immoral things
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二摩理葵(にま りき)にとって、世の中は意外に酷く出来ていると思った。
理葵は今、世の中で言うところの不幸な状態だ。
「お前を連れてきたやつはとっくに帰ったよ」
そう言われてしまい、理葵はそこで騙されたのだと気付いた。
今日は大学の友人に誘われて、ある居酒屋にやってきた。
店が閉まる寸前まで飲み、そして終電で帰る予定だった。
それがどうだ。
店はとっくに閉店していて、客は数人残っていたけれど、その全員が理葵に興味があると言って寄ってきた男たちだった。
理葵は日本人ではない。正しくは日系の三世ほどで、日本人の血も入っているけれど外見は少し海外の人だと分かるくらいには綺麗に整っていた。
けれど日本にいるとアメリカの人だと言われ、アメリカにいると日本人か?と言われる微妙な立ち位置の顔をしていたから、双方の世界で嫌に目立っていた。
日本人ではないと言い切れる理由として、元々アメリカの戸籍であり、日本には引き取ってくれた人に連れられてきただけで、日本で育ったのは十三歳からである。
現在、二十歳であるが高校入学が一年遅れたので、大学二年生である。
しかし日本語は何とか覚えられているけれど、それでも苦手ではある。
そして緑の瞳が明らかな異質な部分があるのか、何処にいても目立っていた。
黒髪に緑の瞳であるせいで、アメリカでも日本でも理葵を一目見れば誰もが惹かれるらしい。
今回も大学の友人であった望月至(いたる)によって連れてこられた。
望月とは入学当初から知り合いで、仲良くしていると思っていたけれど、どうやらそれは理葵が思っているだけだった。
「あー、そういうこと」
理葵にはやっと理解できた。
最近望月の様子がおかしいと思っていたが、裏切るか裏切らないか迷った末にこうなったのだろう。
そしていつもそうだった。
大事だと思い始めた人は理葵を裏切る。
決して望んでいない関係になる。
理葵は自分を取り囲む、十人ほどの男によってその場で犯された。
いつも行き着く先はセックスばかりだ。
けれどそれで何か劇的に変わりはしないことを理葵はよく知っていた。
明け方まで男たちによって、閉店した居酒屋で嬲られ続けた後、理葵は解放されたけれど、一言言うことは忘れなかった。
「僕の、映像が一つでも流れたら、あんたたち逮捕されるよ?」
理葵の言葉に男たちは笑ったけれど、男たちはすぐに逮捕された。
理葵は泣き寝入りはしなかったし、被害届もすぐに出した。
警察は理葵が被害に遭うのは二度目で、こういう輩に目を付けられやすいことを認識していた。
過去にそうした事件で、理葵が保護されたという経緯があるからだ。
そして理葵は被害者であるけれど、それとは周りに知られずに堂々と大学に通った。
望月はもちろん理葵と同じ学科であるから、顔を合わせることがあったけれど、理葵はその望月を無視した。
もうどうこうできる関係でもないから仕方ないけれど、同じ友人であった小野寺創太(そうた)が察して聞いてきた。
「望月となんかあった?」
それは小野寺にとってはいつもの確認作業のような言葉だった。
「僕を売った。それだけ」
「ああ、そういうこと。ほんと、皆意志が弱いね。賭け麻雀なんてするもんじゃないよ。あれ、詐欺だもんな」
望月は最近、先輩たちに麻雀に誘われ、連日やっていたらしいがとうとう賭け麻雀まで手を染めたらしい。それで身ぐるみ?がされるどころか、理葵の体目当ての連中に詐欺られて理葵を売るしかないほどの借金をしたらしいのだ。
「居酒屋が摘発されていただろう? あれ」
「ああ、あれか。大胆なことするなあと思ってたら、ヤクザと繋がっていたのか。オーナーもグルじゃなあ。逃げようがない」
「僕が前にも保護されているの知らない人は同じことを考えるらしい。正直もうそれ飽きてる」
理葵にとってはもうセックスごときで従わされるのはあり得ないことだった。
小野寺にとってはもうこれも慣れた話になってきていた。
理葵と小野寺は同じ高校出身で、理葵はその学校でも特殊な関係を教師と持っていた。
したくてしていたわけではない関係を小野寺が知ったのは偶然のことであるが、小野寺は普通に警察に理葵を連れて行った。
学校に言えばもみ消されるからだ。
それにより事件は警察の知るところになり、学校は事件をもみ消すことが出来ずに、教師は解雇するしかなかった。
理葵はそれで泣き寝入りをしなくてもいいのだと知った。
二度目の警察では、呆れられたけれど、理葵の名前が二年前に保護された少年であることを知ると、妙に納得された。
「君は狙われやすい容姿をしている。これからも用心してしっかりと暮らすんだよ? こういってはなんだけれど、被害に遭う子は二度、三度があるから」
警察の人にそう言われ、理葵はそういうものなのかと納得した。
日本に来てから余計にこうした事件に巻き込まれているけれど、アメリカにいるときはその辺りは地域や政府、そして両親によって守られていたのだと知る。
日本は安全だと聞いたけれど、理葵にとって安全は何処にもなかった。
理葵を日本に連れてきたのは、理葵を養子団体から引き取ってくれた、全く血のつながりもない母親の叔父である。
名前は二摩明仁(あきひと)は、自分の姉理沙がアメリカで松浦浩之と結婚していたことも知らなかったし、不妊だったので養子をとっていたことも知らなかった。
急にあなたのお姉さんに子供がいます引き取ってくださいと連絡がきて、明仁はその子供である理葵が持っている遺産を目当てに引き取った。
アメリカでは代理人が口を出してくるので、日本の弁護士と連んでアメリカから日本に理葵を連れて行き、遺産を手に入れた。
そして明仁は美しい理葵を性的に虐待をした。
理葵はそこで初めて大人の悪意に触れた。
「ああ……っ、らめっ…ああっ! んっ……あ、ああ……っああ……!」
「おら、理葵、もっと喘げ。お前にはこれがお似合いだ」
そう言い、日本に来た一年目はずっと明仁によって調教をされた。
セックスは毎日続けていると慣れてきて、嫌でも気持ちよくなれた。
「ああっ、や……っ、も……あっ、あっんああ!あっ……ああー……っやあ……っ、あああっ!だめ、だめ……!」
「イクんだろ、イケよ!」
「あぁ……っ!やだ……ああっ!あ!ぁあ―――ああ……っ、ああぁ……っあ……っ、んんっ」
「おら、まだ俺がイッてねーよっ」
「んぁああっ! い……った! ぁんっあんんーっ! あん! はぁああん……っ」
毎日繰り返されるセックスで理葵は日本語を覚えた。
そうしないと理解できないことに明仁が怒り、余計に酷くされたのだ。
一年後、理葵は高校に行くことになった。
さすがに十五歳の子供を監禁したまま性的に虐待をしていると、通報されることもあったのだ。
明仁はそんな理葵に学校へ行かせ、日本語を覚えさせた。
できれば、客を取らせようとしたらしいのだが、その前に明仁が何かでヘマをして、ヤクザに追われることになり、いきなり理葵は一人にされた。
それに困って教師に相談したところ、教師は理葵が何をされているのかを知り、体の関係になればお金を用意して生活に困らないようにすると言われた。
なので理葵は教師に言われるがままに、体の関係になった。
もう理葵の中のセックスに関する価値は地の底まで落ちていて、セックスでどうにかできるのだという利便性を学んでしまった。
「ああ、あああ! やあぁあっ……! や、だっ……あ、んんぅう!」
教師は理葵を犯しながら、理葵を愛していると言った。
「理葵、愛しているよ……僕の理葵……ああ、やっと手に入れたよっ」
「あぁあっ、はぅん……っ、あ、あ、あっひぁあああっ! ぁう……っ、ぁ、う……っ」
毎日家に訪ねてきては理葵を抱き、そしてお金を置いていく。
セックスをしないとお金がもらえないのだと分かったので理葵は関係を続けた。
家賃や光熱費も全部教師が払ってくれていて、生活の維持ができていた。
だから理葵は拒めなかったのだ。
ある日のことだった。
理葵がそうした関係を続けている中で、学校内で教師に犯された。
場所は人が来ない家庭科室だった。
男子校だったので調理師になる教室があるが、その日の放課後は試験前で部活もなかった。
見回りの担当になっていた教師によって呼び出され、そこで犯されていた。
「あぁっ……、あ、ぁんっ、あっ……あつ、い……っん……っ、んは……っ」
「もっとだ、理葵……っ」
そう言っている時に、理葵は誰かが部屋の外にいることに気付いた。
「だ、誰かいる……」
理葵がそう言うと教師はどうやらその人物と目が合ったのだろう、急に理葵を放り出して教室から逃げ出した。
「お、おい、何して!」
そこにやってきたのが小野寺だった。
明らかに対等な関係だったなら小野寺も無視をしてくれただろうが、理葵の境遇を知っているようで、さすがに見過ごせなかったのだ。
「警察に行こう。こんなことしなくてもいい」
本当にそうだろうかと思いながら理葵は警察に行った。
警察に行ったところで子供だけならきっと門前払いをされていたところだったが、警察には小野寺の叔父が幹部で務めていたのでそこに連絡を入れて受け入れてもらった。
事件はあっという間に広がり、教師はすぐに捕まった。
理葵の叔父がいなくなった後、理葵の通帳に振り込みをしていたのが教師だったからだ。教師はそのまま未成年者に対する性的虐待で訴えられ、懲役三年の刑になり教師は懲戒解雇された。
理葵に行政を頼らせなかったことが悪質とされ、過去にも生徒に手を出していたことで執行猶予刑をもらっていたから、二度目ということで実刑になったらしい。
教師の水谷航生は、供述で「昔好きだった人に似ていて魔が差した」と言っていたらしいが、本当にその好きな人に理葵は似ていたらしい。
理葵は叔父にもそうした扱いをされていたことを警察に話したので叔父である明仁は指名手配をされた。
明仁はそれに気付いて逃げたようで、現在身を潜めていた部屋からは、理葵の別の通帳が見つかったという。
そこには理葵の養父母の遺産が入っていて、二人分の生命保険と会社などを清算した資産と貯蓄などが入っていて、二十四億が入っていた。どうやら二十億の宝くじにも当たっていたようで、それも貯蓄に回していたようだった。
その当選金が振り込まれたのが両親の死んだ日であるのは皮肉だろうか。
当選金が入るので会社も売って悠々自適に暮らしていく予定だったのだろう。
そのお金は、叔父の明仁が湯水のごとく使っていたらしいが、それでも四億しか使い込めてなかったようだ。
残りの二十億の入った通帳はすぐに引き落としができなくされ、新しい通帳に移されて理葵に渡された。
理葵は親切な弁護士にそれを持っていたら叔父にまた狙われると言われ、一億を今ある別の銀行の通帳に移し、残りは銀行の貸金庫に預けることを提案した。
「一億あれば、人間どうにかなるもんよ。あとは利子で食っていける」
弁護士がそう言うので理葵はそれに納得した。
親切な弁護士がすぐに身元引受人になってくれて、理葵は元の学校にも通っていけることになった。
お金に関しては一切の苦労はしなくてよくなり、弁護士が身元引受人にも保証人にもなってくれたので新しいマンションにも引っ越せた。
学校では理葵の事件は隠されていたようで、誰が被害者だったのかは分からないままになっている。
理葵は叔父が警察の世話になってしまったので、身の回りの引っ越し作業などがあったと小野寺が言ってくれていたお陰で被害者であることはバレなかった。
そしてすぐに受験になってしまったため、理葵が問い詰められることもなかった。
その間に叔父から金の工面の電話がかかってきたけれど、警察に監視されていることや遺産を使い込んでいたことで弁護士の詐欺が発覚したため、詐欺として訴えられていることを知ると、舌打ちをして電話を切ってしまった。
四億も楽しんだのだから、満足かと思ったがギャンブルにつぎ込んでいたらしく、金は幾らあっても足りなかったようだった。
しかし理葵の虐待と詐欺とで、二重の罪で警察から追われているからか、警察に捕まるのは嫌らしく、逃げ続けている。
けれど虐待と詐欺だと日本では懲役がついても三年くらいで、どちらも初犯であるなら執行猶予で終わるかも知れないらしいのだ。日本では子供への性的虐待であっても重い刑にならないという。詐欺も初犯なら執行猶予、お金を返して欲しいなら民事でとなるのだ。
それをきいて理葵は教師の水谷も確か前科があるので実刑三年だったなあと思い出した。
理葵は支援団体によって日本で暮らしていく上での様々なことを学び、一人暮らしをする知恵を学んだ。
理葵はやっと真面な知識を得て、大学へも通うことになった。
戸籍は明仁の籍から抜き独立、二摩の名字は変えられないけれど、裁判をすれば前の松浦に変えられるかもしれないと聞いたが、理葵は松浦に戻っても書類関係が面倒だときいたので二摩のままで暮らすことにした。
また叔父明仁と養子縁組を解消させ、もう赤の他人になった。
これで理葵に何があっても明仁が理葵の財産を手に入れることはできなくなった。
こうした経緯を持つ理葵なのでよくつまらないいざこざに巻き込まれやすいのだが、まさか友人だと思っていた望月に売られるとは思わなかったものだ。
もちろんその後、理葵を襲った男たちが賭け麻雀をしていたことが分かると、そこに参加していた望月も書類送検されたらしい。
らしいというのは、望月は警察によって略式起訴された時に大学を辞めていたからだ。
そのことを報告してくれたのは、刑事になったばかりの警部補である高之瀬怜(さとる)だった。
小野寺の叔父に理葵の事件を任されていて、初めての事件だったらしいが、とても手際がよく理葵のことも気遣ってくれた人だった。
少し話してみたところ、高之瀬もまた幼い頃に両親を亡くし、養子縁組をして新しい家族に受け入れられた人だったようだ。
彼はそこで幸せでいい生活をしていたらしく、同じ境遇の理葵がこんな目に遭っていることが信じられず、そして悔しかったようだった。
そんな経緯があるので、高之瀬はよく理葵の生活が大丈夫なのか見に来てくれていた。
だから、理葵がまた人に裏切られて自由を奪われたことを知って、高之瀬はすぐに理葵の家に来てくれた。
「理葵くん、大変だったね」
「うん、まあ入って」
マンションに訪ねてきてくれた高之瀬を迎え入れて理葵は少し会えたことがうれしくて気分も上々だった。
理葵が酷い扱いを受ける中、唯一心を完全に開いたのは高之瀬にだけだったからだ。
それが恋であることを理葵は知っていた。
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