immoral things
4
高之瀬と結ばれた後、理葵は気持ち的にも変わった。
とても気分がよくなり、理葵はやっと幸せを手に掴んだと思った。
朝目覚めると隣には高之瀬がいて、眠っている彼を起こしてにこやかに笑った。
「怜さん、おはよう」
目覚めたばかりの高之瀬にそう呼びかけると、高之瀬は笑って起きた。
「もう朝なのか……おはよう、理葵」
「うん、朝だよ。ほら起きなきゃ……わっ」
起きるように言う理葵を高之瀬は抱き寄せて布団に潜り込ませる。
「わわ、駄目だってば。仕事に送れちゃうよ」
今日は月曜日で昨日は二人とも休みだった。
高之瀬が日曜が休みになることは少ないようだったが、誕生日に合わせてくれていたようで、そのお陰で理葵は今二人きりの時間を楽しめている。
「駄目だよ、怜さん。僕と付き合ったから堕落しましたって言わせたくないよ」
そう理葵が言うと高之瀬は起き出した。
「それもそうだな。でもちょうどいい時間だ」
高之瀬は理葵を抱えたまま起き上がり、そして理葵の唇に軽くキスをしてベッドから出た。
朝食は簡単にトーストを焼いてバターを塗るだけであるが、二人はそれとコーヒーを用意し、そしてジャムも出した。
「理葵は今日も大学だろう?」
「うん、今日は夕方の講義があるから七時は過ぎると思う」
「私は九時を回るかもしれない。食事は先にしていなさい」
「はい」
にこやかに食事を取って、高之瀬は自室に戻って着替えてから理葵と二人で駅に向かった。
緩やかな一日が始まって、理葵は電車の中で高之瀬と別れて先に大学の最寄り駅で降りた。
そのまま大学へ行くと、小野寺創太が理葵を見かけてやってきた。
「よう、誕生日おめでとー」
そう言い理葵に近所のコーヒーショップで買ってきた飲み物を理葵に渡してきた。
「え、何?」
「誕生日プレゼント。まあ冗談だけど冗談じゃなくて、お前欲しいものは自分で買うだろうしね」
「ああそういうことなら。ありがとう、もらうよ」
理葵は笑って素直に小野寺からのプレゼントを受け取った。
もちろん、それで好意を示してもらっているのは分かるし、事情を知っている小野寺の言い分も分かる。
理葵は叔父から取り戻した両親の資産が二十億もある。
その利子だけで暮らしていける資産を持っているから、誰かから何かをもらうのは極力控えたいと思っていた。
というのも、理葵のお金に目を付けた輩に理葵が狙われるかもしれないので、知り合い以外の援助は受けないようにと高之瀬に言われているのだ。
お金のことでよく分からない支援団体に狙われたのもあり、今は誰にもバレないようにそういうことは口にしていない。けれど指名手配されている叔父が誰かに喋ったりしたら、どうなるか分からない。
あと警察との話し合いで叔父の口座には五千万ほど残してあり、どこかから引き落とされたら分かるようにしてある。
理葵の口座は再発行でもう使えないけれど、五千万も持っていたら理葵を無理に追っ手は来ないだろうというのが理葵の弁護士の言い分だった。
けれどそれに手を付けることもなく明仁は逃げ延びているから、きっと現金化したお金を持ち歩いているのだろうと思われる。
一応は全国指名手配はされているけれど、それでも関心度は低い。人を殺したわけではないので、上手く逃げているなら捕まりようもない。何せ人殺しで指名手配されても時効寸前まで逃げられることだってあるのがこの世界である。
小野寺とは講義室で別れ、一人で理葵は講義を受けた。
理葵が飲み会で騙された話はもう広がっていたのか、誰も理葵には近寄ってこない。
理葵を騙して襲った男たちが全員警察に捕まり、他にも事件を起こしていたことで余罪がたくさんあり、実刑は免れないことまで伝わっているようだった。
さすがに隠しきれるものではないようだったけれど、これで理葵に近寄る人がいなくなるので、理葵からすれば面倒ごとがなくなって安全だと思えた。
そしてそれでも近寄ってくる人は余程の親切か悪人かの二つに一つだった。
理葵の自宅に時々、お金を貸して欲しいという学生が訪ねてきたけれど、理葵は問答無用で弁護士を挟み、もし借りるつもりなら借用書を書かない限り貸せないことや、口約束は一切信用していないこと、ご両親にも話を通すことを条件にすると全員がやましいことがあるのか、すぐに連絡も付かなくなった。
二摩理葵に関して大学側から不要な接触はしないようにという張り紙がされたのは、事件後一週間経ってからだった。
またそれとは別に学生の十人が一斉に退学処分になった。
理由は詳しく書かれていなかったが、大学は以下を退学処分にしたとだけ書いていた。 もちろんそれは理葵に対していろんなことを行ったことが原因であるが、その中にはその場にいなかった人も入っていたのでそれを読んだ人はある程度は察したらしい。
そして逮捕の記事が新聞に載ったのが翌日だった。
強姦罪や窃盗など様々な犯罪が行われていたことが分かり、逮捕に至ったことが詳しく載っていた。
どうやら理葵にしたことよりも更に多くの人を襲っては脅して金品をだまし取っていたことや賭博を開いていたことで罪状はたくさんあった。
大きく取り上げられていたのは学生の麻雀賭博のだった。
これで理葵の周りは静かになり、普通の学生生活が送れるようになった。
やっとこれで何も起こらないと思っていた時だった。
それは理葵が望月に騙されて襲われた事件から二ヶ月が過ぎた時だった。
自宅付近の駅に到着し、近所のスーパーに寄った。
いつも通りに買い物をして、高之瀬に頼まれたものも買い込んでいると、ふと強い視線を感じた。
思わずゾワリとした感覚がして、慌てて振り返った。
けれどそこには少女と母親がいるだけで、怪しい視線を寄越す人はいなかった。
「あ……れ?」
ふっとその視線が外れたと思ったので買い物を続けたが、やはり誰かが見ているのが分かり、理葵はすぐに買い物を切り上げた。
帰り道も怖かったのでなるべく人がいるところを通ってマンションまで戻った。
一応オートロックの入り口に入るとすぐにエレベーターに乗って部屋を目指した。
買い物したものを持っていたので多少重かったけれど、エレベーターを降りて部屋まで行った。
鍵を素早く開けて中に入り鍵を掛けた。
掛けられる鍵は三つあったのでそれらを全部かけた。
これで安心はできると思ったら、部屋で電話が鳴っていた。
自宅に電話を置いているのはどこかで書いた電話番号が漏れる可能性があるので、一応電話を置いて、留守番にしておくといいと高之瀬が言ったからだ。
用事がある人はちゃんとメッセージを残してくるので、便利と言えば便利だった。
その電話のベルが五回鳴って、留守番電話に切り替わった。
『理葵、ここにいるのは分かっているよ。やっと君と会える』
その声は電話越しだったけれど、理葵には嫌なほど聞き覚えがある声だった。
それは理葵を高校時代に犯していた教師、水谷航生だった。
『一つ確認しておくことがある。君はその高之瀬怜と肉体関係になっていやしないかい? 悪いことは言わないから、それだけは考え直した方がいい。それは神が絶対に許さない関係だよ。それについて詳しい話をしたい。もちろん、高之瀬怜を連れてきてもいいよ。君たちにはじっくりと話をしないといけないと思っている』
自信満々に言う水谷の言葉に理葵は信じられない気持ちで通話が切れるまでそれを電話の側で聞いた。
要件だけを言うとすぐに電話は切れてしまった。
「どういう意味?」
水谷が既に刑期を終えて出てきていたことにも驚いてしまったが、それはあり得ることだった。
あの事件から既に三年が過ぎている。水谷の刑期が三年だった場合、真面目に務めたら三年を前に保護観察期間で外へ出られているはずだ。
そろそろかもしれないとは思っていたけれど、まさか出てきてすぐに接触を図るかのように電話番号まで分かるほど、近くに水谷が潜んでいる事実が理葵には怖かった。
けれど水谷が命を狙うわけでもない。
もし襲われたとしてもこれまでのように体が狙われるだけだ。
それよりも水谷が奇妙なことを言っていたのが理葵には気になった。
高之瀬怜と体の関係になってはいけないと言っていた。
何故だ?
水谷が理葵に執着しているのは、昔好きだった人に似ていたからと証言をし、本当に似ていたと高之瀬が言っていた。
だから水谷が執着する理由は理解できた。
どれだけ似ているのかは、理葵は写真を見たことはないので分からないけれど、これは無視していいのだろうか?
理葵はそれに迷ってしまい、高之瀬に留守電を聞かれないようにテープを入れ替えた。
もちろん一人でのこのこ会いに行くのは馬鹿げている。
「どうすれば……でも、戯れ言しか言われない可能性もある……」
部屋に籠もってテープを隠した。
また水谷が掛けてくる可能性もあるけれど、理葵は電話の線を抜いてかかってこないようにした。
そこまで高之瀬が確認しているわけでもないので気付かれなかった。
そのまま一週間ほど過ごしていたけれど、やがて理葵のところに繋がらないからか、理葵に手紙が届くようになった。
それは話し合いがしたいという内容だったが、やがて詳しい言葉に変わっていく。
何故、高之瀬怜と付き合ってはいけないのか、それについて理葵の養子団体に問い合わせて調べたと書いてあった。
その手紙の内容に段々と理葵は水谷に会って話を聞かなければならないと思った。
「あの、話があるんだけど」
ずっと大きな事件で忙しかった高之瀬が、落ち着いた時に理葵から話を切り出した。
「どうした? 寂しかったのかい?」
高之瀬は暫く理葵に構っていなかったと笑って言うけれど、理葵は笑えなかった。
「もしかして、もう別れたいか?」
「そ、うじゃなくて……別の話……」
高之瀬は焦っているようだったが理葵が違うと言ったのでホッとしたようだった。
「あのね、まずはこれを聞いて欲しいんだ」
それは水谷が最初に掛けてきた電話を録音したテープだった。
しかしそれを聞いた高之瀬は一通り聞き終わってから言った。
「こんなのは水谷が勝手に言っている戯れ言だ」
「僕も最初はそう思ったよ。だからそれから水谷から届いている手紙を読んで欲しい」
そう言って十通の手紙を見せた。
手紙には水谷が調べたであろう理葵の養子団体のことが書いてあり、水谷は関係者として調査をしたと書いてあったのだ。
「それ、嘘だって言える? 僕の本当の両親のこと」
そこには水谷が調べ上げた理葵の本当の両親がどうなったのか分かったと書いてある。そして大事なことなので高之瀬怜を連れて一緒に話を聞きに来て欲しいと書いてあるのだ。
「……これでも戯れ言だって言う?」
「いや、でも、理葵の養子団体はとっくに解散していて当時の関係者は書類をなくしたと……言っていたんだ……」
高之瀬がそう言うので理葵は驚いた。
「僕のことを調べたの?」
「事件の時に、一応本当の両親がいないか、もしいたら引き取れないかを調べたんだ。けれど、結果は代表者が既になくなっていて、書類も処分してしまったと」
高之瀬がそう言うけれど、理葵は水谷の手紙を指さして言った。
「でも水谷はちゃんと関係者に何度も掛け合ったら、書類が出てきたって言ってる。警察は本当にちゃんと調べたの? もしかして一度聞きに行ってそれっきりとか?」
「……その、可能性はあるが……」
簡単に調べて面倒になるからそれ以上調べないのはよくあることだ。ましてそれが犯罪の証明に繋がっているわけでもなく、警察官の親切心で調べただけなら、一度の調査で終わっているのは普通だろう。
「僕は、水谷の話を聞いた方がいいような気がしてる」
理葵がそう言うと高之瀬は信じられない顔をしている。
「水谷のでたらめで、血縁関係ですらない可能性もあるんだぞ?」
「分かってる。だから水谷が怜さんを連れてきていいと言っているからこそ、警察に調べられても構わない事実があるんだと思ってる」
理葵がそう言うと高之瀬もその可能性も捨てきれないと思えた。
そしてこれは理葵の本当の両親を知る権利であり、理葵は知りたいと思っている。
どうやら養子団体から聞いた理葵の出生は少し違うらしいのだ。
「僕は記憶がない赤ちゃんだったから、そもそも誰が親なのかなんてことも聞かなかったし、両親もみなしごだって聞いていたと言っていた。でも僕の両親に当たる人は事故で死んだだけで、僕を捨てたわけじゃない……もしかしたらその知り合いがいるかもしれないんだ」
もちろんその知り合いがいたとして、理葵の人生にとってきっといいことなんてないかもしれない。けれど理葵はそのルーツは知りたかった。
「……分かった。水谷に会おう」
理葵が一人で会いに行ってしまっては危ないと思ったのか、高之瀬はそう言って一緒に遭いに行くことが条件であり、それは必ず人がいるところでないと受けないと言った。
そうしたことを手紙に書かれていた電話番号にした。
「……二人で会おう。場所の指定はこちらでする。どうせ近くにいるのだろう? その場所に着いたら携帯で地図を送る」
高之瀬がそう水谷に連絡をすると、水谷は「お待ちしてますよ」と言っただけだったという。
不気味なほどに大人しい水谷に高之瀬は嫌な予感を覚えたが、理葵はやっと自分のルーツを知ってすっきりしようと言う気持ちだった。
けれどそれを裏切るような話を水谷は持ってきたのだった。
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