モノポリーシリーズ 37°C

7

 壱伽はその日の夜は居酒屋にいた。
「おお~、壱伽~」
 そう言って店に入ってきた壱伽を見つけたであろう先に来ていた人が呼んでくる。
 それを見て壱伽は眉を顰める。
「げ、なんで志朗さんがいるんですか?」
 眉間にしわを寄せてから壱伽は志朗の向かいに座っている獅來(しき)の隣に座った。
「悪い、店に入ったらいたんだ」
「そう先に飲んでたのよ」
 獅來が謝ったのに対して、志朗はへらへらと笑う。
 恵西獅來(えにし しき)は身長は百八十はある大男で、顔も睨まれたらヤクザだと言われるような彫りの深い顔をしている。そのせいで友人は少ないけれど、付き合ってみるとその真面目さに辟易するような真逆の性格に逆に付いていけなくなる。
 一方、水偉志朗(みずい しろう)は底抜けに明るいお調子者だ。
 基本的に明るいため人が集まってくるけれど、本心だけは見せない。
 それを壱伽はいやという程知っていた。
「まあ、それでこれがいてもいいような相談事だった?」
 壱伽の言葉に志朗が茶茶を入れる。
「やだなあ、一度は付き合った中じゃないか」
「正に黒歴史だから。マジで」
 壱伽はそう言う。
 それに志朗は笑う。
「なんだよ~、付き合ったのは一ヶ月だけど、その後も仲良くしてたじゃん」
「してないし、勝手に紛れ込んでいるくせに。獅來の相談の邪魔すんな」
 壱伽は志朗と過去に付き合ったことがある。
 それも高校に入ってカミングアウトした後、最初に付き合ったのが志朗だった。けれど、志朗のあまりの自由奔放さに振り回されて壱伽は一ヶ月で音を上げた。
 それ以来地雷の志朗であるが、その志朗とは別にセックスをしたりはしていなかったのが何よりも救いだったと今でも壱伽は思う。
 けれど最初の恋人が志朗で、その後が元彼である以上、壱伽の男運の悪さは酷いものだった。
「それで、獅來どうした?」
 獅來と志朗とは、壱伽は大学が違う。
 今ではこうやって呼び出されるくらいでしか繋がりがないので、相談と言われたら相当重要なことだと分かる。
「あーうん、そのな。最近、気になる人ができて。それでその気になる人がお前が最近付き合ってるらしい男と同じ高校出身で仲が良かったらしいと言う情報を志朗さんが掴んでいて」
 そう獅來が言い出してから壱伽の眉間に怒りマークが浮かぶ。
「なんで志朗さんが知ってんの?」
「そりゃ、お前の大学の同好会に入ってるから」
 平然と外部学生と交流をしている同好会に入っていると言われて、壱伽は眩暈を覚える。
 それは壱伽の知らないところでずっと志朗が彷徨いていたという事実だったからだ
「最近のお前の噂は恋人ができたっていうやつ。いい男と連んでるじゃん」
 ニヤニヤして志朗が言うから、壱伽はふてくされる。
「その付き合ってるやつっていう」
「付き合っていない、セフレだセフレ」
 壱伽は宮辻と付き合っていることは否定した。
 とりあえず二人は付き合っている関係には見えているけれど、本当はただのセックスフレンドなだけだ。
「え、そうなの?」
 獅來がちょっと驚いたように壱伽を見るので、壱伽は言い返す。
「恋人同士じゃないと駄目なのか?」
「いや、それは今回関係はあんまりないかな」
 獅來は話したい内容と壱伽と宮辻が付き合っているかいないかは関係はあんまりないと言う。
「ただ、そいつの高校時代の友人の一人とちょっと連絡を取りたくて、それで繋ぎしてもらえないかなという話なんだ。もちろん、駄目だったら他にも手は有るんだけど……」
 獅來がそう言うので壱伽は尋ねる。
「なんで?」
「えっと、その友人の人に一目惚れしてさ。大学は一緒なんだけど、もう単位取れて大学には出てこないんだ。就職活動も何か実家の会社に入るから忙しくもないらしくて。それで自宅を訪ねたらもう引っ越した後で……それで何処にいるか知りたいんだ」
 獅來の思った以上にストーカーな部分が出てしまい、壱伽は少しだけ引く。
「それって告白をしたけど逃げられて何処にいるか探しているって聞こえるんだけど?」
 壱伽がそう言うと、獅來はふっと考えてから言う。
「もしかして俺、避けられてる?」
 本人は振られてないと思っているらしく、しつこく尋ねたら相手が消えていたということらしい。
「相手、本当にフリーか?」
「フリーじゃないけど、付き合っている相手も知っているから時間の問題かなと。一応、どういう相手なのかは分かってて……」
 そう獅來が言い、壱伽は呆れる。
「お前、……ん? 付き合っている相手を知っているって、その相手って誰?」
「お前もよく知っている。中塔だよ」
 獅來が吐き捨てるように言うと、壱伽はああっと舌打ちをした。
「そりゃ本当に時間の問題だ。アイツ、また他の子にちょっかいを出してるんだ? 懲りないなあ」
 中塔瑛賢(なかとう えいけん)という男は壱伽の元彼であり、比湖藍音と二股をされ、更に三股されていた。そのせいで壱伽は元彼のことを言われると不機嫌になっていたので、獅來も気をつけて言ってくれたのだが、壱伽は嫌なヤツ以外の感情が湧かなかった。
「……壱伽、あいつのこと気にしなくなったんだ?」
「いつまでもこだわってないよ。もう仕方がないじゃん? 終わったことだし」
 壱伽はカラっと笑って言うけれど、さっきまで明るい笑みを浮かべていた志朗の方は少し真面目な顔をしている。
「人のこととやかく言える状況じゃないんじゃない、壱伽。お前も変わらねえよ」
 中塔について文句を言う壱伽に、今の状況は壱伽も変わらないのだと言い切られた。
「は? なんでだよ。こっちはちゃんと割り切って……」
 壱伽は中塔と同じだと言われて腹が立ってきたけれど、志朗の方を向いて切れてみせるが志朗は正論を吐く。
「噂じゃ、宮辻滉毅くんだっけ? 壱伽にべた惚れじゃん。それってセックスフレンドってだけじゃないでしょうが。確実に相手に好意があっての上で成り立っているセックスフレンドなんて、相手の気持ちを弄んでるだけだ。気持ちがいつかなんて期待を持たせて、相手からの好意を受け続けるなんて、お前も結構酷いんだぞ」
 志朗の言葉に壱伽はカッとなって怒鳴る。
「お前に何が分かるんだよ!」
「分かるよ、居心地良くて浸って甘やかしてもらって、最高に気持ちが良い時間なんでしょ? 壱伽はいいよ、楽しいんだろうし。でも相手に恋人になってやる気もないなら、時間の無駄じゃん。宮辻くんだって振られて辛いかもしれないけど、絶対に振り向かない相手を抱いて時間を潰しているより、さっさと解放してやって次の相手を見つける時間に充ててやるべきだ」
 志朗の正論に壱伽は言葉を失う。
 確かに今の関係は宮辻の好意でしか成り立ってない。
 壱伽は分かっている。その甘さや居心地の良さにきっぱり宮辻を振れないでいる。
 志朗の指摘に壱伽は自分がそう思っていることを分かっているのに、傷口に塩を塗って抉ってくるような志朗が本当に憎たらしかった。
「……だから、お前が嫌いだ」
「壱伽は趣味が悪いんだよ。男運もないし。かといって好きでもないのに恋人はやれないって思い込んでいたり。本当、運も頭もないよね」
 志朗は嫌いと言われても気にした様子もなく、壱伽を責めてくる。
「あ、壱伽……大丈夫?」
「……大丈夫じゃない……悔しい。ぐうの音も出ない。好きでもないのに一緒にいて、不快じゃないから居心地良くて……それに甘えているのは本当だもん。離れた方がいいのも分かってるし、最初からセックスがよくてそれでセックスフレンドにしただけだから、いつかはって分かってる……けど、できない」
 壱伽がそう言うものだから、獅來が首を傾げている。
「えー、居心地良くて離れたくないってだけでも十分、恋人になれると思う。セックスも合ってるなら尚更、なんで離れないといけないんだ?」
 獅來の言葉に壱伽は言う。
「ときめきがない。むかつくけど志朗さんの時とか、中塔の時とかに感じた、心のわくわくとか好きっていう気持ちが全然ない……ただ居心地の良さに甘えているだけ」
「でも、離れたくないんでしょ? だったら離れなくてよくない?」
「は?」
獅來の言葉に壱伽が驚くと、獅來は言う。
「だって、相手はそれでいいと思ってるんだし、もしそれで駄目なら勝手に離れていくからそれまで壱伽が選ばなくてもいいんだよ。相手の気持ち次第。壱伽は離れたくなくて、居心地がいいからこのままがいいと言えばいい。それで我慢できないなら、本当のセックスフレンドになるし、壱伽はそれで問題がないんだろ? じゃあ相手の気持ち次第で壱伽の選択肢はもうないよ。離れる離れないは相手が決めればいい。こういう関係は、そういう納得の元に成り立っているんだから」
 たしかに志朗の言う優しさがあれば、志朗の言う通りにした方がいい。
 けれどそれでには壱伽は抵抗がある。ならば、獅來の言う通りにそのままでいい。壱伽は選んでこの関係でいる。最初に言ったセックスフレンドという枠がただ単純にセックスフレンドではあるが、ただセックスをするだけの関係だけで終わるかどうなのかはその時の相手によって違うのだ。
 そこに愛だの恋だのを抱けない壱伽が選ぶとすれば居心地の良さだけだ。
 そして壱伽は選んだ。
後は宮辻が決めることだ。
「あーあ。そこで考えるのやめちゃったら、後は知らないよ?」
 志朗が獅來の言葉に納得しているのを見て、壱伽に後悔しても知らないよと言うけれど、壱伽はそれを無視した。
「それで、僕のことはいいんだよ。宮辻にその友達のことを聞けばいいってこと?」
「そう、名前は一ノ関陽琉(いちのせき あたる)。できれば会いたいって」
「うん、分かった伝える」
「良かった、これで探偵雇って調べる手間が少しは削減できる」
 獅來がそう言うので壱伽はどん引きする。
 恵西獅來は高校生の時に小さなプログラムの開発で一財産を築いた天才児で、お金ならプログラムを書くだけでいくらでも手に入る。
 現在もその手の仕事をしており、有名企業からの依頼もこなしているほどである。けれど、本人は歪んでいて、金で解決ができることなら手段はいとわないところがあり、元々が壱伽の立場よりもいい家の出なので感覚が色々とおかしい。
「獅來、お前さ。それで相手が逃げ切ったらさすがに諦めてやれよ?」
 探偵を使ってでも調べ尽くしてやる気である獅來であるが、壱伽はそこまでされて逃げ切れたら、相手も本気で逃げているので嫌がられていることを自覚しろと言うが、獅來はそれに首を振った。
「本人に言われてもやめないよ? だって運命なんだ」
 獅來はそこでニコリと笑う。
 それには壱伽も志朗も引く。
「さて、相談はそれだけだから、後は適当に飲んで。ここの支払い、ツケで俺に回ってくるから」
 獅來は壱伽への用事が済んだら満足して去って行くも、壱伽が言う。
「それ、さっきの相談の電話で言ってくれたら、隣にいたから聞けたのに……」
けれどその呟きは既に獅來には聞こえておらず、獅來はさっさと居酒屋を出て行く。
「獅來はマイペースだからな。その一ノ関って人はお気の毒」
「志朗さんはその人と同年代ですけど、同じ大学で知らないの?」
 志朗と獅來は同じ大学なので、一ノ関が同じ大学なら知らないはずはないと壱伽が言うと志朗は言う。
「もちろん知ってるよ。あっちは部類の違う有名人。俺は普通の有名人。だから反り合わないグループ同士なわけ。そういうのは悪い噂は入ってきてもよい噂はあんま流れない。更に獅來は浮いてて、俺以外とあんまり付き合いがないから、こっちのグループ関係とあっちのグループ関係の間にいるのに一ノ関に構ってるせいで周りから警戒されて浮いている。俺は自分の立ち位置を壊したくないので一ノ関に関わり合いたくない」
 つまり見知ってはいても個人的に関わり合いはないというわけだ。
 志朗は平和主義であるから、無理に関わってもめ事を起こしたくはないのだ。
 それくらいに相手は面倒な相手らしい。
それ以上どうなるかは分からない壱伽はこれ以上志朗とそれを話し合ってもどうにもならないので、定食だけ頼んでそれを食べてから居酒屋を出た。
 帰り道が駅まで一緒なので仕方なく、志朗と歩くことになったが、壱伽は久々に志朗と会ったのだと思い出す。
「そういえば、一年くらいぶり?」
 壱伽がそう言うと、志朗が頷いた。
「そうだよ。卒業式で会ったきりだね。元気そうで良かったよ」
 志朗がそう言うので壱伽も言う。
「うん、相変わらずでびっくりしたけど、それでいいと思う」
 志朗はむかつくけれどそれでも志朗のままでいるのが志朗らしいと本当に壱伽は思った。
 それには志朗も驚いたようで、びっくりとした顔をしたが、すぐにニコリとして笑った。
「ありがとう。まあ、壱伽はそのままだとマズイと思うけどね」
「そういうところが腹立つんだよ」
 壱伽はそう言いながらも笑って志朗を見た。
 久々に元彼でもあり、最初の恋人に会ったわけだが、壱伽はそれを過去にでき、何も引き摺っていないことを知った。
 志朗はいい奴でもあった事実を思い出す。
「どうせだから駅の屋台で一杯していかないか?」
 志朗がそう言うので壱伽はそれに頷いた。
「いいよ、今日は付き合う」
「あら、素直になったな、壱伽。いいと思うよ、それで」
 志朗は素直に付き合ってくれる壱伽と共に屋台が並んでいる駅横の通りに入っていく。
 それを見ている人がいるのを壱伽は気付かなかった。

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