Spell-bound
7
三雲裕磨が永山徹の気持ちをきちんと理解し始めた頃、裕磨の携帯に志鷹峻から連絡が届くようになった。
『裕磨、永山なんてやめておけ、そいつはろくでもないやつだ』
と、まるで自分のやってきたことは棚上げしたような言葉に、裕磨は呆れて連絡を取ってきたIDをブロックする。
何も言わないのが一番で、下手に相手にすると面倒だった。
それでも峻は何度も色んなIDから裕磨にメッセージを送り続ける。
十回ほどを過ぎた辺りで裕磨も本気で峻が恐ろしくなった。
『裕磨、俺の言うことを聞くんだ。永山は他にも女を抱いてるし、裕磨を騙している。甘い言葉に騙されるなよ。すぐに迎えにいくから大人しく待ってるんだよ』
そう言う言葉を何度も送ってくる峻に、裕磨は怒りさえ覚えた。
こうやってIDだけ調べて連絡を取るようなことをするのは、峻が永山に知られることを少しは恐れているようだと気付いた。
そして裕磨は取り返しの付かないところまで永山に黙っている性格であることも峻には手に取るように分かるのだろう。
恐怖だった峻は、更に裕磨の理解を超える人間だったようで、拒否されたことがない彼にとっては堕ちない裕磨は正に執着するべき存在になったようだった。
裕磨は仕事が決まった時に大学の時に住んでいたマンションを引っ越したのだが、隣に住んでいた荒井がまだそこに住んでいた。
その荒井から久々に連絡が入った。
『なあ、お前と峻先輩ってもう切れてたよな?』
確かめるような口調の言葉に、裕磨はどうしたのかと問い掛けた。
「そうだよ、あっちから切れてそれっきりだったけど。最近ちょっとあって話はした感じ」
そう裕磨が告げると荒井はそうだよなと話し始めた。
『それがさ。昨日急に隣に突撃したんだよね。チャイム連打して裕磨がいるんだろとか言い出してさ。それで俺は何かヤバいなと思ったんで、台所の窓を少し開けて聞いていたんだよ』
峻は裕磨が引っ越した事実も知らなかったらしい。
今勤めている会社から少し遠いので、裕磨は就職が決まった時に永山に勧められて引っ越しをまずした。
峻との思い出がある家よりは何もないところから暮らすのがいいと思い、裕磨は永山の用意した少しいいマンションに引っ越した。そこはオートロックもあるマンションで、人気のあるマンションだったが、永山が融通を利かせてくれて優先で入れたマンションだ。
一方、荒井の方はそのまま職場が近いマンションに住み続けているから、時々お互いに会うけれど、外で会うことが増えた。
引越し先は両親と荒井と永山しか知らないことで、両親には峻関係には特に住んでいるところを教えないで欲しいと言ってある。
初めはどうしてだと言っていた両親だったが、峻がホストをしていることや夜の街に仕事に入ったことを誰かから聞いたのか、これ以上峻と関わり合いになると息子の人生によくないと思ったらしく、教えたりはしないと再度確認の意味を込めて言われた。
あれだけ峻に懐いていた裕磨が峻と関わらずに生きていくと言っているのだから、何か峻との間にあったのだろうと察してくれたようだった。
もちろん峻の親とはもう付き合いもあまりなく、最近になって峻の親は不況で店を閉めて父親の田舎に引っ越したという。
だから最初に峻は大学の時に住んでいた場所を探しに来たらしいのだ。
荒井は自分がそれほど峻に認識されているとは思ってないので、隣にまで聞きには来ないだろうと思っていた。
隣では家に峻が上がり込んで揉めていたらしいが、やがて峻も裕磨がそこに住んでいる様子が一切ないことに気付いて、隣の部屋を出たようだった。
そして荒井の部屋のチャイムを鳴らしてきたけれど、荒井は無視を決め込んだ。
『関わらない方が身のためだと思ってさ、居留守にした。そしたら二十三回くらいチャイム連打されて、それからもう片方の隣にチャイム連打していたけど、裕磨が引っ越したことは知ったみたいだったよ』
荒井は何とか峻が去ったのを知ってその日は一日外に出なかったという。
引っ越したことが分かっても峻が裕磨の引越し先を知ることはない。そこの大家には峻が繋いでくれたけれど、峻と少し揉めたので峻には関わりたくないと告げていたので、引越し先は知らせていない。
永山が上手く大家を誤魔化してくれて、引越し先の住所を言わないで済むように大家の機嫌を取ってくれたのだ。
ここにきて上手く誤魔化しておいた効果があったようだった。
恐らく峻は大家に聞きに行っただろうが、大家はそれを知ってない。
さらには峻の今の様子を見れば、喋る方が何かあったときに情報漏洩したと言われて攻められると判断するだろうから、知らないと言うしかない。
一年前に既に引っ越している相手の住所を知りたいなんて、それこそやってることが危ないと認識されることだ。
『あとで大家さんに話をきいたけど、行き先は言わないでと言われてたし、行き先はあえて聞かなかったから知らないとだけ話したらしい』
「そうか、ありがとう。知らせてくれて」
『こんなことで役に立ったならよかった。気をつけろよ。久しぶりに峻先輩のこと見たけど、尋常じゃないとはずっと思ってたけど、誰かを追いかけている峻先輩というのを見たことがないから、追われているのは俺じゃないけどめちゃくちゃ怖かったから。本当に気をつけろよ。永山さんに相談絶対しろよ?』
「うん、分かった」
どうやら峻は永山に知られないように裕磨に近づく方法を探しているようだった。
裕磨はできれば永山の手を煩わせるのは極力避けたかったが、自宅を探り当てようとしているのならもう猶予はないのかもしれない。
裕磨はその次の日に朝一番に仕事の報告の前に永山に相談をした。
「あの、少しお時間よろしいでしょうか?」
仕事に入る前だったので永山も裕磨の話を促した。
「どうした、何か問題でもあるのか?」
「私事なのですが……少し困ったことになってまして」
「何に困っている?」
裕磨がプライベートで困っていると告げると永山は何に困っているのか聞いてきた。
「実は、数日前からあの人から携帯にメッセージが届いてまして、ブロックはしているのですが、もう十回ほど繰り返しても違うIDで送られ続けてまして……」
「それだけか?」
これだけで裕磨が困ったと相談するタイプではないのを永山は知っているので詳しく聞いてきた。
「前に住んでいたマンションに押しかけたそうです。荒井がまだ隣に住んでいたので様子をうかがってくれて連絡をくれたのですが、居所を探ろうとしてるようで……」
裕磨はあのパニックを起こした後、志鷹峻のことを名前で一度も呼んではいない。なので象徴的な言葉になる「あの人」というのは、峻のことでしかない。
名前を呼ぶのも悍ましいと考えているのか、絶対に名前を呼びもしないでいる。
あの事からずっと裕磨を峻が煩わせていたなら、もう一ヶ月くらいになる。裕磨は自分の目の前に峻が現れないのでそこまでする気はないと甘く見ていたようだった。
けれど自宅まで押しかけようと考えるほどに峻が思い詰めているとなると話が変わってくるわけだ。そこでやっと永山に相談しようと思い立ったのだ。
「ほう、まだ探偵を使ってはいないんだな?」
「もし使っているならもう自宅に訪ねてきていてもおかしくはないかと。元のマンションにきたのは三日前のことだそうで、そこから探偵を雇ったとしたら一週間ほどの猶予はあるかと……」
そう予測を裕磨が言うとそれには永山も納得はしたようだった。
けれど永山は気が長いこともあるが、気が短いこともあった。
「ならば話は早い。話を付けてくる」
「え? そんな……大丈夫なんですか?」
永山は午前中の仕事を後回しにして、社長室を出て行く。
慌てた裕磨も後を追った。
まさか直接会いに行くなんて思いもしなかった裕磨であるが、永山のやりたいことが何となく理解はできた。
無駄な時間を割くほどの価値もないなら、一回の話し合いで終わらせるのが早い。
そして志鷹峻にとって困る方法を永山は握っているようだった。
タクシーで裕磨と永山はある会社に着いた。
永山が先にアポを取っていたので相手の会社の社長室に通された。
「お時間を頂けてよかった。永山です」
そう永山が挨拶をしたのはある会社の女社長にだった。
女社長は永山というよりは、裕磨を見てから苦々しいものでも見るような顔をした。
「本当に、何の話でしょうか?」
女社長と峻の話に何の関係があるのか裕磨には分からなかった。けれどそういえば、あの不動産を売るときに間に入った会社がこの会社ではなかったかと思い出したのだ。
「単刀直入に言いますが、俺の恋人に今更ちょっかいを掛けてきているお宅の犬、いい加減手綱を付けて貰えませんかね?」
永山はそう女社長にはっきりと言った。
それで裕磨はどうしてここに来たのか理解した。
この女社長は峻の愛人で、さらにはもっと深い関係だ。ビジネスだけではなくプライベートでも繋がっていて、峻はこの女社長の手のひらに乗っているのだ。
「本当に目障りな、男……いつまでも峻の周りをつきまとって……」
女社長が裕磨にそう言い出したのだが、それはおかしな話だ。
一度とて裕磨は自分から峻につきまとったことはないのだ。
「あの……済みませんが、僕からあの人に会いに行ったことはないですし、これからも会うつもりもありません。なのでこそこそと僕の居所を探るような真似をさせないで貰えませんか?」
裕磨は更に強く女社長に言っていた。
「あなたほど長くあの人と付き合えている人はいないと思ってます。飽きっぽくて適当な人だったから、多分あなたにはそこまでしても付き合うメリットが多くあるんだと思います。なので僕みたいなくだらない男に感けている暇を与えないでください」
裕磨は女社長をしっかりと見てはっきりと言った。
そのことに女社長は峻から聞いていたことと違う、目の前にいる強い裕磨に驚いて声を上げた。
「あなたは、とても弱くていつも女に騙されて可哀想だと聞いていた」
女社長がそう言うので、裕磨はそう峻が言っていたのだろうなと予想は付いた。
「いえ、毎回僕が付き合う人をあの人が寝取っていただけです。可哀想なのはあの人の頭であり、性癖だと思います。僕を守るといいながら僕から周りを引き離してただけ。確かにずっと幼なじみで世話になっていたけれど、それとこれとは別です。あの歪みはもう僕には理解もできないものです」
裕磨がそう言うと、女社長も裕磨の言い分は理解できたようだった。
悔しいだろうが、裕磨が峻に近づいたことはなく、今回も峻の方がやらかしていることは女社長の方でも把握はしていたらしい。
「……悪かったわ、私からちゃんと言っておくわ」
女社長は裕磨にそう言い、それから峻に連絡をした。
「くだらないことをやっている暇があるなら、次の仕事を入れるわ。新しい店の内装を見てきなさい。いい、貴方の言い分は聞かないわ峻。三雲裕磨には二度と関わらない約束を忘れたわけじゃないでしょ?」
そう女社長が言ったので、裕磨はやっと峻が裕磨の前から消えた理由を知った。
こうやって女社長は峻をお金や権力で縛り、峻はそれを受けるために裕磨から離れたのだ。そうした方がメリットがお互いにあったからだ。
それなのに峻は一時の思い切りも、永山と裕磨が繋がって親しくしている事実に少し現実が見られなくなっていたらしい。
そんなことを言われている峻の返答は要らなかった。
峻がどう思っていようと峻は女社長は捨てられないし、捨てたら夜の店などもきっと倒産するようなことになるのだろう。
けれどそれは裕磨が知る必要のないことだった。
「行きましょう、永山さん」
裕磨はこれ以上ここにはいたくないと先に部屋を出た。
入り口で待っていると永山もすぐに出てきたが、何か話しているようだった。
でもそれも裕磨は知る必要のないことである。
「さあ、帰ろう。仕事が溜まっている」
「そうですね、お手を煩わせました」
「これは貸しにしておくよ」
そう永山がニヤリと笑ったので裕磨はそれにニコリと笑って返した。
「いいですよ、それでお願いします」
もう一生の恩にして貰ってもいいくらい、裕磨は永山によって心を救われた。
ずっと好きだったという永山の言葉は裕磨の中にどんどんしみこんできている。
多分、すぐに裕磨の心を溶かして、浸透して、そしてきっと永山のことをもっと特別に見ることもできるのだろう。
それは遠くない日だと裕磨は思ったのだった。
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