immoral things
5
理葵が高之瀬と待ち合わせの喫茶店に来たのは、お昼を過ぎた時間だった。
ちょうど昼食時を過ぎた時間だったので、喫茶店は客足が遠くなったところだった。
事情を話して予約していた奥の席であるが何かあれば外から見える位置に座った。
高之瀬が携帯から水谷に地図を送ると、水谷はすぐに現れた。
「後を付けていたな?」
高之瀬がそう言うと水谷はまあと笑う。
「こちらとしても、是非とも早く知らせた方がいいと思ってね。なのに理葵くんは隠そうとしていたから時間がかかってしまった」
水谷は理葵を見ながら笑いかけるけれど、理葵はそんな水谷を睨んだ。
そういうことを話しに来たのではないからだ。
「うん、そうだね。最初に、僕はもう理葵くんのことはある程度は吹っ切れているんだ。だから無理強いはしないよ。今回もね」
水谷はあの時も助けるためにそうしたのだと言った。
「それで、話は理葵の出生のことだと聞いたが?」
高之瀬は理葵に話を向ける水谷に話を進めるように言うと、水谷は苦笑してから封筒を鞄から取り出した。
A4封筒から中身を取り出して一枚一枚広げていく。
「まず、理葵くんのご両親は亡くなってました。豪華客船の事故だそうです。遺体は結局見つからなかったそうで、失踪届を出すしかなく、特異性の事故死であることから三年で死亡認定がされたそうです。これがご両親の写真と亡くなったという証明書」
写真は夫婦が写っている写真で、男性には見覚えがあり、女性には嫌という程に見覚えがあった。
「……なにこれ、なんで……」
理葵が混乱していくのを水谷は面白そうに見ていた。
「これは、お前の親類か? そしてこの女性はお前が昔惚れていたという人か?」
高之瀬がそう言うと水谷は頷いた。
「男は僕の兄ですよ。洋介と言うんです。妻は英里」
「……え……」
さすがに理葵も言葉を失った。
その英里という女性は水谷が事件を起こした時に、惚れていた女として理葵にそっくりなことを証明するために出された写真の人だった。
「英里さんは隣に住んでいたんですよ。幼なじみだったけれど、洋介と同じ年だっていうだけで、彼女は洋介と結婚をした。そしてすぐにアメリカに引っ越した」
水谷が言うには二人が引っ越しをしたのは仕事の関係だったという。そしてそれから水谷とは連絡を取り合ってなかったという。
「そんな二人が船に乗って死んだと聞いたのは、船の事故があってから一年後だったよ。やっと名簿を一部解読できたからっていうのでね。それでこちらとしては遺体がないとどうしようもないとなって、結局三年後に事故死したと認定された。彼らの住まいは親友たちが片付けてくれていたらしいんだけど、死んだことが分かった時に部屋中の金目の物は全部持ち去られていて、残っていたのは二人の写真とか金になりはしないものだけだった」
アメリカの友人たちは何とか死守はしようとしたらしいが、その前に死んだことが大々的に分かってしまい、他の知り合い程度が大家に掛け合って嘘を吐いてまでして荷物を持ち去ったのだという。
「だから彼らから話を聞くまで二人に子供がいたなんて気付きようもなかったよ」
水谷はそう言った。
それから子供を探したけれど、事故で見つかった子供は大体は養子団体や孤児院に入っていて、もう年数も経っていたせいで今の里親から引き離せないという理由で、情報を開示されなかった。
そしてやっと養子団体までたどり着いた時には養子団体は解散しており、主催者である管理者が荷物を全部持ち出してしまったので記録がないと言われたという。
「話はここで終わると思った。だが、そっくりな君を見つけた」
水谷は理葵に英里を重ねたけれど、それはしてはいけないことだと後で知った。
「どうしても似ている君が気になって調べたよ。そしたら君は養子でアメリカで松浦夫妻の子供として暮らしていたと。気になって松浦夫妻の記録を調べたよ。そしたらアメリカの解散した養子団体にたどり着いた。仲介者がいたんだ」
その仲介者は同じ養子団体で、同じ時期に同じような子供を預かっていた。けれど松浦夫妻は赤ちゃんが欲しかったので、生まれたばかりの赤ちゃんがいるという解散した養子団体を紹介し、そこで確かに赤ちゃんを養子として迎えたという記録が残っていた。
「律儀な人でね、自分のとこ以外の団体のことも何かあったときのために記録を残したりしていたらしい」
その客船の事故で赤ちゃんを連れていたのは、水谷英里だけだったと記録がしっかりと残っていた。
「つまり、水谷さんと理葵は叔父と甥だってことか。だから理葵は貴方が引き取るとでも言うつもりですか?」
恐らくここまで自信満々に言うとしたら、それはDNA検査をしても揺るがない事実があるのだろう。この男ならとっくに自分と理葵のDNA検査はしているだろう。
「いや、理葵は二十歳過ぎたから、決定権は理葵にある。僕が引き取りたいと言っても、前の記録からそれは許されはしないだろう?」
水谷はそういった。
至極まっとうな水谷の言葉に高之瀬は拍子抜けしそうだったし、理葵もそういう話ではないのかと驚いた。
「まあ、僕としては理葵が英里さんの子供だって分かって、嬉しかったけれどね。一時でもそういう関係にはなれたから」
水谷はまだ理葵を諦めきれないように言うけれど、引き取りたいという気持ちはなさそうだった。そうすると叔父と甥となってしまい、関係もこれで終わってしまうからだ。
世間体がそれを許さないだろうし、高之瀬も許しはしないだろう。
けれど水谷の話はこれが始まりに過ぎなかったのだ。
「理葵、もういいだろう?」
高之瀬がそう言って、もう切り上げようと言い出すと、水谷が言った。
「いや、僕が高之瀬さんを呼んでもいいと言ったのは、実は高之瀬さんにも話があったからなんですよ」
水谷が切り出して退席をしようとする二人を止めた。
「私に何の話が?」
高之瀬がそう言うと、水谷は話を続けた。
「実は私には妹がいまして、朝美というんですが聞き覚えはありません?」
そう問われて高之瀬はふと考えた。
「水谷、朝美? さあ、知らないが」
全く覚えていないというように言ったところ水谷は一枚の写真を封筒から取り出して高之瀬に見せた。
エプロンをした三十過ぎの女性と子供が二人写っている写真だ。
「……私だ……」
「え? これ怜さん?」
理葵もそれを覗き込んでみると、確かに幼いけれど高之瀬の姿がある。
けれど理葵はこの時、この高之瀬の顔をどこかで見たと思った。
それからまさかと思い、目の前で笑っている水谷を見た。
そうなのだ。水谷と高之瀬は何処か似ている。
そっくりでもないし、今の今まで気付かなかったのは、似ていると意識したことがないからだ。
けれど、水谷より似ている人をさっき見た。
さっき自分と似ている英里に驚いたのではない。高之瀬と似ている水谷洋介に驚いたのだ。けれど高之瀬はそれを自分に似ているとは言わなかったし、気付いてもいないようだった。
本人は分からないのかもしれない。
けれど、理葵の不安は的中しているようだった。
ニヤリと水谷が笑ったのが見えた。
「その女性、今は多田朝美といいます。多田の家は養子縁組みの団体を長くやってましてね。妹が嫁いですぐにアメリカから孤児を引き取ってます。客船で両親が死去したのか、身元が分からない日本語を話す子供だったそうです。それが貴方」
多田の養子団体に日本語を喋る子供だからと要請があって引き取ったという。けれど日本語は話したが記憶が一切なく、名前も素性も分からないまま、三ヶ月が過ぎていた。
アメリカでたらい回しにされたらしく、英語は喋らなくなっていた。
「そこから高之瀬さんは高之瀬家に引き取られた」
「そうだが……それで?」
高之瀬だけは本当に分かっていないようだった。
きっと水谷と理葵しか気付いてないくらいに、些細なことだったのかもしれない。
「そうですね、これがあれば決定的かと思って田舎までいって持ってきたんですよね」
そう言いながら水谷は額縁に入った大きな写真を取り出しておいた。
「これ、うちの祖父です」
「ひっ……!」
理葵は悲鳴が上がりそうな口を押さえてそして高之瀬を見た。
写真は高之瀬にそっくりな男性が映っている。
「若い頃に亡くなった祖父なんですが、父はあまり似なかったようで、私や兄が少し似ている程度でした。けれど、あなたどうしてうちの祖父とそっくりなんですか? 高之瀬さんって言いたくなる気持ち分かりましたか?」
そう言われて高之瀬は昔の記憶が蘇る。
それは朝美に言われた言葉である。
「うちのお祖父さんに似てるのよね、この子。生まれ変わりかと思ったわ。だから、絶対に妥協できないくらいにいい家にもらわれて欲しいのよね」
朝美はそう言っていた。
高之瀬はそれを思い出し、ゆっくりと理葵を見た。
理葵は目を見開いて信じられないものを見るように高之瀬を見ていた。
「……私は……いや、そんな馬鹿なこと……」
もうはっきりと言われなくても分かる。
水谷が何を言いたいのかも理解した。
理葵はそれに耐えきれなくなって、席を立って店を出て行った。
それを高之瀬は追わなければならないけれど、追うのは違う気がした。
何とかしなければ、理葵はもっと不幸になる。
それだけははっきりと分かった。
高之瀬はその写真を眺め、水谷に言った。
「もし、よろしければ、この朝美さんに遭うことはできますか?」
「何でですか?」
「あなたでは恐らく見ることのできない書類とかあったはずです。朝美さんはそういうのには厳しかったはずだ。そうでなければ今も施設を運営している訳もない。こうやって調べ上げられるくらいに資料があるなら、何かもっとはっきりと詳しいことが分かるかと思いまして……」
高之瀬がそう言うと、水谷は今は理葵に触れない方がいいのだろうと思ったようで、高之瀬に言った。
「いいですよ。あなたたちは、そういう関係になっては絶対にいけないのだと思い知るといいですよ」
水谷は相当自信があるのか、はっきりとそう告げて高之瀬と一緒に一旦高之瀬の自宅にある車まで戻った。千葉にあるので今から電車でいくと終電に間に合うかどうか分からなかったからだ。
理葵は泣きながら自宅に戻った。
部屋に上がって鍵を閉めて、そして布団に潜り込んで泣いた。
まさか自分たちが兄弟だなんてそんな事実、必要なかった。
こんなに相性がよくて、そしてお互いに愛し合っていると思っていた。
それなのに、その繋がりは兄弟だからだと言われたのだ。
「……信じられない」
あの時あのまま高之瀬の言う通り、水谷のことを無視していればよかったのだ。
こんなこと知らなければよかったのだ。
そうして何時間も泣いて、そのまま泣き疲れて寝たけれど、また起きて泣いた。
顔は酷い有様で、とても大学に行ける顔ではなかったので理葵は顔を冷やして一日を過ごした。
あれから高之瀬からの連絡はない。
今日は休みだと聞いていたけれど、結局兄弟だと分かったら高之瀬は興味がなくなったのか、会いに来てもくれない。
あの場所から逃げ出した理葵には愛想を尽かしたのか、それとも気持ち悪いと思われてしまったのか分からないが、高之瀬の中で理葵への気持ちはすっかり変わってしまったのだろうか。
「まだ、大好きなのに……僕は諦めきれないよ……」
そう呟いて理葵はふと思った。
この事実を知っているのは誰だろうか?
水谷がこのことを調べようとして人を使ったとして、理葵について調べるのにどれだけの人を使ったのだろうか。
けれどどの人もしつこかった水谷は覚えているだろうが、彼が何かし出かさない限り調べていた事実に辿り着く人はいないのかもしれない。
「……ああ、駄目それは……」
良からぬ考えが浮かんでしまい、それを実行しそうなほどに理葵は悩んでいた。
すると玄関のチャイムが鳴ってインターホンが光った。
高之瀬かと思い見ると、そこに映っているのは高之瀬の部下に当たる刑事だった。
『すみませーん、頼まれていた調査資料を持ってきました。二摩くんに渡してくれと言われていたので、受け取りお願いします』
そう言われてドアストッパーを付けたままでドアを開いた。
「すみませんね、これ受け取りだけですので。じゃお願いします」
刑事は要件だけ言って封筒を渡すとそそくさと帰っていった。
何も言わずに理葵がそれを受け取ってドアを閉めた。
その封筒を見ると、二摩理葵に関する調査書と書いている。
「え……」
どうやら高之瀬が再度調査をしていたのか、理葵はそれが気になって見るべきかどうか迷ってから意を決して中を見た。
中には十二枚くらいの用紙が入っていてその表紙は二摩理葵についてと書かれていた。
それを一枚めくると、二摩理葵になるまでの経緯が書いてあった。
赤子の時に養子団体に引き取られるまでは自分が知った通りのことが書いてあるが、両親についての項目には意外なことが書いてあった。
理葵はそれを見て、呆然としてしまった。
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