三雲裕磨が高校を卒業するまでの二年間、峻は裕磨の店に毎週通い続けた。永山も月一で戻ってくると用事を済ませてから裕磨の店に来て、二人で懐かしい店に通って夕飯を食べたりした。
そしてその変わりない生活を続けたかった裕磨は、大学を東京の大学にした。
ちょうど友人の荒井も同じ大学に行くことになったので、いわゆる腐れ縁でそうなったという感じだ。
選んだ大学は永山と同じ大学だった。
大学もあっさりと受かり、引っ越しも早くに行えたのは、峻が色々手伝ってくれたからだった。
一人住まいのマンションも大学近くにいいマンションがあると峻に教えて貰い、ちょうど同じ階の部屋が開いているという理由で荒井も同じところに引っ越した。
そのマンションは峻のマンションの近くにある。
峻はホストで贔屓にしていた人からマンションを買って貰ったらしい。
呆れたものであるが、それが峻である以上、仕方ないことだ。
「それにしても峻先輩の顔の広さは凄いな。とても土日地元でナンパしてるだけの人とは思えない」
荒井がそんなことを言うのは、引っ越しに関わる家財を買ったりする時に色んなところで峻の知り合いの人に助けて貰ったからだ。
どこにいっても峻に声を掛けてくる女性たちがいて、その人たちがその会社の上層部の人だったりするわけだ。丁寧にいろいろ安くしてくれて、裕磨もであるが荒井まで世話になった。そのお陰で余計な出費も抑えられて両親も喜んでいた。
また裕磨の親は峻の女性関係がだらしない事は知らないので、普通によく知っている近所の子供が親切な大人になったと思っているようだった。
「とにかく助かったね……この時期の家探しと家財を揃えるのは時間もかかるらしいから、それがあっという間に決まるのは嬉しいね」
引っ越しは前の人が引っ越した後にクリーニングが入ることになっているので、ちょうど四月の始めに引っ越せる手続きをした。
一旦地元に戻り、持って行く荷物を纏めた。
それから四月になるまで自分の部屋を片付け、掃除までした。
戻ってくることはないだろうと思ったので、余計な荷物は処分もした。
できれば上手く東京で仕事を見つけて生きていけるようにしたいものだ。
そこに峻がいないとしてもだ。
引っ越しも安全に終わり、裕磨は峻と顔を合わせるのは昼食時のみだった。
どうやら土日に地元に戻る必要がなくなった峻は、土日にもホストのバイトを入れていたようだ。
相変わらず違う女の香水の匂いをさせてやってきては裕磨に昼食を強請る。
「裕磨、飯食わせて~」
お金をちゃんと払うので食べさせて欲しいと峻が甘えてきたのは引っ越し作業が終わった後だ。
あと二日で大学が始まったらそれもできなくなるけれど、峻は朝食を強請りにくると言い張っている。
簡単な物しか作れないので夕方ならと思っていたが、ホストの仕事があるので同伴したり土日は客とデートをしないといけないらしく、夕方は無理だと言った。
そこで妥協をした上で朝になったのだが、裕磨はどうしてそこまでホストに拘るのか不思議で聞いていた。
「何でホストをそこまで本気でやるんですか?」
峻は成績も一応優秀で、ゼミには所属していないけれど講義は全部出ているし、その合間にある試験も論文もちゃんと仕上げているらしい。ホストで時間がないはずなのにそれでも余った時間でやりくりしているというから超人的だ。
それなのに何人もの女と会ってセックスする時間も作っているのだから、はっきり言って化け物クラスだ。
「本気でホストをやってるのは、将来そうした店をやりたいからだよ。やっぱり一から経験してみないと分からないこともあるしな。やってみてもやりがいもあるし、店を持つには金もいるし、スポンサーもいるし、いろいろやってんだよ」
どうやら将来のために客からスポンサーを探しているのだというから、抜け目のない男である。
「だから経営の勉強もしているわけか……凄いな。僕は漠然と安全に仕事ができればいいなって経理の勉強してるけど……」
目的がそこまであるわけではないと裕磨がそう言うと、それを聞いた峻は真顔で言った。
「普通はそういうもんだろ。漠然と何かはっきりしたものがないもんだ。大学になってから将来を考えるっていうのもありだと思うぞ。俺はたまたま経営に興味があったからホストをやってるけどな。ほら、うちは母さんがバーをやってるからホストが近道なだけ」
峻はそう言ってから笑う。
峻の母親は駅前でバーをやっていて、父親もそこで料理を作っている。
繁盛しているし、個室がある居酒屋を改造した店なのでたまに若者が個室でパーティーをしたりする。元々峻の母親はキャバクラで売れっ子だった人だが、飲み屋を開いた時には峻を身ごもっていた。子育てしながらバーもやっていたのでそんな峻を中学卒業まで裕磨の母親が預かっていた。
そのお陰で幼なじみとして兄弟以上に近い関わりで暮らしてきたから、峻が裕磨に構うのはその時の癖だと知っている。
一緒に面倒を見ているうちに、峻は過保護なほどに裕磨を守るようになった。
必要以上に構うのはそういうことだから、峻が裕磨に近寄る女に厳しくなったのは仕方ないことなのだ。
だからこそ余計に裕磨は峻のすることを怒る気にはならないのだ。
中学卒業と共に峻を預かることもなくなり、一緒にいる時間は減ったけれど、それでも峻は裕磨に構うくせは抜けなかった。
それでも裕磨は峻を嫌いになれないのは、こういう一般的な話の時は常に冷静で為になることを言う人だったからかもしれない。
今だってそうだ。
「峻さんは色々考えているんだね……」
「俺は小さいときから接客しようと思ってたし、ホストはいい感じにできてるから、そこから自信ができただけ。結局、真面な職には向いてないんだよ」
そう峻が珍しく落ち込んでいるような声でそう言った。
「そう? 真面というか、真面目な職じゃ峻さんはトラブルになりかねないから、普通には暮らせそうにないけど? ほら顔がいいとか、女性問題、それはさすがに今の世の中厳しいけど、ホスト系ならさもありなんっていうか……納得はさせられるよね」
裕磨は別に峻が真面な宮仕えなどできるとは最初から思っていない。
トラブル体質であろう峻が、そういうところで上手くいく未来は見えない。顔がいいだけで女性が寄ってきて勝手に女性が揉め始めてしまうのだ。
そして峻は人がいいので全員ととりあえず付き合ってみるのだ。
知らない一人だけ選べるわけもないというのが峻の言い分だ。
峻からすればいいよる女性の九割は知らない人で、一割は裕磨が選んだ悪女だという。峻から誰かに告白をしたことはなく、必ず奪った人から恋人になってほしいと言われるのでなるだけなのだ。けれどそれで峻が恋人らしいことをするかと言ったら、するわけもないのだ。
峻は恋人同士がどういう付き合いかという常識が既に壊れている。
そう言う人が真面な職で上手くいくわけもない。
ホスト系などだと女性の方にも問題があると言って貰えるだけ、峻だけのせいにはならないのが強みだと裕磨は考えた。
「……裕磨は、俺のこと嫌にならないか?」
「何で? 別に峻さんは昔から僕には優しいから、別に気にならないけど。峻さんが女性にだらしないというか、全員に求めることが平等なだけで求めることに応じられない人が多いってことだよね?」
裕磨は峻のことは知っているから、余計にそう思う。
それに峻もさっき言っていた。
スポンサー的な女性とならいくらでも寝られる。求められる物に対して、リターンがちゃんとある関係ではないと峻は人を信用できないのだ。
だからホストとして客と寝たりするのは営業成績を上げるためではなく、その後にあるリターンが欲しいからだ。上客ばかりを贔屓にするのはスポンサーとして使い道があるかないかの違いに過ぎないのだ。
身も蓋もないけれど、峻の価値観はそれでできている。
「峻さんがそういう人間だって分かっていれば、付き合い方も分かるし、メリットのないことはしない人だと分かれば、今の上客の人たちと同じ付き合い方しかないんだろうなって」
そう裕磨は思う。
けれどそれは峻にとって裕磨が圧倒的に守るべき物だと思い込んでいるせいで、裕磨はその人たちよりも若干有利なところにいるだけだ。
その魔法が解けてしまったら、峻はきっと裕磨なんかじゃ手の届かないところにいってしまうのだ。
だから、余計に峻を好きだなんて言えない。
あくまで幼なじみの少し手の掛かる、優しい裕磨でいるしかないのだ。
裕磨が峻に関して分かっているように答えると峻は気分が上昇したのかニコリと笑った。
「やっぱ裕磨は分かってるよね。そうだよな、俺は俺だもんな」
峻は時々、一般的な人になりたがる。
それがどうしてそう思うのか分からないけれど、裕磨の側にいるためにそうしたいと言っているようで、裕磨にはそれは峻の足かせになっていると思った。
峻はきっと裕磨がいない方がもっと自由にやれて、伸し上がるために色々できているのだろう。そこを裕磨という常識な一般人の人間にどう見られるのか気にしているせいで、思い切ったことはできていない気がする。
「じゃあ、今度は朝に」
「うん、行ってらっしゃい」
裕磨がそう挨拶をすると、峻は嬉しそうに微笑んで言った。
「じゃ、いってきます」
峻はそう言いながらホストの仕事に行ってしまった。
高校時代には距離が遠くなっていたはずなのに、大学に入ったら距離は一層近くなった。お互いの家に出入りするような関係になるとは思わなかったので裕磨としては嬉しい誤算だった。
けれど進む道が違ってきたら、きっと峻とは合わなくなっていくのかもしれないと裕磨は思っていた。
大学もあっという間に時間が過ぎるけれど、裕磨の家には峻が毎朝出入りを欠かさない。どんなに遅くに戻っても朝にはしっかりと起きてくるから関心するほどだ。
酒の匂いも女の匂いも消してくるようになったのは、一週間もしないうちだったか。たまたま隣の荒井が朝食の材料がないと言いに来て、朝食用の納豆を分けた時だ。
「うわ、峻先輩最低。朝食食いに来るような相手の元に、名残臭い香水の残りが付けてくるとか……俺が恋人だったら好感度は一気に下がるやつじゃないですか」
それまで荒井は峻がそういう匂いをさせていることは知ってはいたが、実際に嗅いだことはなかった。なので酷い匂いをさせている峻にそういうことを言ったのは初めてだった。
「そうか……酷い匂いか? 俺も鼻がやられているんだろうな……裕磨、俺いつも匂ってる?」
「匂ってますよ。酒もですけど、混ざり合って凄いです。せめて寝る前と起きた時にシャワーでも浴びてくださいよ。そしたら少しは取れると思いますよ」
裕磨がそう答えた次の日から峻はそこを改めたらしい。
それから毎朝、同じシャンプーなどの匂いになっていたので気をつけるようにはなったらしい。
それを荒井に話したら荒井は爆笑して言う。
「結局、裕磨にはいいように見せたいんだなっあの人は」
そう言うから裕磨はそういうものかと思う。
今更、峻の態度が変わるとは思わなかったけれど、鼻がやられているといっていたので同じ環境で酒と香水の匂いに塗れていたら、慣れてしまうのは仕方がないのかも知れない。
変わらない日々のように大学生活も順調に進んでいき、あっという間に二年が過ぎてしまった。
その大学では永山にはほぼ会わなかった。
何でも色々忙しくて峻ともあまり会ってないと峻が言っていたほどに忙しい人になっていた。それでも裕磨だけは三ヶ月に一回程度食事に行くだけだったけれど、裕磨と永山の密かな関係は永山の聞き上手なところがあって裕磨は何でも永山に話していた。
裕磨が三回生になると峻と永山は大学を卒業となった。
峻は首席で入学をしたらしいが、出る時は出席日数もギリギリで講義は何とか間に合って論文も出せたという全てにおいてギリギリだったらしい。
けれど頭が良かったのと首席を目指していたわけではなかったこと。ホストをしながらの学業も両立という中ではバイトに溺れなかっただけでも上出来の部類らしい。
結局、峻はホストをそのまま本格的に続けることになった。
大学時代からの店では、峻は第三位くらいの成績で治めているらしいが、峻は店でNo.1になりたいわけではない。
店に金を無駄に落とすなら、将来の投資に使って欲しいと思っているようだった。
それからすぐに峻は貢ぎ物ではNo.1の地位になった。
大きな家を買って貰い、車は既に三台も持ち、マンションも気付いたら三つほど持っていた。
裕磨はそれを荒井から聞くばかりで、峻はそれを裕磨には自慢はしなかった。
全部が投資のためのものであり、将来の店を開く資金として売ることも買って貰った相手にも了承済みだというから、峻のやり手なところは凄いところである。
「それで、峻先輩はこの近くのマンションで一人暮らしを続けていると……?」
「引っ越した話は聞かなかったよ。朝も毎朝来てるし……」
荒井は既に峻が引っ越していると思っていたらしいが、裕磨は峻が毎朝通ってくるままであることを告げるとさすがの荒井も呆れたようだった。
「峻先輩ってさ、裕磨から離れるの怖いんかな……」
そう言われてしまい、裕磨は前に峻が話していたことを荒井に話した。
「一般常識を捨てる勇気がないんだと思う。俺が普通に暮らしている唯一の繋がりだから。きっと俺から離れたらもう突っ走るだけになっちゃうし……そうなったらきっといいのかもしれないけど、峻さんの中でそうなったら駄目になると思ってる部分があるのかもしれない……」
裕磨は峻にとって唯一普通の世界を知る相手だ。
もう峻の周りには峻を利用したりする人間と損得勘定だけでいる人間と、夜の世界に繋がるスポンサーという関係しか築けていないのだろう。
その中にある大事な存在として裕磨がいるのだとしたら、裕磨はそんな峻のために側を離れたりはしない。
もちろん一生このままというわけにはいかないけれど、峻が望むならば裕磨は普通であり続けようと思った。
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