モノポリーシリーズ
アイネクライネ
4
藍音に対する坪倉の用意周到な様子に、藍音たちは仲間割れをしてしまった。
だが脇山が連れてきた人ばかりだったからなのか、お互いに脇山を通じた交流はあったけれど、どの人も大してダメージは受けてはいなかった。
入山と武富は仲が良かったらしいが、他とは飲み会以外で会っていなかったこともあり、ただ悪く言われた藍音だけが傷付いた形だ。
もしこれも坪倉が見抜いていたとすれば、藍音に対してのダメージは用意されていたものなのかもしれない。
きっとあのまま藍音が坪倉の策略に填まっていたとして、彼らは自分たちが行ったことを悪いとは一切思わずに、きっと藍音に隙があるなどと言って自業自得だと言うのだろう。
そして彼らは坪倉の方と繋がった方が、藍音たちと繋がっているよりも徳だと思ったらしい。
「ふーん。大会社持ちの御曹司よりも、芸能人崩れのモデルの方がいいって変わってるな?」
素直にこれからの就職活動を考えてたら、藍音のことを邪険にするのは得策ではない。
そう志朗が言うと脇山が言った。
「あいつらには教えてないんだよ。藍音が比湖グループの御曹司とか」
「ああ、なるほど」
志朗はそれで納得したようだった。
藍音もそれには脇山には苦労を掛けたのかと思った。
「そりゃ調べれば分かるけど、調べなかったから興味はなかったんだろうな。飲んでいる時は悪くはなかったのに本心はああだとは思いもしなかった。俺も、気をつけないとな。ああはなりたくない」
脇山は所構わず人を誘う癖をとにかく見直すことにしたという。
「俺のせいってわけじゃないけど、藍音に対してだけは誠意を欠いたのは事実だ。本当、気をつけるよ」
「脇山さんのお陰で、かなり楽しい思いをしているのは事実です。それは忘れないでください。ちゃんと恩恵もあるから、大丈夫ですよ。ただ今回は運がなかったのと、あいつが用意周到だっただけだと思います」
藍音は脇山の再度の謝罪にはそう返して、脇山のお陰で孤立しかけていた藍音が何とか知り合いと友達ができたのも間違ったことではないと言う。
その脇山の底抜けな明るさのお陰で、藍音は壱伽に対しても親切にできた。
それは脇山の良さを自分の中に吸収してちゃんと態度で出せているということなのだ。
それを藍音が伝えると、脇山は顔を真っ赤にして照れている。
「面と向かってそういうこと言われたのは初めてだ。嬉しいもんだな」
照れながらも脇山は次の講義があると言って集まりから去って行った。もちろん、坪倉の事件はまだ続いていることは話しておいたので、何かあれば協力はすると言われた。
その思いをちゃんと受け取ってから藍音は次の講義室に向かった。
志朗は用事が済んだのにまだ側にいて、講義室まで付いてきた。
「いってらっしゃい」
入り口で藍音の手を離してくれた志朗が手を振っているからそれに手を振ってから講義室に入ると、その中は少し異質だった。
「マジでホモだ」
「知ってたけどキツいな」
「ないわー」
なぜか藍音に聞こえるように平然と悪口を言い始めるグループが前の席に陣取っていて口々にそう言い始める。
今まで藍音がホモであることでこの人たちに迷惑をかけたことはなかったし、彼らも今まで藍音に興味はなかったはずだった。
それなのに急にこういうことを言い出されてしまい、藍音は戸惑った。
さっきまで一緒にいた水嶋は別の講義に行ったので味方は誰もいない講義室である。
他の学生は遠巻きに見ていて、関わり合いになりたくはない様子だ。
ここで藍音が口を開いてもきっと良いことはないのだけは分かる。
甘んじて受け流すしかないのかと思っていると、開いたままの講義室の入り口に志朗が現れる。
「へえ、君ら誰に頼まれた?」
急に部屋に入ってきた志朗がニコニコとして近づいてきて、口々に悪口を言っている男性四人グループにそう言い出した。
「は、何だお前」
「その気持ちが悪いホモの片割れだよ。今まで興味すらない相手に平然と暴言を吐けるとは、どういう思考回路をしていたらできるのか考えた結果、悪口を本人にぶつけてこいと言う依頼でやってるという結論に達したからだ」
志朗がそう言うと、四人の動揺が見事に顔に出た。
「この教授の講義を受けておいて平然とジェンダー批判をできる思考も理解し難いが、どうやら単位どころか停学を食らうのも構わないという覚悟ならやり合うけれど、どう?」
志朗がそう言うと、四人ともがハッとする。
現在受けている講義、社会学の一部で教授は差別に関する論文で著名な人である。
こんなことをその講義室で平然と差別を口にして罵るなど、あり得ないことなのだ。だからこの学生は自分の考えでそれを行っているわけではないと志朗が行き着くのも当然の流れである。
「い、いや、それは」
そう学生が言い出した時には志朗の後ろにはその教授が立っていた。
「それは、何だね君たち。私の講義で何を習っているのか、本気で説明をしてもらえないだろうか? もちろん詳しく話してくれるんだろうね?」
教授はそう言い、四人の所属などを確認してから志朗には教授の部屋で待っているように伝えてから、他の学生のために講義を始めてしまう。
藍音は不安になりながらも、講義を受け、そして講義が終わると学生たちが通り際に声を掛けてくれた。
「止められなくてごめんな……真っ先に止めなきゃいけないと思ってたのに……情けなくて」
「あ、いえ」
「次は絶対止めるから、頑張って」
「そうだよ、あれはさすがにないって叫ぼうとしたら彼氏がきちゃったから任せちゃったけど、教授にバレてるんじゃ、きっと彼ら停学を食らうんじゃないかな」
そう話しているうちに教授が藍音を呼び、そのまま講義室から教授の部屋に移動をした。
その間もあちこちから頑張れと声を掛けられて、藍音は何だか嬉しかった。
あの状況をよしとしている人たちはほぼおらず、誰もが不快に思ったらしい。それが分かって藍音の嫌な気持ちは救われた。
志朗が待っていた教授の部屋に行くと、教授に待っているように言われて十分ほど待っていると教授が戻ってきた。
「申し訳ない、待たせた」
教授は状況を把握できていたようで、あの四人の学生から話を聞いてきたと言う。
「どうやら君が言っていた通り、この人物から頼まれて比湖君の誹謗中傷を言っていたようだ。全く、たった一万円で犯罪の片棒を担ぐとは情けないとしかいいようがないが、金銭のやり取りがある以上、これは見過ごすことはできない。だが、良くて停学程度だ。ただ全員がそれによって単位が足りなくなる可能性があるから、それで報復としてよしとしてほしい」
教授には彼らが一年留年することで、藍音に手を打ってほしいと言われた。
どうやらこれだけでは退学にする理由にはならないけれど、彼らの態度の悪いところが積み重なっていて、今回の出来事で停学にはなるらしい。
元々素行もよくないらしく、その留年によって彼らが続けて大学に通ってくるかは分からない。もしかしたらプライドだけは高く、そのままそれが許せずに大学を辞める可能性も高いようだ。
「ああいう輩は、あれだけの学生に見られてやり込められたら、プライドが邪魔をして通えなくなることがあるんだよ。それで逆恨みもあるけれど。でもこれは自爆と言っていい。けれど誹謗中傷を金銭の受諾で行っていたとなれば、誹謗中傷を意図的に行っていたとして逮捕も可能だ」
志朗がそう言うと、教授も続けて言った。
「もちろん、彼らとしては前科を付けるよりは留年、若しくは退学を選ぶだろうということなのだ」
つまり警察に行ったとしても在宅起訴で前科も付けられるけれど、その手間を考えたら藍音に恨みが募るようなやり方は進めないと教授は言う。
「君さえ黙っていたらと言って逆恨みされるよりは、これまでの積み重ねによるものだと理由なら彼らもさすがにやり過ぎたと思うだろう。前回似たようなことをして、ご両親も呼び出されているから、きっと大学は辞めるだろうね」
教授は彼らの悪さを知っていたようで、藍音に恨みが集中しないように取り計らってくれた結果、停学で手を打とうと言うわけだと話してくれた。
「あいつらが藍音に何かしたのは今回が初めてなら、藍音が恨みを買う必要はない。それよりも依頼したという誰かを探った方が話はもっと落ちるところに落ちる」
もちろん、停学を食らった彼らが依頼した相手に話が違うと怒りを向けた方が、藍音に危害が加えられないからそれはそれで安全だ。
「それについてなのだが、彼らも依頼者の顔は見てないらしい。どうやらロッカーに入っていた手紙を見て、そこに人数分、四万円が入っていて依頼内容が書いていたそうだ。その手紙は預かってきたが、パソコンで作ったモノだから足が付くとは思えない」
教授はその手紙を袋に入れて志朗に渡している。
「いつか何かあった時のために持って行ってくれた方がいい」
教授の言葉に藍音は有り難くそれを受け、志朗はそれを丁寧に鞄にしまい込んだ。
教授の提案通りに藍音はことを進めて貰い、誹謗中傷をしてきた男たちは二度と会わないままで済んだ。
「しかし手紙に書いて依頼するってことは、証拠は残さないつもりだったってことだよね」
藍音がそう言うと、志朗が真剣な顔をして言った。
「問題は、そこもそうなんだが、明らかに誹謗中傷に悪乗りしそうな学生に向けたものもある。幸い彼らの次の講義があの教授の授業だったから、講義室にいた学生は皆、その誹謗中傷には乗らなかったけれど、もし環境がもっと違っていたらどうだ?」
志朗がそう言うと、確かにそれは誹謗中傷とは思わないまま誰もが口にしたかもしれない。
ホモなんてとか、男に股を開いているなど。普段心にすら思いもしないはずなのに、彼らは平然とその誹謗中傷に乗っていただろう。
「今回は運が良かった、それだけだ」
志朗はその危険に気付いていたからこそ、早急に止めに入った。教授が講義室に近づいているのも知っていて割って入ったけれど、これが違う講義だった場合は、志朗の方が不審者で、彼らの誹謗中傷も教授が違えば「それだけのことで」という問題にすらならなかったかもしれないというのだ。
「どうしてこんな手間を掛けてまで僕を?」
そう藍音が志朗に問う。志朗だって知っているわけじゃない。けれど藍音は何か言葉が欲しかった。
「最初に計画通りに藍音を手に入れられなかったことが相当腹に据えかねたらしい」
志朗のその言葉に藍音はやっと相手が誰なのか察した。
「まさか、坪倉だって言うのか、こんなことをしているのは」
藍音は坪倉がそこまでしつこく藍音を狙っているとは思えず、何が彼の中でおこっているのか分からなかった。
「はっきりと坪倉かどうかは分からない。ただ坪倉のことから藍音の周りはちょっとおかしいだろう? あの友人の突然の離反。あれだって幾ら藍音を気に入らないとは言っても、他の友達にまで分かるくらいに藍音を悪く言う必要はあったと思うか? 普通の人間なら関わり合いになりたくなくても、一応の味方はする。それをしないってことは、元から彼らに藍音を売る準備ができていたと考えるべきだ」
志朗はあの二人、入山と武富の二人は怪しいと思っていたという。
藍音に対しての突然の暴言は、その裏がバレたくない故に吐いた嘘だったのではないかということだ。
「金銭のやりとりがあったってこと?」
「そう、それで藍音なら別にいいかと思ったのは事実だったんだろう。だから自分の擁護しながらも藍音の側にいたら、この依頼者のことがバレると就職に関わると思ったんだろうな。明らかに武富の聞き込んだ話、飲み会の場所や時間、人数やらと具体的な内容が怪しいんだ」
「怪しいって?」
「普通、誰それが誰それと飲み会するってという話を聞いた脇山は、ただそんな噂だったと言っている程度。しかし、普通に噂話をするとして場所や時間、人数まで詳しく事細かに噂話として言うか?」
「言わないと思う……」
「だから、噂話として聞いたことにしろと指示があって、そう野辺に伝えて場所も時間も決まっていると思い込ませることにしたんじゃないかと思っている」
志朗はそう言い、藍音はそこから計画されていた可能性がある事実に、どうしてと足が止まる。
「何故、僕なの?」
藍音の足が止まっているのを見て志朗も止まり、そして志朗は藍音に近づいて藍音の手を取る。
「それはそいつの心の中の問題だ。藍音が何かをした訳じゃない、何も悪くはない」
藍音のせいでこんな事態になったわけじゃないと志朗は言う。
それは分かっているけれど、なぜなのか知りたいと藍音が言うのだが、志朗はそれを藍音が知る必要がないと言う。
きっと藍音には理解もできないことが相手の心の中で起こっていて、きっと理由を聞いても藍音には理解ができるとは到底思えない。
藍音と志朗はそのまま講義が終わるまで志朗が付き添って、帰る時も志朗は家まで一緒に行ってくれた。
藍音の不安に志朗はきちんと向き合い、藍音が不安に思うと志朗が常に何か別のことを話して藍音の不安を消してくれる。
それは端から見れば恋人の甘えと優しさでできていて、藍音はそれに甘えながらもどうして志朗はここまでしてくれるのかという質問だけはできなかった。
だって答えは知っている。
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