Escape sequence
5
西園寺律に起こるいじめ事件は学校側からの見解は、実行犯の小幡はそのまま退学になった。
小幡と最後に言い合いになった二人はいじめの内容は記載される内申書を携えて、遠くの厳しい強制施設のような高校に転入になったらしい。
親が子供がやらかした事件を知って、あまりの陰湿さにもう自分たちでは矯正はできないと早々に諦めたのだという。どうやら高校に入ってからも色々とやらかしていたらしく、親は限界を迎えていたそうだ。
実行犯の小幡には律への接近禁止命令が出され、東京以外のどこかへ引っ越すしかなくなったらしいが、北海道にある全寮制の農業高校が受け入れた。
いじめするくらいに体力が有り余っているなら、農作業をして発散させようとした両親が送り込んだそうだ。
それによって坂本は一番使える駒を全部失ったと言えた。
元々のクラスメイトはさすがにこの状況に耐えられないのか、五人は不登校になり、五人は親が察して転校させ、残りは自主退学をした。
広まったいじめ主犯と同じクラスというだけで受け入れ先がなかったのと、内申書が悪く受け入れる学校がなかったのだ。ほぼ全寮制の学校は寄付金次第で受け入れをしてくれたらしいが、そこにすら落ちるほどだったので自業自得と言えた。
不登校の五人は坂本の仲間だった小幡に脅され続けていたらしく、精神的に問題を抱えており、カウンセラーがケアをしている。
その中には最初に庇ってくれていたクラス委員などもおり、律はさすがに気の毒になったけれど、委員長は律を救えなかったどころか自分もいじめに参加してしまった事実はかなり心の闇になっているようだった。
律はそんな生徒一人一人に、あなたは悪くない。だから知っていることを教えて欲しいし、もし坂本などから何か圧力があるなら知らせて欲しいと手紙を書いた。
そのお陰か、何人からか謝罪と坂本がやってきたことを知らせてもらった。
坂本は一年の時から支配的で、中学からの持ち上がりだった生徒は既に洗脳がされていたらしい。小さなことで文句を言うと報復されて一ヶ月クラスから無視されるなどの嫌がらせは茶飯事で、それが嫌で坂本には逆らわなくなっていったらしい。
そんなところに律が転校生としてやってきた。
律は気に入らないことは坂本であってもはっきりと告げる性格だった上に、坂本の妙な闇のある支配とは別に、クラスの雰囲気を悪くすることはない笑顔を向けてくれるようになって、少しクラスの雰囲気が柔らかくなったらしい。
「僕、何もやってないよ?」
「やってなくてもいるだけで違うことがあるんだ。雰囲気だな」
不幸だった律だったが、それでも楽しそうに生きている。
親に捨てられ、親戚に邪険にされていることは坂本も嫌みのように繰り返して言ったらしいが、律はこれからのことばかり話していたらしい。
「あ、確かに。これから親を頼るわけにはいかないから、しっかりしなきゃとか言っていた気がする。坂本が掃除もしたことがないと言うから、一人暮らししたらしなきゃいけないからやった方がいいよって何回も言ったことがある」
律がそう言う。
律の前向きな姿に坂本は思い通りに律を操れないことから、律を極限に追い込みたかったのかもしれない。
「狂ってるな。本当にどうしようもなく、好きな奴の不幸なところが見たいなんて」
二階堂があきれた顔をしていたが、律には二階堂の言葉に引っかかる部分を感じた。
「坂本が僕を好きっておかしいですよ……」
律が本気でそう思って言うと、二階堂は少し笑った。
「可愛い子の困ったところが見たいとか、関心を引きたくていじわるをする男の子がいるだろう。あのまんまなんだよ。精神的に幼いんだよ。けれど頭がいいし影響力もあるから、始末が悪いってところ」
二階堂がそう言うのだが、律には納得はできなかった。
しかし坂本にやれと言われたと残った生徒が言ったとしても、それで坂本に制裁を加えられるかと言えばできなかった。
既に学校から去っていること、そう言っているのが加害者の一人であること、残った生徒が口裏を合わせて坂本に罪をなすりつけていると言われたら、証拠がない以上、坂本の方が裁判で有利なのだ。
なので千石はこれ以上坂本を追い詰めても自暴自棄で余計なことをされかねないので、坂本の親と示談することにした。
坂本がいじめの主犯格で教唆に当たることを広められてしまうと、坂本の父親が困ったことになるからだ。
また律が他の生徒と示談しており、加害者の一人だけ示談すらなく裁判をされている状況から、相手の言うがままに示談に応じた方が揉めないで済む。
なのでこちらは精神的苦痛を与えたという慰謝料と接近禁止命令を出すことになった。接近禁止令は東京に入ることができない距離で設定をした。年数は二年で設定しているが問題が問題なので何度も継続していくことを盛り込んだ。
それは坂本の父親としては望むところで、このまま息子が遠い地で朽ちてくれる方が嬉しかったのだろう。すぐに示談内容に同意し、この先何かあれば警察に行っても構わないとさえ言った。
既に息子を廃籍するつもりでもあると言う。
「あいつがいい気になれるのは、私の後ろ盾があるからだ。それがなくなればただの一人の一般人だ。そうなってもあいつが何かできるとは思えない」
確かにそれはあると律は思った。
苦労している人を見下して、自分は上流階級であることがステータスのようなところがあった。律は指摘されるまで、幸せな家だから普通なんだろうなと思ったけれど、二階堂に詳しくそういう話を聞き出されて、その都度言葉による暴力を受けていたことが分かった。
些細な内容でもマウントを取られ、それでも全然屈しない律にとうとう肉体的な苦痛を与えることを指示しだしたのだ。
エスカレートしていったのは、律がそれで苦しんでいたからだ。
坂本はそれが見たかったのだとばかりに、更にエスカレートをした。
また磯野自体も坂本にいいように使われた可能性があった。
肉体的な苦痛を与える人間として坂本は使い、そんな律を庇う。もちろん自分が磯野の父親よりも地位がある父親を持っていることから、磯野が既に坂本に逆らえないことは分かっていたのだ。
あの宗教的になっていたクラスメイトの中で、唯一坂本の洗脳を受けていなかった磯野であるが、不良であるということで利用価値はあったようだった。
磯野が暴れると坂本が止めに入る。他のクラスメイトは坂本に助けられ、感謝してお願いを聞く。それが続いていけば、坂本が間違ったことを言うわけがないと思い始めたのだろう。
そしてそれによって坂本が律を裏で悪く言うなら、坂本が庇っても律が悪いのだからいじめてもいい、という考えになっていたようだ。
おかしくなっていく理由を話している生徒は、自分がなぜそう思ったのか今思うとおかしいことばかりで、洗脳されていたという理由に納得するしかなかった。
しかし磯野が加害者であることは間違いなく、そこを律は許すことはない。
磯野も日本に戻ってきても、いじめの加害者として顔写真が出回ってしまったことで、当面戻ることはできないようだった。
アメリカの日本人学校へ行ったらしいが、いじめの事実は海を越えても知られているのか、あちらでは暴れることもできずに暮らしているらしい。アメリカは警察がすぐに介入してしまうので、あちらで刑務所に入ることになったらそれこそ地獄である。
やっと学校内で律をいじめていた人間はいなくなり、その余波で他のいじめ問題や不良生徒の更生やスクールカウンセラーなどによって問題は一気に解決に向かった。
その後、律には報復などの問題もなく、律は高校を卒業するまで二階堂の世話になった。
あれから何度か律が一応借りていたアパートには脅迫めいた手紙が投げ入れられていたり、手紙が届いたりしていたためで、どうやら坂本はあのまま諦めたわけではなさそうだった。
転校していった学校の生徒を同じように洗脳したのか、新たな仲間を使って律に接触をしようとしていた。
もちろん元のクラスメイトのところにも何度か襲撃めいたことがあり、学校外での出来事には千石が警察と一緒に事件を調べていったけれど、坂本はそうそう証拠を掴ませなかった。
毎回洗脳した生徒を使って手紙を届けさせ、いろんなところから手紙を投函し、居所が分からないようにしていたけれど、手紙の内容は同じであるから同一人物であることは間違いなかった。
けれど手紙と封筒は別物で、封筒は東京で売られている限定品だったりするが、中の紙は新聞を貼り付けたものであるが東京で販売されているスポーツ紙を使っていたりと、手が込んでいたのだ。
証拠を突きつけるにはあまりに情報がなく、これを坂本がやったとは言えない。
けれど執拗に律を狙う手口はそのまま坂本の犯行と言えた。
「目的がもはや律に対する嫌がらせを超えて、どうにかして律を屈服させたいだけに見える」
二階堂は事務所で律宛てに届いている脅迫文を見てため息を吐く。
既に警察には相談して指紋を採ってもらっているが、そのデーターベースにも登録されていないものだ。既に十人目の違う指紋が採れていて、坂本の律への執着や転校先の生徒への支配力が深く及んでいることが分かる。
「本当に、この能力を使ってもっとマシなことをすればいいのにとさえ思いますね」
千石もそう言うけれど二階堂が言う。
「こういうやつが国のためになんて言っても碌なことはしない。やり過ぎて結局消される羽目になる。優秀すぎるが故にテロリストになる道しかない」
二階堂の指摘通り、融通が効かないところが既に人の道を外れているとしか言えない。こういうのが法律や国なんてものに従うはずもない。
自分のためにしか能力を発揮できないから、就職して一気に詰んでしまうのもこのタイプだ。
学生のようにそこにしか生活がない狭い世界では有効な手段も、社会人としては通用はしない。
「やってることが幼稚なことで、何が本当の狙いか悟られないようにしてんだろうけど」
「あからさまに貴方への宣戦布告ですよね」
そう言われて出されたものは、律の写真だ。
それは最近撮られたものである。隣に二階堂が写っていて、二階堂の顔にはボールペンで顔を塗りつぶされているものだ。
そして律の顔には特に何もしておらず、強調するように体のラインを太いマーカーでなぞっている。
「律が欲しいんだろうな。最初から自分だけの物にするために律をいじめ倒して、それで自分だけが味方で、絶対的存在だって言いたかったんだろうが。やり過ぎて律はあいつすら拒否し始めた」
発端はそこだ。
律はこれ以上迷惑を掛けられないと思って離れたという。
その時に割と本音も言って遠ざけたというのだ。
「味方の振りして、本当は面白がってるんだろ、知ってるよ! だから今だって笑ってんだろ! もう信じられない誰も!」
律はそう言い、坂本には悪かったけれど、そうでなければ自分だけがいじめられる理由が見つからないと言い、わざと坂本を苛立たせるつもりだったという。
けれどそれが全部当たっていたわけだ。
坂本は焦っただろう。
このまま律が転校してしまったら、律は手に入らない。
実際、律はそこから登校拒否になり、二度と坂本の言葉にも耳を貸さなかった。
そしてすぐに律は自殺を思いついた。
もう死ぬしかないと思うほど追い詰めても、律は坂本にはすがらなかった。
その意志の強さの陰に、どうして坂本だけ自分を庇っても虐めに遭わないのかという疑問がずっとあったのだろう。
だからこそ坂本を頼るんなんてあり得なかったのだ。
「子供だなあ、やってることは。好きな子に振り向いてもらいたかったら、好きになってもらわないと意味がないのにな。無理矢理縛り付けようとしても人は反発するし、思い通りにはならない」
「何でも与えすぎるとこうなるという教育の果てのようですね。私は友達が欲しいなら、いじめるなんて歪んだことはしませんでしたし、好きな子にこんな酷いことをして振り向いてもらえるなんて一ミリも思えませんが」
千石がそう言うと二階堂は笑った。
「お前が一般的な考え方できる大人だってことだよ。大体高校生になってもこれが通用するような世界においていたせいだな。こういうのはさっさと親元から離してしまうに限る。湯水のように出てくるATMがありゃ、人間こうもなる」
今の坂本に資金源があるのかと思うが、父親は痛いところを息子に握られていて、それなりに振り込んでいるのだろう。その金を使って人を寄越しているのだろう。
そうした時だった。
二階堂の事務所にある一人の青年が訪ねてきたのだ。
「すみません。二階堂さんはいらっしゃいますか? 僕は坂本佳泰のことで話があります」
唐突にやってきた男は瀬戸太郎と名乗る、坂本佳泰と同じ寮の生徒だと名乗った。
感想
favorite
いいね
ありがとうございます!
選択式
萌えた!
面白かった
好き!
良かった
楽しかった!
送信
メッセージは
文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日
回まで
ありがとうございます!