lnvolve
01
蒔瀬玻琉(まきせ はる)にとって世間はとても理不尽だ。
ただ生まれて生きているだけで、親からすらも大事にされない。
そういう人生を生きてきて、やっと抜け出せたのはその親に捨てられた時である。
「……やべえ、腹減って死ぬ」
そうしたひもじい思いをして警察に駆け込んだら、親が虐待による育児放棄で捕まった。
玻琉はそうして児童養護施設に入所することになるも、そこもまた地獄で、補助金欲しさに経営しているだけの施設だったからかなり酷い扱いを受けたので中学を卒業するとともに抜け出した。
保証人もおらず働きに出たのは東京に出てすぐ、住み込みの工場で働いたのだけど、そこが呆気なく一年で倒産して夜逃げされてしまった。
その時玻琉はまだ十七歳で、やっとそこから有り付いたのが今のバイト先だ。
ホストクラブの経営者に街を歩いているときに声を掛けられたのだ。
でもまだ十七歳だったため、保証人要らずのアパートを探してくれてそこに住みながら、経営者に言われるがまま、ホストクラブの呼び込みの仕事をすることになった。
ホストクラブの呼び込みとして雇われたのは、玻琉の顔がそれなりで美形と言われる顔をしていたからだ。
やがて身長も伸び、百七十センチに届くくらいにはなった。でもちょっとした運動を中学の時にやっていたお陰でそれを維持するために運動を欠かさずにいたからか、体はあまり大きくならなかった。世間はそれをスレンダーというけれど、もっと太く筋肉を付けたいと玻琉は常々思っているところである。
でも美形の顔に合っていないから、ホストでいたければそのままでいろと言われている。
そんな玻琉の顔は非常に好評で、女性には安心できる顔らしい。
それによって女性がホストクラブに通ってくれるようになり、呼び込みとしては十分な役割を果たしてやっと二十歳になる。
地べたを這って生きてきたと言ってよかった日常であるが、ホストになれば金が稼げる。
二十歳になれば酒も飲めるし、それまで培ってきたホスト達の手管を使ってのし上がることもできる。
そうなれるはずだった。
しかしそんな玻琉の人生は、やはり神様が苦難を与えたとしか思えないくらいに闇の方へと向かっていくのだった。
「おい、蒔瀬。これ、宋さんのところに持っていってくれよ」
ホストクラブが営業が終わり、後片付けのために掃除をしていたところ、そのホストクラブのNo.2である嶺山綾人(みねやま あやと)が玻琉に頼み事をしてきたのだ。
宋というのは居酒屋を経営している台湾人で、綾人の顔なじみの人である。玻琉は一度店にいったことがあり、店と宋の顔を知っているため頼まれたのだろうと予想した。
そういう頼み事という雑用はよくあることで、玻琉がそれで嫌な顔をしたことはない。
「いいっすよ、駄賃弾んでくれれば」
玻琉がそう言い返したら綾人はクスッと笑った。
「君は本当に現金だから信用できるよ、はい、これ五万円入ってる。ちょっと多めだけど帰りに美味しいものでも食べて」
五万円といえば、玻琉にとって大金である。
ホストで売れっ子である嶺山にとっては大した金額ではないのかもしれないが、それを玻琉が受けない理由がない。
「マジッすか、さすが綾人さん!」
「じゃ、頼むね」
綾人はそういうと玻琉に荷物を渡すと慌てて帰路についた。
随分と慌てているのだなと玻琉が思っていると、側に来た人が呟いた。
「このあとどっかの女社長と会うんだろうな~」
新人ホストの荘野学がそう言ってきて玻琉はキョトンとする。
「ああ、太客と会うから俺に金払って頼んできたんですかね」
玻琉がそう言うとそうだろうと荘野が言った。
「何なら変わってやってもいいぞ、その金くれれば」
「やですよ、俺が頼まれたんですから、先方にも俺が行くって伝わってると思うんで」
そうやってわちゃわちゃしていると怒られた。
「おい、まだ掃除終わってないぞ。床掃除してくれ」
他の新人ホストが玻琉と荘野が話し込んでいるところにきてそう言い、玻琉は荷物をロッカーに仕舞い込んで鍵をしっかりと掛けてから掃除をした。
ホストクラブは法律で社交飲食店と位置づけられてて、営業時間は六時から二十四時までと決まっている。
なので掃除が終わって店を出てしまえば、深夜の一時である。
「今から宋さんの所にいって大丈夫かな……」
そう思いながら街を歩いていると、誰かが玻琉の後を付けてきている気配がした。
「うわ……なんかヤバそうな感じする」
玻琉はこういう気配に敏感だ。
昔から親の挙動を気にして生活をしていたせいで、嫌な空気というのを読み取れるように育ってしまった。
そしてその気配を察する能力を使って、児童養護施設の近くにあった武道稽古場に忍びこんで時間潰しをしていたら、そこの武道家である関という師範代にどういうわけか気に入られて、気付いたら稽古を付けて貰っていた。
そこで夕飯前に飯を出してくれたので玻琉は通ってしまっていた。古武術をすればおにぎりが二個多めに食べられて、力も手に入れられるから一石二鳥だった。
その当時は親がやってきたらやっつけてやるという気持ちで習っていたのだけど、気付けばたった三年程度で師範代の関とは互角くらいに打ち合えるようになっていた。
でもそれも中学卒業と共に卒業になったけど、結構勿体がられたのを覚えている。
その古武術という武道を習っていたお陰で、気配には更に敏感になってしまったが、習った古武術のお陰で暗い繁華街でも平気で歩けるくらいに強くなっていた。
なので変な輩が付いてくることについて、それを撒いてやればいいと思っていたからだ。
「宋さんに迷惑が掛からないようにと」
玻琉の足取りは軽く、裏道に入り、行き止まりまで行くと追跡者が顔を見せてきた。
二人ほどが歩いてきて、明らかに道路側にも何人かいるのが分かった。
「ああ、綾人さん、なんかやっちまったな?」
瞬時に玻琉は綾人が何かやらかして逃げるために自分に品を預けたのだと察した。
よくあることなのだが、ホストも人間である。裏で何か良からぬ事を企んでヤクザや色んなマフィア絡みに首を突っ込んだりして消されることだってある。
夜の街で、最近は外国人が入り込んでそりゃもう日本語の方が通じないまであるこの街では、もう厄介ごとと言えばヤクザか中華マフィア絡みだ。
この国ではヤクザは取り締まりをしても表で普通に活動ができてしまう。
法律は何も民間人を守ってくれないし、ヤクザを取り締まりをしていた考えても、法律が成立する前に政治家が死ぬということを繰り返しており、なかなか法律は成立しない。
海外でも同じような事例が続き、ある一部の国では民間人までもがマフィアに助けを求めるくらいになっていたりするほど、武力と権力を持っていたりする。
日本はそこまでいってはいないけど、過去にヤクザ絡みの大きな事件が幾つも起こっているけれど、それでも取り締りができずに今日まできている。
なので夜の繁華街はとにかく騒動が多い。
歩いているヤクザに絡まれるのは普通にあるし、気を付けないといけないけれど、今日は違った。
明らかに殺されそうな勢いだったため、玻琉はすぐさまリュックを背負って軽く飛び上がると、傍にあった雨樋に掴みかかってそれをよじ登った。
「お、おい、待て!」
「くそっあいつ猿かよっ!」
まさか行き止まりに歩いて行ったと思ったら、雨樋を登っていくような人間に出会うとは誰も思わないだろう。
玻琉はそれには慣れていたから、雨樋を登り終えるとすぐさま向こう側へと飛び降りた。
一気に飛び降りて地面に着地するとすぐに走り出した。このままだと大通りで行き合う形になるので、更にもう一本向こう側に走り出て素早く角を曲がった。
追ってきていた人は玻琉と同じように雨樋を伝って登ってきたようだったが、その視線の先にはもう玻琉はいない。
「大通りに出たのか」
「よし、行くぞ」
男達はそう言うと大通りに向かうも、そちら側から追いかけてきた者たちと鉢合わせた。
「逃げられたのか!」
「いねえぞ!」
そう言い合っているのを玻琉はその目の前にあるビルの非常階段から見下ろしている。
「なんだろ、あいつら。綾人さんマジで何してくれたん?」
そう思いながら綾人へ電話を掛けてみるのだが、なかなか綾人には繋がらない。
「やっばいもん、運ばされるのは割に合わないんだけど……五万の時点で怪しむべきだったか……」
そう言いながら玻琉は受け取り先の宋に連絡を入れてみることにした。
しかしその居酒屋の電話番号を知らないのでネットで調べていたのだが、残念なことに載っていなかった。
「どうすっかな、あれ連れてのこのこ現れるのはどうかと思うんだよな……」
玻琉がそう思っていると、玻琉の電話に綾人から連絡が帰ってきたのだ。
「ちょっと綾人さん、これどうなってんですか?」
そう最初に文句が出るままに玻琉が言ってみたのだが、その向こうから帰ってきたのは綾人の声ではなかった。
『逃げ切っているのか、小僧』
急に低く恐ろしい男の声が聞こえてきて、玻琉はビクリと震えた。
これは綾人ではないと瞬時に察して、最悪なことを考えた。
「あんた、誰? 綾人さんは?」
そう強気に玻琉が返したところ、相手はそう帰ってくるとは思わなかったのか、フッと笑った気がした。
『私が名乗ることはないが、お前の知り合いはだんまりを決め込んだらしい。悪い事は言わない。それを追ってきたヤツに渡せ。それでお前は無関係になる』
そう言われて玻琉は本当に綾人が不味いことをしたのだと思った。
察する能力が高いが故に人の失敗は敏感に察する。
だってそうしないと自分が危ない目に遭うことを小さいときから知っているからだ。
だからこの男の言う通りに、その通りにした方がいいのは分かる。
でもそれじゃ綾人は無事ではなくなりそうで、玻琉は足りない頭を働かせて必死に考えて言った。
「綾人さんが無事だったら考える」
とにかく綾人の無事が先だというように言ってみた。
『……頑固だと死ぬぞ』
電話の男はそう言う。
どうも綾人は本当に駄目なことをしたらしい。これでは無事を願っても多分無駄だ。
そう玻琉は察してしまい、綾人のしたことは綾人が尻拭いをするしかない。
できることはないのだと言われてしまい、玻琉は諦めることにした。
「でも俺も無事とは限らないよな。直接渡してズドンじゃ困る。ある場所に隠すから、一時間後にまた連絡して。一時間後だからね」
そう言うと玻琉は電話を切った。
そしてそのままスマホの電源を落として鳴らないようにした。
それから玻琉はその場で荷を出すと中を見ないようにして、それを持っていたビニール袋に突っ込んだ。渡されていたのは封筒に入った何か。
その中は見てないし、知らない。
見たくもないし、知りたくもない。
なので荷物に入っていた仕事場に持っていって使う予定だったガムテープが入っていたので、それをビルのドアに貼り付けた。
風もそこまで強くないし、雨も降ってない。だから誰にも見られていないのでこうやってしまえばいいと思ったのだ。
玻琉はそうやってからすぐに階段を下り、中一階の踊り場から敷地内に下りたってビルの表に出る。ビルはホテルだったので入り口から出て行っても怪しまれない。それにそのホテルの前には地下鉄の入り口があって、繁華街が近いので人通りが多い。
その人達に紛れて玻琉はタクシーに乗った。
タクシーで一駅進んでから降り、バス乗り場で三十分を待って相手の電話を待った。
その三十分後本当に掛かってきた。
『何処だ?』
「芦ヶ谷ホテルの非常階段、四十階のドアにガムテープで貼り付けてきた。勝手に回収して」
そう告げると、散々その周りを探したのか、向こう側でまた男がフッと笑っている感じがした。
『中は見たか』
「人の荷物を見たりするか」
そう玻琉が言い切ると電話の男が言った。
『いい子だ。確認するまで電話を切るな』
命令されて玻琉はそれには逆らえないなと思った。
だって相手はこっちの名前を知っている。綾人が喋ったのか、手当たり次第に掛けているのか分からないが、家に戻っても怖いだけだ。
かといって逃げる先はないし、ここであの訳の分からない荷をさっさと受け取って欲しいところだ。
そうしないと安心できない。
玻琉は面倒ごとは抱えて帰る気はなかった。
でも相手が荷を受け取るまで玻琉はその場から動けなかった。
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