Spell-bound
2
三雲裕磨の平穏な日々は、高校二年になってもあまり変わらなかった。
学校生活はそれなりにだったし、同じバイト先の子と付き合い始めた。
けれどいつも通りにあっという間に別れてしまった。そうまた峻のせいだった。
その峻は毎週地元に戻ってくるのだ。
「峻さん、東京の大学にいってるんじゃなかったんですかね?」
毎週帰ってくるのにはお金もかかるだろうにと思っていたのだが、峻は毎週裕磨のバイト先に入り浸り、バイトが終わると裕磨を連れてカフェに行き、最終新幹線で東京に戻る生活を続けている。
「講義は出てるし、バイトもしてる」
「峻さんがバイトですか……何してるんですか?」
「月金でホスト」
「さぞかし儲けているんでしょうね……」
「いや、まだ店の三位くらい。土日がないから儲け時にいないって怒られるけど、その代わり月金の客が増えて売り上げも上がったから怒られなくなった」
裕磨の前で自慢をするが、裕磨の仕事はカフェの店員だ。
一般的なコーヒーなどをテイクアウトなどで売る店であるが、トッピングなどを足して色んな飲み物が頼める少し高めのカフェだ。
裕磨はその店の支配人と親が知り合いで頼まれてバイトに入ったのだが、峻が現れてからあからさまに峻目当ての客が増えた。
峻は客が来たら裕磨から離れて大人しく店の中でコーヒー一杯で粘る。すると他の客が峻に話しかけてそこで話が盛り上がってしまうのだ。
毎週そんなことをすれば一ヶ月で女性客がほぼ峻の知り合いになるほどである。
峻はその中の女性を暇の時間に誘っているようで、時々店から消えている時はホテルに二時間くらい籠もっているのである。
もちろん裕磨の彼女ももれなく峻に靡き始めたので裕磨はあっという間に振られた。
峻の性癖を知らない彼女はバイトを辞めてしまった。
それからすぐに峻に会うためにカフェに来ていたけれど、案の定暇つぶしの相手であり、恋人ですらないことに気付いたのか、裕磨に泣きついてきたが裕磨は取り合わなかった。
たまにカフェに遊びに来た荒井が峻が居着いていることを知って頭を抱えたほどである。
「マジでもうやらかしてるのかよ……」
「うん。この間言った彼女も駄目だったよ」
「はえーよ、峻先輩……裕磨も女運がなさ過ぎるけどさ……」
「それよ。本当に僕の女の人を見る目がなさすぎた……」
裕磨はとにかく峻に靡きやすい女性に惹かれる癖があるのか、どうにも一途になる人を見つけられないでいる。
むしろ峻に靡くような人では裕磨も満足できないのもあり、むしろ積極的に峻に会わせて靡くか靡かないか試しているようなところも出てきた。
「僕の本物の恋人って誰になるんだろうな……思いも付かないけれど」
そう裕磨が言うと、荒井が笑って言った。
「じゃあ男でよくね?」
「え?」
「だから女だと駄目なんじゃん。すぐ峻先輩に靡くんだから。なら男でもいいなら峻先輩に靡かないんじゃないか? 峻先輩って男には面倒な相手で関係ないところから見てる分には面白いけど、恋敵になったらさすがに峻先輩に靡くこともないんじゃない? どっちかっていうとお前ネコじゃん」
そう荒井がいいながら真顔である。
「……え、受けってこと?」
「お前はどっちかっていうとそっちだと思うぞ。進んで男に突っ込むのか突っ込まれるのかといえば、お前、突っ込まれる方が楽だとか思いそうだし」
荒井の真顔の言葉に裕磨は図星を付かれた気がした。
「そりゃ、突っ込むよりは……楽っちゃ楽だけど……ネコか……」
「そしたらお前の相手はタチで攻めなわけよ。そうしたら峻先輩が奪うとなったら峻先輩もタチだろ、性質的に。だったら奪われるってこともないんじゃないか……?」
「いや、だったら実験で荒井と僕が付き合うことにしたってことにすれば……実験できないか?」
「は? お前、とち狂ったこと言ってんじゃねえぞ? それじゃ峻先輩の標的が俺になるだろうが!」
「だから、どういうことになるか実験しなきゃいきなり男には走れないよ?」
二人はお客がちょうど途切れているからと店の端のカウンターで話し合っていたのだが、そこに客が店に入ってくる。
いらっしゃいませと声がけして、荒井と話し込んでいると荒井の後ろから声がした。
「何か、良からぬこと考えてない?」
急に声が聞こえて二人は悲鳴を上げそうになったが口を押さえて悲鳴を飲み込んだ。
「うあ、永山先輩じゃないですか……」
荒井もまさか永山が来るとは思わなかったと文句を言う。
「何か嫌な予感がしたんだよね。それってお前のことだったんだな、荒井」
静かに永山が怒っているのが分かった。
「冗談ですけど、冗談でもないんですよね」
「どういう意味だ」
そう二人がカウンターで言い争いを始めると、さすがに容認できなくなった店員の名原伸明(のぶあき)から仕事に戻るようにと裕磨は注意された。
「裕磨くん、バイト中でしょ」
「はい、すみません」
すぐに謝ったところ永山がカフェのメニューを見て飲み物を注文してくれた。
荒井も二杯目のシェイクを注文して永山に付き合って奥の席に消えた。
「全くもう、君の先輩のお陰で女の客は増えたけどさ」
「すみません、気をつけます」
注意してくれた名原はベテラン店員なので店に貢献することは見逃してくれる人だ。けれど裕磨のことは甘やかしても峻のことは死ぬほど嫌いな人種だと峻に軽蔑の目を向ける特殊な人である。
そのせいで峻にこの名原への対抗心が生まれたらしく、毎週通ってくる羽目になっているのだ。けれど平日の今日、来たのが永山でさらには裕磨が親しくしていたら名原の何かに火を付けたらしい。
名原は包容力のある人で人当たりがとてもいい。しかし裕磨はこの人に付き合おうと言われて誘われてはいる。
けれど男とどうこうなるのは考えたことはなかったので、初動で断っていたが名原は諦めた気はないようで、バイト終わりに毎回食事に誘われている。
「それでさっき話していた内容によると、俺と付き合ってもいいって内容に聞こえたけれど?」
「何でそう前向きなんですかね?」
裕磨は呆れた顔をして名原を見た。
「あの男に靡かないなら、俺も十分候補に入るよ? まさか俺とあの男がセックスする関係になるとは思ってないよね? 俺は君をずっと口説いているわけだからさ」
そう名原が言うので裕磨は名原を見て聞いた。
「まさか、峻さんにもう誘われたとか言わないですよね?」
そう聞くと名原はニコリと笑って言った。
「君に告白する前に誘われたよ? もちろんこっぴどく振っておいたけど?」
そのニコリと笑う名原の笑顔が凄く怖かった。
恐らく裕磨に告白する前に峻には態度でバレていたのだろう。名原が裕磨のことを好きなことをだ。
「諦めるわけないじゃないか。君がいくらあの男を好きでもね」
名原にそう言われて、裕磨はやっぱり名原は誤魔化せないなと思った。
「引き継ぎ入ります~」
ちょうど次の引き継ぎバイトが入ってきたので、名原との話はそこで一旦終わったけれど、バックヤードに引っ込んで着替えて出てきたら裏口で名原が待っていた。
「今日はさすがに見逃さないけど?」
名原がそう言い、裕磨に詰め寄るので裕磨は名原に言った。
「名原さんが思ってる通りですよ。僕は峻さんのことが好きですよ」
「以外にすんなり認めるよね。でもあそこまで懐かれて告白はしないんだ?」
そう名原に言われたので裕磨は頷いた。
「多分名原さんも僕が峻さんに告白しない理由は分かってるんじゃないんですか?」
分かっていて聞くのは意味がないんじゃないかと返したら、名原はフッと笑った。
「そうだね。あの手のタイプは堕ちないから構ってるだけで、堕ちたら急に興味を失うよね。君はずっとこのままの距離でいいから峻ってやつに構って欲しいだけ」
失うくらいならこの距離がいいと裕磨が気付いたのは、実は今年に入ってからだった。
峻が大学で東京に行ってから、すぐに恋人を作った時に峻が毎週時間が許す限り裕磨のところにやってきてくれるのが嬉しくなってしまい、自分は峻に惚れている事実に気付いたのだ。
それまで困った人だという気持ちしかなかったのに、選りにも寄って峻に惚れるなんて裕磨としては一番駄目なところに気付いてしまった。
きっと告白をして付き合っても、一週間も付き合わないうちに終わる。
「だから言わない」
「でもそれじゃ何も変わらないよ?」
「……そりゃ……そうですけど」
裕磨もそこを突っ込まれると正直痛いところだった。
このままの関係をいつまでも続けたとして、それが何になるのか。
ただ結果を先送りして、決して結ばれないことにかまけていくのか。
「でもだからといって、僕は名原さんと付き合うのはないので、そこまで変わらないんじゃないかと」
裕磨は真顔で名原にそうはっきりと言うと、名原は驚いた顔をしてから苦笑した。
「君にとって俺はそこまで好きでもないってことか~。参ったな、そこはこっちに流れが来るところでしょ?」
名原がそう言うけれど裕磨は真顔で答えた。
「え、だって名原さんも峻さんとあんまり変わらないじゃないですか」
名原だって堕ちない裕磨が面白いのであって、裕磨と長く付き合っていこうという気はないようなのだ。それだけは最初から分かっていたから、裕磨が靡く理由がない。
「何だ、バレてんのか……」
「そりゃ似てますから。今日だって客の女性に待ち合わせのメモをあげてたでしょ? 僕に構ってないでさっさといっちゃってください」
裕磨がそう言って裏口のドアを開けると、名原は苦笑して先に店を出て行った。
「じゃあね、一晩でもよければ付き合うよ。そしたら気持ちが変わるかもよ?」
「あー……そういう時は名原さん以外にお願いするので結構です」
「言うねえ」
結構強く拒否をしたら名原もさすがに難攻不落とだけ言われる裕磨がどうして別れることが分かっている恋人を作っては峻に奪われているのかその理由に気付いたようだった。
裕磨は自然と峻が手を出したくなるけれど、言い寄ってもなかなか堕ちないタイプを選んで付き合い、峻の手に届く範囲にハードルを下げているだけなのだ。
「結構気に入っているんだけどな、それだけは本当だよ?」
「それは分かります。ここまで言って引き下がらない人、珍しいので」
裕磨がそう言うと名原はそれに笑って下がっていった。
名原が敷地内から出ていってから裕磨はぽつりと呟く。
「いいところで引くから、結局真剣じゃないんだよね……」
峻と張り合う気はあまりないという態度でいるから、名原に身を任そうとは裕磨も思えない。
裏口から出て敷地内から出ると永山が外で待っていた。
「あの野郎。まさか裕磨はあれと付き合う気があるのか?」
永山がそう開口一番に言うので恐らく名原に何か言われたのであろう。
「それだけはないよ。名原さんは色々言って遊んでいるだけだよ」
裕磨がそう言うと少し気に入らないというように永山が裕磨の肩を掴んで言った。
「あいつは駄目だぞ。一回応じたらお前のことあっさり捨てるやつだ」
「知ってるよ。面白がっているだけだよ」
裕磨がそう言うけれど、永山は裕磨に向かって言った。
「そう言ってもお前はすぐ恋人に騙されるから心配だ」
「まあ、それも全部峻さんが手を出してくるせいですけどね」
裕磨がそう言うと永山も少し笑う。
「そんな女ばかりと付き合っているのが悪い。大体峻程度に靡くような女は裕磨には合わない」
永山がそう言い切るので裕磨は何だかなと考える。
確かに永山の言う通り、自分に好意を持ってくれる人はどの人も峻に惹かれてしまうのは仕方ない。裕磨が峻に悪い印象を持ってないせいで、皆その裕磨の話した印象に油断してしまうのだ。絶対に峻みたいな人には惹かれないと思っている人の心のハードルが下がってしまう。
「女の子の見る目がないのは知ってるよ……気をつけるよ」
「そうしてくれ。じゃ、飯食おう」
永山がそう言い出して裕磨は不思議そうに永山を見る。
「そういえば、何でこっちにいるんですか?」
「月一で帰ってるんだよ。家の都合。やることはやったから裕磨の顔を見に来たんだ。これから心配だから月一でも顔を出すよ」
「峻さんみたいにならないでもいいですよ」
「あいつ毎週来てるだろ? いくら幼なじみで弟みたいに可愛がっていたからって過密スケジュールで毎週戻ってくるもんかね?」
「いえ、心配とかいいながら引っかけた女と遊んでいるだけですよ、峻さんは」
峻はわざわざ出待ちまでして仕事が終わるのを待ってくれるくせに最終新幹線の時間まで一緒に過ごすわけでもない。
ここまでしてくる峻が何をしたいのか裕磨には分からない。
裕磨にはこの関係がいつまでも続くわけもないのは分かる。
だからきっとそのうちこの関係を終わらせてしまう時がくるのだ。
それが分かっているからこそ、裕磨は名原に靡く訳にはいかないのだ。
その時まで裕磨は峻の一番であり、峻を裏切らない幼なじみでいるしかない。
裕磨が考え込んで落ち込んでしまったのに気付いた永山が話を戻すように言った。
「じゃあ、駅前の牛丼にする? 俺、最近食べてないんだよね」
「ああ、いいですね、僕も最近食べてないですから」
永山の提案に裕磨は頷いて、駅にある牛丼屋に二人で入った。
少しの時間を過ごし、駅で永山と別れる。
「見送りはいいから、帰り気をつけて」
早めに帰るようにと永山に言われて、裕磨は頷いて見送らずに駅から離れた。
「ほんと、永山さんはちゃんとしてるところはしてるんだよな」
峻とは大違いであると思いながらも、比べる意味はないのだなと思って裕磨は帰路に就いたのだった。
感想
favorite
いいね
ありがとうございます!
選択式
萌えた!
面白かった
好き!
良かった
楽しかった!
送信
メッセージは
文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日
回まで
ありがとうございます!