Find the keys

6

 サルヴァティーニホテルが売却をされたのは翌日のことだった。
 グラードとファウストはそのまま本社と話し合いの上で、本社の先走りはさすがにどうかと思ったらしいが、そこからジャンカルロと繋がったことで本社としては損どころか利益となる情報と提供があり、売却を受け入れた。
 世界にあるサルヴァティーニホテルは十二億で売却された。
 一つ一億くらいの値が付いたけれど、それでも失敗したホテルと言われる値段だったようだ。
 それについて支払いが済んだ時に、カイルの元にはギデオンから失敗による巨額の損失として失敗の責任を取って会社を解雇すると言われた。
「全く役に立つかと思えば、そうでもないなら、お前には会社をやめて貰う」
「辞めるのは構いませんが、失態と言う理由では解雇はできませんよ?」
 カイルはそう言うと、ギデオンは何でだと言うように一瞬訳が分からないという顔をしていた。
 だがそれでもカイルの失態にしたいので言った。
「業績は私が分かっている。ホテルを売ることになったのは、ここ数ヶ月お前に任せても業績が上がらなかったからだ」
「そうですか? ちゃんと報告書を見ましたか?」
 カイルは自信満々にそう言うと、これまでの報告書をギデオンの前に差し出した。
「私が出した報告書、読んでませんよね? 今読んでください」
「はっ何を言うかと思えば……」
「いいから読んでください」
 そう言われてしまいギデオンは渋々報告書に目を通した。
 すると最初は小馬鹿にしていた業績だったが、改善されている様子が見えたのだろう。業績は右肩上がりだった。
「ど、どういう……ことだ……」
「そのままです。あなたが報告書を見なかった一年間でここまで改善していたんですよ」
「いや、これなら売却価格も……」
「そうですね。買い叩かれましたね」
 今の業績なら二倍の値段で交渉をすべきだったのだ。
「あ……そんな……馬鹿な」
「失態をしたのは私ではなく、あなただ、ギデオン」
 カイルがそう告げると、ギデオンは信じられないと呆然としていたが、そこにカイルは辞表をギデオンに出した。
「何だこれは……」
「私は自主的に辞めるのであって、失態のせいではないと証明ができたので辞表です」
 カイルはそう言うと、付けていた役職のIDも差し出した。
「ジャンカルロにはこの件は報告済みです」
 カイルが事後報告をすると、ギデオンはやっとカイルが会長にこの件を報告していることに気付いたようだった。
「カイル、貴様……っ!」
「秘密裏に進めていたようですが、売却事態は上手くいきましたけど、その後はどうでしょうね。他にもあなたが失態していることは会長はご存じのようですよ?」
 ホテル業だけではなく、資産を増やすために無闇やたらに会社の資産を売りに出ていることが分かったのだ。
 そこでギデオンの電話が鳴った。
「どうぞ、出た方がよろしいかと思います」
 そう言うカイルの言葉にギデオンは電話に出た。
 ジャンカルロは本社でその事実を掴み、今日日本に来ているギデオンの実権を全て取り上げ、社長から降格させていた。電話はその報告だった。
「何故だ……」
 どうして直前で全てがバレていたのか。
「ホテル売却を知ったのは昨日だったんですよね」
 カイルはネタばらしをする。
「……昨日?」
「そうです。偶然、売却を検討してる会社の社員さんと出会って意気投合して情報のやりとりをしたんですよ。そこでジャンカルロに報告をしたが、ホテルの売却はそのまま行うことにしたんです」
「…………は?」
 昨日の時点で分かっていたなら止められるだろう。
 ギデオンはそこに疑問を感じたのだ。
「貴方に将来任せることになるかもしれないなら、いっそ売ってしまい名前を変わった方が従業員のためになると言うのがジャンカルロの決定です。そしてホテルを売却する取引の時間に会長による会社役員の会議を行い、社長である貴方の不正を把握、そして降格までの時間を稼いだんです」
 カイルが昨日ジャンカルロに聞いた話はそれだった。
 交渉のためにギデオンがアメリカを出ることが分かっていたので、ギデオンが報告を受けても身動きができない飛行機の中の時間を選んで、会社の実権を会長であるジャンカルロに戻す会議を開いた。
もちろんジャンカルロが一旦退いたとはいえ、業界では影響のある人であることと、ギデオンの資産食い潰す勢いの売却事業の多さからさすがにこのままギデオンが社長のままでは会社の存続が危ういと全員がジャンカルロに付いたのだ。
「降格で済んでいるのは、今時点でのあなたの所業ならば、何とか挽回はできるという位置です。これ以上調べて何か見つかればもちろん解雇もあり得る」
「……なんだと……この私を解雇だと!」
 ギデオンは書類をまき散らかし、あり得ないと叫ぶ。
 人生で失敗をしたことがないギデオンには自分の思い通りにいつでも事が運んでいた。だから他の人を愚かだったし、馬鹿だった。
 何もかもが思い通りになったから、会社も業績を伸ばすよりも売りさばいた方が色々とお金になった。
 まずは金のかかる事業を赤字で続ける意味がないと、さっさと売却した。
 ホテル業には興味がないので売却を企んだ。
 その流れでカイルを失脚させるのは、カイルが業績を上げすぎていて、いつか自分の隣に並びそうだったからだ。
「あなたは色々間違えた。私は貴方に逆らうことなんて微塵も考えていなかった。そして裏切らせないためなら尚更、私と奈津を別れさせずにいればよかった。そうすれば私は貴方に何があっても右腕としてずっと貴方を支えたんだ」
 トップに立つという考えは昔から持ってはいなかった。
 ギデオンがすることを補佐するために勉強をするのが当たり前で、それが当然のことだと家族から言われ続けた。
 母親が亡くなる時でさえ、そう言われて頼まれたから、家族のためにと思った。
「貴方を支えてくれというのが母の最後の言葉だったよ。だから嘘を吐かなければよかったんだ」
「私がいつ嘘を……」
 本当に覚えがないと言うのでカイルは言った。
「奈津のこと、嘘を吐いたでしょう? 貴方から奈津に圧力をかけて、家族のことなど微塵も思っていないのに私と奈津を別れさせた。奈津はお金は受け取ってもいないし、他に恋人だっていなかったのに、ダリオに嘘を吐かせた。私にとってその些細な嘘はあなたを疑うには十分なことだった」
 そうカイルが言うと、ギデオンが舌打ちをした。
「私の弟がゲイであるなんて、そんなことがあってはならない!」
「つまらない価値観で人の恋路を邪魔していたんですね、理由もくだらない。私の四年間を無駄にした罪は、あなたがこれから味わうんだ」
 カイルは初めてギデオンを見下した。
 それまで大きいと思っていたギデオンは急に年老いた人のように小さく見えた。
 十歳以上も離れている兄だったから、ずっと威圧感を覚えていたし、ギデオンの言う通りにすると大体は上手くいった。
 けれど、彼は周りの人には嫌われていた。
 人としての温かみがないせいで、付き合っている人たちは皆距離を置いた。
 そういう人であるとカイルが認識したのは、ジャンカルロに言われてからだ。
 結局カイルはそれまでギデオンの思うがままに動く人形そのもので、ジャンカルロの助言でやっとカイルは自分が日本で過ごした幸せな時間こそが必要なものだったのだと思えたのだ。
 奈津に再会をしたら、もう思いは止まらなかった。
 でも奈津は何も間違えてはいなかった。実際にカイルはギデオンに別れるように説得されたらきっと別れていたと思えたからだ。
 それくらいにギデオンに洗脳されていた。
 奈津を恨むなんてそれこそ自分の無能を棚に上げた行為だったと気付いたのだ。
悍ましいほどの思いは、奈津の自虐でカイルの目を覚まさせることになった。
 奈津の愛情はいつでも側にあった。
 奈津は酷いことをされている間もカイルの心に闇が生まれた原因が自分だという罪悪感から、必死にカイルを宥めてくれていたのだ。
 それは何回も続く関係から、カイルの目を覚まさせるには十分な愛情だった。
 奈津は最初からカイルを裏切っていなかったのだ。
 ただカイルがあまりにも人としてできていなかったせいだった。
 ギデオンにはっきりと拒否を叩き付けて、カイルは会社を辞めることになった。
「はは、どうせ貧乏で上手くいくわけもない……仕事だって」
 ギデオンがそう言い出したのでカイルは言った。
「私が次の当てもなく、会社を辞めるとでも思ってるんですね? そんなわけないでしょう? 次の職場は決まっていますよ?」
 ギデオンはそれにはさすがにハッタリかと思っていたようだったが、数日後にはホテルの全権を取得したグラードの親族の会社がサルヴァティーニホテルの業務をカイル・サルバティーニを責任者として迎えたことを知る。
 なんとグラートの会社はホテルごと責任者のカイルまで買い取った形になったのだ。
 もちろんそれで安泰したホテルは高額指向だった部分をカイルの提案で少し値段を下げ、内装は派手で高級感があるから人気が出て、観光客がよく使ってくれるホテルに変わった。
 地域の会社に会議室を開放したお陰で更に地域に根付いた活動もできるようになり、高くて普通のホテルだったのが、値段相応のいいホテルに生まれ変わった。
 二ヶ月で全てのホテルの看板が、ティスティーノに変わった。
 その間もカイルは奈津の家からホテルに通っていた。
 仕事はホテルの支配人室で行い、そこから全てのホテルの業務を指示した。
「何とか落ち着いたな」
 カイルは奈津の家に引っ越してきた。
 アメリカの家は必要ないと処分してから、必要な洋服を入れたスーツケースを三つほどだけ持ってやってきた。
 服は普段着は東京で揃えた。
 スーツや靴などはアメリカから持ってきたものに、また東京で買い足した。
 奈津は自宅の部屋を少しだけ改装して、二人の家にした。
「よかった、やっと落ち付けるね」
「そうだな。引き継いだ仕事とはいえ、やってることは前と変わらないからな」
 カイルの仕事はギデオンに言われてやっていたホテル経営に関してのことなので、カイルが請け負ってからの業績アップは、テスティーノ会社はカイルのことを待遇良く迎えてくれた。
 それまでカイルはお金には関心があまりなかったのでギデオンの言い値で払われたらしいが、その給料は経営者としてはあり得ないくらいに安かったらしい。
 幸いなのは父親がスーツや着る物は良い物を買ってくれていたのでそれで何とか間に合っていたらしいが、今からは奈津がそれらを管理してくれている。
 奈津は相変わらず家で仕事をしているので、カイルのことはしっかりと見てくれる。
 そんな二人は一軒家でやっと始まった二人きりの生活に浮かれてはいたけれど、それでも前の別れがあるだけに、慎重に生活を重ねた。
 カイルはホテル経営が肌に合っていたのか、ジャンカルロの思惑通りにサルヴァティーニ家から出ている方が、伸び伸びとしていた。
 奈津にもカイルは生き生きしているように見えた。
「前は凄く、何というか目が死んでいた気がする」
 再会した時に見たカイルの瞳は本当にそうだった。
 人を見る目が人に期待をしないそんな目だ。
 それでも奈津を見る熱い視線は自然に戻ってきた。
「そうか、今は大丈夫か?」
「うん大丈夫だよ。俺の好きな綺麗な瞳をしているよ」
 奈津はそう言ってカイルを抱きしめる。
 そんな奈津をカイルは抱きしめ返した。
 家を出たカイルであるが、ジャンカルロとはまだ連絡を取り合っている。
 家族としての関わりは持ったままであるが、過度な援助はしていないし、色んな報告などが入るようにしておく必要があったからだ。
 というのも、カイルの兄であるギデオンがあの衝撃の事件後、会社の金を大量に持ち出し、口座から引き出していることが分かったのだ。
 そしてギデオン自身が逃亡してしまったのだ。
 秘密の口座に送られてしまった何億のお金と共にギデオンは消え、アメリカに戻ることもなかった。
 日本から出国したらしいことだけは分かっているのだが、行き先はアメリカではなかったので最初から逃亡をするつもりで欧州に向かったらしい。
 けれどイタリア辺りで入国をしたらしいが、そこからユーロ内を移動している限り、居所は分からないだろうと言われた。
 ギデオンの横領はアメリカで訴えられている。
 なのでギデオンがアメリカに戻れば逮捕されるのだが、アメリカと犯罪者の移送などの条約がない国であるなら、ギデオンが捕まることもないし移送されることもないというから結構捕まえるのは難しいとされている。
 そのお陰でカイルも身辺をかなり調べられたが、むしろ給料が適正に支払われてないことが分かり、会社から未払い分を支給されたほどである。
「早く、捕まってくれるといいのだが」
「そうだね……」
 ギデオンが何かする前に自首してくれるといいとカイルは思っている。
 けれどその願いがまだ叶っていないどころか、ギデオンはカイルの目を盗んでカイルに恨みを向けてくるのだった。

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