Agnus Dei2
1
村八分
村はお祭りの日。
遠くの街からも人が集まり、村のあちこちに出店が出て大反響のまま祭りは続く。
神喰村(かみじきむら)には、祭っている神様を食うという奇妙な祭りがある。
神様は十年ほど大事に育て、祭り、そしてそれを人に下ろすことで神からの繁栄に繋がる力を得るというのが祭りの簡単な趣旨である。
なぜ神を食うようになったのか、それはよく分かっていない。
けれど村には神をその身に下ろし、神の力を得て村どころか、街までも繁栄させてきた実績がある。
十年前の祭りでは、村は一気に近代化を果たし、ベッドタウンとして沢山の家が建っている。隣町からの高速が通り、それこそ繁栄する一方へと変わった。
そして高速道路の建築には土地やお金などあり得ないほどの寄附と国からの援助によって成り立っていて、到底村一つの力でできる事業ではなかった。
また村に高速道路を通すなど普通に県議会で跳ねられるところ、真っ先に村から隣町、そして県庁所在地までの高速道路が通ったのだ。
それくらいにいつの間にか村のために行動をしてしまう人が出てきてしまうのだ。それを周りは神の力に逆らえないからだと思っている。
村では十年ごとに行われていた祭りで、せいぜい村の繁栄に繋がっていることから、周りはそれはそれで観光地として盛り上がって貰えれば隣町も宿泊などで利益は出ていたので村の繁栄は歓迎していた。
だから祭りが行われる時は、その神颪(かみおろし)の時に側にいればその余波を受けられて同じように幸運になるという噂もあり、実際に全国宝くじの当選者が十年ごとに村の祭りに参加した人から出ていると密かな話題になっていたりする。
そういうわけで神事に参加をしたがる人が多いのだが、抽選という名の指定でしか入れないため、そのために金を積む人もいるほどの金も動く祭りだった。
総理大臣や政界の人間、大企業の社長などが密かに訪れるほどで、知る人ぞ知る祭りである。
けれどメディアは一切入ることができなくて、祭りの日は携帯すら電波塔の電波は祭事の邪魔だとされて切られる。だから生放送でその祭りを放映することはできず、さらには村の入り口で携帯電話やカメラなどが没収されることもあるのだ。
祭事の詳しい詳細は決して映像として残せないのが決まりで、どんな偉い人でもそれだけは村の祭事を執り行っている加賀美家より厳しく取り締まりを受ける。
過去にも何人か神颪を撮影した人も存在はしたけれど、それらが真面に映っていたことはなく、その真面に映らない真っ暗な画面の写真を持っているだけで呪われたらしい。
そういうわけで映像から呪いを受ける上に、その取り払いなどは行えない呪いであることは村に祭りに入る時に厳しく言われる。
村人はこっそり持ち込んでいる人間を見つけると、そのまま村外に排除をしたし、死にたいのかと脅して携帯を取り上げたりもした。
やり過ぎる祭りの詳細に、九条紗和(さわ)は言った。
「厳しいね、何も映像も音声も駄目って」
「祭りの日だけだから仕方ないよ。そういう祭りだもんな。恩恵を受けたいのに約束事は守らないって神様が一番嫌うやつじゃん」
紗和の隣で烏丸燎(からすま りょう)が言った。
紗和と燎は同じ村出身であるが、最近できたベッドタウンの方で育った子供だった。
生まれてから十六年、前の祭りのことはあまり覚えていないけれど、六歳だった紗和と燎は祭りの始まる前の日にあの神社に忍び込んだことがある。
忍び込んだことは覚えているけれど、その時に崖から転がり落ちて頭を打ってしまったので記憶が全部飛んでいた。
そのせいで村からは要注意人物として監視される生活を余儀なくされたけれど、両親はそのお陰で紗和の無茶な行動は全部村から報告されるので寧ろ何かあっても安全だと思った。
もちろん神殿に忍び込んだことで、村人からは恨まれてしまったけれど、新興住宅地ではそこまで村人との交流はないので恨まれていることもほぼ忘れてしまったほどだ。
だから学校が村にあるせいで、村と町を行き来している時に紗和が不便な思いをしていたくらいである。
六歳からずっと見張られ、今は十六歳になったけれど、もちろん村の祭りに参加することはできない。
村の入り口辺りにある、新興住宅地用の出店までは出入禁止をされていなかったので紗和はそこで燎と二人、つまらない思いをしている。
他の友達は制限がないから祭りに行っている。一緒に神殿に忍び込んだ燎と二人だけが村に入ることができないだけだった。
「最近さ、村の神社の神様の分家みたいなのができたじゃん」
新興住宅地にも村の神様の分家ができたのは、一年前のことだ。
急に村人からの提案で、今後の観光地として神社を分けると言われたのだ。
もちろん村と町の間に作られて、村人がそれを管理することでまとまったものであるが、その代わり観光地としての元の神殿は関係者以外が入れなくなったという。
それくらいに重要な観光資源だったようで、できてからは色んなところから新しい拝殿場所は人が沢山やってくるようになった。
その拝殿所には紗和は入ることができた。
村人は本殿でなければ、そこまで変わりがないのか、紗和や燎がそこに入り込んでも何も言わないのだ。
「ああ、お前が入っても大丈夫な神社な。そこでも祭りやってるし、そこでよくね? わざわざ山の階段上って苦労して本殿とかいかなくてもな」
「いやね、効果が違うらしいよ? 俺も宝くじ当たりてえ」
そう紗和が言うと、燎が笑う。
「お前、買う資格ないじゃんか。当たっても親の財布の中よ」
燎の言葉に紗和はだよなーと言って一緒に笑うけれど、そのおこぼれで新しいゲームくらいは買って貰えるじゃんと言う。
「捕らぬ狸の皮算用とは、昔から人は変わらないってか」
「うっせー、夢くらい見させろよ」
そう言いながらその神社の境内にある出店に向かった。
派手な出店はこちら側の神社に多くあり、村内の出店は村人がやっているらしい。外からの業者が村に入ることはできないけれど、こちら側で儲けられるようになっている。
そのお陰で村内に入れない人や追い出された人は、こちら側の祭りで盛り上がっている。
村の中とはいえ、祭り会場は山の麓から中腹にある神社で行われているので、町からも一応は神殿は見える。
新しい神社からはその神殿が見えるので、人はこちら側からカメラを構えたりしている。
村人はそれを止めはしなかったので、どうやら神様としてはそれは気にしないことらしい。
「つか、俺らは出店で遊ぶだけで十分」
紗和は負け惜しみを言うけれど、監視されている中を突破できるほど村人は甘くはなかった。
「俺らってさ、あの家出るまでずっと監視される生活なんだな」
「マジな。でも大学は結局ここにはないから村を出ることになるし、別によくね? あと三年くらいの辛抱よ」
二人は高校には入学したけれど、地元から近い隣町の高校に入ったので今でも実家から通っている。そこはかなり進学校的な場所なので大学はもちろん県外に出る予定である。
「どうせ俺らがどうこう言う前にまた誰かがやらかすよ。そしたら監視もなくなるってもんだ」
そう燎が言うので紗和はそういうものかと思う。
「それよりさ、俺、最近分かったんだけどさ」
「何?」
「俺の名前、燎って書いてさ、りょうって呼んでるじゃん?」
「うん、呼んでるね?」
それの何がおかしいのかと尋ねると、燎が言う。
「実は、祖父さんが付けたふりがなっての? ほら命名してじゃーんって見せるやつあるじゃん」
「あるね、それで?」
「その写真が出てきてさ、懐かしいなって母さんが言っていたけど、そこに書いてある名前の横に振ってあるふりがながさ、りょうじゃなくて、かがりって書いてんの」
「え、じゃあ、元々はかがりって読みだったってこと?」
「らしい。母さんにそう聞いたらさ。ぱっと見てかがりなんて普通の人は読めないって言って父さんと話し合ってりょうにしたってさ。戸籍は読みまで書かないから自由に変えてもいいからって」
「うわー適当。でも燎はりょうって読みの方がいいんじゃない?」
「そりゃな、今更かがりでしたーって言われても、はあ?ってなるよな」
「なるなる」
「それでさ、俺の母さんは再婚だから元々の苗字が違ってて、それがさ気味が悪いことに、この村の名前と同じなんだよね……」
燎がそう言い出して、紗和がギョッとする。
「それってさ」
小さい声で燎の耳に囁くように聞いた。
「神喰(かみじき)ってこと?」
「そう、気味悪いだろ? 祖父さんの苗字を覚えてなかったからさ、俺は覚えてないけど、母さんはもしかしたらルーツがこの村にあるんじゃないかとか言ってたけど、すぐに俺と紗和が事件起こして村人に睨まれたから言わない方が良いって思って、アルバムも隠したらしい」
「まあ、言えないよな」
「俺もそう思う。だから紗和の誰にも言うなよ。俺が元々は神喰燎(かみじき かがり)だってこと。今は烏丸なんだし」
「分かってるよ」
紗和がそう言った時だった。
山の上の社から大きな太鼓の音が鳴った。
それに伴い、山が鳴っているようなくらいに妙な音が鳴り始めた。
「え、何これ?」
紗和は気味の悪い声が聞こえて、ゾッとするくらいに体が震えた。
あまりの恐怖に紗和は周りを見た。
けれど周りは皆、山の方にある社を見て盛り上がりざわざわとした声がしている。
そしてあまりに誰もこの気味が悪い音に反応していないので紗和は燎を見た。
「……ごめん、紗和。俺、気分が悪い……」
燎はそう言うので恐らく気分が悪くなっているのは紗和と燎だけなのだと紗和はすぐに理解をした。
二人で雑踏を抜け、近くの用水路が見える川辺に移動をした。
そこからは社は見えたけれど、さっきまでの気持ち悪さが少しだけ和らいだ。
「何だこれ……」
「というか、変な気持ち悪い音がしない?」
紗和がそう燎に聞くと、燎は頷いた。
「これ、前に神殿に忍び込んだ時に聞いた音に似てる……」
燎が頭を押さえたままでそう言い、苦しそうにしている。
山の方では大きな太鼓が鳴り響き、ドンドンと聞こえてくると、燎は更に気分が悪いとその場に座り込んでしまった。
「うう……うう」
「燎……誰か呼んでくるよ……っ」
幾ら何でもこの気分の悪さはおかしいと紗和は思った。
人を呼んだ方がいいと思い、引き返そうとするがそこに紗和を見張っていた村人が数人、姿を見せたのだ。
「……ちょっと、どけよ。燎が大変なんだ……っ」
そう言い紗和が人を呼びにいこうとすると、村人はその邪魔をする。
紗和はその横を抜けて人を呼ぼうとして大きな声を出そうとしたがそれを阻止された。
「だれっ……んんんんっ!」
村人は紗和を押さえつけ、黙らせてくる。
「ああ、紗和……ううううっ」
燎が紗和の危機に必死に顔を上げてくるが、気分の悪さが相当勝っているのか、その場に座り込んだままで動けないでいる。
「うううっ!」
村人たちは紗和のことを押さえつけて、燎には近付こうともしない。
確かに二人は神殿に忍び込んで悪さをしたと思う。でも紗和は何をしたのか覚えてなかったし、燎はただ神殿に入っただけで飾ってあった鏡に触れたところで見つかり逃げ出し、さらには紗和が崖を滑り落ちてしまったのでそっちの方が怖かったと燎は言っていた。
神殿に入ることは悪いことではあるが、それでも具合の悪い人を放置して見ているだけでいるような仕打ちを受けるのが当然とは思わなかった。
紗和は村人の押さえる腕から逃げだそうとして必死に暴れ、村人はそんな紗和を押さえつけて燎の苦しんでいる様を喜んでみている。
「呪われよ……」
「そうだ、お前は禁忌を犯した」
「呪われよ……」
そう言う声を村人は出しているのに紗和は気付いた。
最初からあの神殿に入ること自体が彼らの禁忌に触れることだとは思わず、紗和はそれを気味が悪いと思って必死になって村人の腕から逃れた。
けれど逃走するのではなく、燎の側に行き、燎の体を擦った。
「燎! 大丈夫か……!」
そう問いかけるけれど、燎は苦しそうにして紗和を遠ざけようとする。
「駄目だ……紗和、逃げて……うううっ!」
「嫌だっ! 誰か誰か助けてっ!」
紗和は泣きながらそう叫んでいた。
できれば誰かがここにいることに気付いてくれればいいと思っていたけれど、それは無駄な行動だった。
ドンドンと太鼓が鳴っているだけで、人の声が一切しないのだ。
「もう無駄だ。神の時間に入った。ここであったことは我らとて介入できない時間となる」
村人はそう言い笑うと、またドンドンと太鼓が鳴っている方を向いて放心状態になった。
そして紗和はとんでもない視線の圧を感じた。
誰かがもの凄く紗和を見ているのに気付いた。
舐め回すような視線だと言えば分かるだろうか。じっくりと眺められ、それが気持ちが悪い声を上げている。
山から響いてくる太鼓の音以外に、地を這うような低音が鳴っている。
この場で紗和以外に正気を保っている人はいないのかもしれない。
紗和は本気でそう思うほどに、気持ち悪い視線と声に怯えた。
感想
favorite
いいね
ありがとうございます!
選択式
萌えた!
面白かった
好き!
良かった
楽しかった!
送信
メッセージは
文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日
回まで
ありがとうございます!