Escape sequence

6

 瀬戸太郎は、二階堂藤樹の姿を見ると、何か手元を覗き込んで言った。
「ああ、確かに貴方だ。よかったいてくれて。僕は今日中にやることをやったら日帰りをしなきゃいけないので、手短にするために手紙を用意しました。ここに全部書いてありますので読んでくださると有り難いです。投函では間に合わないかもしれないと思って書きました」
 そう言う瀬戸を呼び止めようとしたが、瀬戸は言った。
「僕は妹があいつの信者になってしまい、もう手段を選んでられないんです。僕が今日帰らなかったら妹に何かされるかもしれない。なので、詳しいことはそこに書いてありますし、連絡先も書いてあります。あと、これを西園寺律くんのアパートに届けるように言われていたので置いていきます。碌でもないものだと思うけれど、証拠になると思うので」
 瀬戸はそう言い切ってお辞儀をすると、踵を返して去って行った。
 渡されたのはビニールに入った手紙だ。
 いつも通りに律を罵倒するものだけかと思っていると、今回は二階堂宛もあった。
「なるほど……これを郵便受けに入れるという時間を使って、内部告発しにきたわけか……」
 二階堂はそう気付いたし、瀬戸がGPSを付けられていて今の行動も見張られているのだと気付いた。
 日帰りにするのは疑問を抱かせないためだ。
「なるほど、彼のように洗脳をし終えてないんだな。前の洗脳に三年かかっている。時間がなかったんだ」
 いくら坂本が洗脳が得意とはいえ、洗脳して意のままに操ることができるようになるのには三年はかかる。たった一年弱で洗脳ができたのは僅かな人数で、精々三人くらいだ。それならどっぷりと洗脳をできただろう。
 けれど、そのほかの人間が簡単に解けてしまうような洗脳と誘導しかできていないのだ。この手紙だって、友人にすぐに渡したいから郵便受けにいれてくれと言われたらそうしていただろう。
 新聞も東京の駅で何部も買い込んでもらってそれを使っているらしい。恐らく瀬戸もそれを頼まれている可能性もある。
 そんな瀬戸がさすがに怪しいんで名乗り出たのは、きっと坂本にとっても誤算だっただろう。彼は怪しまれないように行動をして、先に律のアパートへ行き投函する振りをして時間を潰し、そして二階堂の会社のボックスが分からない振りをして時間を稼いで名乗っていった。
 そこまでしないと、緊急性を伝えられなかったのだろう。


 そんな瀬戸が持ってきた手紙は、瀬戸からの現在の坂本の様子を記載したものだった。
 全部がパソコンで綺麗に時間系列まで書き込まれた文章で、それはUSBに入っていた。
 怪しまれないように持ち運べるように、キーホルダーになっている。
 恐らく同じものをいくつか持っていて、こういうときのために用意していたのだろう。


 いきなりで失礼をします。
 私は瀬戸太郎です。
 坂本佳泰は、転校してきた初日から既に一部の生徒を虜にしていました。
 私の妹もそうでした。頭がいい、いじめがあった学校でも虐められっ子を庇っていたと聞いて正義感もあると妹は言っていました。
 妹は坂本の手下になりさがり、クラスの女子を掌握し、優しかった妹はすっかり変わってしまいました。
 坂本は今でも西園寺律くんのことを恨んでいるようです。でもそれでも殺そうと言う仲間には、愛しているからできないと言っている。
 手紙を出すのは自分を忘れないようにするためであったようですが、彼が読んでいないことを知って、二階堂さんに宣戦布告するために行っているようでした。
 あなたの写真を探偵に頼んで撮らせ、その写真を仲間に配り、攻撃する手段を狙っているようですが、あなたの行動がかなり変則的で彼には突き止められないようです。
 探偵の方は、犯罪に加担していることを勘付かれて断られたようでした。
 新しい探偵を探しているようですが、少し調べた後に断られているようです。
 これは私の予想ですが、あなたがうまくやっているのでしょう。
 段々と坂本の行動が狂気じみてきていて、洗脳が完了した数名と何やら画策しているようです。私は妹の様子を見張ってくれている後輩から情報を仕入れています。
 私が今回ここに来たのは、妹の代わりです。
 妹は数日前にストレスからか胃炎になり、腹痛で病院に運ばれ入院になりました。
 もちろん抜け出そうとしてしまうため、両親と相談して精神科の隔離病棟に入院させました。
 そこで少し洗脳が解けているのか、坂本のことを色々話してくるので、そこから情報を仕入れました。
 もちろん精神科に入院していることは伏せ、胃炎が酷いので一ヶ月の入院が必要で面会もさせていないとだけ病院との協力で行っています。
 そこで坂本からは妹がしてくれるはずだったことをしてくれと頼まれたので、何をするのか知りたくて計画に乗りました。
 私は寮を一旦出て実家に戻る用事があるといい、上手く彼らの手の内を早々に見せてもらいました。
 手紙は一通だけ開封させてもらいました。こちらでも証拠が欲しかったので一通中を確認して写真を撮らせてもらいました。
 とてもじゃないが、西園寺君が可哀想です。
 こんな酷いことを未だにされていることが可哀想です。
 そしてこんな酷いことを妹までも喜んでやっていた事実が辛いです。
 そこで私の両親に今回のことを話そうと思うのです。ですが、話したところで何の解決もしないと思い、西園寺くん側なら弁護士が付いていると思うので今回のことを相談したくお願いの手紙を書きました。
 私は一週間ほど実家で過ごしますので、なるべく早くに二階堂さんと連絡が取りたかったのです。
 もし解決策が何かある、若しくは進行形で何かあるのでしたら、我々も協力させていただけないでしょうか?


 瀬戸太郎はそう書いた手紙の最後に、実家の連絡先を書いていた。 
すぐに二階堂は連絡を取り、家族とは高速を使ったパーキングエリアの駐車場で待ち合わせをした。
 瀬戸は携帯電話を自宅においてきて、両親を連れて二階堂の話を聞いた。
 西園寺律の弁護士である千石は、坂本の件であるなら弁護士を用意できること、自分と繋がりのある優秀な人であるから、連携もできることを伝えて弁護士を紹介した。
 そのまま妹は事件が解決するまで精神科の閉鎖病棟にいてもらう手はずで進めた。
「おかしいと思っていたがそこまでおかしな奴に目を付けられたなんて」
 瀬戸の両親はそう言い坂本の洗脳に引っかかった娘のことを嘆いている。
 それに二階堂が言った。
「優秀で真面目な生徒が一番引っかかるんです。正義感が強い、優しいという特徴があると更にもっと引っかかりやすくなるんですよ。娘さんはそれに当てはまっていたからこそ、坂本の毒牙に真っ先に引っかかったんです。でも娘さんの教育方針も間違っていないし、娘さんのせいでもないです。坂本という人間がいたせいです」
 坂本以外誰も悪くはないのだと二階堂が説明すると、両親はそれだけで少しは救われたようだった。
 それに妹は一週間の入院で洗脳が解けてきていた。
 というのも、その入院先の本当に狂った人々を見ていて、あれが他の人から見た自分だったのだという事実に気付いてしまい、坂本が現れる前の自分はそうではなかったという両親や兄の言葉で目が覚め始めたのだ。
 前の方が幸せで楽しかったなと思ったら、涙が出たのだそうだ。
 そして坂本に何で自分があんなに心酔していたのか理解がだんだんできなくなってきたのだという。
「洗脳が浅かったんだろうね。それに期間も一年くらい、坂本は前の洗脳に三年かけた。けれど、この半年でその洗脳をまだ引きずっているのは誰もいない。だから一年くらい坂本の支配下から逃れられるところにいれば自然と洗脳は解けると思います」
 そう二階堂が告げると、両親はそれで優しかった娘が戻ってくるという事実に安堵したようだった。
 結局瀬戸太郎の妹はそのまま高校を病気治療のために休学し、実家には戻らす、北海道にある叔父の家がある近くの病院に療養のために転院した。
 瀬戸太郎は怪しまれないためにそのまま高校の寮に戻った。
 坂本は瀬戸の妹のことを心配したように探りにきたけれど、瀬戸はにこりとして妹のことを語った。
「胃に穴が開いちゃってね、それで単位も足りなくなってしまうんで、休学して空気のいいところで療養するのがいいって結論になってね。悪かったね、仲良くしてもらっていたけれど、本人も本調子ではないからどうにもならなくて……」
 そう言い瀬戸は診断書を持って休学届を大学に出した。
 大学でも寮制度のある大学にしか坂本は進めず、その大学の費用しか出さないと言われていたので、そこで大人しく大学生をやっているしかない坂本は、この離脱には相当怒りを覚えていたらしい。
 その怒りを瀬戸の家族にぶつけたところ、そのことでうっかりした坂本が瀬戸の自宅の門を壊した。その時に坂本の指紋が取れ、坂本は警察に厳重注意をされた。今回の脅迫は書類送検で悪戯として不起訴処分にはなったけれど、前歴はしっかりと警察に残された。
 これは二階堂の思惑通りになった結果だ。
 今回は不起訴ではあるが、前歴が残ったので次に同じことをしたら不起訴には恐らくならない。また西園寺律にしている悪戯は範疇を超えていて、とてもじゃないが不起訴にはならないだろう。
 そしてそれを受けて、二階堂は全指紋を調べた上で坂本佳泰を西園寺律への脅迫と執拗な手紙による嫌がらせに名誉毀損で訴えた。
 警察が坂本への事情を聞きに行き、彼の周りの学生を押さえていたので全員の指紋を調べたところ、その全員が共犯であることや指示をしたのが坂本である事実まで証拠として上がった。
 また坂本は律へのいじめ主犯格である証言がたくさん出ているため、律への脅迫の意味もまた成立してしまい、その関係で脅迫書面を直接二階堂に手渡した瀬戸太郎が、坂本に頼まれたと証言し、さらには瀬戸家では数日前に坂本が不起訴ではあるが、手紙で彼ら家族を脅していた事実が明るみに出ると、坂本は警察から逃走していた。
「え、坂本が警察署から逃げたんですか?」
 律は大学生になってやっと普通の日常が送れているところだった。
 大学の講義は楽しかったし、小槙も同じ学部であり、他の何人かの友人と一緒に通っている。あの騒動はやっと鎮火して、いじめの被害者であった律のことは誰も気付いていなかった。
 だからこそずっとそこに拘っている坂本の執着は律には理解ができなかった。
「捕まるかも知れなかったからですか?」
「捕まるわけもないと高括っていたんだろうな。こんな些細なことから足が付くなんて許せないのかもしれない」
 二階堂はそう言ったが、どうやらそれも二階堂の狙い通りだったらしい。
「ああいうプライドの高いやつが、壮大な計画が漏れて知られるのは想定しているだろうが、まさか自分がうっかりしてしまったミスのせいで、足下を掬われるなんて、きっと屈辱のはずだ」
「確かにそうでしょうけど……それで二階堂さん、僕はどうなるんです? このまままた坂本に振り回されてしまうんですか?」
 律はこれ以上坂本に何の感情も浮かばない。正直に言うと、この生活が気に入っていて、坂本のことさえ最近は考えなくてよかったから、それが嬉しかった。
 けれど坂本はまだ過去に捕らわれたままで、決して今を見ようとはしない。
 そんな坂本にいつまで律は付き合っていかないといけないのだろうかと思えたのだ。
「大丈夫だ、律。これで全部終わる」
 二階堂はそう言い切った。
 それはそうなると想定した行動を坂本が取っているということだという。
 二階堂は律に言った。
「律にはお願いがある。坂本の目を覚まさせるためには、律の協力が必要だ」
 二階堂が律を必要だと言ったことで、律はこれで本当に終わるのだろうかと不安になる。
 けれど二階堂は律を抱き寄せて背中をさすりながら言った。
「大丈夫、それだけの時間は経っているから。俺らが終わらせる」
「はい、これで本当に終わりにしたいです……でも僕は……二階堂さんとずっと一緒にいたいです」
 この事件が終わったら、二階堂との関係も終わるのだと思った律がそう言うと、二階堂は意外な顔をして律を見た。
「まさか君からの告白だと思わなかったな」
 その顔は迷惑そうではなく、ただにこやかに笑っていた。
 律はそんな二階堂を見て?を赤らめてから言う。
「だって、ずっと僕は二階堂さんに抱かれるんだって思って、ずっとそう思ってて」
 律は最初に二階堂が律の体をくれと言った言葉をどう解釈しようと考えた結果、小槙にストレートに聞いたところ、小槙もストレートに答えたのだ。
「え、そのままなんじゃね? 抱くってことじゃん。うわー二階堂さん最初から唾付けといたんだ~、だろうなあ~そうだろうなあ~。じゃないと、ここまで律に関わらないもんな普通」
 小槙がそう言ったので律はそのままを二階堂に言った。
「僕の考えが間違っているなら、それは……恥ずかしいのだけど……」
 更に真っ赤になった律を二階堂はしっかりと腕を掴んで離さない。
「律、君がそう思ってくれるように待っていたと言ったら俺は卑怯者になるか?」
「え?」
 びっくりして律は二階堂を見ると、二階堂は苦笑していた。
「俺は律がちゃんとした年齢になるまで待とうと思った。ほら、犯罪を暴こうとしている人間が、それに反してしまったらそれこそ擁護のしようもないだろう?」
二階堂の言葉に律はそこまで考えてもらっていることに気付き、嬉しくなって微笑んだ。けれど自然と涙が?を伝った。
「嬉しい……二階堂さん、好き」
「俺も好きだよ、律」
 二人はお互いの気持ちを初めて確認しあった。
 出会って二年目、一緒に住み始めて生活を共にしてきて、それでずっと気持ちを温め続けてきた。
 出会いは本当に律にとっては人生が終わるところだった。そこから二階堂にはたくさん救ってもらった。
 まだ全部が終わったわけでもないし、まして今律は十九歳である。
 お互いに求め合えるのは一年先であるが、それまでに今の問題をしっかりと片付けようと律は思ったのだった。

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