twist of fate

4

 梛音は一気に小野崎との距離が縮まった。
 夕食を食べている間にも色々と話し合っていると、梛音の親戚の弁護士である人は実際には凄くお金持ちの弁護士であることが分かった。
 なのに、梛音を助けるのに金銭的な理由を挙げていて、それはおかしいと小野崎に指摘されたのが始まりだ。
 どうやら嘘と吐かれているのだと分かってしまうと、親戚を信用しようがないことだけははっきりした。
 梛音は小野崎とともに大家の元へ訪ねて、親類の弁護士の話を持ち出すと。
「そうよね、おかしいと思ってたのよね。だってこんないい子を治安の悪い方のアパートにって言うんだもの。私は、ちゃんと向こう側の方がいいんじゃないかって言ったのよね。それなのに、こっちでいいなんて言うから」
 大家はずっと梛音と知り合ってからおかしいと感じていたと正直に話し始めた。
 どうやら家賃でここを選ぶ人は多いらしいのだが、それでも治安の悪さで大抵の人は根を上げる。
「いいといろがあれば、引っ越していいのよ。その方が絶対いいから」
 頻繁に起こる事件に巻き込まれる可能性を考えて、早々に引っ越した方がいいと大家は小野崎と同じ意見で引っ越しを進めてくれた。
 そのお陰で梛音は引っ越す気になった。
 大家が言うのだから、今まで安全だったのが奇跡だったのだろう。
 そう思って自宅まで小野崎に送って貰うと、玄関先でまた隣人とあの犯人が部屋を出て行くのに出くわした。
「あ、こんばんは」
「どうも」
 隣人は梛音に付添いがいることに驚いていたけれど、犯人は小野崎の姿に驚いて急いで歩いて行ってしまった。
「何だろうね、本当に治安が悪いと思えたよ」
 梛音が感じない何かを小野崎は感じたらしく、それは正解だと梛音は思った。
 そして玄関の鍵を開けようとして、梛音は玄関の鍵が壊れていることに気付いた。
「……壊れてる……」
 梛音が呟くと、すぐに小野崎が先に部屋に入った。
 部屋は玄関を入り、小さなカーテンを開ければ部屋が見渡せる。それを開けてみてから小野崎が言った。
「空き巣だな。部屋が荒らされている。何か貴重品は置いてあったかい?」
 梛音は小野崎に聞かれてから首を横に振った。
「いえ……貴重品は持ち歩いているので……あとは銀行の貸金庫に……」
 父親の遺産の中には父の両親が住んでいた田舎の家や土地の権利書などがあるが、それらは全部銀行の貸金庫に預けてある。あれは現金化できない持ち物なので、仕方なく相続したし、父親の保険金の余りと預金も使うことがないようにと貸金庫にしまい込んだ。
 というのも、スーパーの店長にそれを勧められたのだ。
 部屋に置いておいたら恐らく空き巣に入られて、取られてしまうからと知り合いの銀行員に頼んでくれて、駅前の銀行の貸金庫に入れてある。鍵は持ち歩き、なくさないようにしまい込んでいる。
「警察を呼ぼう」
「はい……」
 とにかく、警察を呼んだ。
 空き巣の現場検証が行われて、梛音の部屋は二時間ほど鑑識が調べた。
 その間にまた交番から来た、さっき事情聴取をしてくれた警察官に事情を聞かれたが、梛音は本当に訳が分からないと答えた。
「君も災難だね……酔っ払いは偶然だとしても、前からこの部屋はよく空き巣があるんだよね。前もその前もそうだった。どうやら入りやすい物件らしくてね。視界も外から見えないし、庭の向こうは民家の壁で、道路から進入が見えないからね」
 どうやら元々泥棒の入りやすい家らしく、新しく人が入ると空き巣が入るのだそうだ。
「つまり、わざわざその家を与えたってことか。調べれば分かるようなことなのに」
 小野崎がそう言い、警察官も言った。
「引っ越した方がいいよ。治安も良くないし。君みたいな子が住んでいると分かったら、二度目、三度目があると思った方がいい」
 警察でもそういう物件があると言われ、こればかりは引っ越す以外に対処法はないらしい。一度でも入りやすいと思われた物件は狙われ続けるのだという。
 そういう家だと言われてしまったら、梛音も親戚の弁護士には言い訳も立つと思って、明日内見するアパートのことは真剣に考えようと思った。
「……とにかく、これではここで寝るのも怖いだろう? ホテルを借りてあげるから、しばらくはそこで寝泊まりしよう。ああ、気にすることはないよ。私と相部屋になるけれど、ベッドは別だし、ネット喫茶やカプセルホテルよりは安全だと思うよ?」
 小野崎にそう言われてしまい、梛音は警察官の進めもあって小野崎に世話になることになった。
 警察官は小野崎のことをちゃんと身元調査したらしく。
「大丈夫だよ、この人刑事事件で有名な弁護士先生だから。事務所も大きくて弁護士は十人くらい所属している大手の社長兼弁護士だって。だから下手にネット喫茶とか行かない方がいい、そっちの方が危ないよ」
 警察官がそう言って小野崎を保証してくれたので、梛音は警察官の言う通りにすることにした。 


 部屋にある貴重品はなかったのもあり、取られたものは見当たらなかった。
 ただ梛音は気付いていた。
 封筒だ。それは登記簿などが入っていた袋で、それを別の書類を入れるのに使ったのだが、その封筒だけなかった。古い封筒なので覚えている。
 けれどそれには使い終わった通帳が入っていた。裁断して破棄するために置いておいたもので、中身は使うことはできないものだ。
 だから取られた被害はないが、誰が盗んでいったのかは予想できた。
 それは警察には言わなかったけれど、小野崎には表情の変化でバレたと思えた。
 服などの荷物をスーツケースに詰め込んで、持てるだけの荷物を持ってホテルに移動した。
 小野崎はタクシーを呼んでくれて、大家にも話を付けてくれ、部屋の鍵がかからないけれど、入れないようにドアを閉めてくれた。
「また引っ越し先が決まりましたら、荷物を取りに戻ります」
 梛音がそう言うと大家は本当に申し訳ないように謝ってきた。
「いいのよ。こんなことがあったんじゃ早く引っ越した方がいいわ。明日にでも決めておいで」
 大家には引っ越しを勧められ、しかも引っ越し代金まで出してくれると言った。
 どうやら、あの部屋に強盗が入りやすいことを黙っているように言われていたという。そのせいで被害に遭っている以上、虚偽をしたとして大家としてのペナルティーがあるのを恐れているらしい。
 これでなかったことにしてほしいのだろう。
 梛音は大家とも揉めたくなかったことと、新しいところに引っ越すことに関して、大家からこういう事情があるので梛音は引っ越すことを親戚の弁護士に伝えて貰えることになった。
 そして保証人は別の弁護士が請け負うからと、梛音には取り次がないようにしてもらった。
 ホテルについてからは、荷物を部屋にあげてもらった。
 部屋はスイートレベルに広い部屋で、寝室は二つあり、一つは梛音に与えられた。
「これなら眠るときに一人になれる。私はこの先の主賓室を使うから、何かあれば来て。部屋にある冷蔵庫の飲み物は好きに飲んで。お酒以外の物しか入ってないけれど」
「ありがとうございます。水を一つ貰います」
 説明されてすぐに梛音は喉が渇いていることに気付いて、五百ミリの水を貰った。
「お風呂は出てすぐのドア。私は自分の部屋に備え付けがあるから、君はこちらを使っていいよ。トイレもこの中だから」
「ありがとうございます。本当に助かりました」
 梛音はもし小野崎がいなかったらと考えて怖くなった。
 一人で生きるということは、小野崎のような人がいないことなのだ。
 あのまま部屋に戻っていたら強盗と鉢合わせていたかもしれないし、そうでなくてもあのままあの部屋に住まなければならなかったのだ。
 そう考えるだけで体が震えた。
「大丈夫、私は最期まで君を助ける。決して放り出したりはしないよ」
 小野崎がそう言い、梛音の肩を撫でてくれた。
 それは久しぶりに感じる人の温かさで、その胸に縋って梛音は少し泣いた。
 どうしてこんな目に遭わなければならないのか。
 もしかしてあのことを黙っているからなのか。
 それなら早く口に出してしまえばいいけれど、それでも梛音はその勇気がまだ足りなかった。


 泣き疲れてしまい、風呂に入った後はそのまま新しく匂いもいいベッドで熟睡した。
 そんな梛音をしっかりと見てから、小野崎は浅井に連絡を取った。
「ああ、接触はできたが、問題発生だ」
 小野崎がそう言い、浅井が部屋にやってくると梛音の現状を話した。
「うわ、災難続きだなぁ」
 ただでさえ殺人事件を見ている可能性が高いとされ、その秘密を抱えているのに、酔っ払いに絡まれて危うくなり、アパートの部屋には空き巣である。しかも梛音はその犯人も心当たりがありそうだったと小野崎は言った。
「知り合いか」
「それも、相手は弁護士。あのアパートにわざと彼を押し込めた人物」
 小野崎はそれにすぐに気付いた。
 ただし詳しい理由は分からないけれど、恐らく父親を亡くした梛音から何かを盗みたいがために、梛音を強盗が入りやすいアパートに入居させて盗む予定だったのかもしれない。
「恐らく梛音くんが気付いていないだろう、案件なのだろうが、梛音くんは最初から貴重品を家に置くような性格ではなかった。そこが誤算かな」
 小野崎がそう言い、浅井は深く溜め息を吐いた。
「唯一の身内が盗みを目的にして何を奪うためにとか。本当に彼は人生を人によって滅茶苦茶にされているな」
「こんなことになるんじゃ、他人を信用できないんだろうな。もちろん、私も含めてであろうが。警察に信用されている弁護士だと言われていなければ、彼は一人であの部屋に居続けたかもしれない。それが余りに可哀想で……何だか心が痛んだ」
 小野崎が珍しく誰かが苦しんでいるのを見て、心を痛めるのには梛音の境遇の余りの悲惨さに心が動いてしまったのだろう。
 そんな小野崎のことを浅井は茶化すことはせずに、少し微笑んだ。
 小野崎が誰かに心を動かしたことは久しくなく、ずっと弁護士として非情に法律を駆使して、誰でも助けてきたが、それは悪い人も良い人も等しくだった。
 だから小野崎が弱者に無条件に手を貸すことなんてあり得なかったけれど、それが梛音との出会いで変わってきていた。
 小野崎はきっと梛音のことを可哀想と思う以上に、彼の心の強さに惹かれているのだ。それはとてもよい兆候だった。
「それを助けるだろう? 彼を一生辛い記憶から解き放つのが、小野崎さんでいいと思う」
 浅井が力強くそう言うと、小野崎も自分のしている行動に自信が持てたように微笑んだ。
「彼を助けたいと思っている。だからこそ、彼の周りを安全にしたい。恐らく犯人は彼の口から人相が漏れる前に、殺しにくると思っている」
 まだ梛音のことが知られていないけれど、梛音は何故か自宅に戻ることを嫌がっているように見えた。
 それは普段とは違った感情のようで、別に強盗が入ってくる気配を感じたとかではなく、別のことでだ。きっと梛音の生活環境に梛音が見知った犯人の姿が入り込んでいるのであろう。
 それに気付いたけれど、それが誰のことなのかは分からない。
 隣の住人には普通に挨拶をしていたようだったし、彼が怖がり始めたのはここ二日くらい経ってからだ。
「彼の目に入るところに犯人が現れたのだろう。そういう反応だった。しかしそれと空き巣は違うことは彼の反応で分かった。だから取りあえずはこの空き巣から彼を守ることにしようと思う」
 先に梛音の安全を作ると言うと、それには浅井も賛成した。
 それにはまず梛音の部屋を引っ越しさせなければならない。
 

 梛音は次の日、気持ちよく目覚めて、小野崎に勧められるまま食事も一緒に食べた。
「あの……お金は」
「気にしなくていい。ただ少し協力をしてくれるならその報酬に食住を提供しようと思うのだが、どうだろうか?」
 そう言われてしまい、梛音はこれはもう黙っていることは意味がないのだと知った。
 梛音が喋る喋らないの話ではない。
 小野崎は、今回の殺人事件の犯人を梛音が見ていることも知っているのだろうし、さらには空き巣の犯人も知っているのだ。
 けれど梛音が心を決めない限り、言葉にしないでいるのだ。
 あとは梛音の気持ち次第だと。
「あ、……あの……」
「まずは、空き巣の犯人は知ってる人だよね?」
 そう小野崎が言うので、梛音はゆっくりと頷いた。
「はい……多分、親戚の弁護士先生だと思います」
「どうしてそう思ったんだい?」
 小野崎にそう聞かれて、梛音は正直に話した。
「父の親が持っていた、田舎に屋敷があるのです。そこは直系の父が受け継いで、それからは管理だけをお願いしていたのです。ですが、最近になって、その家の場所の近くに高速道路が通って、交通の便が良くなったんです」
「ああ、ホームタウン化したんだね?」
「はい、そうなんです。ですが、父はそこを売らずにいて、相続は僕がしました。それをきっと欲しいのだと思います。最期まで弁護士先生が僕のことを気にしていたのは、そこの権利を譲ってくれるかもしれないという希望を持っていたんだと思います」
「でも君は、父親が入院している間にその権利書は全部銀行の貸金庫に預けた」
「はい、それで引っ越しを手伝ってくれた時もどうやら探っていたようなのです。でも僕はその登記簿が入っていた入れ物が古くなっていたので、入れ替えてから銀行に預けて、捨てる予定だった旧通帳を入れて処分する準備の袋にしていたんです。ですが、昨日、その登記簿が入っている袋だけなかったんです。多分、中は確認しなかったんでしょうが、登記簿と明記されているものだけ盗んで、他に被害がないのは恐らくそうなのかなと……」
しっかりと人の行動を見ていたであろう梛音の言葉は、小野崎を納得させるだけの説明が出来ていた。
「なるほど。そういう理由があるのであれば、犯人は容易というわけだ。それで君はその家をどうかするつもりはあるかい?」
「え、あ、確かに持っていてもどうしようもないので、売りに出すのもありだと思っています。ただ伝がないので、僕一人ではどうこうもというところです」
 梛音が別にその土地や家に思いがあるわけではないと言うと小野崎は言った。
「厄介なものは売ってしまおう。ただし、相場より高めにふっかけても恐らく、彼らは出すと思う」
 小野崎はそう言いながら、梛音にウインクをして見せた。
 それは梛音に起こっていた事件の一つが簡単に片付いてしまう合図だった。

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