Escape sequence
2
律が自殺未遂を起こしてからたった一日で二階堂は律のことを調べ上げた。
西園寺律という名前が分かり、住んでいるところや学校が分かれば、後は簡単に調べが付く。
探偵が一日で律のいじめの件を調べると、校内にいる知り合いがその詳細を調べてきた。
西園寺律をいじめていたのは、磯野和法(かずのり)という不良だ。
その地域の不良で両親が教育委員会の部長で、いじめのことはここに届くはずであるが、高木周三という律の担任の独断でいじめの事実はそこで握りつぶされていることが分かった。
どうやら磯野のいじめを教育委員会に届けると立場が悪くなるらしく、高木は磯野部長から賄賂をもらってもみ消しているというのだ。
磯野のことは度々問題に上がっているがなぜか教育委員会で門前払いされるので、親が介入していることは明らかで学校側も届け出るだけ無駄だと思っているらしいのだ。
どうせ磯野がいる間の三年間は穏便に磯野を卒業させれば問題はなくなると思っているようで黙殺しているのだ。
だから律の訴えももみ消されてなかったことにされている。
「かなり上からの圧力だなと思っていたが、中途半端でよかった。これなら上に進上書で調査は始められる」
二階堂はそう言って弁護士の友人を呼んだ。
千石史郎という弁護士で、学校問題に関して強い弁護士だった。
「過去にいじめ問題を扱ったことがあるやつだ。教育委員会とも顔見知りでこいつが来たら問題が大きくなる前に片付けろと言われるくらいには大げさにマスコミを使うんで警戒されてる。でも仕事は本当にすごい奴だ」
そのいじめは報道されたこともあるというので聞いてみると、北関東の学校で自殺騒動があったときの弁護士で、いじめ首謀者を特定し、慰謝料請求といじめ首謀者家族を徹底的に報道で苦しめた人だった。
けれどそういうことをしそうにない眼鏡のイケメンで、律は真面目なサラリーマンに見える人がそこまでやるのかと少し驚いた。
「大丈夫ですよ、被害者に不利なことはしません」
そういう千石は二階堂と話し合った。
律が登校拒否をしているのは既に半年が過ぎていた。
アパートまで磯野たちがやってきていて、迷惑を被っているため、早急に律のアパートを引っ越した。
保証人は親戚だったけれど、律がいじめに遭い、これから被害者として弁護士を付けて訴え出ることを知ると親戚は怒った。
「そんなことをされては困る! ただでさえ養ってやっているのに!」
「そのお金を強奪するやつらと戦うのですよ。貴方たちのお金を守るためでもあります。大丈夫、その金額も分かっていますので、貴方たちは被害者であり決して高校生を追い出した親戚ではないのです。多少多めに返してもらえると思われますので、その差分は貴方がたの被害に対する金額として貴方たちにお渡しします」
そう千石が言うと、急に親戚は怒りを静めた。
「それは、幾らくらいで?」
「そうですね、彼が奪われた金額が年間の生活費である以上、被害総額は百万を超えますね。それに加害者がいくら積むのかは分かりませんが、口止めに恐らく被害額の二倍か三倍は出すでしょう」
本当にそうなのか分からないけれど、最大で二百万が戻ってくると分かった親戚は、弁護士費用は律を助けた会社社長が全額払ってくれることや、親類に関しては律が親類に遠慮して一人暮らしを選んだとして、親類に何ら不都合のない理由を用意すると言った。
実際高校から一人暮らしなりして通っている人もいるので、不都合がそうそう見つかりようもないことだった。
親類を黙らせてから二階堂が言った。
「敵は一つにした方がいい。親類と揉めるよりは良好な関係であるアピールは必要だ。これから律はいじめの首謀者と戦うべきであり、これからも付き合いがある親類には恩を売った方がいい」
つまり養育費名目の金銭がかからなかったという事実を親類に思い込ませるのは大事だと言った。
そして千石は律の母親のところにまで行き、これから律がいじめ問題で訴訟するかもしれないと告げると、捨てた手前不味いと思ったのか、律の大学費用は出すと言い出したのだ。
どうやら再婚相手が資産家らしく、母親が何もしなかったという立場であるとその再婚相手すら世間体が悪くなることに気付いたという。
その確約を千石はもらい、書面にしてしっかりと効力のある契約にしてきた。
というのも、母親の口約束では反故される可能性が高いからだ。
「大学へは行った方がいい。一人で生きていくというならなおさらだ」
というのが二階堂の言葉だった。
二階堂はどうやらいじめ問題を解決する前に、その後に必要な律の身の回りの保証を優先しているようだった。
「僕、先のことなんて考えてなかった……」
「そういうものですよ。貴方は今で手一杯だ。でも二階堂は暇なんですよ。だから任せて大丈夫です。私も負ける気はありませんし、勝てる案件ですので」
千石は自信満々にそう言い、一週間で訴訟の準備をした。
いじめに関しては民事から起こすことにして、律が再三担任にいじめに関して訴えていた実績があることは学内でも有名だった。それを無視する担任の姿はよく見られていることもあった。
磯野に同じようにいじめられている人も一緒に訴訟をすることになり、磯野たち仲間の情報も集まった。
いじめられた子は全員で四人。一人は家族のお金まで持ち出していたことで数百万の被害があり、それぞれ一人暮らしをしている子などを狙っていたことも分かった。
泣き寝入りをしていた子の親は、これが大事になるけれど、それで引きこもっている子供が復讐をしたいと言うならと訴訟に踏み切ることにした。
その準備は一週間で進められ、一ヶ月後には裁判所に訴訟をし、磯野たちの元には裁判所から書面で訴えられたことを知らせる内容証明が届いたという。
それぞれのいじめられっ子たちは磯野たちの報復をされないがために、ホテルへと避難をし、二階堂はその費用も請け負った。
何故、二階堂がそこまでしてくれるのかは分からなかったけれど、律は二階堂は何かもっと違う狙いがあるのだろうと思った。
律の引き払ったアパートにはすぐに磯野が仲間を連れて報復にきたところを雑誌の記者に突撃させた。さすがに磯野もそこまで律がするとは思っていなかったようで、取材をしてきた記者を殴ってしまい、そのまま記者によって記事にされた。
いじめの加害者、被害者に訴えられた瞬間、報復に訪れる。取材記者に対して暴力を振るい、記者に全治二週間の怪我を負わせる。
そう書かれた雑誌は、全国発売された雑誌に載り、一気にそれは全国民の知るところになった。その記事には律の受けたいじめを詳細に書いていた。
自殺未遂をするまでに追い込み、家族に言うなと脅し、数百万を脅し取るなど繰り返していたことは、教育委員会の会長には記事によって知らしめられ、それに合わせて千石は内部にいじめ首謀者の父親が居り、もみ消している担任がいることまで書いた告発文を送ったことで、会長は怒り狂い、早急に磯野の父親は部長職を解雇された。
どうやら内部でも磯野のパワハラがあり、職員から会長に直訴が相次いだというのである。
いじめ問題の前に、職員に対するパワハラという事実で解雇された磯野の父親は、裁判の準備段階ですぐに和解の提案に乗り出してきた。
とはいえ、律は和解金よりも事実の公表を優先しているとして、和解を拒否。他のいじめられっ子たちも磯野がいじめ加害者だったという社会的制裁が欲しいと望んだ。
何としても磯野には反省してもらうことにしたが、裁判が始まる前に磯野は高校を退学して早急にアメリカに逃げた。
他の磯野の仲間には用がなかったので和解案を提案して、その仲間だった三人は洗い浚い磯野が命令をしたといういじめ内容に全部答えた。それによって磯野の陰湿かつ脅迫の詳細が明らかになり、とてもではないが擁護できないくらいの悪質さで、裁判は一審は早くも終わり、磯野の父親は息子の弁護士を用意しなかったために、被告不在のまま磯野の全面敗訴になった。
それはあっけない幕切れで、もちろん磯野の親に対して被害額の賠償を求める裁判も起こされた。それには磯野の父親もこれ以上息子を庇う気はないことと、己の立場を考えて、和解金を被害額の三倍出した。
既に磯野の父親は社会的な制裁を受けており、これ以上の和解案はないと裁判所から言われたので和解するしかなかった。
記事が出てからたった二ヶ月で裁判すべてに勝ち、律は自由になった。
高校側は磯野和法が早々に退学したことや、癒着していた担任教師の高木周三を懲戒解雇したことや、いじめをしていた磯野の仲間も退学にしてことを納めようとした。
担任で事件を止められていたことや、教育委員会にも話し合いに持って行ったのにもみ消されたのは学校のせいではないとされたため、律はこれ以上学校側に何かを要求することはできなかった。
また学校側はいじめで退学せざるを得なかった生徒に関して、退学を撤回させて生徒として高校を卒業出来る権利を復活させ、四人の生徒を復学させる温情も見せた。
授業料も無償で、被害に遭った教科書やジャージ、制服さえも無料で支給されることになり、全員が学校に復学をした。
引きこもりだったいじめられっ子は裁判中に立ち直り、恐る恐る学校に復学すると生徒たちが暖かく迎えてくれたという。
律もようやく新しいアパートから学校へ通うようになった。
教室に入ることが怖かったけれど、新しく担任になった教師武田が上手く律を教室に入れてくれた。律はクラスメイトにも酷いことをされていたことが分かっているので、そのクラスではなく、一番遠いクラスになった。
「おお、西園寺、こっちこっち」
そう言って席に案内してくれたのは、校内で噂を集めてくれたという生徒で、常磐小槙(こまき)という子だ。身長は百六十くらいの髪の毛が少し赤い子であるが、元気いっぱいの感じがする子だ。
「二階堂さんから聞いてる。俺、お前が飛び降りようとしたビルの持ち主が知り合いでさ、その持ち主が海宝っていうんだけど、海宝の知り合いが二階堂さんってわけ。それで知り合い同士でさ」
小槙はそういうので律は深々と小槙に頭を下げた。
「ありがとう、このクラスで受け入れてもらえるように言ってくれたのも小槙君だよね。助かった」
律は小槙に感謝すると小槙は言う。
「ほら、お前の元のクラス。お通夜になっててすごいんだよ。あんなところに戻ったらまた標的にされかねない。お前、あのクラスのやったことは今回バラしてないんだろ?」
そう言われて律は頷いた。
とにかく敵は一つにしておけという二階堂の言葉通りに、磯野の排除を優先したおかげで、情報が拡散されずに磯野が逃げるということになったけれど、それでもいじめ加害者が裁判で負けたという判例は多く作れたはずだ。
それによって心が穏やかではないのは元のクラスメイトである。
磯野のいじめは金銭的で暴力なことであったが、クラスメイトのいじめは教科書やジャージ、制服や靴など身の回りのモノを捨てることだった。
恐らく全員が加担していたようで、誰がやったとは多分突き止められない。よって訴えても勝てる見込みがそもそもないと千石は言った。
加害者がはっきりしない事例は裁判しようにも被告不明ではなかなか難しいのだ。
けれどクラスも変われば、直接的ないじめはなくなるだろうと思われた。
「何かあればすぐに言うんだぞ?」
新しく担任になった教師は、律をすごく気遣ってくれた。
「ありがとうございます」
「大丈夫だよ、先生。おれらのクラス、あんなことしねーからなあ」
そう小槙が大きな声で言うと、口々に生徒が言い出す。
「そうだよ、しないよ。絶対」
「そうそうしないし、西園寺くんは安心していいよ」
周りがそう言ってくれて律は嬉しかった。
いじめ問題は片付いて、残りの一年半を安心して過ごせると律は思った。
これも全部二階堂のお陰であると、感謝して今度お礼にいこうと思った。
だが、問題はそれで終わらなかったのである。
律への執拗ないじめは、下駄箱から靴がなくなるということからまた始まってしまったのだった。
感想
favorite
いいね
ありがとうございます!
選択式
萌えた!
面白かった
好き!
良かった
楽しかった!
送信
メッセージは
文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日
回まで
ありがとうございます!