モノポリーシリーズ
アイネクライネ
7
藍音が大学に戻った九月半ばには、また藍音は普通の生活に戻った。
あの夏休みの時間は夢のような時間で、藍音はますます志朗から離れられなくなっていく。
恋をしているかのように志朗を求め、志朗との週末を楽しみにするほどに志朗に溺れた。
平日は大学で講義を消化していき、真面目に通って家と大学を行き来するだけの生活をして、週末は志朗と一緒にホテルに泊まり、二日間をみっちりとセックスをする時間に切り替えた。
藍音はそれを強く望み、志朗はその時間に合わせてくれる。
そのため志朗は平日を志朗の用事に当てて、週末だけを藍音のために使ってくれた。
「そういや、藍音、夏休みって何処にいた?」
水嶋が急にそう言い出してきて、藍音は不思議そうに答える。
「え、避難して軽井沢にいたよ」
「へえー、二ヶ月も?」
「うん、携帯は置いて行ったから、連絡は志朗繋がりでしかしてない」
「通りで、脇山が連絡したら家の人が出て、藍音は今いないって言われたとか言っててさ」
「あ、そうなんだ。でも何も言ってなかったから大事な用じゃなかったのかな?」
「普通に夏休みどうするっていう話だったんじゃない?」
「悪いことしちゃったね。僕も当日に急に行くって言われて付いていったら二ヶ月経ってた感じなんで……」
そう藍音が言うと、水嶋はニヤニヤしている。
「楽しい時間だったようで」
「ま、まあね……ここ最近の窮屈さからは解放されたよ」
坪倉のせいで不自由な生活になっていたから、軽井沢の別荘では好きなように過ごせたとは思う。けれどそのほぼ全てもセックスに費やしたことだけは秘密だ。
「それで坪倉の野郎はまだ家の周りを彷徨いているのか?」
「うん、必ず一日二回。家の周りを一周して帰る感じ。鉢合わせないようにしているのと、最近は時間がバラバラだけど僕がいない時に彷徨いているようだから、遭遇するのは本当に運が悪くないと遭遇しないかな……」
藍音がそう言うと水嶋は「そっか」と言う。
坪倉によるストーカーはそろそろ四ヶ月くらいになる。
警察にはそれを相談して、坪倉に藍音への接近禁止令が取れるかもしれないと最近警察から言われた。
「何かね。警察が一応、僕の家を彷徨かないようって警告出してくれたのだけど、全然言うことを聞いていないから、接近禁止令を出して親御さんに引き取って貰うのがいいだろうって」
とにかく藍音の活動領域が東京なので、坪倉に接近禁止令を出すと坪倉は東京にいられなくなる。
「あいつって何処出身?」
「東北とか聞いたけど、何処の県かまでは誰も聞いてなかったみたいで」
どうやら東北生まれということもあまり言いたくなさそうだったらしく、誰も知らないことだった。
その話を終えてから講義を受けに移動をして、講義を受けていると携帯が振動した。どうやら何かを受信したらしいが、藍音はそれを無視して講義を受けた。
そして講義が終わってから携帯を広げた。
それはメールだった。
二ヶ月前に送ってきた相手と同じ件名「お知らせです」と書いてあり、それを開くと一言書いてある。
『二人は未だにこっそり会っている』
そう書かれたものには写真が付いていた。
それは夜の街で二人が歩いている写真で、仲が良さそうに笑っている。
日付は一昨日の夜になっている。
このメールが来るまで藍音は、志朗と壱伽がホテルに入っていった写真のことを忘れていた。それくらいに時間が経っていたし、そんなことはもうどうでもよかった。
けれどこれを送ってくる人は、どうやら藍音と志朗の仲をどうにかしたいらしい。
これで志朗と別れてくれるのではないかと思っているのだろうか。
元々付き合ってすらいないのに。
そう考えてから藍音は天井を見た。
おかしい。これはおかしいことだ。
志朗と本気で藍音が付き合っていると思っているということは、藍音の信用をしている人の中に犯人はいないことを意味している。
つまり、藍音と志朗が付き合っていることを本当だと思って信じている人の犯行のはずだ。
それは沢山容疑者はいることになるけれど、志朗と壱伽とのことを知っている人はそれほど多くないのだ。
志朗は大学が別であるし、壱伽は志朗のことを最近まで持ち出すこともなかった。
なので大学の人は志朗と壱伽が繋がっていることを知らない。まして恋人同士だったことすらも知らないはずなのだ。
なのにこのメールを送ってきた人は、志朗と壱伽が付き合っていた過去を知っている。壱伽すら口にするのを嫌がるくらいの一ヶ月程度の付き合いのことを知っているのは、壱伽の友人たちと藍音側なら志朗を除いたたった一人だけだ。
坪倉が志朗を付けていてこのメールを送ったとしたなら、壱伽のことまで知っているとは思えない。
調べてもきっと志朗と壱伽が付き合っていたことを知っている人はほぼいない。それくらいに印象が薄い出来事だと壱伽は言っていた。
もちろん志朗も壱伽と付き合っていたことを人に言い回るような人ではない。
そうなるとこんな文句を送ってくる人は、一人しかいないことになる。
「うそ……だ……」
藍音はメールを閉じてから急いで講義室を出た。
頭の中が混乱して、藍音はとにかく門に向かった。
まだ次の講義の時間があったけれど、どうしても大人しくそれを受けられるほどの余裕がなかった。
大学の門に向かっていると、藍音の視界に入って欲しくない人が入ってきた。
向こうはまだ気付いていないけれど、明らかに藍音の行く先を塞いでいる。
マズイと思い藍音は引き返して裏口に向かった。
裏門は人通りは少ないけれど、藍音はすぐに志朗に電話をかけた。
志朗が電話に出るか出ないかの瞬間に、裏門に辿り着いたけれど、その裏門に急に大きな車が横付けされた。
何か大学に来た業者か何かかと藍音が避けようとするも、車から降りてきた男二人に腕を捕まれて藍音は車に引き摺り込まれてしまった。
「だれかっ助けてっ!」
藍音がそう叫ぶと、学生が窓から顔を覗かせて驚いている。
その人が叫んで、窓側に人が集まってきた。
けれど車のドアが閉まり、藍音とその学生たちの視界が遮られた。
「はなせっ!」
そう叫んで手を振ると、持っていた携帯が飛んで行ってしまった。
「くそっ黙れっ!」
マスクをした男が叫んでナイフを取り出した。
「次叫んだら刺すぞ」
男は思った以上に藍音が暴れたせいで、苛立っているようだった。本気で刺すつもりがあるのか、藍音の腕にナイフを突きつけている。
「……あ、あなたたち、何なんだ?」
理由が分からずに藍音がそう言うと、男は言った。
「黙って付いてくれば良い、それでお前には危害は加えない。けど、どうしても制圧できないなら刺して良いと言われてる」
男の言葉で藍音はもしかしなくても、坪倉あたりが手配した誘拐の組織なのではないかと思えてきた。
けれど、その考えはすぐに消えることになった。
坪倉がここまでできたのなら、もっと都合の良い時があったはずだ。
まるでタイミングを計ったかのように男たちが現れたということは、あのメールで藍音が動揺して志朗を避けることが分かっていた人の犯行になってしまう。
今日は志朗は次の講義が終わったら来る予定だった。それを知っているのは二人だけだ。
そのうち一人はさっき、藍音が疑った人も入っている。
車は信号で止まり、そこでもう一人が乗ってきた。
「ああ、やっと単独行動をしてくれた。長かったよ、藍音」
そう言われて藍音はやはりと顔が青ざめた。
「……何で?」
藍音はその人に向かってどうしてなのだと尋ねた。
その人物はニコリと笑って言うのだ。
「だってこうしないと君を俺のモノにはできないよね?」
そう言われた。
「どうしてだ……水嶋……っ」
信じられなくて藍音は叫ぶ。
藍音を誘拐しようとしているのは、藍音の友人であり、親友だと思っていた水嶋優成だったのだ。
「ずっと藍音が好きだった……やっと中塔と別れてくれたけど、なかなか俺の思いに気付いてくれなかった。だから坪倉の計画に乗ったんだよ」
そう言われてしまい、藍音は頭の中で色々と考える。
最初こそは坪倉の策略だったけれど、それを利用して水嶋は藍音に近づこうとしたらしい。
「坪倉が藍音のストーカーなのは本当だよ。あいつ、藍音に拒否されてプライドが傷付いたみたいで、馬鹿みたいに家の周りを彷徨いているんだろ? だからそれを利用させて貰った……藍音が単独行動するようにな」
「それじゃ、あの写真、合成……?」
「いや、あれは本当の写真だよ。さすがに合成じゃない。気になっていたから調べたら本当にホテルに入っていったし、夜に二人で歩いていたよ。まあ信じる信じないは好きにしていいけど、藍音が騙されていることは本当だよ」
水嶋はそう言ってニコリと笑っている。
悍ましい友人の本性を知ってしまい、藍音は今度こそ人間不信に陥りそうだった。
「僕をどうするんだ……?」
藍音は自分がどうなるのかと尋ねると、水嶋はにっこりとして答えた。
「大丈夫、ちゃんと藍音が気に入る部屋も用意したよ。そこで藍音を飼ってあげるからね……」
水嶋が歪んだ笑顔を浮かべて藍音に触れようと手を伸ばしてきた。
その時だった。
「うわああ!!!」
急に運転手が叫んだ。
そして車が急ブレーキを掛けて止まろうとするも、何かに激突をした。
その振動によって藍音は椅子の間にハマってしまったけれど、目の前の水嶋は前方に飛んでいってしまった。
ガシャンと大きな音と共に衝撃が伝わり、藍音の身体にも衝撃が伝わった。
しかし座席にハマってしまったお陰で藍音は車から飛び出すこともなく、振動が止まるまでその場を動けなかった。
車は完全に止まってしまって、周りから人の大声が聞こえる。
事故だ何だと叫ぶ声、救急車を呼べという叫び声、その中に藍音はしっかりと自分を呼ぶ声を聞いた。
「藍音! どこだ藍音!」
それは志朗の声だ。
慌てていて焦っている声が聞こえて、歪んだドアが無理矢理開かれた。
そこに志朗が立っていて、藍音はその志朗と視線が合った。
「藍音! 早く出て!」
志朗はすぐに藍音を座席から救い出してくれて外へと連れ出してくれた。
藍音が振り返ると藍音が乗せられた車は電柱に激突していたし、その先には藍音をいつも乗せていた車が前方を潰した状態で止まっていた。
どうやら逃走する車の前に比湖家の車が突っ込んで無理矢理止めたようだった。
「ああ、よかった……声を聞いた時は心臓が止まるかと思った……」
車から距離を取ったところで藍音は志朗に抱きしめられた。
藍音がそれを驚きながらも受け止めて、しっかり志朗に抱き付いた。
「どうやって……?」
藍音が誘拐された現場からたった百メートルくらいだ。そこを先回りしているということは藍音が誘拐された瞬間を知っていないといけない。
「電話、かけてくれただろ? そこから全部聞こえた」
「あ、そっか。電話、繋がってた……」
「それでギリギリ間に合った……藍音、良かった」
志朗はそう言うとしっかりとまた藍音を強く抱きしめる。
その力強さは決して志朗が嘘を吐いているとは思えないくらいに本気で心配をしていることが分かった。
すぐに警察がやってきて、犯人の男たちが逮捕された。
水嶋はシートベルトをしていなかったので車から放り出されてしまったせいで骨折数カ所をしてしまい、救急車で警察病院に連れて行かれた。
志朗が藍音からの電話を録音していたお陰で、水嶋が犯人だと自供している声が取れていて、それによって水嶋は藍音誘拐に関する首謀者として容疑がすぐに証明できた。
それに関わることで坪倉による藍音へのストーカーのことも同時に坪倉に接近禁止令が出てくれて、坪倉の両親は真面な人だったようで、すぐに謝罪をしてくれ坪倉を田舎に連れて帰ってくれた。
よって禁止令は出したまま発動され、坪倉の両親もそれでいいと言ってくれた。
水嶋はあちこち骨折をしたけれど、手術をして翌日にはしゃべれる状態だったために調書は取れたようだ。
その水嶋はあっさりと自供をして、誘拐を認めた。
それに伴い、藍音にあのメールを送っていたのも水嶋だったことがはっきりとした。
水嶋は藍音を好きで、本気で藍音を監禁するつもりで軽井沢にある水嶋の実家が持っている別荘を改造して地下室を作り、そこに藍音を監禁するための部屋を用意していたことが分かった。
「愛してるんですよ、刑事さんには分からないでしょうけど」
水嶋はそう言って犯行自体は後悔していないらしい。
反省が見えないことから、弁護士すらもお手上げで、水嶋の両親も最初は示談を狙っていたものの、息子が進んで刑事に犯行を喋っているのを聞いて、庇う気もなくなったらしく、弁護士は付けたものの犯行を認めた上で反省しているという流れで刑期を少なくすることを狙っているという。
藍音の家の弁護士は、示談には最初から応じず、水嶋の両親の突撃にも警察を介入させて対処してくれた。
さすがに弁護士の質が違うと感じたらしい水嶋の両親は水嶋が反省の態度を見せないことでとうとう完全に引き下がってしまい、後は弁護士に任せっきりで接触がなくなったのは、一ヶ月以上も経ってからだった。
藍音はその間は家に帰して貰えず、ずっとセキュリティーの高いマンションに隔離された。
そこは志朗が両親から生前贈与された遺産のマンションで、最上階は普段使っていなかったけれど、そこを藍音に貸してくれ、その隣に志朗が越してきた。
最上階だけ別のエレベーターだったりする持ちマンションで、セキュリティーはかなり厳しい。どうやら芸能人などが多く住んでいるのでそうした警備やフロントなどもある形にしてあるのだという。
もちろん部屋は一ヶ月百万くらいはかかるのだが、それでもここまで厳重な場所は早々ないらしい。
藍音はそこで事件の取材から隔離され、大学側も藍音が来ることで混乱が起きるという理由で藍音は単位もほぼ取れていたし、取れていないものに関しては教授たちの親切でリモートで受けられた。
特別待遇は二ヶ月も続き、それによって藍音は単位が足りた。
二ヶ月間はマスコミや様々な雑誌記者が事件を追っていたけれど、水嶋の骨折が完治して逮捕されると一気に事態は収束した。
裁判がすぐに始まり、水嶋がさっさと罪を認め、証拠と証言のみで何の矛盾もなく、淡々と判決まで一ヶ月もかからなかったのだ。
冬休みに突入してすぐに地方裁判所にて水嶋による誘拐未遂で懲役三年の実刑が下った。
未遂だったことでまだ刑は軽いはずだったが、反省を一切していないことが心証を悪くし、さらには如何に藍音を愛しているかを勝手に語り始めて裁判を乱したことがあったため、そのせいで裁判官からは強い疑念の言葉があった上での判決になった。
もちろん水嶋側は上告して争うところだったが、水嶋は上告をしなかった。
そのことで地裁にて刑が確定し、水嶋は刑務所に入ったという。
あっさりとした幕引きであるが、三年もすれば水嶋は出てくる。
もちろん反省をしていないことからまた藍音の前に現れるかもしれないということで、藍音側は水嶋に対して接近禁止令を出し、水嶋を収監する刑務所は水嶋の地元近くの刑務所に変わった。
その都度藍音は水嶋に対して接近禁止令を出していくことになってしまった。
もちろん水嶋は接近するだけで、同じ事を繰り返す危険性があることは刑事も把握していたから、出所するときは知らせてくると言った。
これで全てが解決したわけではないが、藍音を悩ましていた奇妙な事件は、一応の片は付いた形になった。
しかし藍音の中の志朗に関する最後の疑問はまだ解決には至っていない。
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