モノポリーシリーズ
ブルー・ラグーン
5
立夏が戸賀に告白をされて、立夏は関係性が変わるのではないかと思ったけれど、その後の付き合いは戸賀が言った通り、今までと変わらなかった。
夏休みはずっと、戸賀に誘われて遠出をしたし、一泊の旅行もしてみたが、部屋はもちろん別で、戸賀は常に気を遣ってくれた。
立夏に付いていたストーカーは、戸賀がいつの間にか接触してくれ、警察に相談になるまでに相手にそれが犯罪であることや、将来を棒に振ることはないと説得して、遠くの地方に転勤させたという。
「ずっと付きまとっていたことは知っていたけれど、ある程度の距離を保っていたから、説得すればまだ間に合うと思ったんだ」
戸賀はそう言って立夏を二ヶ月近くストーキングをしていた社員を突き止めた。
立夏がバイトをしている会社の社員で、鬱による長期療養中だったのだが、やっと出社できるという時に近くの駅で立夏を見かけて後を付けたら、同じ会社のバイトだと知って運命だと思ったという。
もちろんそんなものは運命ではないので、戸賀はまず立夏と知り合いですらないこと、もし立夏に近づいたら、それは犯罪であること。また社員は結婚していて妻子があることなどを得々と語り、気持ちをあれさせることなく、社員に転勤まで誘導したという。
夏休み中に社員は、北海道の札幌辺りに移動し、支社に転勤させたところ、やっと立夏のことをストーカーしていた自分が愚かなことをしていた自覚が湧いてきて、真面目に会社に通うようになったという。
鬱だったのも東京の生活があってなかったらしく、北海道に住んでみたらのんびりとしたマンション暮らしで奥さんとも仲良く暮らせているという。
そんなわけで夏休み中にストーカーが消えたのは、物理的に排除したからだった。
その力業には藍音も笑っていたけれど、それでも立夏が無事だったことはよかったと言ってくれた。
そんな藍音は自身がストーカーに誘拐されかけて、危うく命さえも危なかったという事件の直後で、立夏はそれはそれは心配をした。
それを気にした戸賀が藍音に連絡を取ってくれ、久々に藍音とテレビ電話をしながら会話することができた。
『お互いになんか大変だったね』
藍音がそう言うけれど、どう考えても藍音の方が大事件になっているから立夏とは違う。
「僕はいつの間にか戸賀さんが色々してくれていたから、僕は苦労してなくて、大変だとは思わなかったので、藍音さんの方が心配でした」
立夏は今回は戸賀のお陰で安心して行動ができていたから、そこまでの恐怖はなかったのである。
『僕は初めてのことで、凄く戸惑ったけれど。立夏はこんなことされ続けていたなんて、とんでもないことだね。これは経験しないと、本当の恐怖は分からないもんだ……理解しているつもりだったけど、違うんだね。立夏は本当に偉い』
藍音は自身がストーカーに付きまとわられて恐怖を味わって初めて立夏がされてきたことを本当の意味で知った仲になってしまったわけだ。
『お互いに今回は何ともなくてよかった。立夏、戸賀のことは幾らでも使って良いからね……あいつ、言っちゃったんだって?』
そう藍音が茶化し始めると、立夏の顔が真っ赤になり、さらには耳まで熱くなった。
「……えっと……あの……」
『わー、立夏可愛い。照れてる~。ってことは、全然不快じゃないってことだよね?』
「……はい、意識しまくってます……」
『ああ、良い変化だよね。言ったら何だけど、こんな怖い思いをたくさんしてきて、人を信用できなくなっている中で、それでも絶対に信じていける相手は、きっと運命の人なんだと思う』
藍音は自分の経験からか、そうしみじみと感想を言葉にした。
藍音にはずっと藍音を守ってくれた人がいて、藍音はその人のことが好きだと言うのだ。
ただ問題は、その好きな相手が壱伽と過去に付き合っていた男で、水偉志朗という壱伽からいい話は一切聞かなかったお調子者の先輩であることだ。
壱伽から散々文句しか聞かなかった人が藍音と付き合っていると言われたら、立夏でなくても混乱する。
『僕がこう言うのはどうかと思うんだけど、僕が幸せだから言ってしまうんだけど……立夏、戸賀のこと宜しくな。あいつ、真面目でどこまでも真面目だから、立夏がいいって言うまできっと立夏には触れないと思う。それくらい頭の硬い人間だから、そこは立夏が折れてやって?』
藍音が元彼のことを口にするけれど、それは元彼であることではなく、今はもう高校時代の同じ楽しかった記憶しかない、そういう意味での友達の幸福を願っている言葉だった。
藍音は戸賀とは恋人として続かなかったし、その後の恋愛は三股という結末で人を信じられなくなっていく事件に巻き込まれたけれど、それでも親友を心配する心はしっかりと残っている。それは戸賀明柊という人間が如何にいい人であるかを物語っている。
藍音に戸賀のことをお願いされて、立夏は頷いていた。
「……はい、折れます」
夏中を戸賀と暮らしたようなもので、立夏はもう戸賀がいない日々が信じられないくらいに、戸賀の隣にいることが当然になってしまった。
五月からずっと一緒にバイトをしてきて、人となりを知って、さらには元々は物心つく前に知り合いだったり、自宅が近くだったり、マンションを譲って貰ったからまた近所になったり、そして送り迎えで一緒に歩きながらたくさん話した。
戸賀のことは何でも知ってるわけではないが、それでも戸賀が語ったことは全部知っていると言えた。
立夏の面倒なところも戸賀が受け入れてくれて、立夏は全部分かった上でも告白をしてくれたことは相当勇気が要ったのではないかと、今更ながらに思う。
今度は立夏が勇気を出して、戸賀の告白の返事をするべき時期だった。
戸賀の告白から約三ヶ月。
立夏の家の引っ越しが始まった。
思ったよりも早い入居ができることになり、立夏は早々に家を出ることにした。
荷物は一ヶ月前からアメリカに送るものや、捨てるモノ、比志島が譲り受けるものなど沢山の荷物整理が行われていて、比志島はその思い出の品の家具はほとんど受け取りたいと言うほど、思い入れがあるらしく、その運搬にも時間がかかった。
郊外にある比志島の自宅になる家は、本当に感謝が込められた家で、年を取った二人のためにバリアフリーだったりといい設計がされていた。
そこに家具を運び込み、あまった家具をリサイクルに出したりと、とにかく整理が大変な一ヶ月は、戸賀の力を借りて様々な業者との間に入って貰ったりと、立夏は戸賀の世話になりっぱなしだった。
けれど、戸賀は立夏と業者で何かあった方が不安と言って間に入ってくれた。それはスムーズにコトが運ぶことになり、大きな屋敷の中の整理が一ヶ月で完了してしまったのである。
ほぼ屋敷には物がなくなり、立夏の引っ越しが完了すると、家の中はがらんどうになった。
そんな最後の日、立夏はまず門でこの家に長らく仕えてくれた比志島を送り出した。
「立夏様……本当にお世話になりました」
「いえ、僕の方こそ、本当に親子共々お世話になりました。これからの人生、お互いに楽しく生きましょう。お元気で」
「はい、はい、立夏様お元気で。戸賀の坊ちゃん、立夏様をお願い致します」
戸賀への信頼は引っ越し作業中にしっかりと比志島の心に焼き付いているのか、何となく察した比志島は、立夏のことを戸賀に託した。
「立夏のことは俺に任せてください。大丈夫、幸せにします」
戸賀がそう言い切ると、比志島は安心したように微笑んで去って行った。
これから比志島はゆったりとした余生を夫婦で過ごす。もう立夏のことで大変だったり、家族のことで寂しい思いをしなくていいのだ。
やっと比志島をこの家から解放してあげられた気がして立夏が言う。
「僕が比志島さんたちを余計に悲しい目に遭わせていたのかもしれない……そう考えたら、この家はもうそういう意味でなくなった方がよかったんだ」
楽しい時間よりも辛い時間が長かった家。
その家は今日立夏が引っ越した後、業者が解体していく。
今月の終わりくらいには更地になるらしく、そのあとどんな家が建つかは分からない。 来年の四月には新しい家が完成予定になるようで、急ピッチで作業が進むらしい。
だからこの家のちゃんとした姿を見られるのは今日までで、明日から業者が入って解体をしていくという。
既に庭に置かれていた迷路のような植木は全部先に刈られてしまい、植木業者が引き取っていった後で、庭すらもがらんどうである。
立夏は玄関の鍵を閉めて、そして門の鍵も閉めた。
全ての作業が完了するのを戸賀と引き取り業者が見守ってくれていて、立夏は鍵の全てを業者に渡した。
「はい、確かに受け取りました。ご苦労様です、あとはこちらで行いますので」
「お世話になりました」
立夏は礼を言ってから戸賀と一緒に家を後にした。
もう二度と振り返ることはない。
そうした時、立夏の携帯が鳴り、母親が急死した連絡が病院から入った。
緊急用に伝えていた連絡先だったから、立夏はそれを家を出たところで受けた。
「はい、すぐに伺います……」
声のトーンを落として立夏が喋っているのを聞いた戸賀が電話が終わった立夏に聞いた。
「何かあった?」
「うん、母さんが死んだ」
「お葬式は、身内だけで?」
「多分、大々的にしてももう誰も来ないから」
母親の両親はもう亡くなっていたし、父親とは離婚が成立をしている。
もう母親には立夏しかいなかった。
立夏は父親にこのことを知らせたけれど、すぐに戻る手配ができないため、立夏が一人で母親を送ることになった。
それには戸賀が付き添ってくれて、家族葬を手配してくれ、葬儀社での葬式を簡単にしてもらい送ることになった。
何年も見ていなかった母親と、死んでから再会をする。
薄情であるが錯乱した母親の様子が、どうしても恐ろしくそんな母親を見たくなかった立夏は、結局見舞いすらいけなかった。
それは精神を病んで息子のことすらもう判別はできず、余計に混乱するからと病院から見舞いを遠慮してくれと言われていたのもあった。
父親は年に数回、会っていたらしいが、だんだんと誰とも判別できない姿になっていく妻を見るのに耐えきれず、とうとう心を病みそうになって医者からも最低限のことだけでよいと見舞いを制限され、さらには回復の見込みはないとして、諦めるようにも言われたという。
病院で医者がそう語り、立夏は薄情ではないのだと病院のカウンセラーが立夏を宥めてくれた。
その葬式の期間と、様々な手配をしている間は、戸賀が常に相談に乗ってくれた。
意外に人が死ぬ時は色んな手続きがあるもので、立夏はそれらを全部こなせた時には、一ヶ月くらい時間が過ぎていた。
そして忙しくしている間に、母親の四十九日が終わり、あの家は更地に帰り、母親とともにこの世から消えた。
立夏は新しい生活は忙しさから始まってしまったが、それでも母親のことが一段落すると、やっと心にも余裕ができてきた。
年末や正月すらも戸賀と過ごし、立夏は完全に戸賀に甘えてしまっていた。
藍音からまだ告白してないのかと、何故かお叱りを受ける羽目になったけれど、立夏の気持ちを優先すると、どうしても期間を空けたかった。
それまで戸賀が付き合ってくれるのか分からなかったけれど、戸賀は立夏のお願いや頼み事は必ず守ってくれた。
そして季節は春。三月になり寒さも一層深くなっていた時期から、だんだんと春の気配が見え始め、大学が春休みに突入する。周りが受験だ、合格だ、卒業だと騒いでいるのをテレビニュースで見ながら、立夏はふと思う。
立夏がバイトに入ったのは、四月の終わり頃で、そろそろ一年が経とうとしていた。
戸賀は大学を卒業して、実家の会社に就職をする。
そのことで戸賀とのバイトは終わってしまう。
戸賀は三月の引き継ぎまではバイトに出ると言っていたが、四月からはバイトを抜ける。戸賀がやっていた総括には別のバイトが入ることになるのと、藍音が論文まで提出してしまったからと海外に勤務になる恋人に付いてアメリカに渡るというので、立夏のバイトは三月末で終わることになった。
元々短い期間だけの予定だったが、思った以上に立夏が使えたことと、藍音が事件に巻き込まれた影響で本来藍音がする仕事を戸賀が受け持っていたため、戸賀がしなくてはいけない仕事が立夏に回ってきていたらしいが、それで上手くできていたことが奇跡の環境だったらしい。
そして戸賀が立夏に新しいバイトを紹介してきた。
「立夏、俺の仕事の手伝いで、雑用のバイトしないか?」
そう戸賀が言い出した時に、立夏はすぐにそれに飛び付いた。
「次のバイトどうしようか迷ってたんです」
「それはよかった」
戸賀の仕事先は不動産会社の社長だ。
いきなり社長であるが、それまでも戸賀はそれを手伝っていたこともあり、慣れているらしい。更に不動産会社とはいえ、そのうちの一つの社長であり、会長ではないので、大きな採決は戸賀の父親である会長が採決をするから問題はないらしい。
「まあ、古い社員が一斉に本社採用になって、がらんどうになった不動産会社だから、当面は新社員二人と俺とだけだけどね」
というわけで、細々とやっていくらしいけれど、将来的には戸賀は不動産の方の会長に付くらしい。
「そういうので大丈夫なんですか?」
少々不安になって立夏が聞くと、戸賀は笑っている。
「俺には兄もいるし、弟もいるから、好きにして構わないと言われてて、兄も弟も野心家だから、俺が好きに動いていても将来的に自分より上の役職にならないなら何も言わない」
三兄弟である戸賀家は、次男である戸賀明柊の性癖を高校時代から知っているだけに、将来の期待は一切置いていないらしい。エリートコースから外れた戸賀であるが、それでも彼の手腕は手放せない。
まして藍音という敵になる大会社の息子が戸賀の手腕を買っていて、下手するとそっちで戸賀が出世して将来的に大きな障害になる可能性もあるから、下手に戸賀を邪険にもできないというジレンマがあるのだという。
だから戸賀は好きにできるんだと、藍音が笑って言っていた。
「だからバイトに立夏を雇っても俺の好きでいいわけだ」
「なるほど」
どうやら邪魔にはならないように、それなりに業績は出しながらも兄弟よりも優れたことをしないように調整して微妙な位置にいることで、それなりの給料とそれなりに自由になる立場を手に入れられるわけだ。
そのそれなりにというものは、一般からすれば十分エリートコースではある。
そんな状態でお互いに忙しい日々を過ごし、三月が終わってしまう頃。
立夏はもう自分の心を誤魔化して生きることはないのだと、やっと心から戸賀のことを好きだと思えることに気付いた。
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