Spell-bound

4

 裕磨が大学三回生から四回生になるまで峻は毎朝裕磨の食事にありつきにきていたが、四回生に上がった日から峻は食事には来なくなった。
「忙しすぎてさ、朝起きられないんだ……」
 スポンサーの人と会っているらしいが、もちろん体の関係である。
 これまでは色々言い訳を付けて泊まりだけは避けていたらしいが、そうもいかなくなったのだと峻は正直に言う。
「ふーん、そこまで望む人がいるんだ……大変だね」
 裕磨はそこまでしないと峻の望みは叶わないのだと知ると、本当に可哀想だと思うようになってきた。
 夜の世界は如何に夜の世界に精通している人間と繋がるかで決まる。
 店を出すとすると、その界隈に影響も及ぼすわけで全方向に喧嘩を売るわけにはいかない。何処と繋がって何処の客を奪うのか決めないといけないわけだ。
 だからそうそう簡単に店を出せるわけでもない。
「店の資金は貯まったけれど……店の場所がな。三つくらいに候補を絞ったところだが……思い通りにはいかないんでね」
 峻はそう言うと食事の用意をしている裕磨の背中に抱きついてきた。
「峻さん、料理中は駄目だよ?」
「じっとしてるから、ちょっと元気分けて」
 峻はそう言って裕磨の首筋に顔を埋める。
「気を分けるみたいなこと言って、まあそれで元気になるならいいけど」
 裕磨は内心ドキドキしながらも峻の好きにさせた。
 峻は本当にただ抱きついているだけで、裕磨に何かするわけでもなかった。
 そしてその日から裕磨は峻に会うことができなくなった。


 峻から一週間以上も連絡がないことに気付いた裕磨は初めて自分から峻のメッセージアプリに連絡を入れていた。
 朝は会えなくなったけれど、少しくらい会えないかと思ったのだ。
 しかしアプリは一向に既読にはならず、峻からの返答もなかった。
「峻さん、家にもいないのかな?」
 そう思い、マンションの方へ行ってみると、マンションは既に別の人が住んでいることが分かった。
 受付の番号を押して対応に出た人間に事情を説明したら、マンションは先月売りに出されて即決で今住んでいる人が買った。一週間前に引っ越してきたばかりだと言われたのだ。
「峻さん、とうとう僕に内緒であっちの世界にいってしまったんだ……」
 あの日の甘えは最後の甘えだったかもしれないと思うと、もっと何か言うべき事があったんじゃないかと裕磨には思えた。
 けれどもうそれさえも取り返しが付かないのだ。
 峻はもう裕磨との連絡を絶ってでも先に行くしかなかったのだろう。
 裕磨は返事も届かないメッセージアプリが既に峻が携帯すら解約しているのか未送信になり、相手が退会していますとメッセージが帰ってきていることに気付いた。
「何だよ、最後くらいさよならも言わせてくれないのかよ」
 裕磨はそう呟いてからマンションを後にした。
 そして裕磨にはいつもの日常が戻ってきて、大学を卒業するまで裕磨は峻のことを忘れることにした。峻が望んだのがそれなら追いかける術はなかった。
 会いに行っても絶対に迷惑な顔をされるだろう。そんな峻に迷惑がられることはしたくなかった。
 もし会っても困らないなら、峻は連絡先を残していただろうし、引っ越しだってしなかったはずだ。今までずっと裕磨を優先してくれていた峻はやっと裕磨を優先することをやめただけなのだ。
 それが峻のためで、子離れと言って良かった。
「そっか、峻先輩いっちゃったんだね。まあいつかはそうなると思っていたけど。裕磨の就職時期を狙ったなら、もう裕磨も好きにしたらいいってことじゃないか?」
 もう峻を目標にして側にいてやることはないのだと荒井に言われ、裕磨はその日から峻を忘れるために必死に論文を仕上げ、大学を卒業した。
 けれど峻がいなくなったことで、裕磨はその時から変わった。


 裕磨が大学を卒業して就職をした。
大企業家の秘書として会社に属したけれど、その大企業の社長があの永山徹だった。
 富田彰(あきら)という起業家が、買い込んだ携帯電話会社で利益を上げ、様々なところに出資したり会社を買収したりと、若手らしい俊敏の良さで次々に成功を収めている人だ。そんな人が会長になり、内縁の妻だった女性の子供を社長に据えた。
 それが永山徹だったらしい。
 そんな永山と出会ったのは就職のための面接だった。
 まさか面接官に永山がいるとは思わず、驚いている裕磨に少しだけ微笑んだ永山は普通に面接をした。
 その会社の就職で合否を出した後、個人的に永山は裕磨に近づいてきた。
「心がぽっかりと空いているのが気になって、君の心に穴を空けた人は誰?」
 永山は昔から優しかった。
 裕磨がそういう傷を持っていることくらい、面接ですぐに分かっただろう。
 そこに付け込むのは仕方のないことだった。
 裕磨は永山からすれば純粋にここまでよく無事に生きてきたものだと思えるほどに、今が酷く無防備だったからだ。
 手を出したくなるくらいに永山は裕磨に惹かれたのだ。
 そんな永山に裕磨は峻のことを話した。
 誰か、峻を知っている人に聞いて欲しい話だった。
 裕磨の周りは峻が離れていって良かったねとしか言わない。あの荒井すら仕方がないと言うくらいに、峻は酷い男だった。
 けれどそれでも裕磨は峻のことが好きだったし、今でも割り切れないでいた。
「思いは伝える暇もなかったです……最後にさよならも言えませんでした」
 そう言う裕磨はポロポロと人前なのに涙が出てしまった。
 そんな裕磨が儚く泣く様子に、永山はいつも以上に裕磨を抱きしめた。
「そんなに寂しいなら俺にしておきな。俺は……裕磨が好きだよ」
 そんな言葉に裕磨の心は一瞬で傾いてしまった。
 そして裕磨は永山に体を許した。
「もう守る義理すらないので……こうなっても自分の責任です」
 裕磨はあっさりとした様子で永山のするがままになった。
 性を解放した裕磨はあっという間にその才能を現した。
「んっ……んふぅ、ぁっ、あっ、んぁあ……ぁんっ」
 永山のペニスで突き上げられると裕磨はそれをしっかりと咥え込み、奥で感じて体を震わせた。
「あっ、あっ、あっ! ひ、ぃぁあああん!!」
「ああ……裕磨は……凄い」
「あんっいいっ! そこぉっそこ、あ! あ! あっぁあ!」
「知っているよ……ここが好きだよな……奥で出されるのも好きだよな?」
「あぁんっ、ぁんっあんっ! すきっすきっああんっ」
 永山に翻弄される裕磨のはずが、裕磨の開発された体が永山を更に深く裕磨にのめり込ませてしまった。
仕事中でも暇があれば裕磨に手を出し、仮眠室に裕磨を連れ込んでは抱いた。
「あぁんっあっあぁあーっあ! ひぃいっあんあんあん! ぁっ、しゅご……っそこぉお!」
裕磨もセックスをしている時と仕事をしている時が生きている気がして好きだった。
けれど永山を好きなのかどうかそれすらまだ分からないままだった。
「んふぁ……あ! あぃあっ……そこ、そこだめぇっ!」
「ああ、本当に凄いものを開発したよ……裕磨、お前は本当に心地が良い、お前の中に入ってる時が至福の時だ……っ」
「あぁ……あ……もっとぉっ……そこもっと、もっとっ…永山さん……ああっんっもっとちょうらい……」
 裕磨は永山に抱きつき、必死に強請る。それに永山は強く腰を振り、裕磨をしっかりと抱いた。欲しがる裕磨に気を良くして永山は裕磨の乳首を指でつねった。
「あぁああ……ああっ気持ちいい……あああっ……!」
「裕磨は淫乱だからね……そうだろ?」
「いんら……っなの、っい、らぁなのぉおっ! ひぁんっもっとぉ……足りな、よぉっ」
「裕磨、何が足りないんだい?」
「あぁっ! はぁっ欲し、おちんぽ奥ぅ……っ奥、あっ、ごりごりぃっん! 突いて……っ!」
「裕磨、中に出すぞっ……んっ」
「あぃあ……なか、ああっぁあ、あ、あ、あ! きたっふぁああ……んっいい、ぃいいいっ!」
精液を中に出されて裕磨はそれで絶頂をした。
 中出しでイクようになってから、裕磨は更にセックスが好きになった。
「あふ……あん……きもちいい……」
 ズルズルとベッドに倒れ込むと、永山は満足したように笑う。
「本当に裕磨は開き直ったら凄いな。体も随分柔らかくなってるし、しなやかになったな」
 永山に言われるがままに体が柔らかくなるように柔軟をしたり、しなやかになるように美しい動作を覚えた。
 相手が永山であるけれど、峻に抱かれているような気になってただただ行為を好きになった。そういう妄想に浸っているのも永山は知っている。それでも永山は裕磨に愛を囁く人だった。
 永山には恋人もいないらしい。
 裕磨と関係を持ち始めた時に、他のセフレとは全部手を切ったと言った。
 それが本当か分からないけれど、永山は裕磨には誠実だった。
「あと三十分で次の仕事の打ち合わせだ。裕磨、風呂に入って綺麗にしてきなさい」
 そう言うと永山は服を着替えて社長室に戻っていった。
「はあ、最近増えたなあ」
 永山が裕磨の体を求めてきたのは週に一回くらいだったのが、最近は会社の中でも平然と抱くようになってきた。
 毎日休み時間にとってある一時間の休憩すら半分をセックスに使うほどで、裕磨はこれでは社員にもダダ漏れになると不安がる。
 しかし社員はそこまで関心はないのか、社長室が普通の階と離れているせいでセックスに溺れている社長のことなどには気付いていないのかもしれない。
 裕磨にはこの行為は心の穴を塞げるほどではないにしろ、寂しさは補ってくれるもので大事な時間だった。その時間もだんだんと増えすぎると、これを失った時にまた峻が去った時のように空っぽになるのは嫌だなと思わせるほどだった。
「セーブして貰わないと……後を埋めるのが大変だ」
 裕磨はシャワーを浴びて予備に置いてある服に着替えた。
 最近はこうやって服を置いているので服には困らない。その服も永山が買い与えてきたものばかりで裕磨はそれを文句も言わずに着ている。
 それは永山の所有欲を満足させることらしい。
 脱がすために着る物をプレゼントするというやつである。
 仮眠室から出てくると、秘書課の人が裕磨に仕事を渡してくる。
「これをお願いしますね。こちらは採決、こちらは捺印を。あと休み時間はきちんと休みようにおっしゃってください」
 二人で仮眠室にしけ込んでいたら、気付く人は気付くことだ。
「申し訳ありません、気をつけます」
 けれどそれでも誰も文句を言わないのは、仕事中は気性の荒い永山に付き添ってくれている防波堤の裕磨を失うわけにはいかないからだ。
 永山はやり手ではあるが、仕事に関しては非常に厳しい。なので秘書にも少しのミスも許さない。しかし間に裕磨が入ってからは裕磨が永山の前面に立ってくれるので、直接永山に何か言われることはなくなったようだった。
 そのため裕磨に強く当たる人はいない。
 裕磨も自分の立ち位置が分かっているので、愛人面はしていない。仕事はきちんと熟してノルマも熟す。すると最初に蔑んできた人の目はそのうち無関心に変わった。
 裕磨が優秀で秘書としての役割をきちんと果たした上で上手に永山の手綱を握っている。更に業績は上がり、会社としてもボーナスに繁栄されているとなれば、裕磨を恨む意味がないのだ。
「いつも通りでよろしくお願いします」
裕磨がきてから秘書課は残業がなくなったという。
 ほぼ永山に繋がる仕事は裕磨がやってしまうから、永山の秘書課は定時上がりに変わった。それが一番有り難いらしく、感謝されはしないが皆が見て見ぬ振りをしてくれる。
 仕事環境としては裕磨には申し分ないところだった。
「今日は不動産の方の打ち合わせになります。社長管理の不動産の買い取りでございますが、良いお返事を貰えるとのことです」
 六時からその取引相手と食事だ。
 かなりいい物件だったらしく、永山が相手を見て売るのを決めたらしいが、立地がかなりいいけれど夜の街の店しか出せない立地なのでなかなか買い手が付かなかった。それを家賃ではなく買い取りたいと言ってポンッと振り込める人が今回の取引相手だった。
「裕磨、今日はホテルを取れ」
「はい。分かりました」
 裕磨はメモを開いて今日の取引をするホテルの部屋を取った。
「ジュニアスイートを確保しました。夜食にフルーツの詰め合わせを頼んでおきました」
「分かった」
フルーツは永山の好きなものであると同時に裕磨も好きなものだ。なのでホテルに泊まる時はいつでもそれを夜食に取っておく。いつでも気軽に食べられるので気に入っているものだった。
 それから永山は打ち合わせに行き、裕磨は控えの部屋で相手の秘書と静かに待った。
 裕磨はタブレットで仕事の続きをして、相手も同じらしく一言も口をきかずに済んだ。
 そして話し合いという名の食事会が終わって、永山が裕磨たちを呼びに来た。
 揃って部屋を出ると永山と話している相手が裕磨を見て驚いた顔をしているのが分かった。
 何となくじっくり相手の顔を見るのもと思っていたが、そんな態度が見えたので裕磨はその人の顔を見た。
「……っ」
 それはよく知っている顔。
 二年ぶりに見る志鷹峻の顔だった。

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