Distance 愛うらら

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 千冬は本当に絵に見とれていた。壁に何枚かかけられていた絵の中の一つ。

  冬の絵。

  それは、木々の雪が積もっていて、遠くの山まで真っ白になっている風景画だ。

 見る人が見れば解るくらい、壮絶に美しいと思う絵だった。

「綺麗……」
 思わず呟いてしまった千冬。

 その時、入り口から声が聴こえた。

「入部希望?」

 その声にハッとなった千冬は、慌てて我に返り、入り口を振り返った。
 そこには今朝世話になった、世嘉良圭章(せかりょう けいしょう)の姿があった。

「世嘉良先生……。今朝はありがとうございました」

 千冬がまた礼を言うと、世嘉良は手を上げてそれを制して中へと入って来た。

「どうせ、隣同士だろ? これからも送ってやるさ」
 世嘉良が簡単にそう言ったので、千冬は不思議な気持ちになる。

「はあ……」

 ただの隣同士の生徒と教師なのに、何故か世嘉良は、千冬に優しく接してくる。

 それが何なのかが解らなかったのだ。ここまで親切にして貰うような事は、自分は何もしてないから余計に解らない。それとも、ただ一人暮らしが寂しいのだろうかと思ってしまう。

 千冬は自分と世嘉良は違うのだと解ってはいても、独り身なのはやはり寂しいのかなあっと思ってしまうお人好しでもあった。

 力のない返事をした千冬に世嘉良は手ごたえがないなと思いながらも、まあ、これからだと思っていた。

「ま、いいや。今年の入部希望者は、どうやら千冬だけみたいだな」

 勧誘をやってない部に入ろうなどと思う生徒なら、後日入部はあり得るだろうが、こうして千冬のようにやってくるような熱心な生徒はいないらしいと世嘉良は苦笑した。

「なんか、勧誘やってなかったので、来ちゃいましたけど……」

 入部すると言ったから、ちゃんと入部したいのだが、肝心の勧誘がなければ、入部用紙が貰えないのだ。それを貰う為にここまで尋ねてきたのだ。

 上級生は、部活の勧誘に忙しく登校してきていたらしいから、美術部なら美術室へ行けばいるのではないかと思ったのだが、どうも期待外れだった。

 そこで絵を見入ってしまったのだが、世嘉良が気が付いてくれてよかったと思った。このままだと一人途方にくれてしまう所だったのだ。

「そういや、入るって言ってな。本気だったなら嬉しいな」

 世嘉良はそう言って、千冬の側までやってきた。

 やはり千冬が世嘉良を見上げる姿勢になってしまう。それはもう仕方がない事なのだろうが。

「本気です。あの……他の先輩とかは?」

 いるはずの先輩達がいないのが不思議だったので千冬は聞いた。すると、世嘉良は少し吹き出すように笑って答えた。

「んー、やつらは幽霊部員かな? 内申書上げる為のね。何か部活でもやってないと内申書に言い様には書かれないし、でも運動も苦手、真剣に何かに取り組む事もしたくない。でも帰宅部じゃマズイ。でも真剣に取り組んでないから、自分で簡単に出来る絵を少し描いて、提出すれば一応形にはなるってな具合に、見事に幽霊なわけだ」

 世嘉良の説明に、千冬は少しがっかりした。

「そうですか……」
 そう答えて黙ってしまった。

 前の中学では、一応部員は数名いた。ちゃんと部活動もやっていた。ここでも同じような期待をしていたのだが、どうやらあてが外れたようだ。

「当分は、俺と千冬だけだろうな。ん? 何か不満でも?」

 世嘉良(せかりょう)は千冬の顔に顔を近付けて、覗き込むようにして聞いた。
 明らかに千冬が残念がっているのが解ったからだ。

 期待していたのと違ったからと言って、それを世嘉良に言う必要はないと千冬は思った。

「あ、いえ……。あの、この絵は誰が描いたのですか?」

 千冬は不自然ながらも、話をずらした。

 千冬の視線の先にある絵を見た世嘉良はこれに見蕩れてたのかと今気が付いた。

「俺が描いたものだけど?」

 世嘉良がそう答えると、千冬の視線はすぐに世嘉良に戻ってきた。それは、意外だったらしく、大きく目が見開かれ、口までぽかーんと開いている。

 それから千冬はパッと笑顔になって言ったのである。

「先生が? 凄いです。綺麗だし、冬の冷たさが伝わってきます。あ、すみません、なんか変な感想になってしまって……」

 千冬はごくごく一般的な綺麗という言葉を使って表現をしてしまった事に真っ赤になってしまった。美術教師が絵が上手いのは当たり前だし、綺麗に描けるのも当たり前だ。それを綺麗の一言で片付けてしまったのには、世嘉良には悪かったと思ったのだ。

 だが、世嘉良は気分を害するところか、ふっと笑って答えたのである。

「それはどうも。一応、基本中の基本な風景画だけどね」

「そう、ですか……でも、俺は好きです。この絵」

 本当に気に入ったのだから、千冬は思わず声に力が入ってしまった。それに気が付いた世嘉良は、ますます優しい笑顔になる。

 今朝見たような、ニヤリとした笑顔ではない笑顔だったので、千冬はまた真っ赤になってしまった。

 こんな笑い方も出来る人なんだ……。

 そうやって笑ってた方がいいのにな……。

 などと思ってしまってまた赤くなってしまう。

 そんな千冬を見ていた世嘉良は可笑しくて仕方なかった。ここまであからさまに照れたようにされると、寧ろ新鮮という気がしてくる。

「そーいや、千冬の名前も冬が入ってるね。冬生まれ?」

 世嘉良がそう言うと、千冬は真っ赤になった顔を上げて、頬に手を当てていた。

 そうしていると本当に美味しそうと思ってしまう世嘉良である。

 千冬はいきなりそう尋ねられて、ハッとした。

 照れてる場合じゃないや……。

「えっと、1月17日生まれなんですけど、なんか安易ですよね?」

 冬に生まれたから、冬という字が入ってるというのはやっぱり安易だと思うと、千冬は常に思っていた。普通 なら父親とか母親の名前から一文字取って付けるとかしそうなのに、そうしなかった両親は、ただ冬にこだわっていたのだろうかと思えてしまうのだ。

 しかし、世嘉良は意外な事を言った。

「そうか? 綺麗な名前だと思うぞ」

 世嘉良は本当にそう思っているかのように呟くように言った。

「そうですか?」

「ああ」

 千冬は、自分の名前が綺麗と言われて、なんだか嬉しかった。

 安易ではあっても、亡くなった顔も覚えてない父親が付けてくれた名だからだ。今まで誰も千冬の名前を綺麗とは言ってくれなかったし、そんな雰囲気ではなかったからだ。

 意外な言葉に千冬が戸惑っていると、目の前にいた世嘉良が千冬の肩を抱いていたのである。それもいつの間にかである。

 あれれ?と思っていると、肩に回された手は、千冬の肩を撫でるように動いている。

 その動きが何故か妖しく思えて、千冬はどきどきしてきてしまった。

 何を意識しているのだろうか?

 ただ、男同士肩を組んでいるだけなのに、こんなに妖しいと思ってしまうのだろうか?

 そんな千冬の戸惑いは顔に出ていたのだが、世嘉良は何でもないような顔をして、千冬の肩を何度も撫でたのである。

 どうしよう、どきどきして、心臓が飛び出しそうな感じだ。

 そう戸惑っていると、すっと世嘉良の唇が千冬の耳に近付いてきた。

「千冬って、可愛いな」
 と言ったのである。

「え?」
 びっくりして顔を世嘉良の方に向けると、目の前に世嘉良の顔があった。

 そしてこともあろうに、世嘉良はそのまま千冬の頬にチュっとキスをしてきたのである。

 一瞬、何が起こったのか解らなかったが、我に返った千冬はぎょっとして叫んだ。

「な、なにするんですか!?」

 そう言って離れようとするのだが、肩がしっかりと押さえられていて、逃げ出す事が出来なかった。そうしてジタバタとしている千冬に向かって世嘉良は言ったのだ。

「可愛いって言われない?」
 そう耳に息を吹き掛けるように囁いたのだ。

「ひゃ……えっ。そ、そんなの……」

 確か、中学を転校した後は言われていたような気がする。男女関わらず、可愛いと言われた記憶が蘇った。でも、それはただの言葉で、実際に千冬を可愛いと褒めちぎる人はいなかったような気がする。ただ、義父だけは、所構わず、千冬を可愛いと言っていた事を思い出した。

「言われてるんだな。ここでは、そう言われても気をつけろよ。俺みたいなオオカミもいるしね」

 世嘉良はふっと笑ってそう言った。

 オオカミ?

 その言葉にきょとんとなってしまう千冬。言われた意味が理解出来ないのだ。

 呆然としている千冬は、世嘉良から見れば隙だらけだった。

 もうちょっといけるか? そんな思いが働いてしまい、世嘉良は呆然として固まっている千冬の項に少しキツ目のキスを落としたのだ。

「うひゃ!」

 いきなり項に感じた感覚に千冬が我に返る。

「先生、さっきからなにやって……」

 もう全然訳が解らない千冬をやっと世嘉良が手放してくれた。さっと距離を取るようにした千冬の顔を覗き込んで、世嘉良は言い放ったのである。

「マーキング」

 そう言われてもまったく意味不明である。困った顔をした千冬に世嘉良が言った。

「そろそろ教室に戻らないといけねぇんじゃねぇか?」

 そう言われて千冬はハッとなる。部の勧誘時間が終わると、自分の教室へ行くように言われていたのを思い出したのだ。

「あ、やばっ……」

 時間がもう殆ど残っていなかった。本館とは離れている美術室だから、走らないと間に合わない。

「し、失礼します。また後日、入部希望書貰いに来ます!」

 千冬はそう告げて、なんだか解らない行動をする世嘉良から逃げるように、美術室を後にしたのだった。

5



 千冬は、廊下を走って、本館まで辿り着くとそこで声をかけられた。

「廊下を走ってると危ないよ」

 前から歩いてきた、どうやら緑の線が入っているから二年の先輩らしい。

 千冬は走るのをやめて、ゆっくりと歩いて頭を下げた。

「すみません……」

 千冬がそう言うと、その先輩はにっこりと笑って言った。

「まぁ、皆が君みたいに素直だといいな。俺、風紀委員の東稔卓巳(とね たくみ)ね。よろしく。ようこそ、氷室秀徳館学院(ひむろしゅうろくかんがくいん)へ」

 東稔と名乗った先輩は、やはりにっこりとして言った。確か、風紀の説明で、この人が立って説明していたようなと思い出した。 

「どうも……而摩千冬(しま ちふゆ)といいます。よろしくお願いします。東稔先輩」

 千冬がそう言うと、東稔(とね)は少し驚いた顔をして、それから優しい笑顔を見せた。東稔は、千冬から見ても男なのに美人なのだ。

 自分みたいな幼い顔ではなく、大人の顔をしている。そんな美人に見つめられたら、何故だか顔が熱くなってくる。

「而摩君ね。よろしく。教室に入らないといけないんだったね。だから、急いでいたんでしょ。さ、行っていいよ」

「あ、はい、失礼します」

 千冬はまた頭を下げて、今度は少し早歩きをしながら教室を目指した。

 東稔はそんな千冬の姿を見送りながら、またこれで写真部やら同級生に先輩が大騒ぎしそうだなっと溜息を洩らした。

 この学校のいい所は、開放的な方という事だが、その開放的なのが悪い所でもあると東稔は思っている。そんな東稔が千冬の姿を見送っていると、後ろから声がかけられた。

「どうしたんだ? 卓巳」

 暇そうにした様子で、制服も着崩している親友の北上神威(きたにわ あきら)だ。その姿に目を眇めた東稔だが、ふうっと息を吐いて言った。

「今年は争奪戦だなと思ってな……」

「さっきの外部の子か?」

「見てたのか」

「ああ、別館の方から出てきたけど、どうしたんかなーと思ってな」

 北上神(きたにわ)はそう答えたので、東稔は首を傾げた。どうして外部の子なのに、別 館から出てきたのだろうか?という事だ。

「何々。可愛いから気になったか?」
 冷やかす北上神に東稔は、ふうっと溜息を吐いた。

「気になるのは、これから起こるかもしれない出来事だ。ああもう、見回り気を付けないといけないな」

 東稔はそう答えると、北上神の頭を持っていた風紀帳で叩いて、その場を後にした。






 東稔に見送られ、千冬は自分が入るクラスを探した。

 ここはちょうど1組2組と分かれていて、全部で6クラスある。今までの通 っていた中学では、4クラスしかなかったから、かなりの人数になる。しかし、教室を探すのは簡単だった。1年は2階で、2年は3階で、3年が4階となっているからだ。2階のクラス表をみれば自分が入るクラスが見通 せるような廊下だ。

 千冬のクラスは2組だ。それは、今日登校した時に玄関に貼り出されていたクラス表で知った事だ。

 だから、階段からも近かったので、千冬はホッとした。

 前から入る勇気はなかったので、後ろのドアから中へと入った。殆どの生徒が揃っているらしく、皆、好き好きに席に座って話したり、窓辺で話したり、教壇近くで話したりしている。

 千冬は、慎重に空いている席を見つけて、そこへゆっくりと座った。座った瞬間、ホッと息が出来た。

 周りを見回すと、やっぱりエスカレーター式とあって、皆、顔見知りなのだろう。それぞれに話していて、一人で座っているのは千冬くらいしか見当たらない。

 これはもしかして、乗り遅れたのかな?と千冬は思った。

 教室に入ったばかりだったら、まだエスカレーター式とはいえ、そんなに顔見知りも多い訳ではないだろう。だから、それに紛れて、外部である事をバラして仲良くなれる人を見つけよう。もしくは、少しでも話せる人を見つけようと思っていたのだが、それも宛てが外れた感じだ。

 もう、世嘉良(せかりょう)先生が変な事したり、言ったりしたから、乗り遅れたじゃないか……。

 そう千冬が心の中で、世嘉良に文句を言っていた時だった。

「ねえ、もしかして、外部入学の子?」
 そう話し掛けられたのだ。

 千冬が声のした方へ視線を向けると、前の席に座っていた二人が振り返って千冬に話し掛けてくれていたのだ。

 一人はとても綺麗な子、男の子にこんな言葉を使うのはどうかと思うが……、それでも綺麗な子と、がっしりとして何か武道でもやってそうな男の子がにっこりとしていた。

「あ、俺、前鹿川多保(ましかわ たほ)ね。多保って呼んで」
 と、綺麗な男の子の方が気軽にそう言った。

 そしてその隣の男の子が。

「俺、後生川幹太(ごせかわ かんた)。幹太でいいよ、よろしく。多保のダーリンだ……って!!」

 幹太がそう自己紹介をしていた途中で、多保が幹太を殴ったのだ。
 いきなりの事で、千冬はぎょっとしてしまった。

 明らかに弱そうな多保の方が暴力的だったからなのと、幹太が多保のダーリンだと言った事にである。

「誰がダーリンだ!」

「ハニー切ないぜ。俺達はそういう仲だろ~」

 多保が怒ると、それに幹太が甘い声でそう言うのだ。すると、また「ハニーと言うな!」と多保が怒り、幹太を殴るのである。それでもちゃんと手加減して殴っているのか、わざとなのか、大袈裟に幹太は痛がってみせる。

 だが、この二人の関係が解っていない千冬は、喧嘩が始まったと思ってしまった。

「あの、喧嘩は……」

 千冬がそう言って間に入って止めようとすると、千冬の隣の席に座っていた人からそれを止められたのだ。

「あー、こいつらのはいつもの事で、痴話喧嘩だから気にしなくていいよ」

 そう言われて、千冬は隣を見る。隣には、この喧噪の中眠っていたのか、欠伸をしながら起き上がった、結構顔のいい男の子がいた。

「あ、俺、岸本守(きしもと まもる)っていうの。岸本って呼んで。で、君は?」

 寝ていた割には話は聞いていたようで、岸本は頬杖ついたままで、千冬を見て自己紹介をしてきた。

「あ、俺は、而摩千冬(しま ちふゆ)って言います」

 千冬がそう自己紹介をすると、前で喧嘩をしていた多保の方がパッと振り返って、千冬を見て言った。

「千冬って言うの? 可愛いね」

 多保はすっかり幹太を無視して、千冬の机に乗り出してそう言うのだ。

 なんか、今日は可愛いとか言われる日だなあと千冬は思ってしまった。でも多保みたいな美人に言われても、自分が可愛いとは思えないのである。

 だが、それを聞いていた幹太が言った。

「ハニーは可愛いものに弱いからねー」
 まだハニーと言っているなと千冬が思っていると、案の定、多保が幹太を睨み付けて言ったのである。

「ハニーというのをやめないと、絶交する」
 固い声で言うと、幹太もそれは困ると思ったのか素直にハニーというのをやめた。

 どうやらパフォーマンスだったようだ。こういう軽いのが幹太の性格なのかもしれないなと千冬は思った。

「解ったってば、多保~。だから絶交なしな」
 と、大きな身体を折って、幹太は多保に謝っている。

 どうも、多保の方が強いようだ。感じでは、幼馴染みみたいだ。

 いいなーと、千冬は思った。
 自分には幼馴染みなんていなかったから……。

「でも、千冬って可愛いなー。多保は美人だけどさ」
 幹太が何気なしに言った言葉に、千冬は笑顔を浮かべて言った。

「俺はどうでもいいけど、多保さんって美人ですよね」
 千冬が力を込めて言うと、幹太が頷いている。そして岸本も一緒に頷いていた。

「確かに多保は美人だな。うんうん」
 それを多保はスルーしたようだ。

「さん、はいらないからね。千冬」
 にっこりとして言われて、千冬は頷いた。

「あ、はい」

「それから、敬語もいいって。同い年なんだから」

「う、うん」
 思わず敬語とさん付けしてしまった千冬だが、それを多保に指摘されてしまった。

 確かに同じ年なのだから敬語はいらないかもしれないけど、名前にさん付けや君付けするのは癖かもしれない。ずっとそうやってきたから。

 でも、今はこの環境になれないといけないのだ。それを克服しなければ、なんの為に頑張ってきたのか解らなくなる。

「あの、多保達は、エスカレーター式?」

 千冬は話題を変えてきいてみた。そうだったら、わざわざ千冬の事を外部入学とは聞かないだろうし、外部入学の人、多保や幹太や岸本が知り合いなのもおかしな話になってくるのだが、それでも聞いてしまう。どんなのだろうと興味があるからだ。

「うん、そう。こっちの幹太も岸本もそうだよ」

 多保はにっこりして答えた。

 やっぱりそうかと千冬は納得した。

「そっか、外部の人って少ないのかな?」

 自分みたいに、寂しい思いをしている人が何人かはいるとは解っているが、入試の時の人数の多さからにしては、なにか入学している人が少ない気がするのだ。

 合格している人が少ないのだろうか?

 そう千冬が思っていると。

「うーん、どうだろう。中等部は多いけどね。うちら、幹太と俺は幼等部からだし。岸本は中学外部だったよな?」

 多保は思い出しながらそう言うと、岸本は頷いた。

「そーです。ここって結構レベル高い私立だしね。大学までエスカレーター式あるし、かなりオススメ」

 岸本はそう言って笑った。もちろん、簡単に大学へ行けるわけではないが、外部から受けるのとでは、かなり違うのであると言いたいのだろう。

「ここっておぼっちゃま学校ってきいたけど」

 千冬がそう言って周りを見回したが、どうもおぼっちゃま学校のイメージとは違うような気がするのだ。

 もっと気品があって大変かもしれないと覚悟してたが、この気楽さはなんだろうという感じである。

「あーうん、まぁねぇ。でも、そうでもない人も多いし。ただ親が金持ちってだけの事も多いよ。その割には校則とかも結構緩い方だしね」

 のんびりしたように多保は答えて、それから尋ねた。

「もしかして、千冬はここが進学校だから選んだの?」

 そう聞かれて、千冬はちょっと考えてしまった。

「確かに進学校だからってのもあるけど、家から近いのがここだったし……、親が再婚して中学2年でこっちに移ってきたのもあって……それで選んだかな?」

 千冬は正直に答えた。

 確かにここなら、家から3駅で学校に着くし、進学校であるしで選んでしまったという事もある。それに父親も勧めてくれたのもあって、何の反発もなかったのだ。

「家から近いからって入れちゃう、千冬の学力が恐ろしい……」
 そう幹太が呟いた。

「お前、いつも危ないもんな、テスト。今回の進級テストも危なかったしな」

 そう多保が言うと、幹太は胸を張って言うのである。

「俺は、空手で入ったよーなもんよ。全国3位なら結構なもんでしょーが」

 そう幹太が言うので、千冬はああっと納得した。スポーツをしている分、成績が多少悪くても大丈夫なのだろう。そういうシステムがあるらしい。

「そうなの?」

「結構入試難しいよー」

 と岸本が言った。

 中学受験をした本人が言うのだから難しいのだろうとは思うのだが、千冬は別 にテストとはあんなものだろうと思っていた。

 独学でやってきたとはいえ、それなりの成績を修めてきた甲斐があっての結果 だからだ。

 他にも公立も受けようとしたが、私立の発表が早くて、そのまま公立は受けないままで済んでしまったから、受験がどんな難しいのかが確かめられなかったのもある。

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