Spell-bound
1
「ごめんな、またお前の好きな人と付き合うことになった」
三雲裕磨(みくも ゆうま)は高校生になって四人目に付き合った一ヶ月目の恋人を奪われた。
二つ年上の幼なじみである志鷹峻(したか しゅん)に自分が告白して付き合っていた彼女をまた奪われたのだ。
裕磨は峻からそれを打ち明けられた時に絶望と同時に勝てるわけもないのだという感情と女という生き物は皆、峻に言い寄るためなら何でもするのだと知った。
志鷹峻が少し濃い顔つきをしているのはアメリカ人と日本人のクオーターであるせいで、先祖返りみたいで祖父に似ているらしい。美しい母親から生まれた峻は美形に育ち、さらには背も高い上に体型もよかったため、よくモデルにスカウトされるほどだった。
そんな峻の容姿であるからもちろんモテた。それこそ幼なじみの恋人をあっさりと奪えるほどには。
「ごめんね~。峻先輩と付き合うことになっちゃったから別れてね。あなたと付き合ってるとほんと残念な気持ちになるし、もうあたしに近づかないでね」
そう裕磨を酷く振る彼女だった美波に言われ、裕磨はショックのあまり納得はせずに強引に別れることになった。
惨めなモノである。
その時に峻の友人である永山徹(ながやま とおる)がやってきて裕磨ににこやかに手を振ってから美波を見て言った。
「ほんとにそいつでいいの? 君、やっちゃったね。まあこんなに可愛い裕磨を振ってそれ選ぶんだから、もう終わってるよね」
永山はそう言って裕磨を慰めるように頭を撫でた。
「は? なにそれ。峻先輩……あの人友人でしょ、酷くない?」
美波がそう峻に文句を言ったけれど、峻はケラケラと笑って言った。
「あいつ、いつもあんな感じだから。まあ裕磨が可愛いのは仕方ないけどな~」
そう言ったけれど、永山に鬱陶しそうにされて峻はさっさと美波を連れて去って行った。
「まあ。こうなるのは順当だよ、裕磨」
「永山さん……いつも酷いですね」
「そうかな。皆こういう結果になると思ってたみたいだよ。じゃ、またね」
永山はどうやら裕磨を慰めにきただけのようで、用事が済んだら去って行った。
こんな別れ方をした裕磨であるが、周りは裕磨と美波が付き合っている時から否定的だった。それは美波が最初から峻狙いであることが分かっていたようで。
「だから言ったじゃん、あの女はそういうやつだって」
「今までもそうやって乗り換えてきたんだから」
と仲が良かった友人たちは悪い女に引っかかったのだと言って、決して裕磨が悪いわけではないと言ってくれた。
それでも裕磨は納得はなかなかできなかった。
デートは上手くいっていたし、彼女もデートのたびにお弁当など持ってきてくれたし、有名な遊園地にも行った。楽しそうにしていて、連絡も頻繁に交わしていた。
それなのにたった一週間くらい連絡が途絶え、学校でも忙しいと避けられ始めた。そしてやっと呼び出されて行ってみると峻と付き合うと言われてしまったのだ。
もう裕磨にとっては青天の霹靂でしかなかった。
「まあ、志鷹先輩なら女は皆靡くしな」
裕磨の友人で小学校からずっと友人である荒井弘行(ひろゆき)は、裕磨がずっと峻に敵わないままきている事実を口にした。
家が近いから保育園でも裕磨は峻と一緒に遊んでいた。
峻の家の事情で夜はいつも裕磨の家に峻がいたので、ずっと仲良くしてもらった。
峻が裕磨に良く構ってくれたけれど、裕磨と仲良くなった女の子はもれなく峻が好きだった。そして峻と仲良くなりたいから裕磨に近づいて親しくなる。峻と繋がれば裕磨を邪険にし始めるのだ。
けれど峻には悪気は一切ない。
言い寄ってきたから付き合ってみたとなる。
だがそれで問題も起こしているのが峻だったから裕磨は憎めなかった。
裕磨が峻を憎めないのはその問題を起こしたことで分かる元カノの事実を知るからだ。
裕磨が振られてから一週間ほどだっただろうか。
「あのさ、あんたに話があるんだけど」
そう言って元彼女の美波が裕磨の前に現れたのだ。
「え、何を?」
「ここじゃ何だから……」
そう言って裕磨を人気のないところに呼び出そうとするが、それは荒井が許さない。
「勝手言ってんじゃねえぞ、尻軽女が。お前は裕磨に頼み事することがどれだけ失礼に当たるか分かってんのかよ」
裕磨の隣にいた荒井がそうはっきりと告げると、クラス中から美波は軽蔑の目を向けられていることに気付いたようだった。
裕磨と付き合っている時は友好的だった裕磨のクラスメイトは、薄情な裏切りを平然とした美波を許してはいないようだった。
「悪いけど、僕には話はない。君から別れたんだから、僕は君に何かしてあげることはないよ?」
裕磨はどうして美波がここにきたのかおおよその予想はできていた。
いつもなのだ。裕磨から峻に乗り換えた女は一週間くらいすると裕磨のところに戻ってきては同じことを言うのだ。
「あ、あの、峻先輩って……あんな人なの?」
美波はその場で聞きたいことを話し始めた。
「峻さんがそういう人ってどういうこと?」
あんな人とはどういう意味なのかは毎回違うので裕磨は聞いた。
「あの人、デートもしないし、急に呼び出して、エッチするだけで……こっちから連絡も付かないし……」
そう言われて裕磨は少し溜め息を吐いてしまった。
まさか美波が峻が学校内でなんて言われているのか知らないとは思わなかった。
さすがに煽っていた荒井も裕磨を見て溜め息を漏らした。
すると後ろから永山の声がした。
「あいつは、基本的に女はセックスの道具だと思ってるんだよ。だから付き合うとその人としかしなくなるけど、他に抱きたくなったら速攻別れてしまうクズだって、凄く有名な人だけど、さすがに知らなかったとは思わなかったなあ」
永山がそう告げると美波は衝撃を受けたようで、それから裕磨を見た。
裕磨はそれは本当のことで、だから裕磨と別れるときに永山は忠告もした。
「だから俺は峻と付き合うの大丈夫って聞いたよ? でも君は裕磨や俺を罵るだけで罵った。もうその先のことを裕磨が考えてあげる必要はないと思うんだ。だって君はもう裕磨と別れていて何の関わりもないんだから」
永山の言葉は残酷であるが、他の女子学生からすれば当然の言い分だと聞こえる。
「ざまあ~」
「穴女って呼ばれてるの知らないんだ?」
「峻先輩はセックスだけしたい淫乱女用なの知らなかったってマジで?」
「でも自業自得じゃん、それを望んだの自分だしね」
女性学生たちがケラケラと笑ってそう言うけれど、峻のことを好きになるならどういう人なのか知るべきだったはずだ。それを怠って顔だけに惹かれて付き合って、自分の思い通りにならないからと元彼に相談などはっきりいって馬鹿としか言いようがなかった。
そして裕磨も優しくはなかった。
助ける義理がないのだ。
すると永山が続けた。
「連絡が付かないのなら、もう峻のやつ、次の人と付き合ってるぞ。君は物珍しさで付き合ってみただけなんだと思う。多分これから大変だけど……学校は辞めた方がいいかもしれない。耐えられないよね?」
永山は追い込むつもりはなくても厳しい言葉が口からでてくる。
この美波のせいで裕磨は振られ、辛い思いをさせられた。
永山としては可愛がっていた裕磨を罵った女をこれ以上近寄らせたくないようだった。
「永山さん、言い過ぎ……」
「事実だろ? 裕磨も人が良すぎ。駄目だってこういう人間ははっきり言われないと周りが見えないんだからな。それに峻に甘すぎだ」
そう言われても裕磨はそこまで言うことはないんじゃないかと思った。
永山に峻に甘すぎと言われるのは、裕磨が峻をこの件で恨んではいないことだ。
峻が昔からそういう人であることは知っていた。最初こそ咎めたし責めたけど、峻にはそれが悪いことであるという認識は生まれなかった。
それは感情の欠如という元からありもしない罪悪感すらない壊れた心の持ち主であることを知ってしまったら、何を言っても駄目だと諦めたからだ。
だから裕磨は心を切り替えた。
峻が悪いのではない。峻に靡く方が悪いのだ。もし裕磨のことをちゃんと思ってくれたなら峻の誘いなんて断るはずだ。それがたった一週間で心変わりするような程度なら、裕磨も最初は傷つくけれど傷が癒えたらどうでもよくなるのだ。
裕磨は裕磨で峻によってかつて付き合っていた人でも自分の手から離れた人にはとことん非情になれる性格になってしまった。
永山に強く言われて美波は顔面が蒼白になっていた。
「なに、いって」
美波はかつて優しく付き合ってくれた元彼の裕磨を期待してきたらしいが、裕磨がこうして一度手を離れてしまった人間に優しくできない人とは予想もしていなかったらしい。
察しの悪い美波に荒井が言った。
「虫がいい話なんだよな。あんた。裕磨が優しかったのは恋人だったあんたにだ。でもあんたは裏切り者で酷い言葉で裕磨を振った元カノ。裕磨が助ける義理もないじゃん? それを永山先輩が親切に言ってくれるわけ。これからあんたは恋人を酷い言葉で罵って捨てたくせに、乗り換えた男にセックスの道具扱いされて捨てられた女なのに、元彼に助けを求めに来た呆れた女として学校生活を送っていくわけよ。学校中があんたのことそういう目で見ているわけで、その中、平然と学校に通える?って永山先輩なりに心配してるわけ。優しいねえ」
荒井がそう言うと永山が頷いている。
そして周りもそうだった。
確かにそこまで皆は心の中では思っているわけで、女子学生がクスクス笑っているのはそういうことだろう。
彼女たちは裕磨の味方というわけではない。ただ調子に乗ってる女が墓穴を掘っているのが面白可笑しいのだろう。あの一週間前に啖呵を切ったかのように罵っていったことが「何様のつもりだ」と女子学生の不快を煽ったらしいのだ。
さすがにその視線に気付いた美波は自分の置かれている状況に気付いたらしいが、もう取り返しの付かないところまで美波は堕ちていた。
「あ、あたし……」
必死に裕磨に美波が助けを求めたが、彼女の助けになるようなことは裕磨にはできなかった。
「僕は助けてあげられない。君がそれを望んだから」
「違うっ! そんなつもりじゃっ!」
やっと我に返ったのか美波はそう言っているけれど、裕磨はこれ以上庇う必要もないことだった。
そんな緊迫したところに志鷹峻がやってきたのだ。
「どうした、何集まってんだ?」
「峻先輩! 今まで連絡もくれないで何処に!?」
美波がやっと峻を見つけて駆け寄ったけれど、峻は美波を見て一言言い放ったのだ。
「えっと誰だっけ?」
そう峻が言うけれど、裕磨は盛大に溜め息を漏らした。
「何、いって」
美波が呆然とするので、裕磨が言った。
「峻さんの今の彼女でしょ。僕から奪っておいてその記憶のなさはさすがに呆れますけど?」
裕磨がそう言うと、峻はふっと考え込んでから思い出したようだった。
「ああ、そうだった。でもその日に別れたぞ?」
「ええええ?」
平然と峻が言うので裕磨もさすがに呆れて驚く。ただ永山だけが溜め息を吐いた。
周りも峻の身勝手さは知っていたがまさかその日に別れているとは思いもしなかったらしい。
「裕磨を騙して俺に近づいてきて、あっさり裕磨を捨てる女と付き合うとか気持ち悪いじゃん」
峻はさも当然と言うように吐き捨てるように言うから、裕磨も荒井も教室の男子たちは一斉にまたかと気が重くなった。
これは半年前にも峻がやった手で、これまで裕磨が付き合った四人の女性はこのトラップに全員がもれなく引っかかっているからだ。
「峻先輩、あたしのこと好きじゃなかったんですか!?」
そう美波が峻に詰め寄ると峻はニコリとして答えた。
「裕磨が好きな君には興味があったけど、俺を好きだという女には興味がないんだよね……それに裕磨を騙して俺に近づいたの、君自分で暴露してたじゃん。そんな女はお断りだよ。裕磨を泣かせるような女は裕磨の側に置いておくわけにはいかないじゃん?」
峻はものすごく矛盾したことを平然と言ってのけて見せた。
「うわ、いつもの峻先輩のやつじゃん」
「裕磨くん、可愛がりすぎて歪んじゃったんだよね~」
「そうそう、だから峻先輩は残念男子なんだよね~」
小学校からずっと同じクラスでやってきた女子たちには有名な峻の壊れた倫理観は笑いものでしかない。
それでも裕磨に近づいた女は大抵それなので最近はいつまで続くのかが密かに賭になっているほどだ。
裕磨は純粋に恋人が欲しいのに、どういうわけか峻には近づけないと思った女性が裕磨で妥協をする。最初は上手くいくけれど途中で峻が彼女に近づいてくる。それまで高嶺の花だと思っていた峻が側に来ると女性は峻の彼女になれる、他の女のようにはならない、自分だけはうまくいくと思い込む。
今回の美波は他の女がどういう扱いを受けてきたのかは知らなかったようだが、それでも峻に手が届いたから裕磨を捨てたという行動は他の女と変わらない。
「……そんな……っ」
美波は信じられないと峻を見ているが、峻は本当に悪気はないというように言った。
「君だって俺とセックスできてよかったじゃん。望みは叶ったよね? それに俺、もう別の子と付き合ってるから、君のことはもう過去のことなんだよね」
峻はそう言い、裕磨に話しかけてきた。
「裕磨、今日暇だからカフェショップいくぞ」
「たった一週間で開き直りですか? 随分ですね」
「でも結局そういう女だったじゃん、俺は悪くないだろ。だって最初から裕磨のこと踏み台にする気満々だったじゃんこの女は。悪い女と縁を切れたんだからよかったじゃん? それにしても裕磨は悪い女ばかりにひっかかるな。これじゃ俺も気の休まる暇もないだろ」
峻がそう言うから半分以上が当たっているだけに裕磨も峻を嫌いになれない。
裕磨からすれば彼女を奪っていく峻という幼なじみであるが、奪われた上に何か酷いことを言われたなら峻も恨める。けれど峻はただ単に裕磨に近づく女に関してその目的を見抜いて裕磨から引き離しているだけに過ぎないのだ。
だから余計に峻だけが悪いとは裕磨も恨めない。
更に裕磨が溜め息を吐いてしまうと、美波は自分を助けてくれる人がいないと気付いたのかそのまま走って去って行った。
「本当に峻、あの子と別れたのか? 納得してなかったぞ?」
永山がそう言うと、峻は正直に答えた。
「いや、忘れてた。でもこれで別れられただろ? それよりも今日カフェいくからな。迎えに来るから、裕磨、勝手に帰るなよ」
「……分かったから、昼休み終わったよ」
「絶対だぞ」
峻はそう言うと教室に戻っていった。
そんな峻を見送ってから裕磨は永山を見て礼を言った。
「あの、大体言いたいこと言って貰ってありがとうございました。いつも助けてくれて申し訳ないですけど……助かりました」
裕磨が謝ってくるがそんな裕磨の頭を撫でてから永山が言った。
「いいよお礼は。ま、いつも通りこんなもんじゃないか。裕磨も大変な問題児抱えて大変だな。それと友達やってる俺も大概だけどさ」
そう自虐してから永山はまた裕磨の頭を撫でてから教室に戻っていった。
裕磨は永山を見送っていたら、荒井が裕磨に同情の眼差しを向ける。
「お前も厄介なのに好かれてるなあ。永山先輩も大概だけど、一番の問題児の峻先輩から離れるのもあと少しの我慢かね……」
峻と永山は現在高校三年でもう卒業式になる。
そうなると二人は大学生になり、東京に出るだろう。
素行は悪いが頭がいい峻だったので、受験も全て東京の大学だった。永山に至っても同じで成績はいつもトップだったからいい大学に推薦で受かっていた。
峻の受験の結果はすぐに出た。
やっと厄介な人から離れられると裕磨はあと少しの我慢だと思っていた。
その願い通り、峻は東京の大学に受かり、何の騒動もないまま卒業をして裕磨は二人を東京に送り出した。
そこから裕磨の高校生活はゆるりとした生活になった。
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