Find the keys
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奈津はこの頃元気がないことをファウストに突っ込まれた。
「奈津、どうしたんだ? 最近何だか疲れているみたいだ」
そう言われた奈津は夕飯を作っていてぼーっとしている間に戻ってきたファウストには気付いていなかった。
「あ、ああ、おかえり。帰ってたんだ?」
「うん、帰っていた。グラードはお風呂に入ってる」
「ああ、ごめんね。ちょっと仕事が忙しくてね」
奈津は何とか誤魔化して、今晩の食事であるカレーをすぐにファウストのために用意した。
「うん、いいけど。仕事っていうか、この間から泊まって帰ってきてからいつも元気がない気がする。仕事で泊まるって言うけど、本当は何してるんだ?」
ファウストがそう言い、奈津の首筋を指で押してくる。
「わ、なに……?」
「ここ、消えないキスマークを付けてるけど、相手の人、結構攻撃的だね?」
「え!?」
急にそう言われて首を手で隠したところ、ファウストが笑っている。
「気付いてなかった? ワイシャツからわずかに見えるんだよその位置」
確かに体中にあるキスマークが見えないように、首筋は特に酷かったのでワイシャツなら隠れてくれるので安堵していたが、それでも動けば体制によっては見えていたのだという。
「恋人はいないって聞いていたけど、何で嘘つくの?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ、セフレか何か?」
「せ、セフレって……そういうものでもないから……」
「じゃあ何、恋人でもなくてセフレでもないのに、キスマーク残して威嚇するような奴とセックスしてる理由ってなに?」
ファウストはそう言い、率直に尋ねてくる。
日本に慣れてきたファウストであるが、曖昧さはどうしても理解できない。
濁すにはそれなりに理由があるのだが、はっきりと言えない関係というのは納得できるものではないだろう。
「……グラードには言わないで」
「教えてくれたら言わない」
「……昔の、恋人と会ってるだけで……それで」
「え? 不倫してるとかそういうの?」
紹介もできない相手と寝ているなどおかしな関係である。
「い、いや。多分、相手は結婚はしてないと思う……指輪もしてなかったし……」
「じゃあ何で言えない関係なわけ?」
奈津の説明でファウストが納得できないのは仕方ないことだ。
奈津はグラードがまだ風呂で寛いでいるのを確認してから言った。
「……俺が昔振った相手だから……相手は俺を恨んでいる」
「は? 復讐されてるってこと?」
「……多分そうだと思う。でも、俺はそれだけのことを相手にした」
奈津はそう言うと、椅子に座りカイルとの出来事をファウストに話した。
ファウストは最後まで聞いていたけれど、どうしてだと聞き返した。
「何で別れに応じたんだ……?」
「カイルはきっと別れなかったことを後悔すると思ったし、俺はそんなカイルを支えていける気もしなかった。あまりに違う立場じゃ、結局上手くはいかないんだ。俺の父さんも母さんもそうだった。父さんはいいところの家を出ていたから、母さんとの結婚で普通の暮らしをしていくのに耐えられなくて、結局母さんや俺を捨てて出て行った」
そして何故あの時一般の生活を選んだのか理解できなかったらしく、再婚は家の言うがままにいいところのお嬢さんと結婚をした。そこからは上手く価値観が合うようで、上手くいって幸せそうにしているという。
「それにカイルの家族がわざわざ海を越えてきて、心配していると言っているなら、別れるのが正解だと思った。カイルは家を出ると言っていたらしいけど、カイルから家族の悪い話は聞いたことはなかった。だからこそ、カイルから家族を奪うことは俺にはできなかった」
奈津はそうして家族を失ったからこそ、良好関係の家族を奪う結果になることはしたくはなかった。
「それに、留学中の出来事だ。きっと忘れられると思った。俺は……愛って言うのを知って、手放すのも愛だと思った」
奈津がそう言うと、ファウストは何も言えないように奈津の肩を撫でている。
「そんなに好きだったのか……奈津はそいつを」
「愛してた……でも恨まれているのも分かってるし、復讐されるのも分かっている。それでも抱いてくれるから、俺は嬉しくて……いつか飽きて捨てられる時には、俺がカイルの絶望を思い知ることが罰だって……思っている……」
奈津がそう言うと、ファウスト以外の声がした。
「奈津……」
その声は奈津がもっとも愛しいと思っている人の声だった。
「……何で、カイルが……」
驚いて顔を上げると、グラードがカイルを案内してキッチンの入り口に立っているのに気付いた。
「さっき家の前に立っていたから事情を聞いた。奈津と揉めている相手だって分かったから、話を詳しく聞こうと思ってファウストに聞き出して貰った」
グラードがそう言い、カイルをキッチンに入れて奈津の隣に座らせた。
奈津はどうしてカイルがここに来たのか理由が分からずに混乱しているようで、慌てふためいているけれど、カイルは静かに言った。
「私は奈津を諦めきれない……」
「……え?」
カイルがそう言うので奈津は驚いてカイルを見た。
「奈津の事情は分かった。私は、奈津の言う通り、覚悟が足りていなかった」
「……カイル?」
「あのまま家を出ていたとして、私はきっと奈津のお荷物になる自分に我慢ができず、腐ってしまっただろう……それくらい私は家族に依存をしていたのは事実だ」
「……」
カイルは奈津の話を聞いても、奈津のせいで別れたとは言わなかった。
奈津はカイルよりも状況をよく見ていて、カイルのために別れたのは決して間違っていなかったとカイルは今更ながらに言う。
「私の至らなさが原因なのに、私は酷いことを……した」
「ううん、恨んでいるのは分かってた。俺だってあんなことをされたら同じことをした」
奈津はそう言い、カイルのしたことは仕方がないと言う。
それでもここに結論が出たのは奈津にも想像していなかった。
「君らは直接話し合いもしないで、間に誰かを挟んで勝手に別れて勝手に恨んだりした。けれど、もしその時に別れに至ったとしても話し合い、そしてお互いに納得してどうするか決めるべきだったんだ」
グラードがそう言い、ファウストも頷いている。
「確かに、奈津は偉かったと思うよ。でも勝手に決めるのは駄目だ。それじゃ相手は何も言えないだろう?」
そう言われてしまったら、確かにそうだなと奈津は思った。
「奈津、私は本当に、家を出ようと思う」
「……カイル? いや、でもそれはお兄さんが許さないんじゃ……」
兄であるギデオンがカイルを右腕として大事にしているのは奈津も今は知っている。だからこそ、カイルが家を出ることには納得はしないだろう。
「いや、私は早くに家を出るべきだったんだ。父に言われた、自分の大事な物を犠牲にしてまで兄に従うことはないと」
カイルはそう言って父親とは大事な話をしていることを話した。
この場所に来る前に、もしかしたら奈津と大事な話ができたら、これまでのことの責任と奈津を愛するために家族を捨てることになると父には報告したという。
「そんな……」
「大丈夫だ、兄は納得はしないだろうが、父は今まで通りに会うことはできる。奈津を紹介してくれと言われた。もちろん男であることは知っている」
「そ、そうなのか……でもお兄さんは……」
「それについてなんだが、兄はきっと一生理解できないことだと思う。あの人は、人を思うことが分からない人なんだ。だから利用できるできないで人を判断する。奈津のことも私を利用したいがために邪魔だっただけなんだ」
カイルがそう言うのには確かな証拠があると言う。
「私は今、日本のホテル業などを引き受けているが、兄はそのホテル業を売りに出そうとしている。私に責任を押しつけて、業務が失敗したことにするつもりだ」
カイルがそう言うので奈津はまさかと驚く。
それにグラードが食いついた。
「どういうことだい? サルヴァティーニホテルは俺らも関わりがある。売買について話し合いをしているのは俺だ」
急にグラードがそう言い出したので、奈津もカイルも驚いた。
「まさか、本当に小父さん」
「ああ、俺らは日本のサルヴァティーニホテルを買うために現地で調査をしているんだ。だが、業績が悪いと言われていたホテルの業績が急に上向きになってきて、どういうことだと思ったら、君が関わってからの変化だったようだ」
「なるほど、業務を投げてきて、報告することを何でも通していたのは、もう売買が決まっているから、業績に興味がないということなのか」
カイルもやっと兄ギデオンの素っ気ない報告に対する態度が気になっていたから、グラードの話に信憑性がでた。
「そうなると、父に秘密で売却を進めていることになる」
カイルがそう言うと、グラードも言った。
「そうだ。売却が本格化するまで内密に行動するように言われている。だが俺等としては、ホテルは順調なまま買い取り価格を抑えたまま買い取りたい。つまり失態をされたから売却では世間体も悪いというわけだ」
グラードがそう言うため、カイルはすぐに父のジャンカルロに連絡を取れた。
グラードからも直接報告して貰い、カイルはギデオンが社長権限で会社の一部を切り捨てようとしていると報告をした。
その時、カイルと友人であるダリオがカイルに探りを入れてきた。
その電話はカイルの近況を聞いてきたのだ。主にホテルの中のことなどを聞き出そうとしていることにカイルは気付いた。
そしてカイルは思い出したのだ。
ダリオと電話を終えたカイルは、奈津に聞いた。
「奈津は、私と別れてから恋人がいたことはあるか?」
「え、えっと……いなかったけど……それどころじゃなかったし……」
奈津がそう言うと、グラードが言う。
「どういうことだ?」
カイルはそれでやっと長年の嘘に気付いたのだ。
「ダリオはギデオンのスパイだろう。私に探りを入れてきた。最近私がギデオンに対して報告が順調そのものだから疑っているようだったが……」
「いや、それとどうして奈津が恋人がいるいないが関係しているんだってことだ」
グラードが疑問を口にしたらカイルは言った。
「私は奈津と別れろと言われた後、未練があり一度ダリオに頼んで奈津に会ってきて欲しいとお願いをした。ところが「奈津は新しい恋人と一緒に暮らしていた」と言われた。更に「別れるのに金を貰ったやつだから碌でもないだろう」とも」
そんなことを言われて奈津は反射的に声を上げていた。
「何でそんな嘘を? あ、でも、お金は確かに持ってこられたけれど……俺は要らないと受け取らなかったんだ。でも別れを切り出した罪悪感があったから、俺を悪く言っても構わないと言ったから受け取ったことにはなっていると思うけれど」
奈津がそう言うと、カイルは首を振った。
「それは私が口外しないで欲しいとギデオンに言っているし、ギデオンも私が日本で男に迷ったとは言えないから黙っていたはずだ。何より世間体ばかり気にするから。だから奈津がお金を貰ったという嘘の事実を知っているのは、私とギデオンだけになる。なのに、ダリオは知っていた。その嘘の話を」
カイルがそう言うのでファウストが気付いた。
「ああ、そっか。ギデオンとダリオが繋がっていたら、カイルと奈津の接触はさせないはずだ。奈津も別れには応じたけれど、カイルと接触がまたあったらきっとその時はギデオンには従えないかもしれないって思って、ギデオンがダリオに嘘を伝えるように台詞を用意した中に、お金の話も入っていたんだよ、だから知らないはずの情報を漏らした。その時から繋がっている二人が、今は関係ありませんってことはないよね?」
ファウストの言葉に奈津はなるほどと頷いた。
グラードもジャンカルロと話が終わった。
「ホテル業に関して、ジャンカルロが売却を黙認すると言っている」
「え!?」
全員が驚いていると、それに続けてグラードが言う。
「売却の話が急に進んでいて、既に我々の報告を待たずに明日売却が行われることになっているそうだ」
「つまり、父の手を使っても止められるところにはないということか……」
「そこでだ。ギデオンはカイルの失脚を狙っていることまで分かった」
そこまで言われたらギデオンが何を狙っているのか、カイルにも理解ができた。
「父から権限の全てを奪い、私を失脚させて、全てのサルヴァティーニの権限を手に入れるのが目的だったんですね」
カイルの言葉にグラードが頷いた。
「君のお父さんとまだ繋がっているから、話をするといい」
カイルはその電話を受け取って、父からの報告を聞いた。
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