モノポリーシリーズ 37°C

9

 壱伽は亮登の歩いて行くのを追いかけていたが、亮登は人混みに上手く紛れて壱伽から逃げ切ってしまった。
 ちょうど部活動の人たちがランニングをしていてそれに巻き込まれている間に上手く消えられた形だ。
 とにかく向かう先は分かっているから、壱伽は慌てて携帯を取り出して宮辻の番号を探しすぐに電話を掛けた。
 何度か電話の呼び出し音が鳴るけれど、なかなか宮辻は電話に出ない。
「もう、なんで今日に限って……っ!」
何度呼んでも電話に出ない相手に亮登のことを知らせられない。
 壱伽は宮辻を探して講堂を回るも、知り合いの誰一人として宮辻を見た人がいなかった。
「休みなんじゃない?」
 そう言われてしまい、壱伽は宮辻の住所を知らないので夏伐に電話をして聞いた。
「これだけあちこちから連絡しているのに電話に出ないのは心配だな。亮登さんのこともあるし」
 夏伐はそう言って壱伽に家を教えてくれたので壱伽はそのまま大学前の大通りでタクシーを捕まえて住所を伝えて直行をした。
 宮辻の住んでいる場所はタクシーで三十分ほど。大きなビルが多い繁華街の通りにある。親が外交官だと聞いていたのに、住んでいる場所が夜の街がある通り。
 何だか変だなと思いながらも壱伽はタクシーを降りて携帯の地図で場所を確認しながら進むと、繁華街の出口にある一番大きなビルで、新しい建物の中にマンションの部屋があるようだった。
 昔はデパートだったらしいが、それがごっそりと消えてマンションが建ったらしい。五階までは店や事務所などが入っているようだったが、六階からが住居スペースだった。
 その中で宮辻の部屋は最上階だった。
「あいつ……なんてとこに住んでいるんだ……」
 とにかく部屋まで上がるにはインターホンで玄関口のオートロックを開けてもらわないといけないと思っていると、さっと中から数人のスーツの人が出てきたので壱伽はそれに紛れて上手く中に入ることができた。
 中に入って最上階まで行くと、確かに部屋には宮辻と書いている。
 けれどインターホンを押しても反応はなく、宮辻が部屋にいないことだけしか分からなかった。
 壱伽はその場に座り込んで宮辻の帰りを待つことにした。


 宮辻滉毅は病院を出た後、ふうっと大きな溜め息を吐いた。
 しんどかった話し合いが終わり、やっと手続きが済んだのでタクシーに乗った。
 それから自宅近くでタクシーを降りて歩いていると、目の前にスッと若い男が宮辻の進行方向を塞いだ。
 よくいるこのあたりの繁華街にいるホストのような華やかさがある人であるが、それでも宮辻を見てくる視線は強かった。
「君、宮辻滉毅だよね。間違いない、写真通り」
 そう言う相手の言葉に宮辻は驚きながらも聞いた。
「何? 誰?」
 宮辻はこの人には見覚えがなかったので聞き返すも、相手は言うのだ。
「壱伽の初めての男。亮登という」
「……っ」
 急に壱伽の最初の人がやってきたと言うので、宮辻は少しだけ動揺した。
「そんな人が何?」
「壱伽と別れて」
「断る」
 亮登の直球に対して宮辻はすぐに断る。
「は? どうせセフレなんだから、別に探せよ」
「だから、他にセフレを作るつもりもないし、あんたに指示される謂われもないし、何より俺にそんな気は一切ない」
 宮辻はそう言い切ってから亮登を押しのけて歩いて行くも、亮登はそれに付いてくる。
「ふざけんな、壱伽が可愛くなくなったのはお前のせいだからな。絶対に別れさせる。壱伽は俺が慰めるからお前要らないんだよ」
 亮登はそれが当然だと言うけれど、それに宮辻は言う。
「そうやってあんたも好き勝手に壱伽を利用して、飽きたらさっさと捨ててくやつなんだろ?」 
「……は?」
 宮辻の言葉に亮登は思ってもいなかったことを言われたようで呆然としている。
「悪いな。あんたのこと思い出した。中塔とか言う男と連んでるやつだよな。あいつが三股をやらかしてるのはあんたのせいだろうが。そのせいで壱伽がとばっちり食ってんだよ。壱伽が今寂しい思いをしてんのはあんたのせい、分かる? おっさん」
 宮辻はわざと煽るように言った。
 思い出したのだ。壱伽のことを調べていた時に話にでてきた中塔の思い人の話だ。亮登という名前で、とても嫌なヤツだと言われていた。
 下手に実力があるせいで我が儘が通り、何でも気に入った人を思い通りにさせるらしい。それによって信者が増えているけれど、端から見たら二人で壱伽を挟んで弄んだようにしか見えない。
「……今、おっさんって言った?」
「おっさんだろ? いい歳して学生捕まえてセックスフレンド気取って、食い散らかしてるおっさん。界隈で有名だぞ? あんたに捕まるのは物を知らない若いやつだけだって、知ってる奴らから相手にされないからって、壱伽を巻き込んでんじゃねーよ」
 宮辻がそう亮登の周りの評価を暴露する。
 正直、宮辻は今、亮登に腹が立って仕方がなかった。
 壱伽は八つも年上の男たちによって弄ばれて、好きだという心すら殺されているのだ。
 もう十分、壱伽は無知の罰は受けたはずだ。
 それなのにやっと縁が切れたはずの男が戻ってきて、壱伽をまた暗闇に連れ込もうとしている。やっと普通に笑えるようになったのに、それをまたこいつらはおもちゃにして壊そうとしている。
 それが宮辻には許せなかった。
 さすがにおっさんと言われた亮登が唖然としてるのを放置して宮辻はマンションの中に入っていく。
 それを亮登が追って来るので面倒くさいなと思いながらもオートロックの通路で亮登を撒けた。
 亮登は入れなかったけれど、外で大声で怒鳴って何処かに電話を掛けている。
 宮辻はそれを放っておいてエレベーターに乗ったが二階下で降りて階段で最上階まで上った。
「……たくっなんだってんだ今日は……」
 宮辻がそう呟いた後だった。
自宅前の通路に人が座り込んでいる。
 近づいていくと気配と音に気付いたのか、座り込んでいる金髪の髪がゆっくりと動くのが見える。
 眠っていたのか少し寝ぼけた様子の緑色の瞳がしっかりと宮辻を見つめてくる。
「どうした壱伽。そんなところに座っていると冷えるぞ」
 宮辻は優しく笑ってから壱伽の手を引いて起こし、家の鍵を開けて壱伽を家に入れた。
 下にいる亮登の邪魔が入るのが嫌で、宮辻は表札を外した。
「……表札、どうしたの?」
 壱伽がそう聞いてくる。
「いいから、入って。お茶しながら話をしよう」
 宮辻がそう言うので壱伽は少しだけホッとしたように笑った。
「さすがにイチゴミルクはないけど、甘いチョコなら土産に貰ったから食べるか?」
「うん、食べる」
 宮辻はキッチンに入ってコーヒーを入れ、壱伽のだけに砂糖を二個入れた。
 リビングに座っている壱伽の前にチョコとコーヒーを出してやると、壱伽は慌てて何かを言おうとするも、それを宮辻が制してコーヒーを飲ませた。
 壱伽はコーヒーを一口飲んでからホッと息を吐いて宮辻を見た。
「それで、何をしにきたの?」
「あ、の、僕の先輩が何か急に怒り出して、滉毅に殴り込むみたいになって、それで大学で滉毅を探したけど、いなくて、家を夏伐さんに教えて貰ってきた……んだけど」
 あまりに要領を得ない言い方に宮辻は少し笑って思った。
 相当焦っているようで、宮辻に危険を知らせるためにわざわざ壱伽から宮辻のことを調べてやってきてくれたということだ。
 それが宮辻にとってどれだけ嬉しいことなのか壱伽は知らないだろう。
 壱伽が宮辻の自宅を知りたがることはなかったし、宮辻の事情や背景も壱伽は知ろうとはしてくれなかった。
 つまりそれはセックスフレンドである以上、それ以外の宮辻に壱伽が興味がないということだった。
それが今は違う。
「その先輩ならさっき下で会ったよ。何か勘違いしているのか、俺等の関係に口出ししてきて、ちょっと笑ってしまったよ」
「……え? も、もう会った?」
 壱伽が驚いて宮辻を見ると、宮辻はニコニコとしている。
 その笑みは嬉しそうであり、壱伽には理解できない表情だ。
 宮辻はただ嬉しくて笑っていたけれど、それは壱伽には奇妙に映っている。
「俺等がこういう関係なのはお互いに納得してそうしているだけ。それを外野がどうこう言うのはおかしいって言っておいた。元々はあの男のせいで壱伽が元彼とやらに目を付けられたんだから、文句の一つくらい俺だって言いたくなったのもある」
「へ? な、なんで元彼って……え? なんで亮登さんとのことまで……?」
 壱伽は宮辻が何もかも知っているようなことを口に出したので驚いた。
「ちょっと人に聞いたら何もかも噂になってるって教えてくれたよ。壱伽、自分が思ってるより有名人だから、壱伽が誰と付き合って誰とセックスまでしたのかも皆知ってるみたいだよ」
 それを聞いて壱伽は首を傾げた。
 赤の他人のことを有名人扱いをして見聞きしたことをそこまで忠実に言いふらされているとは壱伽も思ってもいなかったらしい。
「それで壱伽の初めての男があの亮登ってヤツだってことも知ったし、その亮登に惚れている男が壱伽の元彼の中塔で、亮登が壱伽を抱いたから中塔もつまみ食いした。中塔は亮登が触れたものなら何でも欲しがって壊していくらしくて、界隈では有名だって。だから壱伽が二年もそんな男と付き合っているのを周りはよく保っているなと思ってたらしい」
 そういう風に言われて、壱伽は落ち込んだ。
「そ、そんな酷い噂があるような人の噂すら耳に入らないなんて……僕、どうかしてる……」
 壱伽はちょっと耳を傾ければ周りが心配をしていた理由に思い当たった。
 皆は知っていたからこそ、大丈夫か?と聞いたし、中塔のことは信用できないと言ったのだと今更気付いた。
「恋は盲目とは言うから、言っても壱伽が聞くわけないって思ったんだろうな」
「……ううう」
 確かにその通りで、今思い返せば周りは中塔との付き合いには賛同はしてくれなかった。それもそのはずだ。案の定、碌な男じゃなかった。
「その亮登ってやつは、自分の思い通りに壱伽がしていないと可愛くないって言っていた。つまりそれってあいつにとって都合がいいってことだよな? 壱伽の変わっていく様子を受け入れられないなんて、随分子供な人なんだな。周りが甘やかして、駄目にしていったような人間だった。物凄く不快」
 宮辻はそう言って真面目な顔で友景亮登という人間を表した。
 それは壱伽には初めて聞く亮登への評価であったが、思えばあの人はもう二十八歳で、仕事でもいい立場のはずだ。それが後輩の変わっていく様子が気に入らず、その付き合っている相手に「俺が気に入らないから別れろ」はおかしな行動なのは壱伽も分かる。
「僕も決めたのは自分で、約束したのも自分だから大丈夫だって言った。だから亮登さんに何かされるのが嫌だった」
 どんな結末になっても壱伽は自分で選んだのだ。親から与えられたから強制されたわけでもない。その道しかなかったわけでもない。ただ選んで失敗したことも自分で選んだ結果である。
 そう思うと、壱伽は元彼である中塔と付き合ったことも亮登に気に入られようとしていたことも全部自分が選んでそうしていたのだと気付いた。
 そしてそこから今、自分はその二人から離れたがっているのも事実だった。
「壱伽はどうしたい? これから俺等のこと?」
 宮辻がそう尋ねてくる。
 セックスフレンドになってもう二ヶ月が過ぎていた。
 このまま関係を続けていくのか、それとも気が変わって別れるのか。更に先に進むのか。壱伽は選ぶ時がきたのだと知った。
「俺は壱伽とこのままでもいいし、もっと先に進むのもありだと思っている。俺は壱伽のことは好きだし、体の相性もきっとこれ以上はないくらいにいいと思っている。けど、壱伽がこの先はないと言うなら、俺はここで降りる」
 宮辻ははっきりと壱伽との関係を示してくる。
 このままでいるにしても、先が見える関係がいいと言うのが宮辻の望みだ。
 もしその先は一切ないのであれば、宮辻はそのための時間を壱伽に使わないと言っている。
 そこで壱伽は志朗の正論を思い出した。
 あの時、志朗は無駄な時間を使わせるなら別れてやれと言っていた。
 本当にその通りだ。けれど壱伽はこの関係を崩したくなかった。
 だが、それは何でだろうか。
「僕は……好きとか分からなくなってる……。もう何が正しいのか分からない。けど……」
「けど?」
 宮辻は壱伽に先を促した。
 その時の宮辻の顔は優しい顔をした。
 もう確信はできていた。壱伽が何を選ぶのかが分かったのだ。
「僕は……滉毅といるのが楽しい。エッチも気持ちいいし、相性もいいと思う。だから何が正しいのか分からないけど……僕は滉毅と一緒にいたい」
 そう壱伽は口にした瞬間。それまでの呪縛から解き放たれたように表情が変わり、壱伽は顔を真っ赤にしている。
「あれ……なんかドキドキする」
 それを見て宮辻は壱伽の頬に触れた。
「……どう? これまでと違う?」
「あ、……うん、……なんか……照れる……」
 壱伽はやっと宮辻に対して心を開き始めた。
 好きという言葉を使ったら絶対に叶わないと思っていた。
 今まで碌な男に引っかからなかったから、また同じかもしれないと心が閉じてしまっていた。
 でも、声に出した瞬間に心が開いて、好きという感情が戻ってきた。
 そしてそれは宮辻から見ても壱伽の表情から分かりやすいくらいに、宮辻のことを思っている壱伽がいた。
「嬉しいな……壱伽、好きだよ」
 宮辻は何があっても壱伽の味方だった。
 心が死んでいる間も宮辻は根気よく壱伽の心を大事に開くことだけ考えた。
 壱伽が自分から心を開けるように、かなり慎重に行動をしたけれど、壱伽は割と心よりも態度にしっかり宮辻が気に入っていると出してくれていたので、宮辻は何があっても壱伽から離れる気はなかった。
 だから亮登の登場はちょうどよかった。
 壱伽を思い切りよくさせてくれ、さらには余計に壱伽が宮辻を思うきっかけにはなってくれた。
 壱伽のこれまでの不幸がそれで消えるわけじゃないが、これから先、宮辻が壱伽を幸せにしてやれば、その過去は過去でしかなくなる。
「僕もたぶん、好き」
 壱伽はそう言い、口に出した瞬間、赤い顔が更に真っ赤になり、耳まで赤くなっていた。
 それを宮辻は嬉しそうに眺めて言うのだ。
「耳まで赤いよ」
「うん、めちゃくちゃ顔が熱い」
「可愛いね、壱伽」
「……もう……恥ずかしい……」
 消え入りそうな壱伽の声と共に壱伽は顔を座っていた膝に埋めてしまったけれど、宮辻はそんな壱伽を愛でて、背中を摩ってやった。
「セックスフレンドから恋人にシフトしていい?」
 肝心なところを宮辻が壱伽に確認すると、壱伽はそれに頷いた。
「うん、それでいい……」
 壱伽は迷いもせずに宮辻の提案を受け入れたが、顔が真っ赤で耳まで赤いままの顔は見せてくれない。
「壱伽、セックスする?」
「する」
 宮辻が尋ねたら速攻で返事が返ってきた。
 それには宮辻も最高に顔が緩んでニヤニヤと笑ってしまい、それが壱伽の目に入ってしまった。
「もー、滉毅、笑いすぎ」
「まあ、にやけてしまうのは仕方ないよ。俺的には二ヶ月返事を待っていたからね」
宮辻はそう言いながら壱伽を抱え上げてしまうと、ベッドルームに運んでいく。
 壱伽は抱えられたままで大人しく、宮辻の肩に手を回した。

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