っていて、物が少ない感じがした。
一応、リビングと言われたので、リビングに立ってみたが、断りもなしに座る勇気もなくて、ただその場に立ち尽くした。
なんでこんな事をになったんだろう?
そんな不思議な偶然が信じられないのである。どうして世嘉良は自宅に千冬を上げたりしたのだろうか? そんな考えが千冬の中で広がっていた。
千冬だったら絶対に今日知り合った教師とはいえ、家の中まで踏み込ませることはしなかっただろう。
隣同士であったとしても、ただの知り合いでしかない関係で家を訪ねるのは失礼だろうと思っていたからだ。
でもそうした事は世嘉良にはないらしい。
平気で生徒を自宅へ上げてしまったり、勝手にリビングへと言ったりしたりと変わった事が多いような気がする。
それとも元からそんな性格だったのだろうか?と千冬は思ってしまう。
とにかく、訳が解らないまま連れて来られた現状は、まだ理解出来ないでいた。
千冬がぼーっとしていると、いきなり声をかけられた。
「突っ立ってないで、座れよ」
いつの間にか、世嘉良がキッチンに立っていた。
ハッとして千冬は振り返った。
「もしかして、断り入れないと座れない性格?」
世嘉良はキッチンで何か作業しながら、そう尋ねてきた。
千冬は少し困った顔になって頷いた。
リビングへとは言われたが、座っていろとは言われなかったからだ。
「まあ、座れって。そのソファ、座り心地いいから」
クスリと世嘉良に笑われて言われ、千冬は渋々ソファに座った。
大きなソファは確かに座り心地がいい。ふんわりと腰を包んでくれるような柔らかさがあるのだ。
きっといいソファなんだろうな、と千冬は思った。
自分の家のソファもかなりいいものらしいが、価値は解らない。義父が買ってきたもので、千冬も気に入っていて、引っ越しの時にも置いていってくれたものだ。
それより、このソファはもっと高価なモノのような気がしたのだ。
すっとソファを撫でていた所へ、世嘉良がやってきた。
足が見えて、ハッと視線を上げると、世嘉良は片手にコップを持っていた。
「俺はブラックしか飲まないから、砂糖もミルクもないけど、平気か?」
世嘉良はそう言って、コーヒーを千冬の前のテーブルに置いてくれた。どうやら飲めということらしい。
「あの、すみません。俺もブラックなんで大丈夫です」
一応入れて貰ったものだからと、千冬がすっとコップを持ってコーヒーをすすると、世嘉良は満足したような顔をした。
「飲めと言うまで、待てをするかと思った」
世嘉良にそう言われて、千冬は吹き出しそうになってしまった。
「な、なんで……」
「さっきは待てしてただろ?」
ニヤリとして言われて、千冬はムッとして口をとんがらしてしまった。これは子供っぽすぎて嫌な表情なのでやらないように気を付けていたのだが、思わず出てしまったのだった。
「待てって……ただ、座っていいか解らなかっただけです。今度は飲めって言われなくても、せっかく入れてくれたんですから、飲まないと失礼でしょう?」
千冬がそう反論すると、世嘉良はまあそうだなと笑った。
人をおちょくって楽しんでいるようにしか見えなくて、千冬は話しを最初に戻すことにした。
「それで、どうして俺は、ここへ連れて来られたんでしょうか?」
それの解答がまだ得られていなかったのだ。
千冬がそう言うと、世嘉良はそれをやっと思い出したようで、ああっと言いながら言ったのである。
「飯を作ってやろうと思ってな」
そう言われて、千冬は首を傾げてしまう。
どうして世嘉良にご飯を作ってもらわなければならないのだろうか?
自分はコンビニへ行こうとしてたのだから、たった一日のコンビニ弁当で栄養が片寄るはずもないのだから。
「だから、今日はコンビニ弁当でもいいと思ったんです。普段はちゃんと作ってますから。それにどうして世嘉良先生にご飯作ってもらわなければならないんですか?」
千冬がそう言うと、世嘉良は。
「まあまあ。いいじゃないか。飯といってもチャーハンしか作る材料ないけど、作ってやるって」
世嘉良はそう言って、千冬の頭をクシャクシャと撫でたのである。
どうも世嘉良はスキンシップが好きな人らしいと、千冬はこの時思った。
「でも、作ってもらうって言っても……」
「変な遠慮するなって、俺が作ってやりたかっただけだから。一人でコンビニ弁当も寂しいだろ」
世嘉良はそう言い終えると、さっさとキッチンに向かってしまう。
リビングから見ていると、冷蔵庫を開けて、簡単に材料を出して、冷凍してあったご飯をチンとしている。
一人暮らしの男の人が料理出来るとは思うが、こうしてきちんとしているのは、初めて見るのだ。義父はまったく料理が出来ない人だったし、自分は母親の代わりに料理を覚えた方なので、世嘉良も必要に狩られれば、ちゃんとした料理が出来る人なのだろうと千冬は思った。
世嘉良は、材料を切りながら鼻歌を歌っている。どうやら上機嫌なようだ。
今さら断れなくなってしまった千冬は、大人しく座っているしかなかった。
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