モノポリーシリーズ ブルー・ラグーン

1

 宮凪立夏(みやなぎ りつか)にとって、世の中の同性は警戒すべき生き物だった。
 幼いときに誘拐されたことがある。
 公園で友達と遊んでいたら、知らないオジさんが可愛いねといいながら近づいてきて、いきなり立夏を抱えて走り出してしまった。
 車に乗せられて、遠くの街まで行き、そこで立夏はそのオジさんと一週間暮らした。
 幸い、オジさんはただ立夏を可愛いと眺めるだけで、変なことはしなかった。食事も与えられ、部屋もちゃんとあった。
 立夏は怖かったけれど、ここでオジさんに反発をすれば殺されるのではないかと思ったので、大人しくしていた。
 一週間もすると、オジさんはいなくなった。
 それから一日して警察がやってきて立夏は助かった。
 オジさんがどうなったのかは分からなかったけれど、その後、昔の新聞でオジさんが自殺をしていたことが分かった。
 オジさんは罪の意識に耐えきれずに、警察に通報し、そのまま別の部屋で死んでいたという。そのことに立夏は驚きはしたが、悲しみも湧きもしない。
 それから立夏は妙な人に声を掛けられるようになった。
 するとそんな異常な状況に母親は精神を病んでいき、やがて入院して帰ってこなくなった。
 立夏は父親に引き取られたけれど、父親は仕事人間で立夏を顧みない。
 家庭教師を雇ったら、その家庭教師が立夏に手を出そうとして立夏が抵抗して家の者に見つかるということが何度か起こり、使用人たちも立夏のことがどうしても気になると言っては罪を犯す前に出て行ってしまうことが多々あった。
 どうしてなのか立夏には分からないけれど、他人から立夏を見ると何かしたくなるというから、立夏には一切理解できない理由があるようだった。
 やがて立夏が高校生になっても、教師が立夏にストーカーをしたりと、とにかく立夏は同性の問題が多く起こり、その全てを周りが立夏が誘っているからだと言った。
 生まれてこの方、立夏はそうしたことをしたことは一切なく、他人の勝手な思い込みで事件に巻き込まれてきただけなのに、立夏が悪いと言われるのだ。
 立夏が無事に大学生になった時、父親が海外支社の社長に就任した。
 それによって、立夏は一人暮らしを始めるも、初めての一人暮らしは一ヶ月であえなく頓挫した。
 マンションの隣人による、立夏への付き纏と、バイトに入った先で社長にストーカーをされるという二重のストーカー行為によって立夏はアパートを出て、別のアパートに引っ越すも、結局同じことが起こり、一年で実家に戻るしかなかった。
 実家には長く働いてくれている執事のような使用人と、七十代のメイドが一人いる。家の維持のために残ってくれている夫婦であるが、どういうわけかこの二人は立夏が生まれた時から一緒にいてくれたけれど、問題を起こされたことはなかった。
 だから立夏はその二人を信用していて、実家で暮らしていくことになった。
 けれど、立夏が新しいバイトを始めると、またトラブルを抱え、バイトを首になる。
 立夏が悪いわけではないけれど、立夏のせいで相手がおかしくなったことや、立夏のせいでバイトが真っ二つに意見が分かれて抗争みたいになってしまったからだ。
 その二つで立夏がどっちとも親しくもなく、味方も何もないのだが、どうしてもそうなってしまう。
 年々酷くなっていく立夏の周りで起こる出来事に、立夏がもしかしなくても自分がいるから悪いのではないかと落ち込み始め、大学では友人を作らず生きていこうとした。
「ねえ、隣いい?」
 大学の講義を受けている時に、途中で入ってきた学生が立夏の隣に座る許可を貰って座ってきた。
 その人は見た目は完全に西洋の外国人。金髪に緑眼という目立つ格好だった。
 てっきり髪は脱色していて、瞳はコンタクトだと思っていたら、本人が言った。
「ああ、これ珍しい? 全部自前なんだよね」
 その人はそう言ってジロジロと見てしまった立夏に笑って言った。
 笑っている人は、名前は時合壱伽(ときあい いちか)と言った。
「なんか、名前似てるね。壱伽と立夏って」
 壱伽はそう言ってケラケラと笑っている。
 立夏を見てそう言う壱伽は、誰よりも目立っていた。
 立夏は最初こそ壱伽にはそこまでの興味はなかったのだが、その壱伽と行動を共にすることが増えてから気付いたことがあった。
 壱伽と一緒にいると、立夏が目立たないということだった。
 壱伽経由で知り合った人と、今まで起こっていた立夏への意味の分からない干渉などが一切なく、問題が起こらないのだ。
「なんか、壱伽が全部吸い取ってるみたいだ」
 立夏がそう呟いた時、壱伽が初めて立夏に聞いた。
「何か問題多そうだと思ったけど、色々あるのはお互い様かな?」
 壱伽のその言葉に立夏は今まで自分に起こった理不尽なことを話していた。
 それを壱伽は特に突っ込むこともなく、静かに話を聞いてくれ、最近起こった社長によるストーカーとそれによってバイトを首になったことまで話させてくれた。
「そっかー、立夏は興味がないけど、接触が一番多い人に影響を与えてしまうんだね。立夏が何もしてないというか、好意をちょっと持っただけでも駄目ってことは……なんか妖魔とかそっち系みたい」
「あのね、僕は人間で、妖魔ではないし……要らないしそういうの」
「でもそうとでも言わないと、何で何もしてないのに人が寄ってくるのってなるじゃん。磁石じゃあるまいし」
「磁石って、砂の中に突っ込んで適当に付いてくる砂鉄みたいなこと言わない」
「だってそうじゃん。正にそれ、人が沢山いたら、邪な心を隠して暮らしている人の本性を暴いちゃうんだよ、多分」
 壱伽がそう言うので、立夏は信じられなかったけれど、冗談で言い合っていたにしては、当たっていると思えた。
 壱伽も目立つ容姿のせいでたくさん面倒も起こってきたけれど、何もない人から何かされたことはないという。
 立夏の場合、何もないはずの親切な人が変貌することが多く、周りもそれを信じられないと言いながらも目の当たりにして絶望している。
 最近のバイトだと、社長は親切だった。社員にも人気だったし、奥さんにも優しかった。けれど立夏との時間が増えてきて、社長が立夏に色んなことをし始めると、周りはあの社長がそんなことをするなんて……何でと混乱した。
 そして立夏にストーカーをし始めて自宅侵入で逮捕されたとたん、皆立夏のせいにした。けれど社長が自供をして自分が立夏を好きになったからやったことだと認めたから、周りは更に混乱してしまったのだ。
 立夏は何もしておらず、誘いも最初の親切以外は全部断っていることも皆が見ていただけに、立夏が悪いとは言い切れないことも知っていた。
 立夏のせいではない、社長は本来そういう人だったのだという結論に落ち着いた時に、社長の奥さんは立夏を首にした。
 もちろんそれは立夏が訴えれば勝てた理不尽な理由だったけれど、立夏が入ったせいで穏やかだった職場が荒れてしまったのは事実である。
「ああ、なんかサークルクラッシャーと似てるね。本人が何もしていないのに、周りが取り合いして勝手に揉めて勝手に自爆して、サークルが消滅するの。立夏はいつでも姫なんだよ。自覚がないクラッシャー。本人のその気が一切なくても起こるから、それはもう運がないとしか言い様がない」
 壱伽の言う通り、正にそれが立夏だった。
 何もしていないのに、周りで何かが起こっている。
 そして立夏さえいなければ上手くいっていたのにと周りは言う。
「人間が普段抑制している願望とか欲望みたいなもので、絶対に越えてはいけないラインを立夏がきっかけで越えちゃうんだよ。もちろんそれは立夏のせいじゃないけれど、相手にとってそのラインを越えたいと思わせる何かがあるのかもしれない」
 所謂人間同士が感じるフィーリングなど、その場に流れる空気、そして目に見えない何かを立夏が狂わせてしまうらしい。
「なんでかな、僕はそんなこと一度も望んだことはなかったのに」
 立夏がそう言うので、壱伽は不思議そうに聞いた。
「じゃあ、立夏は何か欲しいものを沢山作った方がいい。何かに夢中になるとかゲームに填まるとかでもいいんだけど……その変な空気がそっちに向かないようにしていったら、案外空気が変わるかもしれないよ」
 壱伽が何気なくそう言ったのだろうけど、立夏はそれもあるかと実験してみることにした。
 まずゲームを始めた。
 ただ歩くだけでゲージが溜まり、色んな生き物が育てられる簡単なゲームに夢中になった。
 それは意外に面白くて、立夏は散歩と評して歩き、さらにはマラソンも始めた。
 バイトができないから、することがなかったのでやってみたら何かハマった。
 するとどうだ。
 周りは普通に接してくれるようになって、大学では壱伽の側だったらそれなりに人との会話もちゃんとできるようになった。
 一年くらいしても問題は起きなかった。
 それは立夏にとっては望んでいた普通の生活だった。
 ずっと一人で生きてきた。けれどやっと友人にも恵まれるようになって、立夏はその生活が楽しかった。
 そんな時だった。
「ねえ、壱伽、誰かバイト紹介してくれない?」
 そう言って壱伽の前に現れたのが、比湖藍音という壱伽の友人で、同じ大学の三回生である。
 かなりの美人で華やかなところがある人であるが、この人が壱伽と一緒に三股された人であることが信じられない立夏である。
 その壱伽と藍音は雰囲気が似ていて、趣味も似ている。
 甘い物が好きなところも同じで、二人はよく飲みに行ったり、一緒に食べに行ったりとしている。そのせいで余計に似たところが増えているような気がする。
 けれどそんな壱伽は最近、セフレができた。
 宮辻という同じ大学の四回生である人と飲み会で出会って、そのままセックスをして付き合い始めたという。
 立夏には壱伽の気持ちは理解できないけれど、宮辻は壱伽にベタ惚れで物凄く甘いから、立夏は多分すぐに壱伽は宮辻に堕ちるんだろうなと思えた。
 立夏は壱伽の提案通りに、ゲームをして気を紛らせていたけれど、最近バイトをひっそりと初めて見た。
 けれど立夏は壱伽から離れると、その効果は一切が消えたように結果は今までと同じだった。
 新しいバイト先で、また問題が起こり、店長が暴走して奥さんが立夏にキレてバイトを首にされた。
 今度またストーカーで、大学まではこなかったけれど、自宅には侵入された。
 でも立夏の自宅はそうしたことに備えた設備が整っていて、店長は庭で迷子になっているところを発見通報された。
 門から入る庭は塀が幾つもあり、道を知らない人が入ると、どうしても迷子になる軽い迷路になっている。
 そこで迷っている間に警察に通報できるし、監視カメラも沢山付いているので証拠保全になる。こんな設備はもう要らないかもしれないと期待していただけに残念な結果にしかならなかった。
 そんなわけで、立夏は新しいバイト先が欲しかった。
「じゃあ、立夏。またバイト先を首になってたよね?」
 という壱伽の勧めで、立夏は藍音のバイト募集の話に乗った。
 時給がよく、二時間程度でしかも今回はワケありであることを理解してもらった上での採用だ。
 これに飛び付かなくてどうするという話だった。


 バイト先を紹介して貰い、その日のうちに立夏はバイト先を訪れた。
「ああ、来てくれて助かる」
 藍音がまず会社に連れて行ってくれた。
大きな会社であることは聞いていたけれど、国内どころか海外でも有名なグループだとは思わず、立夏は驚く。それは父親が就任した海外の会社もまたこのグループの一つでもあった。
「もしかして宮凪のお父さん、ここの会社にいる?」
「あ、はい。海外の支社にいるのが父です」
「ああ、やっぱり。珍しい名字だからさ、親戚か何かかなと思ったけど、じゃあ、話も通しやすいね」
 そう言われて立夏は緊張をした。
 まさか父親と関わり合いがあるところにバイトに来るとは思わなかった。そしてそれは絶対にここでは失敗をできないことを意味している。
「あの、僕のことで何かあっても、父には関わり合いがないので……どうかそれだけは……」
 そう立夏が言うと、藍音はちょっと驚いてから立夏を面接の部屋に入れた。
 大きな会議室には一人先客がいた。その人は普段着の人で会社の人ではなさそうだった。普通、ここまで大きな会社なら背広辺りが普通で、さっき通りすがった人も背広を着ていたと思う。
「彼はバイトを統括している戸賀明柊(とが あきひ)だ。これから君はこの彼に指示を仰ぐことになる」
 そう藍音が戸賀を紹介してくると、戸賀は静かに頭を下げた。
 戸賀は大きな身体をしていて、身長も百八十センチはありそうだった。
 短く刈り込んだ髪であるが、窪んだ瞳と骨格がロシア人のような濃さであり、海外の血が混ざっていると言われたら信じるほどで、そのせいでなんだか表情無く見られたら怖い気もする。
 それでも真面目そうであるのは読み取れたので、立夏も頭を下げてから挨拶をした。
「宮凪立夏です、お世話になります」
 そう言ってから席に座るように言われて、席に座る。
「バイトのことは僕が責任者だから、何かあったらまず戸賀に、そして戸賀がいないときは僕に連絡をしてくれると答えられる。基本、社員との交流はなくて、僕らバイトは裏方の仕事になる。ここでは総務からの書類と届けたり、買い物を頼まれたら行ってきたり、備品を配達したり、集めた資料をシュレッダーにかけたりという雑用をしてもらう。庶務の雑用かな」
 そう言われて立夏はホッとする。
 今までしてきた接客よりはずっと楽そうな仕事内容で、失敗して首が飛ぶような内容ではない。
「それで、君を採用する前に、なんか問題ありだって聞いたから、その問題になった内容を話して欲しい」
 そう言われて立夏は戸惑う。
 これを話しても採用して貰えるのか分からないくらいに立夏は問題が多い。
「あの、僕が話したことで父に迷惑が掛かることはないでしょうか?」
 立夏がそう言うと、戸賀が言う。
「海外の社長に就任できるほどの人材だ。実力主義のこの業界で息子に問題があるから首になるなんてことはない。だが内容次第。お前が罪を犯していたのなら話は別だ」
 物凄い低い声が響いてきて、立夏は怯えた。
 戸賀の声はそれこそバリトン、低く響いているだけでも怖いのに、言葉は棘があるような言い方で、良く言えば簡潔である。
「まあ、君の場合、きっと君は何もしていないのに~っていうパターンだと思うんだ。だから今までそれによって引き起こされた問題を、一応聞いておかないと、こちらとしては何処まで対処していいのか検討もできない」
 そう藍音が間に入ってくれて説明をしてくれたから立夏はホッとしてから、今まで自分に起きた理不尽な人生を話していく羽目になった。
 バイトのことを話しているうちに、高校時代のことや家庭教師、さらには小さいときに誘拐をされたことまで、気付いたら洗いざらい話してしまっていた。
「なるほど。君はサークルクラッシャーだと壱伽が言っていたみたいだけど、まあ僕も同意見かな。何もしていないのに何かが起きるのは、もうこればかりは説明のしようがない。けど、これで君への対処が決まった。採用する。仕事は対面をしないものに限定するということでいいだろうか?」
 藍音がそう言って、立夏のことをバイトに採用をしてくれた。
「あ、ありがとうございます」
 立夏が嬉しくて返事をすると、それに戸賀が口を挟む。
「一つ聞いて良いか?」
「はい」
「どうしてバイトをする? 聞くところによると宮凪の家は裕福だ。バイトして時間を潰したいというわけでもなさそうであるし、お金に困っているわけでもなさそうだ。じゃあ、何でバイトをする?」
 根本的なところで、立夏はバイトをする必要がない。
 というのも、戸賀の言う通り、立夏の家は裕福だった。
 母親が資産家の娘で、その全財産を受け継いでいたし、父親はエリート社員だけれど、実家は地方で有名な建設業の社長御曹司だった。
 会社は既に売ってしまったのでその資産で父親は悠々自適な生活を送れるけれど、仕事が生きがいで働いているらしい。
 けれど立夏には理由がなかった。
「理由がないからです。僕は何がしたいのか分からない。大学を出れば働くのが当たり前だけど、僕は将来が見えない。だから色んなところで働いてみて、何が僕に向いているのか考えてます」
 接客業から事務職の手伝いと様々なところでバイトをしたけれど、どこでも社員やバイトと問題になって首になっている。
 もう意地になっているのかもしれないが、それでも暇な時間を持て余して、ダラダラしているのは性に合ってなかった。
「自分探しか。まあ、どっかに旅に出るよりは地に足が付いているな」
 戸賀はそう言い、それで質問の答えは気に入ったようだった。
「じゃ、今日からって採用ってことで、今日は戸賀に付いて回って貰うね。君の仕事の範囲を習っておいで。えーとバイトの日程で困る日などはある?」
「いえ、今は六時限目などはとっていないので、六時から入れます」
「ああ、いいね。休みは平日になってしまうけど、大丈夫?」
「土日もバイトはしていたので、大丈夫です」
「じゃ、こっちでさっと当面のバイト日程を決めておくね」
「宜しくお願いします」
 立夏は取りあえずは問題が起こるまではこの会社の庶務的な仕事補佐でバイトに入ることができた。
 それは平穏な日々が始まる、第一歩であることに立夏はまだ気付いていなかった。

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