Outer world
9
平井からの定期連絡を受けて、慧琉は詠芽も教団から逃走した事実を知った。
「詠芽……釘本先生と逃げたんだ……よかった」
そう慧琉は言う。
「詠芽は、釘本先生に大事にしてもらっていたから、きっと大丈夫」
慧琉はその辺りは心配をしてなかった。
釘本が詠芽に関心があるのは分かっていたから、慧琉は詠芽から離れても大丈夫だと思ったのもあり、大学を東京の支部大学にしたくらいに釘本のことを信頼していた。
「釘本は元々、平井の密偵のつもりで立原の後釜に上手く入ったと聞いた。俺が慧琉に接触する前から詠芽の方は様子見で脱出計画があったようだが、釘本は脱出するまで平井に連絡を寄越さなかったらしい」
それを慧琉は聞いて驚く。
どれくらいの人が潜り込んでいるのか分からないが、教団は人材不足故に優秀な人間を増やした結果、そうした密偵を沢山招き入れていたらしい。
「まあ、結果釘本は全く怪しまれずに五年も情報を沢山手に入れられ、欲しいものまで手に入れて脱出できたんだろうけど……独自に逃走場所を用意していたらしくて、どこに逃げたのかは平井でも分からないらしい」
ただ情報を全て入れた宅急便が届き、五年間に溜めに溜めた宗教団体の内部情報が入っているという。録画や録音、書類のコピーなど多種多様。それだけで被害者の会にいる人たちの探している人の情報までもが含まれていたらしい。
その情報が出てからだった。
教団は警察による強制捜査を受けることになった。
テレビではマスメディアが放送合戦を続け、それまで知られていなかった当麻(たえま)教の実態という怪しげな情報まで沢山ワイドショーで叩かれ始める。
政治家や実業家など沢山の関連の人まで名前が出始め、政治家に至っては献金を受けていた事実まで掘り起こされた。
それによって教団から抜け出したくても抜け出せなかった人たちが抜け出せ、教団の信者は半数ほど減った。
だが、その離れる信者を教団は引き留めずに簡単に引き渡したという。
「気になるな」
北郷が言う。
「何がですか?」
「信者が離反するのを止めないことだ。辞めたい人は辞めて良いとまで言って、簡単に解放している。もちろん、所謂一般信者というタイプばかりで離反は容易に想像できる範囲の信者なのだろうが……。どちらかというと肥大化して目立ち始めたから悪目立ちをしたと割り切って信者を厳選している気がする」
北郷は教団の対応を不審がる。
その北郷の不安は、やがて真実みを帯びてくる。
慧琉や詠芽が教団から離反して二ヶ月が過ぎた。
世の中は教団関係のニュースは続き、教祖の実態まで暴かれ、慧琉や詠芽のモザイク画像まで使われている始末だ。
味方になるはずのメディアは生き神だった双子の存在を面白がって取り上げ、あるメディアはそんな二人の素顔を晒した。
その週刊誌は田舎である慧琉たちがいる街の本屋でも手に入れられ、それを見た北郷はやられたと舌打ちをした。
怪しげな宗教団体の生き神だった慧琉が村の外れとはいえ、そこに住んでいることに気付いた住人が持ち主に抗議をしてきたというのだ。
積極的にこの地で慧琉の方は顔を晒したわけではなかったけれど、周りの農家とは挨拶をする関係だったから、そこからバレたのだ。
「済まない、理解を得ようとはしたんだが、村人は恐がりでマスコミにバレたら、村に押し寄せてくる報道陣が怖いと言い出して……その」
自宅を貸してくれていた協力者は何とかしてくれようとしたが、それでも他人が持ち込んだ秩序の崩壊を恐れる田舎の住人たちを無碍にはできなかった。
「分かりました、すぐに出て行きます」
そう北郷は協力者に言った。
ここの暮らしに慣れてきたばかりだったのに、味方をしてくれると思っている世間は、そう甘くはなかった。
平井に連絡を取り、すぐに別荘地の家を急遽見つけて契約をした。
車は貸してくれるというので、そのまま借りて荷物を詰め込んで二人は二ヶ月暮らした家を後にした。
「……僕は思ったよりも悪なんですね」
世間の情報は生き神だった二人には優しくなかった。
教団は新たな生き神である子供の批判は許さなかったが、その代わりそれまでの生き神であった慧琉や詠芽に対しては冷淡に対応した。
「好き勝手やって出て行った。もう教団関係者ではない」
というのが教団の言い訳だった。
実際いないものだから、そう言うしかなかったが、どういうわけか教団の話題をしているワイドショーは生き神=教祖という扱いをしており、これまでの暴挙は生き神の指示によるものだと報道を始めていた。
それを平井が訂正をしても、ワイドショーのMCは教団の顔=教祖という扱いを崩さないのだ。
「業界に関係者が入っているらしいとは聞いたが、どうやら報道関係者に情報操作してるやつがいる」
平井はテレビの取材人がやたらと生き神の行方ばかりを追い、被害者家族の会を取り上げない、もしくは取り上げても一言二言情報として言うだけで取り上げてくれないことや、その被害者家族も自分の家族を取り戻したら抜けていってしまうため、メディアへの発言権は他の被害者団体に集中してしまったのだという。
「その別の被害者団体だが、どうもその弁護をしているやつが胡散臭いやつで、教団と繋がっている。被害者家族になってる中の人間も教団関係者だ。自作自演して本当の被害者の会を潰しに掛かっている」
教団は思った以上に優秀だった。
「どうしましょう……僕たちを追い詰めるためにやってるとしても……僕たちが普通にメディアに出たら、きっと教団の方が困るんじゃ……」
慧琉がそう言うのだが、北郷はそれができない理由を言った。
「それがきっと裏のやつらの狙いだ。二人を探す手間を大胆に省いたんだ。のこのことメディアに出てきたところで、居所を把握し、奪還する手筈なんだろう」
「……そんな……どうしてそこまで」
慧琉は身に覚えがなくて震えるもそれに北郷は答えを持っていなかった。
「ただ、そうまでして慧琉と詠芽を取り戻したい人間が裏に付いているということだ。気をつけよう」
そう言うと二人は別荘地に到着した。
阿蘇山から遠くにはいけなかったので、山の近くにある別荘地の一つから選んだ。暖かい時期なら人が沢山観光で泊まりに来るような別荘地も、冬の真っ只中には人もいない。
誰もいないのを確認してから別荘地に入って何とか状況の改善を望んだ。
それからだ。暫くは生き神叩きも多かったけれど週末にはそれも収束、今度は教祖である当麻家について深掘りがされていく流れだ。
代々宗教団体の組織を築き、中心人物となってきた当麻家だ。
江戸時代まで遡れる宗教であることから、入信したい人が増えているとまで報道がされている。
しかし教団はそうした信徒に門を開かずにいる。
それから一週間ほど過ぎて、やっと平井もメディアに出て被害者の会として発言を許されるようになっていた。
これで安泰だと思っていた。
北郷はその日、買い出しに行くけれど慧琉は連れていくことはできない。
顔を週刊誌で晒されている慧琉が、誰かに見つけられたら一発で情報が世界に発信される世の中だ。
別荘地は山奥であるから、人と会わなかったので何とか家の中だけでも自由だけれど、慧琉を連れて街は歩けなかった。
教団の裏を牛耳っている男、それが崎田伊織ならば話は違う方向になる。
崎田が狙っているのは教団の肥大化ではない。ただ秩序ある教団を盾にしての業界や政界を牛耳るところだろう。それはあと一歩のところまできていた。
だが、そんな崎田が執着しているのが双子の姉妹のことだ。
そしてたぶん、慧琉や詠芽をあぶり出そうとしているのも崎田伊織なのだろう。
そう考えた方が辻褄が合うと、北郷は言う。
「崎田……伊織? さあ、聞いたことはないです」
慧琉はその名前は知らなかった。
崎田の写真をネット上で見つけて見せたが、キョトンとした顔で誰なのかと聞いてきたくらいだった。
つまり慧琉には崎田との接点がない。
どういうことなのか分からないが、北郷が考える辻褄はそこで矛盾になってしまった。
とにかく慧琉を人目に晒すわけにはいけないので、置いていくしかない。
慧琉には戸締まりをしっかりさせて、外に出ないことと誰が尋ねてきても出ないことを何度も言い聞かせてから北郷は買い出しに出かける。
二度目の買い出しであるが、誰もいない別荘地にわざわざ人はこないのは一週間以上いて分かっていることだったので慧琉は不安だけれど、大丈夫だと言って北郷に買い出しを頼んだ。
一時間ほど離れたところまで大型スーパーはないので山道を降りていくだけでも車とはいえ疲れるだろう。
そんな北郷のために、余り物の野菜で慧琉は味噌汁を作った。
教団を出て三ヶ月目に突入していたから、その間に慧琉は様々なことを北郷から学んで自分で料理までできるようになった。まだ簡単なものしかできないが、それでも何もできなかったことを考えると急成長だ。
その味噌汁を作ったあとのことだ。
遠くでどーっと地面が揺れる音が聞こえた。
「……地震?」
揺れたと思うが、音も聞こえた。
何だか地滑りのような異様な音で慧琉は二階の窓から外を覗いた。
遠くの山の間に土煙が見えて、どうやら崖崩れが起こったようだった。
すぐに家の電話が鳴った。
二回鳴って止まり、三回鳴ってまた止まった。
これは北郷からの合図だ。
次になった瞬間に慧琉は電話に出た。
「はい!」
『慧琉か、よかった。そっちは大丈夫か?』
案の定北郷だった。
「うん、別荘地は何ともないけど、遠くの山の方で土煙が見えた」
『ならいい、道が地滑りで埋まったらしく、近道が使えないらしい。遠回りをして反対側から戻るとなると、大回りになるから四時間くらいかかってしまう』
「……うん、こっちは大丈夫だから、気をつけて帰ってきて」
『買物途中だけど、急いで詰め込んで帰るから、電気は付けずに』
「はい、緊急事態ですもんね」
『別荘地の管理人がきても出ない』
「はい、静かにしてます」
慧琉はそう言って緊急事態の対処を思い出す。
一人の時の客は何があるか分からない。だから居留守を使って構わないと北郷に言われている。慧琉では対処できないことからは逃げる形にしてあるのは、慧琉のためである。
慧琉は家中の暖房を落としてから二階のベッドルームに入り、用意した電気毛布にくるまってベッドで寝た。
まだ明るいけれど電気は付けずに、寂しいから寝て過ごす。
不安だったが誰も尋ねては来ず、別荘地の管理人も地滑りで来られないのか、何の音沙汰もなかった。
辺りがだんだんと暗くなりかけた時だった。
地滑りの周辺をヘリが飛んで報道しているのか、その音が大きく聞こえた。
やがてその音が大きくなり、別荘地の空き地に着陸した。
慧琉はその時は寝ていて、気付いていなかったが、次の大きな音で目を覚ました。
それは部屋の中に何人もの人の足音がして、ベッドで寝ている状態で慧琉はたたき起こされたからだ。
「……え、あっ、いやっなにっ……あっ!」
寝ていた頭が一気に冷めたのは、大勢の黒服の男たちが教団のバッヂを付けているのを見たからだ。
教団関係者に押さえ込まれているのだと慧琉は気付いて、暴れようとしても、六人以上の体格も違う男たちに押さえ込まれていては抵抗も意味がなかった。
「確保しました」
入り口で誰かが大きな声を出し、他に人がいないことを確認している。
「どうやらもう一人いるようですが、姿は確認できません。出かけているのでしょう」
「それは都合が良い」
そう話している廊下から人がどんどん入ってくる。
ほぼ暮れかけている灯りの中を、最近知った顔が部屋に入ってくるのを慧琉は見せられた。
「慧琉、やっと見つけたよ。さあ、帰ろうか」
そう言って慧琉の顎を掴んで顔を覗き込んできたのは、四十代半ばの嫌に整った顔をした男。上品そうな身なりで、香水の香りがする。
そして慧琉はその顔をつい最近まで知らず、北郷に尋ねられて知った顔であることに気付き、目を見開いた。
「……さき、た……」
驚いて慧琉の口から名前が出た崎田伊織は、ニヤリとして笑うのだ。
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