Outer world
14
崎田がベッドの向かいにある壁に近づいた。
そこには本棚があるだけだが、崎田が本を幾つか動かすと、本棚が奧へと開いた。
ゴゴゴッと大きな音がして、向こうに明るい空間が開いている。
そこはまるで病室のような背景をしていて、慧琉と詠芽は二人でゆっくりと起き上がり、それを見た。
灯りが明るく光って、それが病院にある集中治療室のようなところだと気付く。
何でこんなものが隠すようにあるのかと思っていると、その奧にあるガラスの向こうに人が二人寝ているのが見えた。
「……人がいる……」
慧琉がそう言うと、詠芽もそれに気付いた。
誰かが同じように監禁されているのかと二人が怯えると、崎田は笑いながら言うのだ。
「さあ、君らの母との再会だ」
崎田の言葉に慧琉と詠芽は息を飲んだ。
どういうことかとは聞かなかった。
崎田の言う通り、そのままの意味だ。
慧琉や詠芽には父親がいるが、母親は存在しなかった。
戸籍上の母親はとっくにおらず、会ったことすらない。
けれどそれが本当の親だとは慧琉も詠芽も思ったこともなかった。
それがどうだ。やはりそうだったのだ。
本当の母親は、崎田に監禁され、意識がない状態で寝かされているという。
「……お母さん……」
詠芽がそう言いながら慧琉の手を引いて、ガラスの方へと近づいた。
慧琉は崎田を気にしながらも、ゆっくりと歩いて詠芽と一緒にガラスまで近づいた。
煌々と照っている病室にいる女性たちは、そっくりな姿をしていた。
「双子……? それじゃ……僕らの父さんの姉さんってこと?」
「前生き神……」
詠芽はすぐに自分たちにも似ている女性たちを母親と認識した。そして慧琉はそれがどういう存在だったのかも理解した。
生き神を降りた後死んだと聞いていたが、そうではなかったのだ。
「右から玲奈、慧琉の母親だ。左が和奏、詠芽の母親だ」
崎田が種明かしをしてきて、慧琉と詠芽はお互いを見つめた。
「僕ら、双子じゃない? 従兄弟ってこと?」
崎田の説明からはそうとしか言い様がなかったが、崎田は言う。
「異母兄弟だ。君らはあの双子からお互いに生まれた。父親は私だ」
崎田はとんでもない爆弾を慧琉と詠芽に落とし、二人は信じられないモノを見るように崎田を見た。
「……あ、なんてこと……」
慧琉が呻くようにそう言うと、詠芽がその場で胃の中のモノを吐いてしまう。とはいえ、胃液だけが吐き出され、詠芽は苦しそうに何度も嘔吐いた。
悍ましさに吐き気がするし、詠芽のように吐いてしまいたいけれど、慧琉は必死にそれに耐えて詠芽の背中を摩ってやった。
すると部下が水を持ってきて慧琉に渡して去っていく。
それを慧琉は詠芽に与えて、吐き気を落ち着かせてやった。
「どういうことなんですか……?」
慧琉がどうして急にこんなことをするのかと崎田に尋ねた。
「そうだな。このまま秘密を抱えて去っても、本当の意味などきっと誰にも分かりはしないだろうと思ったのだ」
「……は?」
崎田の言葉に慧琉は何を言っているのか理解ができなかった。
慧琉や詠芽をここまで陵辱して監禁する理由があると言うのか。そして去るという言葉はどういうことなのか。
その疑問に崎田は答えるように、部屋の中にあるテレビを付けた。
それは午後二時からやっているワイドショーだった。
画面には強制捜査やら生き神を誘拐した男など文字が躍っている。その音は聞こえなかったけれど、崎田が音声を入れて聞かせてくれる。
『この事件、大きな大詰めを迎えています。警察は、一連の誘拐事件の主犯、崎田伊織容疑者に対して逮捕状を取りました。崎田は当麻(たえま)教と繋がりが深く、資金源として活動をしており、一連の殺人事件などの関係者とされています。また、過去に当麻(たえま)教の元生き神であった女性たちを誘拐、その子供とされる同じく当麻(たえま)教の生き神となっていた二人の青年もまた誘拐しており、事件の黒幕は崎田伊織容疑者であるというのが被害者家族からの情報です。警察は強制捜査に乗り出しており、崎田容疑者が首謀者であるのは間違いないと思われます』
事件のアナウンサーが現場である道路でそう報道をしている。
周りにも同じ時間帯のワイドショーが続いているのか、アナウンサーらしい人が叫んでいる。そしてヘリの音が大きく響いているが、それは慧琉たちの耳には入らない。
防音の室内には外のこんな騒音は聞こえず、ただ隣の部屋から生命維持装置の音だけが聞こえている。
そのテレビ音はすぐに消されてしまい、静まった音が戻ってくる。
「君たちの男は、想像以上に図太かったようだ」
どうやら崎田の予想では泣き寝入りをするだろうと思っていたらしいが、慧琉と詠芽の恋人である北郷と釘本はそうではなかったらしい。
すぐに警察と連携し、挙げ句崎田が残した精液を使って過去の事件まで掘り起こしたのだ。
崎田も過去の事件で自分の証拠が残っているとは思ってもいなかったようで、こんな事態になっているわけだ。
「どうだい、君らも入ってきて話を聞いてみるかい? とても興味深い話だと思うよ」
崎田の言葉に部屋に人影が入ってくる。
それは北郷と釘本だ。
「どうやら中からの裏切り者が釘本くんに味方をしたのかな?」
崎田はさほど驚いた様子はなくそう言った。
「報道を見たんだろうな、急に旗色が悪くなったと言って、牢屋の鍵を置いていったよ。そしてそこに北郷がきただけだ」
釘本がそう言うと、詠芽がすぐに釘本の方に駆けだした。
「桔平っ!」
駆け寄ってくる詠芽を釘本はすぐに抱き留めた。
慧琉も北郷のところに行こうとするも、崎田は慧琉に銃を見せてきた。
「君は駄目だよ。まだ話があるんだから」
崎田はどうやら自分の話を聞かせるまでは、誰も解放するつもりはないらしい。
「なら俺がそっちに行く。それでいいだろう?」
北郷は慧琉だけを人質にはしなかった。
それに崎田は呆れた顔をしてみせ、拳銃を揺らして北郷に近づいてもいいとやった。
「ああ……蒔人さん……」
北郷がすぐ隣に来たとたん、慧琉はさっきまで張り詰めていた息をホッと吐いた。
「慧琉……よかった、生きている」
北郷は慧琉を抱きしめてそう言った。
それは慧琉を更にホッとさせる。
北郷は慧琉がされたことを知っているけれど、それでも慧琉が耐えてくれていた事実も知ってくれている。そして生きていてこそのことだとも言ってくれたのだ。
慧琉は北郷と再会できた奇跡を喜んだ。
だが、今はそんな再会をゆっくりとしている訳にはいかなかった。
「本当に君らは想像外のことをしてくる」
まさか北郷が命を擲ってまでして慧琉の側に来るとは崎田も思ってなかったらしい。
「それで、何処まで話したかな?」
崎田が話を進めようとしたので慧琉が答える。
「あなたが、僕らの父親で、そこで眠っている二人の女性が母親だということまでです」
慧琉がそう言うと北郷は後ろを振り返る。
眠っている女性は二人。その二人ともどうみても脳死している。呼吸器を外したらそれだけで彼女たちは死ぬ。そんな状態であることを北郷は知った。
さらには北郷は崎田を睨み付けて言う。
「どういうつもりでこんなことを?」
崎田はそう聞かれたかったかのように満足したように微笑んだ。
「元々は彼女たちに惚れたことが原因だ。だが私は振られた。彼女たちは当麻(たえま)教の生き神であり、決して他人と結ばれることはない立場だった」
生き神は結婚はしないし、子供も産まない。
双子の二人を生き神にした時に、教祖になるのは優であり、双子は生き神として生きていくだけだった。
「そこで私は思いついた。彼女たちを生き神から引きずり下ろせば良いと」
崎田はまず優に近づいた。
彼は教祖になる予定ではあるが、そこを崎田は嘘を吹き込んだ。
どうやら生き神を教祖として祭り上げていくつもりらしいと。
もちろんそんな嘘はすぐに優によって見破られるも、それによって優と両親はいざこざを起こしてしまい、優はその拍子に父親を撲殺しかけてしまう。
「……うそ……」
優が人を殺しそうな人には見えなかった。
それくらいに彼は臆病で、すぐに混乱してしまう性格だった。
正直言うと、教祖として彼がやっていけているのが不思議なくらいに、安定していない人だった気がする。
もし人を殺していたなら、きっと気に病んで常に怯えているはずだ。それが一切ないのが慧琉には不思議だったが、それを北郷が言った。
「ほぼ殺してはいたが、それは脳死であり、それを上手く処置して生命維持装置を使って死亡時期をずらしたんだろう?」
「ご名答。さすが調べはついているというわけか?」
「その話が本当なら、墓に入れた時期が合わないだろうが」
そう言われて崎田は笑う。
生命維持装置で無理矢理長生きをさせた父親は十数年生かしたのだ。それは優を思うままに操るためだ。
「優が父親を殺したことを母親に警察に言われるのを恐れて殺しかけていたところに私がやってきて、助けてやったわけだ。その母親は精神を病んだことにして病院送りで監禁した。父親も即死ではなかったから脳死のままで生かした。すると優は私が上手く処置をしたと知ったら、さっさと邪魔な姉たちを差し出してくれたよ。彼女たちは弟に売られたのさ。両親を生かすための処置代としてね」
それから崎田は双子姉妹をすぐに陵辱した。
彼女たちは自分の両親が弟によって殺されかけ、父親に至ってはまだ脳死であるが生かされている事実を知り、逃げることができなかった。
そうして陵辱は数か月に及び、彼女たちは妊娠する。
「それが君らだよ。しかし彼女たちは子供もろとも川に飛び込んだ。けれど、打ち所が悪いくらいで彼女たちは寝たきりになった。けれど、身体は無事なので出産は帝王切開でできた」
どうにか生まれた慧琉と詠芽であるが、それを崎田はセックスドールとして育てることにした。
「何で……?」
純粋にそこに至る理由が分からない慧琉。
崎田はそれにニヤリと笑う。
「だって君たちは次を産んではくれない。私と交わっても次がない」
つまり崎田は子供が欲しかったのだ。それも女の子供が。
必要ではない男の子を陵辱の限りを尽くして利用をしてきたけれど、崎田はふと気付いたのだ。
「君らの全てを管理している間に、私は君らを愛した。どんな目に遭っても君らは歪むことなく美しく純粋で、無垢だった。美しいと思った。私はそれが欲しかったのだ」
到底慧琉には理解できない思考で崎田は自分の子供を陵辱したのだ。
「理解ができない……」
慧琉は崎田の言葉を受け止められない。
どうしてこんなに狂っているのかも、どうして自分たちがこんな目に遭っているのかも、何もかもが全て崎田の狂った妄想を体現しただけに過ぎないのだ。
「だから、次の生き神を作ったのか? 体外受精をしてまでして」
北郷が崎田にそう言うと崎田はニヤリと笑う。
「なかなか腹になる女が見つからずに苦労をしたがね」
崎田は次まで用意して、その子供たちが育つまで慧琉や詠芽を手元に置こうとしたのだという。
「君らが歪むのが見たかった。けれど、君らは歪みはしなかった。それが残念だ」
崎田の言葉に慧琉は気付いた。
崎田は振られた腹いせに、母親たちが苦しんで泣き叫んで、そして崎田に縋るのを見たかったのだ。
けれど彼女たちもまたそれに耐えて、隙を突いて崎田の手から逃げ出した。
唯一の失敗は、慧琉と詠芽が無事に生まれてしまったことだけだ。
それでも慧琉は自殺を責めることはできなかったし、生まれてしまった自分を生まれなければよかったと思うこともなかった。
確かに生まれたことで辛い思いをしたけれど、生まれたお陰で慧琉は北郷に巡り会えた。
だから、その全てを嫌いにはなれなかったし、絶望もしない。
「さて、全部を話したかな。そろそろ警察の特殊部隊が潜入してくるだろう。その前に彼女たちの生命維持装置を止めなければ」
崎田はそう言うとガラスの奥の部屋に移動していく。
慧琉は北郷に庇われるようにして、病室の部屋を出た。
振り返ると崎田が母親たちの生命維持装置を止めている。
脳死をしている彼女たちを救うには生命維持装置を止めるしかない。それを崎田にやらせるのは違う気がしたけれど、かといって慧琉にそれができるかと言ったら無理だった。
崎田は慧琉や詠芽が見ている前で、拳銃自殺をした。
パンと音がして、びしゃりとどす黒い血がガラスに張り付いて、慧琉はやっとそこから目を反らした。
「……慧琉。行こう」
北郷が慧琉を促し、震える足で慧琉は歩いた。
部屋の外では詠芽たちが待っていて、一緒に外へ向かった。
警察はそれを合図に一斉突入をしたが、崎田の自殺によって制圧は簡単に終わった。
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