Luck out
1
久遠寺智嗄(ちさ)は、その日自分が仕上げた映画の脚本をもって事務所にきていた。
「智嗄さん。もう脚本を仕上げたんですか?」
事務所の社員である河合が驚きの声を上げた。
「うん、他に仕事なかったから暇で仕上げた」
智嗄の言葉に河合はすぐに社長室に飛び込んだ。
「社長! 休暇中の智嗄さんが一本映画脚本してきちゃいました!」
河合の言葉に事務所社長の家崎友裕が社長室から飛び出してきた。
「智嗄、君は今は休暇中なんだよ。だから休んでなきゃ駄目じゃないか!?」
「だって暇すぎて死ぬからやだ」
ここ数年休みなしで舞い込む映画の脚本を書いてきたが、あまりにも智嗄の脚本したものばかりが増えてしまったので映画会社からそろそろ飽きられるから別の脚本家にすると言われてしまい智嗄の仕事が激減してしまったのだ。
そのショックもあり智嗄は全盛期には十本くらいを年間かかえていたがとうとう今年は一本の仕事もなかったのだ。
もちろん仕事がなくても智嗄は脚本を書いていたが、仕事にならないならと持ち込むことはなかった。
会社としては今まで智嗄でかなり儲けてきたから蓄えはたくさんあるので智嗄に長期の休みを取らせることにした。
というのも、智嗄の脚本ならきっと売れていたはずの映画が軒並み智嗄を外したせいで転けているのである。
どうやら映画監督も会社も智嗄の脚本を誰にでも出来るとおもっていたらしく、安い価格で買い叩ける新人に近いひとにやらせていた。
その脚本力ではもちろん結果は見えていた。
十本中十本が失敗に終われば、もちろん映画会社は脚本を智嗄に戻すために躍起になるけれど、あれだけ智嗄の脚本を貶した会社に事務所としては分かりましたとホイホイ新しい脚本を書いてやる義理はない。
だから智嗄を長期休暇にして、映画会社にはちょっと反省してもらおうというわけだ。
実際智嗄は映画会社の心ない言葉にショックを受け、しばらく体調を崩したのだ。
けれどそこを救ってくれたのはかつての映画監督である巨匠と呼ばれる野瀬久和だった。
野瀬はそんな時期に智嗄に脚本をお願いしてくれて、智嗄を励ましてくれた。そして智嗄は初心に返ったつもりで脚本を仕上げた。
それは今や国際映画祭で賞を貰うほどになっていた。
最初の賞が取れると軒並み海外で賞を取りまくって快進撃を続けている。
そして智嗄は脚本賞もとっていた。
そこから休暇中だった智嗄は月に一本の脚本を仕上げることができるようになっていた。
リハビリでやっていたら本来の調子を取り戻してきたのだ。
それでもまだ本調子ではないので事務所に持ってきては社長に渡し、野瀬にも読んで貰っている。
野瀬は本当に映画会が智嗄を潰そうとしているのを知って憤っていて、智嗄の事務所に監督が援助してくれるまでになっている。
もちろんそれには智嗄の脚本を全部見せるという約束ごとがあったが智嗄は今は休暇中なので案件でもないものは見せられるというわけだ。
「瀬野さんが、今度デビューするモデルを相手に面白い本を作りたいからって、原案送ってくれて……」
「ああ、確かそんな話があったな……それをもう書いたのか。でも貰ったの四日前じゃなかったか?」
「うん、でも面白かったから一気に書いちゃって。それで早く見て欲しいなって……」
「珍しいな。智嗄が原案を面白がって脚本を書くのは……」
映画会社に全否定くらいのことを言われた智嗄は本当に自分の脚本に意味があるのかと考えたし、面白いかどうかも分からなくなったほどだ。
そしてどうしてそこまで映画会社に嫌われる羽目になったのかが分からないのだ。
本当に急な心変わりと言ってよかった。
思い当たることは映画会社の紹介で会った大物俳優からの食事に誘われたが、仕事が忙しくて断ったことぐらいだ。
その次の日から担当による智嗄への暴言が始まったと思う。
昨日まで優しかった担当が、脚本を見ても面白くない、独創性もない、原作へのリスペクトもないと言い出して智嗄を困惑させ、映画会社の上層部から呼び出されて全作品の共同脚本から下ろされたのだ。
もちろん理由を尋ねても会社の意向だと言われてしまい、智嗄はそのせいで一気に仕事を失った。
他の脚本家にとってはチャンスだったのかネットでの智嗄に対する誹謗中傷が相次ぎ、それを庇う擁護者とで言い争いが続いていた。
けれど他の映画会社からも仕事が来なくなったせいで智嗄の仕事は一年前にゼロになった。
しかし一年で智嗄は事務所や瀬野監督に守って貰ったお陰でやる気を取り戻した。
「やる気になってくれたのは嬉しいけど、これから先は仕事を選ぶことになるから、何でも事務所を通してくれよ、絶対だよ」
社長が念を押して言うので、智嗄は頷いた。
「分かってるよ」
智嗄はそう言ってから事務所を出た。
頼まれていたものは提出したのであとは直し待ちだから事務所に用事はない。
道を歩いて駅まで来た時だった。
「あれ、久遠寺先生ですか?」
と急に声をかけられた。
「はい?」
誰だろうと思い振り返るとそこにはモデルのように美しい男が立っている。
彫りの深い顔、世間一般の認識からするとイケメンの中でも更にイケメンという顔立ちだ。
少しスラブ系の血が混ざっているような顔立ちで純粋な日本人という顔をしていなかった。
身長も高くて百六十五センチもない智嗄から見ると優に三十センチは高い気がした。
だから見上げているのも辛いし、周りからは頭ひとつ抜けているから通りすぎている人たちが身長だけで見上げ、そこに付いている顔のよさに惹かれている。
「あの、俺のこと覚えてないですか?」
智嗄は男にそういわれて思い出そうとするも俳優やモデルとは付き合いがなかったから身に覚えもない。
「誰ですか? どこで会いました?」
脚本を百くらいしている手前、色んな人には会ったけれど生憎とどれだけ記憶力があっても一般人でも覚えられるのは限界もある。
そもそも名前を呼ばれて振り返っただけで思い出しもしないなら、よほど記憶にも残らない人だったらしい。
そして智嗄は一般人とは違う特殊な目を持っていた。
世間一般のイケメンがそこまでいいようには見えないことだ。
「……昔、小学生の時に同じクラスだった北浦です」
そう言われて智嗄は考えた。
それくらい昔だと思い出すのに時間がかかる。ただでさえクラスは毎年変わっていた進学校だったので小学生だけでも同じクラスになったというなら三十人クラス×六クラス、百八十人である。
単純計算なので引っ越した子や転校した子などもいれるとますます分からない人数だ。
「何年の時?」
「……小五です。俺はそこで転校したので」
どうやら智嗄が覚えてないようであることに北浦はショックを受けているようだったが、智嗄はやっとそこで思い出した。
「あ、北浦佳隆(よしたか)くん?」
やっと智嗄が思い当たる人が出てきて、それに北浦がパッと微笑んだ。
「それです。佳隆です! ちーちゃんはよっしーって呼んでくれてて……あ、すみません。久遠寺先生」
改めて立場が違うことを思い出したようだったが、それに智嗄は言っていた。
「何だ、そう呼んでくれていたらすぐに思い出せたのに。よっしーのことなら覚えているよ」
智嗄はそう言ったが、北浦のことを上からしたまで眺めたあとに言った。
「随分変わっているから、こっちからは気がつかないし、フルネームも怪しかったから、よっしーが話しかけてくれなきゃ一生気がつかなかったと思うよ」
智嗄はそう返していた。
それでも覚えてないことや、あだ名でやっと思い出したのは仕方ないことだった。
よっしーこと北浦は小学校三年で転入してきていたが、ずっとトップクラスにいた。
小学五年のクラス替えでトップクラスから落ちて三組のクラスに配属された。
智嗄は万年三組だったのと成績順だと上二クラスとは入れ替えせんでし烈を極めているのに対し、三組は大体同じ生徒で固まっていることが多かったから、一組から落ちて三組というのはものすごく珍しかったのだ。
そして北浦は一組でイジメられていたから、クラスが変わってもその人たちのストレスの捌け口にされ続けていた。
智嗄は偶然その現場に居合わせてしまい、一組の人に対して仲裁に入った。
だがそれで諦めるイジメ加害者ではなかったので、頭がいい悪いの話になってしまい、成績で争うことになったが、その試験で智嗄は北浦と結託して、上位トップ十に入る成績を残したのだ。
その時に智嗄はちーちゃんと呼ばれていたし、北浦はよっしーと呼ばれていたのでお互いにあだ名から入った戦友だった。
こんな思い出があるけれど、話はそこで終わってしまう。
北浦はそれから三日後に海外転勤する親に付いていくことになりあっさりと智嗄の前から消えた。
知り合ってたった一ヶ月のことで智嗄にそれを覚えていろと言うにはあまりに酷なことだった。
「俺はあの時のことは一生覚えていると思う。それくらいにちーちゃんはヒーローだったから」
北浦がそういうとニカッと笑う。
目が細くなって、大きく口が横に開き、そしてエクボが左にできるのだ。
それは特殊な目を持つ智嗄にもあの時の北浦がはっきりと思い出せるくらいによっしーのあの時やり返せてすっきりとした顔だった。
ずっとイジメられていて暗い、そして小太りで背も智嗄と変わらないくらいの普通の子だったけれど、イケメンになったせいで智嗄には一般人と同じにしか見えない北浦がやっと一般人と見分けが出来る顔になった。
「悪いな。俺はイケメンと世間で持て囃されている男の顔がどうして他と違うのかが分からないんだ」
智嗄は駅で会った北浦が今時間があるならお茶をしましょうというので、特に仕事もない智嗄はそれに付き合うことになった。
そこで智嗄は北浦がモデルをやっていることを知った。
「これでも有名にはなってると思ったんですけど、まだまだだったみたいで」
そう北浦が言うのでどんな仕事をしているのかを聞いたら喫茶店の外にある大きな広告テレビに北浦が出ているところが写っていた。
最近やっている流行りのテレビCMらしいのだが、それと他のテレビのモデルが智嗄には区別が付かなかったのだ。
そこで智嗄は自分の感覚がおかしいのだと北浦に言ったのである。
「み、見分けが付かないんですか?」
北浦は信じられないのか智嗄に聞き返していた。
「本気で見分けができない。この業界に入ってイケメンと言われる人を沢山見てきた。イケメンってなんだ? ってずっと思ってて、俺にとってのイケメンは世間で言うところの個性的という部類になるらしい」
そんなわけで智嗄は昔から美意識が他の人と違いすぎるのが悩みどころだ。
そのお陰で智嗄のイケメン主人公の設定がいつも丁寧で自分の容姿に関して普通だと思っていることになってしまうのだ。
しかしそれは世間の女性が望んでいるイケメンのあるべき姿として説得力があるらしい。
だからこそ恋愛を絡めたり、人生を絡めた人間描写において智嗄のイケメンへの求めているものでなく、世間一般が個性的と片付けている人の評価であるからか、個性的で計画がいい人がモテているらしい。
世間のイケメンは性格があまりよくないのが通説であり、自画自賛のナルシストが映画を見て勘違いをしてしまい女性から顰蹙を買っているらしい。
「あ、そういうことなんですか……つまり俺のことも一般的な顔だって見えているわけですか?」
「そういうことだ」
智嗄がそういうとガックリと北浦は肩を落とした。
「でも、お前の笑顔に昔の素朴な姿が見えたから、作り笑いでもなければ見分けられるとは思う」
智嗄が正直にそういうと北浦はふっと顔をあげていった。
「嘘の笑顔、ですか?」
「そう。作り笑い。仕事だから楽しくないこともあるのは分かる。だがあの広告の顔は作り笑い。楽しくなかったのかと思える。俺にはそう見えるんだ」
智嗄は素直にそう言うと北浦ははーっとため息を付いた。
「仕事したカリスマカメラマンが気に入らなくて、不機嫌になってました。最初は楽しかったんですよ。テストの時にとってくれた助手さんも巧かったです。そのつもりで挑んだら、あっちが望む表情以外却下で、で作り笑いをしたやつが採用されました。選んだのももちろんカリスマカメラマンの独断でした」
北浦がそう言うので智嗄はふむと考える。
「要は演技が欲しいというところだったのだろうな。こればかりは俺の管轄でもないからな」
「演技、ですか」
「脚本通りのものが欲しいってやつかな。あの写真のコンセプトは知らないけれど、楽しい演技では駄目ってことなんだ。カリスマカメラマンに頼んだのならそういう写真が欲しかったのはクライアントだったってことで。俺が好みかどうかはこの際関係がないってことだ」
「つまり?」
智嗄の意図が分からずに北浦が尋ねると智嗄は笑って言った。
「つまりお前はクライアントの望む演技ができていたってことだ。ダメ出しを食らったのは演技を教えてくれたってことだろうな」
智嗄はそう言い、演技は畑違いであるが、それでも智嗄には嘘の笑顔に見えている。
「演技が下手ってことですよね、結局は」
北浦が智嗄の笑顔が嘘だというなら、智嗄の目を騙せていないということなのだ。
「そうなるな」
「それはそれで違う意味でショックです」
「素人の俺を騙せるくらいにはなれ」
智嗄がそう言うと更に北浦は落ち込む。
「久遠寺先生の脚本でダメ出しでたらきっと立ち直れないです」
「俺の脚本? よっしー何の話だ?」
「やだなー。今度の野瀬監督の新作映画、俺が主役なんですよ。脚本は久遠寺先生だって発表があったばかりですよ……」
北浦佳隆は久遠寺智嗄の脚本で演技をすることになったのでやっと一緒の仕事ができることが嬉しくて事務所を尋ねてくるところだったのだと言った。
懐かしい同級生に再会したら、次の仕事が同じであることに智嗄は驚いたのだった。
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