Outer world
2
あの日、ラブホテルを出たのは、午前五時だった。
慧琉は気を失うように寝てしまった後、北郷によって起こされた。
「気持ちよさそうに寝ているけど、さっきから電話が鬼のように鳴ってるから」
北郷はそれによって起こされたといい、先に部屋の代金を払っている。
その間に携帯電話は切れてしまい、慧琉は発信してきた相手を見て携帯を閉じる。
「またラーメン屋行く? 朝飯にラーメンってキツい?」
「奢りなら……」
慧琉が苦笑して強請ると、北郷は笑った。
「いいよ、君、気に入ったから」
二人はそのままラブホテルを出て、同じラーメン屋に入る。
軽めのラーメンを食べて、その店の前で慧琉は北郷にタクシー代を貰って別れた。
「とりあえず元に居た場所に戻ってごらん、何があったかしらないけど、心配をして探してくれている人もいるようだ」
そう言われてしまい、慧琉は苦笑をした。
そんな慧琉の表情に気付いた北郷だったけれど、慧琉はすぐに横付けされたタクシーに乗った。
「ありがとう、この一日は僕にとってとても楽しい時間でした」
慧琉の言葉に北郷は何か気付いたようだったけれど、慧琉はそのままタクシーで去った。
意味はなかったけれど、意味がある。
ただセックスをしただけで、何かあるわけでもなかったけれど、慧琉はそこに少しの気持ちを残してしまった。
タクシーに乗っていると慧琉の携帯が鳴った。
今度は慧琉はためらいもなく携帯を取った。
「はい、慧琉です」
『よ、よかった、無事なんですね? 慧琉さん……』
相手は宮代という慧琉に常に付き添っている人だ。今回は宮代が慧琉から目を離したお陰で慧琉は自由になれた。
「うん、迷子になってた。今、タクシーで大学まで戻ってる」
『……それで、楽しかったですか?』
何かを察したように宮代が言う。
慧琉はそれで察した。
この時間、自由になれたのは宮代がわざと開けてくれた時間だったのだ。
「うん、ありがとう。楽しかったよ」
慧琉はそう言って携帯を切った。
大学前にタクシーが着くと、既に待っていた宮代が運転手にお金を払った。
お金は北郷に貰っていたけれど、ポケットに入れたまま慧琉はそれを大事そうに仕舞ったままにした。
「それで僕がいないことで宮代は……?」
そう宮代に聞くと、宮代は言った。
「大丈夫です。今日はホテルに泊まると言ってあります。ちょうど教祖様も海外に行きましたし、詠芽(えめ)さんも同伴してます。屋敷のものは誰もあなたがいないことを知りません」
用意周到なのか分からないけれど、今日この日に慧琉に自由の時間を与えるつもりだったらしい。
宮代は同じ年代で同じ大学に通っている慧琉の付添人である。常に慧琉に付き添い、慧琉の補佐を行う。
慧琉は宮代に連れられて、宮代が用意したというホテルに入った。部屋はいつものスイートでチェックすらされない。フロントを素通りしてそのまま部屋に入る。
「大学の講義はお昼からでしたね。それまでお休みになってください」
宮代は部屋をチェックしてから慧琉をベッドルームに入れた。
「ありがとう……さすがに歩き疲れたから」
「お食事は?」
「うん、ラーメンを奢ってもらった。最近のジャンクフード系は面白いくらいに美味しいんだね。僕は今まで食べたことなかったけど……ちょっとハマる人の気持ちが分かるなあって」
そう慧琉が言うと宮代が少しだけホッとしたように笑った。
「よかったです。私は隣の部屋にいますので、起きたら声をかけてください」
宮代がニコリとしたので慧琉は言う。
「宮代、ありがとうね。とても楽しかったんだ。いい記念になったよ」
慧琉はそう言ってベッドに潜り込んだ。
宮代は何か言いたげであったが、そのまま部屋を出て行った。
当麻慧琉という人間は、異質な環境にて育っている。
生まれた時から当麻(たえま)教という宗教団体で暮らしている。
その当麻(たえま)教は、江戸時代末期に初代当麻(たえま)教が生まれ、第二次世界大戦後までは細々とした三十人ほどの集落民で形成されていた。
最初の頃は民族神道系の流れを汲むも、独自進化を遂げ、独自の神を生み出す。
偶像崇拝から生き神崇拝、教祖たちの独自意識になっていった。
戦後に急成長する中、その集落に高速道路が通り都心に近づくと一気に近代化した。
六代目教祖によって、新当麻(たえま)教になり資金集めと信者が増える。
集落には二百名ほどの信者が住み始めるも、巨大化したベッドタウンになった地域であるため、山沿いにビルや宗教施設を移した。
七代目教祖、当麻優(まさる)になった時に当麻(たえま)教は生き神である双子への信仰によって莫大な支持者を得るようになった。
有名政治家が入信したり、起業家や有名俳優などが入信した。そのせいもあり、裏業界では名の知れた宗教団体に急成長をするも、民間の信者はほぼ入信させないままで知名度はないに等しかった。
様々な業界に入り込み、その資産を使ったプレーンの采配が見事に当たり、現教祖である優は歴代最強の教祖にのし上がった。
慧琉はその優の子供で、現生き神として祭り上げられている立場だ。
生まれた時からそのように育てられ、常に宗教団体の人間に見張られて育っている。
しかし慧琉は大学に入るときに我が儘を通した。
外の世界を知らないで生き神をやっているのでは、世の中を見られず自滅するだけだと思ったというのが表向きの理由だ。
幸い、当麻(たえま)教は私立大学当麻大学を経営しており、それなりの知名度を持っている。それが都心にあるため、慧琉はそこに通うことで宗教団体施設から一時的に抜け出せた。
けれど、外の大学に通っても見張りが付き、行動は制限されて、お勤めもこなしている。
それから二年が過ぎ、慧琉は二十歳になった。
世の中では特別であるとされる日、慧琉には変わらない日常が待っていると思っていた。
しかし突如与えられたたった数時間の自由。それは慧琉に与えられることもない時間だったけれど、慧琉はその時間をお勤めと同じ行為で過ごしてしまった。
でも楽しかったのだ。
セックスという行為を知らないまま、強要され、それからはお勤めとして行ってきた。
それがセックスであることや男同士ではそこまでしないことを知るのは中学を過ぎた辺りだった。
子供も生めない男が、男とアナルを使ってセックスをする。その意味があったはずの行為が突如意味のない、大人による虐待である事実として慧琉が受け入れられたのは、大学に入ってからだ。
講義の合間に図書館でパソコンを繋ぎ、外の世界と繋がりが増えてから余計に慧琉は、信じてきた宗教団体がカルト集団である可能性に行き着いた。
他の宗教は悪だとされてきたから知りもしなかったけれど、常識を知ってしまえば自分の中の価値観も覆ってしまった。
世の中の子供は皆普通に育ち、セックスを大人に強要されていることはない。
それは普通の世界では児童虐待に当たるという犯罪である。
色んな事を調べていくと、慧琉は自分が不幸であることまで知ってしまった。
現世は宗教による犯罪は後を絶たず、子供が犠牲になることも多い。
そんな事件を知ってしまい、慧琉は世の中の当麻(たえま)教の評価を見て、そして更に真実を知った。
当麻(たえま)教は一般的な認知度は低いが、大学まである故に資金面については常に沢山の噂がある。
政治家や起業家など様々なスポンサーがいるとされている。
そしてそれを調べているうちに慧琉は長年自分を贔屓にお勤めと称し、セックスをしてくる男が政治家の一人であることを知った。
現政府における、官僚にも知った顔があるほどで慧琉はそれだけで察したほどだ。
自分の父親たちが教祖として、政権まで潜り込んで好きにやっているということだ。
こんな世界にいて言い訳がない。けれど現実はもっと残酷だった。
「……逃げるなんて、僕にはできなかった……」
慧琉は普段から金銭の何一つも与えられず、生活も全て制御されている状態で、一人でこの世界から抜け出すなんてできないことを、たった数時間で察したほどだ。
歩いてもそこまで景色は変わらず、やってきたことはラーメンを奢ってもらい、その相手とセックスをした。
結局慧琉にはセックスをする能力しかなく、それすら楽しむくらいにはもうそこに何の感情もなかったのだと知った。
だが、今日は少しだけ違った。
楽しかったのだ。セックスをして初めて楽しいと思ったのだ。
思い出しても、楽しかったなあと思えるほど大事にしてもらって、世の中の人はこういうセックスをしているのが普通なのだろう。
だからなのか、慧琉の中に芽生えた当麻(たえま)教への不信感は一気に広がるばかりだった。
だんだんと離れていく心を感じ、慧琉は違和感を覚えていく。
眠って起きてから慧琉は大学に行き、その日の講義を受けた。
習っていることは意味もないと言われた法律のことだ。
普通の勉強ではもしもの時に役に立たないかと思い、法律を選んだのは自分をあの宗教団体から抜け出すための準備だった。
けれどそれは到底一人でできることではなく、一人でできることはただ助けを求めることだけだ。
助けを求めるというだけでも人を選ぶ。
教団の力は大きく、ちょっとやそっとの相手ではとてもじゃないが持て余してしまう。しかし当麻(たえま)教の被害者会はまた特殊で、そこに助けを求めたとしても、きっとマスメディアを喜ばせるだけで、他の被害者たちに迷惑が掛かるだろう。
誰か宗教団体の事件に強い弁護士を探し、そこから準備をしなければ。
そう慧琉が思っていると、講義が終わる。
回りがどんどん講義室を出て行くのを見ながら、慧琉はやっとお昼になったんだと気付いた。
「……」
回りから人がいなくなり、慧琉はゆっくりと階段を降りて部屋を出ようとした。
その時だった。
「この大学の学生だったのか」
そう言われて視線を声がした方へ向けると、出入口に一人の男が立っていた。
それは忘れるはずもない、昨日行き当たりばったりで寝てしまった相手、北郷だった。
「あ……の」
まさかの大学関係者だとは思わず、動揺しかける慧琉に北郷はさっと部屋に入ってきて入り口を閉めた。
「俺はラッキーだ。すぐに見つけられた」
そう北郷は言い、慧琉に近寄ってくると、そのまま慧琉を壁に押しつけるようにして、唇にキスをしてきた。
それは拒む拒まないの問題ではなかった。
自然に慧琉はそれを受け入れ、北郷から与えられる快楽にすぐに身体を開いてしまった。
「んふ……あっん……ふっ」
舌を絡めながら深くキスをして、息が口から漏れるけれど、構わずにキスを長く続けた。こんなに長いキスをしたことはなかったし、まして大学の講義室である。いつ誰か入ってきてもおかしくはない環境で、二人はたっぷりとキスを堪能した。
「はっあっ……んっあっ」
やっと北郷の唇が離れたけれど、北郷はかなり興奮をしているようで、北郷の手は片方は慧琉の乳首を服の上から抓ってきていたし、既にキスだけで反応のしてしまった慧琉のペニスを服の上から撫で回してくる始末だ。
「あ、……だめっ……ここは……」
気持ちが良いし、もっとしてほしいと慧琉は思ってしまったけれど、ここは大学であり講義室であり、次の講義に誰かが早めに乗り込んでくるかもしれない。
こんなところで盛っていただなんて、誰かに見られたら終わりだ。
そう思って少しだけ抵抗をしたのだが、それに北郷は言った。
「次の講義は休講になったよ……張り紙は入り口に張ってある。心配なら入り口のドアも閉めてこようか? ここは孤立した部屋だから、入り口を閉めてしまえば誰も入ってこられないよ」
そう北郷が言う。
ここは講義室の一つが学生の悪い遊びで机が破壊され、その部屋が修理されるまで臨時で開かれた講義の部屋だった。
今でも特別な講義で教授が使ったり、外部学生を迎えた講義などで使われるような場所である。
なので入り口さえ閉めれば、誰も入りようがないのは事実だったし、大学内の離れた場所にあるため、誰も来ないという北郷の言葉は嘘ではなかった。
すっかり興奮してしまった慧琉は言った。
「……閉めてきて、ください……」
昨日の今日でその手を拒めるほど、慧琉は強くはなかった。
そしてその熱を忘れられるわけもなかった。
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