Luck out
4
智嗄はそれからも北浦との関係を続けた。
北浦は演技の勉強を一通りすると智嗄を求めてくるようになった。その回数はどんどん増え、とうとう北浦はドラマの仕事上がりに興奮して智嗄の家に来ては智嗄とセックスに浸るようになっていた。
「智嗄さん……気持ちいい?」
「いいから……好きにしてっあっあっあ!」
堪らないほど感じたし、相性の良い体とセックスはそれまで智嗄が知らなかった世界の快楽をくれた。
長くセックスをしてきたのに初めてセックスを知った時のように気持ちよさで猿のように盛ったし、ウサギのように年中発情期みたいになっていた。
こんな経験はしたことはなかったし、知らないことばかりで智嗄は北浦を何度も煽るようにして誘った。
北浦もまた何か思うことがあるのか、智嗄との関係は誰にも話していなかった。
智嗄の立場を思ってのことだったろうし、やっと売り出し始めた北浦のデビューがかかっているからか、まさかデビュー前に男と付き合っているとは言えなかったのだろう。
そうした関係が、二月を過ぎる頃になって北浦はドラマでテレビデビューをし、同時に野瀬監督の映画主演で映画デビューも果たした。
ドラマで主人公の女性に言い寄るイケメン役で、少しコメディー色がある内容だったが北浦の容姿から人気に火が着き、一気に映画もヒットをした。
映画の純な男が悪い男になっていく演技は褒められて、野瀬監督の映画というだけでも評価が高いのに脚本が久遠寺智嗄であることでも話題だったところに北浦佳隆の演技がナチュラルであると女性に受けた。
ドラマが三週目に入ると色気をばら蒔く北浦の姿に視聴者は一気にドラマにハマり、主人公の人気俳優を差し置いて北浦の話題ばかりになった。
もちろん主演俳優には北浦が話題をさらうのは気に入らなかっただろうが、その主演の大瀧栄一はうまく立ち回り、まだSNSに進出してなかった北浦との仲のいい写真をアップしてすぐに投稿がバズっていた。
ドラマは回を重ねるごとに視聴者が増え、昨今の視聴率からしたらあり得ない四十パーセントを越えてしまっていた。
脚本家も人気の脚本家だったのでそれも面白かったのもあり、話題は最終回まで続いた。
もちろん脇役の役が幸せになれるわけもなかったが、それでもにっこり笑って「君のところにいくよ」といった台詞とシーンを追加で入れておいたら、それだけで女性視聴者には自分のところに来てくれると思えたから余計に盛り上がった。
その話題があるけれどドラマの撮影が終わると、北浦はすぐに次の映画撮影に入り、ドラマへの主演も舞い込んできた。
北浦本人も予想していなかった以上に、北浦は評価されており、バラエティー番組にも引っ張りだこだった。
「北浦くん、本当にいい感じになってきましたね」
事務所で河合がそう言い、智嗄は持ってきた脚本を差し出しながら言った。
「あいつがいいやつなのは、最初から分かってたよ」
智嗄がそう言うと、河合は言う。
「これも智嗄さんの演技指導のお陰ですかね? 何だか色っぽくなっているし」
「さあ、努力しているのはよっしーだから、俺のお陰じゃないよ」
智嗄はそう言った。
最近はもう演技の勉強と称したことはしていない。
ただ北浦はやってきて時間の許す限り智嗄を抱き、そして時間が来れば帰って行く。仕事も忙しいだろうに暇な時間を作ってはやってきて、智嗄をただ抱く。
それしかしていないのに演技指導も何もあったものではない。
ならば来るなと言えば済むことなのに智嗄は来るなとは言えなかった。
だってあの温もりを思い出してしまった。
過去に捨てたはずの、手放した温もりがどうしても手放せなかったのだ。
智嗄の脚本が海外の大手映画会社にドンドン買われていき、その脚本が映画になっていったのはそれから半年後くらいだった。
最初に野瀬監督が親切で新人監督に売ってくれたホラーが海外の小さな映画館で公開されたとたん、SNSで評判が広がり大きな映画館で上映されると、面白さを見たアメリカの会社がリメイク版を作りたいと智嗄の脚本を欲しがったので智嗄はアメリカ用に書き直して送った。
そしてそれはすぐにアメリカ版として上映されるまで半年でリメイク版は上映されて世界で怖いホラーとして大ヒットした。
智嗄はホラーやミステリーも得意であるが、アクションも書く。それでいて静かな映画なども書けるため、ずっと映画会社が重宝していた脚本家である。
だからそれが何処にも誓約を受けないで書けるとなれば、既存の本の脚本も得意だった。特に謎があるアクションなども得意だったから、アメリカの会社からすれば日本に止めておくのはもったいないと思うほどだった。
またそのホラーを機に一気に智嗄の脚本をした映画が四本違う国から公開された。
ハートフルなものから謎多きミステリー、そしてその国で大ヒットしたノンフィクションの映画。あらゆるものが出てきたのだ。
テレビではとうとうバラエティニュース番組が智嗄の活躍を無視できなくなって取り上げ始めた。その頃にはネットで一般人が智嗄の脚本が凄いことになっていることで話題になっていて、それを取り上げないのはどういうことだ?と不思議がるほどに海外のニュースでは智嗄のことが取り上げられているらしい。
らしいというのは智嗄は、まだ一本だけニュース番組の取材を受けただけでそこまで本格的に扱われているわけではないと思っていたからだ。
だが日本の脚本家が海外の作品を脚本して、同国では国の映画記録を塗り替えているとなっていることと、アメリカ版のリメイクホラーと本家版ホラーが同時公開されるというあり得ない上映が行われたことで、かなり話題になっていたのだ。
アメリカでのホラーヒットは二十年前くらいに日本のホラーが流行っていたくらいの大きな出来事らしい。
さらには智嗄の脚本を書くスピードがあり得ないほどに速く、この一年間で映画が十本目になるがまだまだ撮影中のものがあるという事実に、海外では智嗄を天才と言ってかなり褒めている。
けれど智嗄は脚本がよくても俳優が演技をしてくれてこその映画であり、監督がその瞬間を綺麗に切り取ってくれるからこそであり、それに関係している人々がいてくれるからこそ、映画ができていると知ったから、そう発言していたことで日本人らしい奥ゆかしい人だと褒められていた。
けれど智嗄はそうではないと思っていた。
自分は快楽に弱く、そして手を出すなと言われた人に手を出し、まだ関係を切れないでいる。
北浦との関係は恐らく野瀬はもう気付いている。
警告したのにそれでも智嗄が手放せないでいることにはもう口出しはしないが、それでも北浦の使うリスクよりも北浦を使うメリットが大きいようで、野瀬の作品には欠かせないくらいに北浦は重要な俳優になれていた。
約一年間。北浦が俳優としてデビューしてから、ドラマが二本、主演が一本、助演などを入れると映画は三本出ていた。
それに合わせて、雑誌は何処もモデルである北浦をよく使っていたし、酷い時は雑誌の表紙が全部北浦になるくらいには人気だった。
ずっと出ていた雑誌では二、三ページのピンナップだけでも雑誌の売り上げが右肩上がりになったほど人気が出たらしい。
北浦佳隆という俳優は、あっという間にスターダムに乗り、顔を見ない時はないほどテレビや映画に浸透した俳優になっていた。
私生活は謎であるが、ドラマや映画で忙しく、休みの日も台本を覚えるのに忙しいと言われたら納得するくらいに忙しい。
テレビで暢気に笑顔を晒している爽やか青年を演じているが、その笑顔に智嗄は嘘くささは感じなかった。
もちろん演じているのは間違いなく、テレビ用に笑顔を振りまいているのは分かっているけれど、それでも北浦は演技が上手くなりすぎて、嘘を嘘だと思わせないくらいに智嗄の目を騙せるほどだ。
そうした時だった。
事務所にまた来ていた智嗄の元に、懐かしい人が尋ねてきたのだ。
「すみません、久遠寺智嗄さんいらっしゃいますか。私、橋本泰典といいます」
その声に奥にいた智嗄は慌てて入り口に向かった。
「あの、どういう関係で……」
と、河合が言っていたが智嗄はすぐに言った。
「あ、河合くん、いいよ。俺の知り合いだから。それとテーブルに置いてあるから後はよろしくね」
そう智嗄は言うと橋本と一緒に事務所を出た。
「何、事務所駄目なんだ?」
橋本がそう言うので智嗄は橋本に言った。
「何でここにいる。お前。海外じゃなかったか?」
智嗄がそう言い、橋本に文句を言った。
「いいじゃん、昔の恋人が懐かしくて尋ねてきたって問題はないって」
「お前に問題はなくても、よくも顔を出せたな」
智嗄はそう言う。
この恋人は仕事を選び、智嗄を捨てた男だった。
そして智嗄と別れてからただの一度も智嗄の前に顔を見せなかったのだ。この七年間もだ。
「まあ、どっちかというと。日本に来ている時は智嗄に会いたかったよ。でも俺、お前の兄さんの真鍋さんにも野瀬監督にも恨まれてるからさ。なるべく問題を起こさないようにしていただけで……でも今は、俺の方が地位が高いし?」
橋本がそう言うので確かに立場的なもので言えばそうなのだろうと智嗄は思った。
橋本泰典は、昔は日本の俳優、今はパリコレモデルで映画俳優でもある。フランスに移住してからあちらで大活躍をしている。さらにはアメリカの映画にも出ているお陰で、日本人の有名人と言えば、橋本泰典と言えるくらいには大成功を収めている。
けれど、智嗄はその成功はどうでもいいので、二度と智嗄の前に現れてはほしくなかった。
「俺はまだお前を許してないし、会いたくもなかったよ」
智嗄がそう言うけれど、橋本は気にした様子もなく言った。
「ああ、それはいいよ。でも智嗄は、俺にも相応しいくらいに立派になったよね」
「はあ?」
相応しいって何だと智嗄が思っていると、橋本が言った。
「智嗄が脚本した映画、フランスでも大人気なんだよね。それで、今度アメリカの映画に出るんだけど、あれさ智嗄の脚本なんだよね……」
「だから? お前が出ようが出まいが俺に関係があるわけないだろう?」
智嗄がそう言い返したら、橋本はそれもそうかと思うけれど、何か思いついたように言う。
「でも俺が脚本が気に入らないから出ないと言ったら、困るだろうなあって」
橋本の言葉に智嗄は苛立ってくる。
それは北浦とのあまりに違う俳優への心構えの違いだ。
北浦は何でもできないとは言わないし、真剣に取り組んで自分の演技をしていく。一方、橋本は自分の我が儘のために俳優という立場を使おうとしている。脅すのが目的であるのは明らかで、作品もそれに関わる人も全員を馬鹿にしている。
その態度が酷く智嗄を苛立たせていた。
ニヤニヤとしている橋本に対して智嗄は言った。
「できるものならやってみればいい」
「はあ?」
「お前の覚悟を見て世間は何て言うんだろうな?」
智嗄がそう喧嘩を売り始めると橋本もそれは予想外だったらしく、少し怯んだ。
そんな時だった。
「智嗄さーん、今日も事務所ですか!?」
元気よく北浦が大きい声を出して近づいてくる。
その声に周りを歩いていた女子高生たちがすぐに反応した。
「あ、北浦佳隆だ!」
「マジで!」
「きゃー、よっしーかっこいい!」
急に周りが騒がしくなり、それでも北浦は周りにニコニコと挨拶をして手を振ってから智嗄に近づいてきた。
「あれ、誰ですかこの人?」
北浦は橋本を見て誰なのかピンとこなかったのかそう言った。
「昔の知り合いだ……それでどうしたんだ?」
「そうですか、じゃあもういいですか? 話終わってたみたいですし?」
北浦はそう言うと智嗄の腕を掴んで引き寄せてから、智嗄に言った。
「事務所に用事あるんですけど、この後一緒にご飯、どうですか?」
「ああ、いいなそれで」
橋本は女子高生たちに見られているからか、智嗄に対しても北浦に対しても何も言わないけれど、何か舌打ちをしていた。
「あの人もかっこいいけど、誰?」
「さあ、知らない」
「テレビで見ないし」
「新人俳優なんじゃない?」
女子高生の容赦ない知らない攻撃に橋本は自分が今日本で支持層がほぼないことに気付いたようだった。
確かに数年前は有名だった橋本であるが、最近はフランスでの人気があるだけで日本では活動をしていないから顔が女子高生に知られていないのは仕方ない。
五年前だと彼女たちは小学生くらいで芸能だってアイドルくらいしか興味がないから、橋本のようなパリモデルが主体の活動を知っているわけもないのだ。
ニュースにはなっていたけれど、それを報道しているニュースを彼女たちは学校などに行っていて見ない。
だから知っている人はそうそう多くないのだ。
その現実に橋本は悔しい思いをしたのか、すぐに駅の方へと去って行った。
確かに人々は橋本の格好良さや綺麗さには見惚れるけれど、名前までは思い出しもしてくれない。
世間というのは案外、早く需要が回っていて、自分の国以外で活動している役者のことなんてファンでもない限り追わないから知らないものなのだ。
知名度は数年前なら確かにあったけれど、俳優人生もどうやら我が儘のせいで順風満帆とはいっていないようだった。
モデルとしては見栄えもいいのでまだ使われているようだが、それも年齢が上がってくれば今の表舞台からは遠ざかるしかない。
橋本が去って行くと智嗄は北浦に連れられて事務所に向かった。
その途中で北浦が言った。
「あの人、パリコレで我が儘やらかしていて、有名ブランドのショーを降ろされているんですよ」
「そう、なのか?」
「ええ、俺がいた頃にも我が儘が過ぎて、使えないと言われて結構言われてましたね。一緒に仕事をした人が日本人でもここまで違うのかって言ってましたし。俳優業もフランス語がなかなか上手くいかなくて、声優がついてたようですし」
つまり演技はよかったけれど、フランス語が上手くしゃべれないので橋本の役にはフランス語の声優が就き、吹き替えでフランス語が入れられているのだという。
「あの人のせいで割と日本人グループが馬鹿にされていたので、結構俺は許せてないです。だから近づかないでください」
北浦がそう言って本当に智嗄を事務所に連れて行った。
そして社長に話を通し、橋本に近づかないように智嗄に念押しをした。
智嗄としては近付き気は一切ないけれど、あのまま橋本が引き下がるとは思えないと思っていた。
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