Outer world
5
北郷は平井の計画に乗った。
平井の職業は弁護士で、当麻(たえま)教団体による被害者の会の弁護士をしている。その活動を五年ほど続けている時に、たまたま当麻(たえま)教に入信していた北郷の姉から連絡が入った。
当麻(たえま)教は生き神をセックスドールにして政治家や業界の人間と繋がり、資金源を得ている。さらにはその力を付けており、非常に危険である。そしてその生き神はまだ十五歳の子供とのセックスによって契約されていることである。という事実が盛り込まれた内容だった。
それを知った北郷の姉夫婦は生き神をそのままにしておくわけには倫理的に駄目だと感じ、平井を通じて慧琉と詠芽の保護をしようとしたらしい。
姉は当麻(たえま)教の大学に入学した時から入信し、信じ切ってきたことが裏切られたことを知り絶望をした。
義理の兄は教育者であり、そのまま慧琉と詠芽の教育係にまで昇進したけれど、そのせいで実態を知り、慧琉と詠芽を助けようとした。
しかしそれは密告によって阻止され、生き神に危害を加えようとしたことで義理の兄は姿を消した。
姉は間一髪で被害者団体に避難していて助かったが、義理の兄は海で見つかった。
当麻(たえま)教に入信していること以外では、義理の兄はとてもいい人だった。教育熱心だったし、子供も好きだった。姉は不幸ではなかったし、生活も順調だった。
北郷も当麻(たえま)教には関心はなかったし、どうでもよかった。
けれど義理の兄の事件後、姉は突然のことで心を壊し、精神科に入退院を繰り返しながら心を病み、とうとう入院したままである。
ただ神を信じただけだ。
それがどうだ、何もないモノにされた。
北郷は弁護士を辞め、当麻(たえま)教の大学に非常勤として勤め始め法律を教える職に就いた。
当麻(たえま)教そのものに突撃するのはリスクが高いから、大学辺りで情報を集める活動を続けた。
けれど平井たちとは繋がってなかった。
北郷は一人で行動をしていたが、去年になって姉が自殺をしたのをきっかけに平井たちと再会を果たした。
彼らは被害者の会を援護し続け、教団は警察にもカルト認定を受けそうなほどに怪しげな活動を続け、海外のほぼ主要都市ではカルト教団として活動が制限されているほどに危険とされている。
そして平井は宗教団体の根本的な問題は、生き神やまして教祖ではない事実を掴んでいた。
教団にはプレーンが存在する。
現在の教祖が教祖になる前からプレーンとして存在している一人の人間がいる。
「教団は崎田伊織と呼んでいる投資家の男で、政界とも繋がりがある。彼の父親は崎田病院の医院長で当麻(たえま)教のお陰で急成長をした」
平井がやっと調べが行き着いたと言うように言った。
ずっと当麻(たえま)教について調べてきたけれど、どうも教祖の素行がよくなく、彼の采配で教団が成長しているとはとてもじゃないが思えなかった。
そこでプレーンが存在するのではないかということで調べ直した結果、やっと崎田まで行き着いたわけだ。
「この崎田病院には一時期、双子の姉たちが入院していた」
「確か、二十一年前に川で事故にあったらしいな」
生き神であった双子の姉妹は出かけた先で川の増水に巻き込まれて意識不明の重体に陥り、入院先で相次いで死亡が確認されたという。
「だが、その事故で入院するまえからその双子が入院していたという話が、元看護師から資料と共に提供された」
看護師はそのカルテを始末するように言われたけれど、何だか犯罪なのではないかと思い、カルテを取っておいたのだという。最近その看護師が病死し、遺言でこの封筒を送って欲しいと頼まれたという遺族からカルテの入った封筒を平井が受け取ったのだ。
「これによると、双子の姉妹は出産してる。一人ずつ子供を産んでいる。男の子だ。で、その同時期に双子の弟である優が出産届を崎田病院から出している。それが慧琉と詠芽だ」
平井がそう打ち明けてくれたお陰で北郷にも話は見えてきた。
「つまり、慧琉や詠芽は双子ではなく、従兄弟であり、優はそれを隠すために崎田医院長と共謀して出産届を偽装。双子の姉妹の記録は改ざんし、翌年事故で入院したことにして死んだと。そうなると、双子の姉たちは死んでいないことになる。出産で双方が死ぬ確率はかなり低い。その出産からの二年前後に双子の姉妹が生き神として活動をしていないことを踏まえると、死すら偽装になる」
北郷がそう言うけれど、これは昔の話であり、今に関係するのかと思う内容だったが、平井は言った。
「最近になって、優に子供ができた。案の定遺伝子関係なのか、双子の姉妹だ。そこで問題になってくるのが現生き神だ」
当麻(たえま)教において、純粋無垢である存在を生き神にしてきたため、生まれたばかりの子供の方が邪神がないとされる。
つまり現生き神は、次世代の生き神候補が生まれたことによって、もはや生き神の役割を終えてしまったというのだ。
「生き神を終えたものがどうなるのか。子供も産めるわけもない、男の生き神が何事もなく解放されると思うか?」
「……殺されるってことか? いやそこまでのリスクは……」
「ああ、殺されはしないだろうが、表舞台からは消える。ただのセックスドールに過ぎない生き神が、どうやって生かされるというんだろうな?」
平井の言葉に北郷の心臓が急に冷えた。
外の世界も知らず、そして一生教団からは逃げられないまま人生を終えるというのか。
それが運命で人生であると言うには酷い。教団の身勝手さに初めて北郷は怒りを覚えた。
それまで憎しみは沢山あったけれど、怒りまで覚えた。
「教団に打撃は与えられないかもしれないが、教団の弱みである崎田を押さえれば、もしかすれば慧琉くらいは解放できるかもしれない」
平井はそう言う。
双子を救うと言いたいが、如何せん問題がある。
「もう一人の詠芽という子は、どうも積極的に教祖と行動しているようで、とてもじゃないが現状からの脱出を望んでいるとは思えない有様だ。もしかしたら教団のからくりも知っていて、理解しているからこそ教祖といるのかもしれない」
平井の密偵からの報告では今現在でも崎田と優と一緒に海外に飛んでいる。
旅行先は名目上は海外の信徒を増やすことであるが、同行しているものによるとただの観光とラスベガスのカジノで散財するだけの旅行らしい。
「慧琉だけを救うとはいえ、それは慧琉が望んでいるのか?」
北郷は平井にそれを尋ねた。
救いたいのは常に周りだけで本人が助かりたい、抜け出したいと願わない限りは意味がない。
北郷の問いに、平井は深い息を吐いた。
「それが、本人の意思を聞いたわけではない。ただつい先日まで彼は未成年として扱われるべき子供だった。けれど二十歳になり成人した今、法律が変わった」
「だろうな。本人が逃げたがってないのなら、意味がない」
「だから、もし次に会うことができるなら、北郷、お前ならきっと近付ける。今まで潜伏していた大学側からも疑われていないのなら……」
平井にそう言われて北郷は考えた。
「……連絡は取れる。さっき会った時に携帯の番号を見た」
「なら、連絡を取ってくれ。電話では内容は言わなくていい。ただ、会うだけで」
平井の願いに北郷は頷いた。
慧琉が望んでいるのかどうかは分からないけれど、話す機会は必要だ。
もし慧琉が抜け出したい気持ちが今もあるのならば、味方にはなってやれる。
「なら、抜け出した時のために避難先を準備してくれ。相手は政界や業界にも顔が利く宗教団体だ。先手を打たなければ、きっとこっちが潰される」
「分かった。すぐに準備をする。手配ができたら連絡をする」
平井は僅かな期待を持って北郷の部屋から急いで出ていった。
今まで隙のなかった教団に何か一つでも傷を入れられるならば、生き神を演じている当麻慧琉の離反は大打撃になるかもしれない。
そうでなくても慧琉の役割が既に終わっているのならば、彼らは慧琉を簡単に解放するかもしれない。
生き神の役降りと離反は、被害者の会にとっては神風になり、教団の被害者を取り戻せるきっかけにもなるだろう。
そうしたことに手を貸すのも北郷の境遇からは当たり前だったが、それでも慧琉を利用している気がした。
だから北郷は正直に慧琉に全てを打ち明けようと考えた。
もちろんそれは、慧琉から教団に北郷たちの情報が筒抜けになる可能性が高くなるわけであるが、それでも慧琉は昨日一人で抜け出した実績がある。
もしかしなくても、自らの境遇に違和感を覚えているのは間違いない。
だから、北郷はそれに賭けてみることにした。
慧琉は与えられたマンションに戻り、部屋で借りてきたライトノベルをちょうど読み終えた時間だっただろうか。
携帯のベルがなった。
普段、宮代くらいしか電話をしてこない携帯が鳴るのは珍しく、まして通話の電話であるのは一年ぶりくらいだろうか。
非通知でかけられてくる電話だったけれど、この電話が鳴ること事態が珍しかったので慧琉は電話に出た。
「はい……」
すると携帯からは聞き慣れた声が聞こえた。
『エル、北郷だ。君に相談事がある』
北郷の低い声が聞こえてきて、慧琉は胸がときめいた。
諦めなければならないはずの相手から、急に電話がかかってくるなんてあり得なかったからだ。
「……え、あの、いつの間に電話……」
『また会いたかったから、服を運んだ時に番号を控えた』
「あ、あの時……」
玄関に放置していたから、その時なら北郷には自由に見ることはできただろう。
『もし会う気がないのなら、このまま忘れてくれていい。でも少しでも話を聞こうという気があるなら、今から出てきてくれないか? 抜け出すのは難しいかもしれないが、駅まで出てきてくれれば迎えに行く』
北郷がそう言い出した理由は慧琉には分からないけれど、北郷はただセックスがしたいだけで慧琉を呼んでいるわけではないことは理解できた。
慧琉はそこで察したことを尋ねた。
「もしかして、僕が何なのか知ったんですか?」
『そうだ』
北郷の即答に慧琉は話し合いの内容はそこなのだろうと思えた。
北郷は慧琉が当麻慧琉であり、当麻(たえま)教の生き神であることを知ったのだ。
「もしかしなくても、僕を救おうなんて思ってませんか?」
『救うか救わないかは、慧琉次第。俺たちは慧琉が救われる気がないのなら何もしない』
そう言われてしまい慧琉は戸惑った。
救う救わないの話だと思ったら、慧琉の覚悟次第だと言われた。
それはまるで覚悟もなく不満だけ撒き散らかし、その現場から一歩も動かない自分を揶揄されている気がした。
確かに言われた通り、環境や自分の心が弱いせいで今の環境がおかしいと分かっているのに動きもしなかったら、そう言われても仕方ないのかもしれない。
そこで慧琉は初めて自分がこの生き神という立場から逃げるという意思を持ち始めた。
遅すぎるかもしれないけれど、それでも今の環境に浸かっていてもきっと未来は悲惨だ。セックスドールだっていつまでもそれができるわけでもない。
いつかお払い箱がきた時に、自分は果たしてその状況を受け入れられるのだろうか。
そう冷静に考えた時に慧琉は思うよりも先に口が勝手に言っていた。
「……逃げたいです……お願いです、助けて……」
自然と出た言葉は、これまでに積み重なった自分の悲鳴だ。
絞り出すような声を出して慧琉は北郷に助けを求めた。
ずっと助けて欲しかった。
セックスが嫌いだったけれど、暖かいセックスがあることを北郷は教えてくれた。
これしかないと思っていたから、その違いをそれだけで知れたことは大きかった。
「でも……僕が逃げたらきっと、あなたが殺される……」
そう慧琉が北郷には死んで欲しくないのだと言うと、北郷は言った。
『立原雅彦を覚えているか?』
急に北郷が告げた名前に慧琉はハッとして息を飲む。
「……なんで、立原さんのこと……?」
北郷とは一切繋がりがないはずの名前が出てきて慧琉が驚いていると、北郷は言った。
『あんな環境にいたら駄目だ、救わなきゃいけない。そう言っていた。立原は俺の義理の兄だ。だから俺にはなおさら慧琉を救わなきゃいけない使命がある』
「でも、立原さんがどうなったかは……知ってるでしょ?」
『殺されたんだろうな。あの人が死ぬ理由が何もなかった。教団はそういうところで、慧琉はそれでもそこに居たいか? 未練になるものがあるのならそれを断ち切ってでも助けて欲しいか?』
「それは……」
一瞬だけ慧琉の中に浮かんだのは、一緒に育った詠芽のことだけだ。
けれど、それは大学で家を出る時に詠芽とは決別したままだった。
教団内に残っていれば楽をできるという詠芽の言葉に慧琉は賛同はできなくて、結局慧琉は上京して教団から離れたのだ。
それから詠芽とは会ってすらいない。
そのことが頭を過ぎるけれど、慧琉はそれを頭の片隅に止めた。
すると北郷が最後の一押しになる言葉を言った。
『俺は慧琉を助けたい。正直言うと慧琉、君と一緒にいたい』
北郷は慧琉にそれを告げ、慧琉はそれに顔を赤らめた。
単純に使命だけで助けたいと言っているのではなく、北郷は慧琉が欲しいのだと言ってくれた。
他の誰でもない。当麻慧琉がいいと言ってくれた。
それがどれだけ嬉しいことなのか、きっと北郷は気付いていないだろう。
慧琉が求められてきたのは、ずっと生き神としての立場だけだ。
たった一日の出会いなのに、運命すら感じると思っていたのは慧琉だけではなかったのだ。
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