モノポリーシリーズ
37°C
8
週末、壱伽は家族と共にハワイに飛び、父親の会社のパーティーに参加をしてから疲れたままで月曜を迎えた。
起きて大学に行くと、今日は宮辻の姿を見なかった。
いつもは門前にいて話しかけてくるのだが、今日はそれがなかった。
さすがに毎日ではないけれど、いないならいないで何となく寂しかった。
一昨日に獅來たちと話した後に志朗とも飲んだせいで、壱伽は心に余裕ができたはずだったのだが、調子は宮辻が姿を見せないというだけで一気に降下してしまう。
「壱伽、大丈夫?」
隣の席に座ってきた立夏がふてくされて寝ている壱伽に話しかけてきた。
「あー、うん、まあ、疲れてるだけ」
そう壱伽が言うけれど立夏は納得していない。
「そういうことじゃなくて……すごく寂しそうで」
立夏が更に突っ込んで話してくるので壱伽は聞いた。
「バイト、どう?」
話を変えてきた壱伽に立夏は答える。
「うん、大丈夫。みんな優しいから。それより、どうしたの今日宮辻くん見てないけど?」
立夏はちゃんと質問に答えてから壱伽に質問を返した。
それに壱伽は眉を顰めてから言う。
「僕だって見てないから知らない」
壱伽がそう答えたら立夏もさすがに壱伽の機嫌の悪さに合点がいったようだった。
「なんだ、宮辻くんがいないから機嫌悪いんだ?」
「だから……」
「甘やかされてたもんね。もう餌付けもいいところだったもの」
そう立夏が笑って言うので壱伽はふと考え込む。
「僕そんなにだった?」
甘えている自覚はあるが、端から見ても酷いところだったとは思ってもみなかったのだ。
「あー、良い意味で甘えてたよ。ちゃんと配慮もされたし、何より宮辻くんが甘やかすのが上手いから。ああそういう感じなんだって思ってたけど」
立夏が宮辻の感想を述べ始める。
「宮辻くんって、脈があったらいくらでもどこからでも依存させてくる人なんだと思う。甘やかして、適度に離れて、それで距離間絶妙に調整してきて、近づいたと思ったらそうじゃなくて、でもそれを疑い始めたらすっと戻ってきて甘やかしてって」
立夏の宮辻の分析は壱伽が溜め息を吐けるほど当てはまっていることだった。
絶妙な距離間は、セックスフレンドだからこれ以上の甘さは恋人ではない人には駄目だろうという距離なのだ。
だから期待をして肩透かしを食らう。
どんどん不満が溜まってしまい、壱伽はいつの間にか宮辻に依存しかけていることを知った。
「……あいつ、やり手だな」
壱伽は思わず唸る。
「仕方ないよ、だってその距離間は壱伽との約束だからね」
「……あ……そっか、そうだよな……」
壱伽とはセックスフレンドだから、その距離は取らないと宮辻の中で勘違いが始まってしまう。だから距離を取り、自分に言い聞かせているのだ。この人は恋人ではないのだと。
けれど恋人だったら、一体どうなるのだろうか?
恋人ではない段階で既に壱伽は甘いと感じるのに、宮辻はそれ以上をしてくるということなのだ。
そしてその甘さを持ってしても恋人が離れた理由が、大学が離れてしまっただけというのが正直元カノは何が不満だったのかが分からなかった。
宮辻滉毅に関して、壱伽はそこまでの興味はなかったはずなのに、立夏と話しているうちに一昨日の獅來や志朗との話もあって、興味が湧いた。
今更ながらに宮辻滉毅は何者なのか、他の知り合いを訪ねて聞いてみた。
「え? 宮辻のやつのこと? あいつなんかした?」
「してない。ただどういう人なのかちょっと知りたい」
壱伽がそう言うので、壱伽のことを可愛がってくれた夏伐(なつぎり)尚人は、宮辻の人柄について話した。
「真面目っちゃー、真面目。彼女が受験の時は、ちゃんと勉強も手伝ったし。ああ、元々高校時代に同じ系列の中学生だった彼女らしい。友人の彼女の後輩とか。それで離れているからなかなか会えないこともあったけど、なるべく会うようにはしていたらしい。一生懸命だったのに、彼女の方は近場の馬鹿な男に唆されて、あっさり乗り換え。自然消滅を狙ったらしいけど、心配した宮辻が連絡をしてくるから別れを切り出したみたいだな。宮辻はもちろん、その流れを友人の彼女から聞いて二股された挙げ句に自分が捨てられたと知って落ち込んでた」
そう恋人に対しては酷く真面目だったようだ。
「宮辻自体はちょっと最初は取っつきにくいけど、慣れてきたらいい奴だし、約束は守るし、引くのも上手い。距離間は絶妙って感じ。それなりに自分があるからさ、流されてあれこれはしないけど、こっちが求めてたら一応は合わせてくれる。こういっちゃあなんだけど、都合がいい付き合いができるヤツだな」
夏伐はそう言い、宮辻に関して友人ではあるが、とにかく距離が有ると言う。
「だから壱伽の方が距離は近いと思う。アイツがあんな甘やかして近づいている人、俺は彼女以外では初めてかな。だから壱伽は相当気に入ってるんだと思うけど?」
それには壱伽も同意だった。
「その宮辻って家の方はどうなんだ? 家族とか……あんまり話に出てこないから」
夏伐に聞くのは良くないかもしれないが、宮辻が家族の話をあまり出したがらないから、事情を知っている人に聞くしかない。
「ああ、あいつの親は海外に赴任してる。両方キャリアで外交官だったかな。小さいときはあいつも一緒にあちこちしていたらしいけど、高校で日本の大学に通うために落ち着いたとか。一人暮らしだけど俺等みたいにだらけてない。真面目だな」
自宅に人を呼んで騒いだりはしないわけだ。
「その辺は僕も同じだから」
壱伽が突っ込むと夏伐が笑う。
「そうだな。そういう自分のテリトリーにはちゃんとした人しか呼ばないところは壱伽と似てるかもな。一途なところもそうだしね」
夏伐は壱伽と中塔の破局の理由も知っているし、壱伽が中塔にべた惚れだったことも知っている。
そして壱伽と宮辻が完全に恋人同士ではないことも察しているようだった。
「お前らくっつけばいいのにって思って合わせたけど、やっぱ元彼や元カノの振られ方が悪いとなかなか簡単にはいかないもんなんかね?」
夏伐の言う言葉に壱伽は言った。
「僕はそういう感情をどう表したらいいのか分からなくなっただけ。好きって何だっけ?って今も思ってるし、湧いてこない」
壱伽の言葉に夏伐は頷いたが、次の言葉を発しようとした瞬間、その二人の席に懐かしい人がやってくる。
「やあ、久しぶり、元気してる壱伽?」
そう言って二人が話し込んでいる席に現れたのは二人の知り合いだった。
「あ、亮登(あきと)さん、今日はどうしたんです?」
夏伐が先に挨拶をして友景亮登(ともかげ あきと)に尋ねた。
「今日は教授に呼び出されただけだよ。懐かしいから学内散歩していた」
友景亮登は夏伐尚人から数えて六つ上のOBだ。
社会人六年目であるが、OB会には幹事で顔を出してくれる。
細身の体で身長は百七十で綺麗で美しい顔をしているが、その裏はかなり策士でやり手である。だから癖の強いOB会をまとめられるのはこの人しかいないと言われるほどで、その手腕はどの知り合いも高く買っている。
そして自分の会社を経営していて、大学時代に作ったイベント会社は大学生相手から企業案件まで取り扱うほどに急成長している。
そんな人なので大きな企画は友景に持ち込まれるのが当然だったため、夏伐はそうした知り合いとして幹事同士で仲がいい。
そして壱伽はこの人と知り合ったのは大学のOB会ではなく、バーだった。
ただの一人として出会い、そして壱伽の童貞と処女を奪った人でもあった。
「壱伽、元気?」
「あ、はい。大丈夫です」
「うん、瑛賢のこと悪かったね。巻き込んだみたいで」
「いえ、亮登さんのせいではないので」
そう壱伽が言うと、亮登はそう?と首を傾げている。
友景亮登は、壱伽の元彼である中塔瑛賢の思い人である。
ここが出発点だ。
けれど友景亮登は中塔瑛賢とセックスはするが恋人同士にはならない。何故かは知らないが、そういうことらしい。そして友景亮登は誰とでも気に入ればセックスをする。
壱伽も気に入られたからセックスを教えて貰った。
壱伽はそのセックスによって、両方を試した結果、自分が受ける側であることを再認識をした。だから壱伽は亮登に感謝こそすれ恨みは一切ない。
けれど、それが原因で壱伽は中塔に目を付けられ、恋人と偽られて二年を無駄にした。
中塔は亮登が触れたであろう壱伽の体が目当てだっただけで、恋人になりたかったわけじゃなかったのだ。
そして壱伽は亮登とは一回切りのセックスしかしておらず、その残り火すら中塔に奪われてしまったというわけだ。
なので中塔に目を付けられた原因は確かに亮登のせいではある。
けれど真意を見抜けず騙されたのも壱伽なので、壱伽は亮登を責める気はない。
「よかった、吹っ切れてるみたいで……じゃ、今フリーでしょ、今晩どう?」
キラキラとした眩しい笑みを浮かべた亮登がそう言い出してきて壱伽も夏伐も驚いた。
「あー、いや、それはちょっとマズイでしょ」
夏伐がそう言うので、亮登が首を傾げる。
「え、もう次がいる?」
「……えっと、セフレがいて、それでその約束で別の人とは寝ないって決めているので」
壱伽がそう言うと、亮登は納得しかねぬというように言った。
「何それ、セフレなら別に他の人と寝ようとどうしようと、どうでもいいじゃん」
亮登の言うことは確かにその通りだ。
通常、セフレというのは都合のいいセックスの相手であり、一人に絞るなんていうのは効率が悪い。だから普通、セフレは何人かいて当たり前で、その数人の中で回していくことを言う。
「どうでもよくはないので、そういう約束にしてます。僕らはそれで大丈夫なので」
壱伽が少し苛ついて言ってしまった。
セフレという言葉はいい意味がないけれど、恋人同士ではない以上そうとしか言えず、便宜上そうなっているけれど、誰とでも寝ているわけではないから、少し違うのが理解されない。
亮登の自由奔放のことを昔は気にもならなかったけれど、壱伽は初めてその節操のなさに中塔の荒れる理由も理解してしまった。
「ふーん、なんか縛りプレイみたいでアレだけど、どっちが言い出したのか知らないけど、完全に束縛だよね。俺はそういうの嫌い」
亮登がそう言って不快そうに眉を顰めているのを見ると、この人の自由奔放さは別の意味で厄介である。
昔はそういうところをかっこいいとか思っていた壱伽だったが、今はただの我が儘でしかないのだと知る。
相手の気持ちを弄んでいるのは壱伽も同じであるが、それでも真摯に向き合う気もなく、節操なくセックスをして自由でいたいと言うのは若いうちしかきっと通用はしない。
やがて周りが落ち着きだした時、自分一人がその枠から取り残される。
それが壱伽には分かってしまった。
心を閉ざすことで自由は得られるけれど、それはきっと亮登のように強い心を持っていない人には孤独に耐えられないだろう。
だから壱伽は好きだと言う気持ちが芽生えなくても、独りになりたくなくて宮辻に側にいて欲しい。
自分勝手な思いだけれど、それでもいないと寂しいと感じるくらいに、宮辻は側にいてくれたのだ。
「僕はそれでいいって言ったので……!」
壱伽は強く亮登に向かって言っていた。
亮登がどう言おうとも壱伽はそれでいいと納得したのだ。
それを嫌いという感情だけで否定するのは止めて欲しかった。
「なんか、壱伽が可愛くなくなってる。誰それ、そいつ。壱伽のこと束縛してるヤツ」
亮登が急に声を低くして怖いことを言い出した。
「え、や、亮登さんが怒ることじゃないでしょ?」
さすがにこれは壱伽と宮辻の二人の問題なのに、亮登が口を挟んでこようとしていて夏伐も焦っている。さすがに大事にはしたくなかっただろうし、壱伽もどうして亮登がそんなことを言い出すのか分からなかった。
「怒るというか、お気に入りをすっかり変えられて腹が立ってるだけ。前はもっと可愛かったし、壱伽はもっと素直だったよ」
亮登の怒りがどういう方向に向かっているのか分からないが、壱伽が宮辻に甘やかされて変わったことが相当苛立つらしい。
成長をして変わることと、誰かによって染まることは違う。
宮辻の思惑通りに染まっている壱伽に亮登は腹を立てているのだ。
「僕は納得したから、そうしてるだけです……だから亮登さんが怒ることじゃ……」
壱伽はそう言って亮登を止めようとするも、亮登は何処かに電話をしてからスタスタと歩き出している。
「え、ちょっと、マズくない?」
夏伐もさすがにこれはいけないと壱伽に言うけれど、壱伽もどうしていいのか分からなかった。
とりあえず暴走しかけているであろう亮登を止めるために壱伽は亮登を追いかけるけれど、亮登はどんどん進んでいく。行き先は分かっているかのような足取りに壱伽はもっと慌てて走って追いかけた。
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