Luck out
2
北浦佳隆は雑誌モデルとして活動を始めたのはハイスクール時代だ。
アメリカに引っ越してから急に身長が伸び始め、気づいたら百九十センチになっていたらしい。
体格もまた運動をするようになったら筋力が付きやすい体だったようであっという間に引き締まってしまった。
そして友人からモデルを進められて、最初はチラシなどの地域限定のものに出ていたら、有名なブランドのモデルに抜擢された。
大学を卒業した時には、パリコレに出るくらいになっていた。
そしてモデルはそろそろ引退して、俳優を目指そうと思い日本に戻ってきた。
アメリカで俳優というのはなかなか難しく、また演技指導を受けたことがないのも要因でまずは演技の勉強をしようと思っていたら、たまたま映画祭で野瀬監督に声をかけられたという。
面倒を見るから自分の映画に出てほしいことや、脚本家が今は休暇中で脚本が出来るのは来年だけど、その間に演技の勉強も出来るからどう? と具体的な案を出して勧誘されたという。
そして事務所は何と智嗄と同じところだという。
「久遠寺先生は滅多に事務所にこないし、俺も仕事が入り出したら事務所に顔を出すこともなくなっていて……それにちー……久遠寺先生は大変な時期だったし……」
北浦はそう言う。
智嗄がマスコミに関わっている脚本から全部下ろされたことで智嗄を叩いていた時だったのだろう。
「酷いことばかり言っていたくせに、海外で野瀬監督と作った作品が認められ始めたら急に手のひら返しし始めたのも、自分のことのように腹が立って仕方なかったです」
その手のひら返しのマスコミであるが智嗄を相当叩いてしまったが故に野瀬監督は褒めるが脚本家である智嗄の事は最初は伏せて報道をしていた。
それはそれで良かったけれど、脚本賞を三大国際映画祭で三つとも取ってしまったら海外からの大きな報道になっているのを無視できなくなったらしい。
それでも日本映画祭では智嗄に脚本賞をやらなかったことで海外の映画ファンから腐っているとまで言われ、智嗄が映画会社に嫌われて首になった映画全部が酷評されていることから目も腐っているとまで言われていた。
また、最近になって智嗄が脚本をしていた初手案が何処からか流出してしまい、それを読んだ人たちから智嗄脚本だったらもっと面白かったのにという声まで上がってしまった。
そして、どうして久遠寺智嗄が急に首になったのか分からないし、説明もされなかった。久遠寺智嗄が何で首になったのかは上層部の声一つだったこと、そして思い当たることがあるとまで言った同じ脚本家からのリークまであった。
それでも智嗄は何も言わず嵐がすぎるのを待つように家から出なかった。
家から出ずにいたがやがて事務所の社長や野瀬監督に連れ出され始めると、急に野瀬監督が海外の賞レースに行く前に久遠寺智嗄と今後組んでいくことや、智嗄専属を解除した映画会社に対しては。
「あれだけの才能溢れる脚本家を無償で放り出してくれて感謝している」
という皮肉を言った。
もちろんニュースになっていなかったし、発言はカットされてしまったらしいが、現実問題として智嗄の価値はここに来て国際的になっていたのだ。
もちろん、マスコミが取り上げないのも自由であるがそのせいで海外では有名になり、日本では無名になりそうな勢いである。
「野瀬監督は世界に通じる日本の映画を作りたいと思っている。だからそのための人材確保にここ一年ほど費やしてるんだ」
智嗄はそうした話を聞いてやる気になったし、脚本も練習がてらに書いたもので海外向けになったものは野瀬監督が知り合いの監督に脚本を読んで貰っているといった。
中には気に入って貰えて、そのまま脚本を買い取って貰い、すでに撮影が終わった映画があるし、制作中も三つほどある。
「じゃあ結果として、海外進出が出来ちゃったってことですか?」
「奇しくもそうなるな」
「へえ、じゃあ全盛期で手放して貰えてラッキーじゃないですか」
北浦がそう言うので智嗄は確かにそう考えたら首にも意味があるのかもと思えた。
そんな二人が話し合っているとそこに人がやってきた。
「ああ、久遠寺先生、お久しぶりです~」
そう言って声をかけてきたのは智嗄を首にした映画会社の担当だった増永順だった。
「いやあ、先生の脚本、海外で賞を取られているんでしょう~、またうちでも書いてくださいよ。何ならまた専属になりませんか? 他で書けなくて苦労されているでしょう? 私が社長に話を通しますから」
増永の調子のいい言葉を智嗄は静かに最後まで聞いてから言った。
「何かご依頼があるのでしたら、まず事務所を通してきちんと仕事として依頼をお願いします」
智嗄がそう切り返すと、増永はまだ猫なで声で続ける。
「そう言わないでくださいよ~、私と先生の仲でしょう~お願いしますね~」
「ですから、口約束では契約になりません。事務所を通してください。これ以上続けるのなら会社の方に抗議しますので」
智嗄は強くそう出る。
この増永の調子のいい増永の口約束に智嗄は煮え湯を飲まされてきた。
「ちっ、仕事なんてないくせに偉そうに。また潰してやるからな」
増永がそういうので智嗄はやはり増永はないことばかり社長に吹き込んでいたのだなと確信が持てた。
「強迫ですか?」
北浦が大人しく聞いていたがさすがに最後の言葉には引っ掛かったらしい。
「は、何のこと? 俺にそんな力があるわけないじゃないですか~」
そう言うけれど北浦は聞き逃しはしていなかった。
「またって言ってましたね。ということは前にやったという意味ですよね?」
「そんなこと言ってませんけど?」
とぼける増永に北浦が言った。
「先程から久遠寺先生に言っていた無礼な言葉は、しっかり録音させて貰いましたので何なら聞きますか?」
そう北浦が言うと、まさかそれを録音されているとは思わなかったのか、増永は舌打ちをしてから捨て台詞を吐いた。
「覚えてろよ……」
「それも録音してますので、久遠寺先生に何かあったら真っ先にあなたを疑いますので」
北浦がそういい録音しているスマホを見せた。
「くそっ!」
増永は悪態を付きながら店を出ていった。
「何ですか、あの失礼な人」
「元映画会社の担当だった人だ。増永といって常時あんな軽い口約束ばっかする人でね。調子がああやっていいから上の人を持ち上げるのが巧くてね」
「じゃあ、またって言葉は……」
「多分社長にないことばかり言って首にしたんだろうね」
「じゃあ、逆恨みで?」
「思い当たることが一つしかない」
「というと?」
「枕営業をある俳優にしろと言われた。もちろんはっきりと忙しいから無理だって断ったら、相手の顔を潰したと言われてあとはあんな感じに嫌み放題。それがパワハラっていうんだって気づいたのは、割りと最近かな」
智嗄はその時の事を今更冷静に考えられるようになった。
だからこそあれがパワーハラスメントであり、立場の違いを利用した卑劣な行為であることを認識している。
「まあ、あの人がいる限り、あの会社と俺が直接仕事をすることはない。事務所を通したところで門前払いだ」
今や智嗄は一映画会社の専属になるのは足かせでしかないと思っている。
「よかった。あんな人との仕事なんて俺もしたくありません」
「……野瀬監督の映画に出るなら待遇はそこらの新人よりも高くなる。その映画が賞でも取ればもっとだ。気軽にお願いしますといえなくなる。それにお前には英語という強みがある。日本国内だけでなく広く活動をした方がしがらみは少なくて済む」
智嗄の言葉に北浦は頷いた。
あんな時代遅れの担当などこっちから話す価値もないし、どんなに大手でもあれを営業におく限り、会社の体制も昔仕様なのが透けて見えるというものだ。
「これで済むとは思えない。あの人の調子のよさは何かある。社長に言っておきましょう」
そう北浦が言うので智嗄は事務所に逆戻りになってしまった。
「あれ、北浦さん……え、智嗄さん何でですか?」
事務所に逆戻りになった智嗄を見て社員の河合が混乱している。
「外で会ったので話していたんですが……」
北浦がそう言い、ちょっと問題がと切り出すと事務所の社長室から大きな叫び声が聞こえてきた。
「結構ですよ、あなたがそのつもりがあるならこちらにも考えがあります! 世の中をなめているのはあなたじゃないですか!? 今後、事務所に近づかないで頂きますし、本社にも抗議させて貰います! はあ? 覚えてろ? 大した捨て台詞ですね! それが仕事を依頼してきた立場ですか! そもそもあなたたちがしたことは私たちはまだ許してもいないので! お断りですよ! おたく以外の映画会社も関係ない監督さんもこの業界は多いので!」
社長がブチキレているところを聴くに、どうやら増永が上から目線で契約を取りに来たらしいことが分かった。
「あいつ、懲りないんですね」
「懲りているなら自分がしたことを謝罪してると思う」
智嗄は全うにそう言うと北浦もそれには頷いた。
その後、社長を交えて話し合い、映画会社に増永からの無礼な仕事依頼の抗議をした。
映画会社も首にした智嗄に仕事依頼をするなんて表だってできる立場ではない。
一応は注意しますとは言ってくれたけれど、その翌週には智嗄が映画会社に自分を売り込みに来て失敗をしたと記事を出された。
事務所は即座に事実無根であることや、もと担当から二度に渡り仕事の依頼があったこと、また久遠寺智嗄は忙しいので断ったことを正式に事務所のサイトに書いた。
更にその時の態度が横柄であったことから正式に抗議をしていたことまで書いたので、相手映画会社にとっては世間からするとどの面を下げて仕事依頼ができたものだという反応となった。
その後記事の訂正を求めて事務所が抗議をすると、記事を書いた出版社が映画会社に関連する会社だったことから仕事を依頼したが断られての腹いせであることまで世間に勘ぐられた。
「結局、映画会社であの元担当は首にならないんですね」
「恐らくだけど、スポンサーの関係家族とか何だろうな。あの偉そうなパワハラやろうが社内で大人しくしてるわけないんだ。社内でもやらかしているであろうに首にならないとなれば……察して余りある」
智嗄がそう言うと北浦もなるほどと納得した。
その騒動はしばらく世間を騒がせたけれど、それから野瀬監督が帰国すると新作映画の製作を発表したことで、世間はまた智嗄に注目することになった。
野瀬は記者会見で久遠寺智嗄とは今後密に映画をつくっていくことになると言った。
構想だけでも五作目までの脚本があること、すでに三作まで出演者が決まっていることまで話したから業界は大騒ぎであった。
「久遠寺智嗄さんを使うことに関して、野瀬監督はどのように思われますか?」
よく分からない質問をして何か聞き出そうとしているようだったがそれは野瀬からすれば絶好の機会だった。
「最近の映画会社の暴挙は聞いてますよ。私はあの会社とは今後も関わりませんし、久遠寺智嗄は関わらせませんよ。これから久遠寺は世界の脚本家になるので一映画会社の脚本家で終わる方ではありません」
それは三大国際映画祭で脚本賞を取った久遠寺智嗄は日本だけには収まらない器であることをはっきりと野瀬の見解を述べていた。
「ですが、原案は野瀬監督であると聞いてますが……」
これこそ原案と実際に映画に使える脚本の違いを理解していない質問で野瀬は鼻で笑った。
「箇条書き程度の何がやりたい、こんな場面をいれたいと書いた紙が脚本よりすごいという理屈が理解できない」
そんな強気で出て智嗄を守るために言ってくれる野瀬監督に智嗄は感謝した。
「どうして野瀬さんはそこまでしてくれるんですか?」
北浦がそう不思議そうに言う。
さすがにここまで庇う理由が分からないのは仕方ないことだった。
「ああ、そうか。よっしー知らないよね。野瀬監督の奥さん、野瀬監督は前の奥さんを亡くしてて再婚をしたんだけど、その再婚相手が智嗄さんのお姉さんなんだ」
「え、そうなんですか?」
「世間は知らないからね。野瀬監督も相手は一般人だからって言って素性は隠しているからね」
「へえー、久遠寺先生に姉弟がいるとは思いませんでした」
「そういう話はしてないしね。ちなみにもう一人の姉も俳優さんと結婚してる」
「どなたか聞いてもいいですか?」
「真鍋昇(まなべ のぼる)さん」
「めちゃくちゃ有名な、野瀬映画の常連脇役さんじゃないですか……」
「本人達は義理の兄弟であることは隠しているから、うっかり言わないように」
「はい!」
北浦は智嗄にそう言われてしっかりとそのことを胸に刻んだ。
そして騒動の中、北浦もその映画に主演として参加をした。
クランクアップまで北浦は仕事に打ち込んだけれど、智嗄はその現場を初めて見に行った。
今まで自分の脚本が使われた映画を見ることはあっても現場に行ったことはなかった。
行こうと言われたことはなかったし、脚本が書き終われば次の仕事が待っているからだ。
けれど智嗄は北浦と現場に入ることで脚本家として一枚皮が剥けるように映画にのめり込むことになった。
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