モノポリーシリーズ 37°C

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 時合壱伽(ときあい いちか)は、セックスに関して非常に開けっぴろげである。
「え、何でって、セックスなんて誰でも興味あってやってんじゃん」
 急に飲み会の時に壱伽に興味を持った男が面白半分で聞いてきたけれど、壱伽はあっけらかんとして答えていた。
「でも、興味があってやってても、誰とでもやるわけじゃないから、意味があるんだと思うよ」
 その言葉は上手いなと、宮辻滉毅(みやつじ こうき)は、一個離れた席に座っていて会話が聞こえてきたので聞くと無しに耳にして思った。
 時合壱伽は、頭はプラチナで瞳はグリーン。決して染めているわけでも流行のコンタクトをしているわけでもない。
 生まれたままのオリジナルだと、さっき本人が言っていた。
 その外見のせいで目立ち、虐められる前に彼は人気者になってそれを回避したという、壱伽の生い立ちを調べたわけではないが、そんな話が耳に入るのが飲み会である。
 目立つというのは本当で、いるだけで壱伽は非常に場を明るくする人だった。
 だからそんな人は放っておかないけれど、今日の壱伽は人数集めのために呼ばれた客寄せであり、主賓ではない。
 案の定、壱伽にやんわりと「君とはセックスはしないよ」と断れた男が落ち込み、その男を狙っていた女子学生に宥められていい仲になりかけている。
 まあ、迫った彼の望み通り適当な相手で一回のセックスはできるだろう。
 飲み会なんてそんなもので、宮辻もまたその一人であるが、今日は乗り気は一切しなかった。
 というのも長く音信不通だった彼女に、ここに来る前に振られたのだ。
「飲んでる?」
 急に隣が空いたからか、壱伽の役目も終わりに近かったのか、いきなり宮辻の隣に座り、壱伽が話しかけてくる。
「誰か気に入った子はいない? 君なら割り込みでいけると思うよ」
 かなり非常なことを言うけれど、宮辻はそれに首を振った。
「今日はそういう気分じゃないんだ」
 飲み会だって断ろうとしたら会費計算で合わなくなるからと引き摺られてきてしまった。大学の仲間から爪弾きにされるとのちのち面倒であることも思い出して、五千円で二時間の時間を潰しにきてしまった。
 けれど食事は美味しかったし、ソフトドリンクなら飲み放題だったのでそれで元は取れただろう。
なので今日はもう帰って寝たい気分だった。
 二次会はもちろんないだろうし、各々お持ち帰りで楽しむだろうから、九時半には電車に乗って十時には帰り着くだろう。そういう計算が働いていて、宮辻は壱伽の気遣いも正直面倒だった。
「え~、気分じゃないのか~残念」
 壱伽はそう言い、隣から席を立って何処かにいってしまう。
 暗いのには興味がないのかとホッとしていたら、何か飲み物を持って戻ってきた。
「はい、ソフトドリンクじゃ足りないでしょ?」
「……え?」
 トンとテーブルに置かれたのは、ウイスキーの水割りだ。
「ずーっと飲んでるけど、酔ってないってことはもっと強いのをいつも飲んでいるんだよね? だから一杯だけ奢ってあげる」
「……いや、何で?」
 宮辻は壱伽に特別にして貰う理由が見つからず、困った顔をして聞き返す。
 それは壱伽には不思議だったらしく、壱伽が言う。
「別に何も入れてないよ?」
「はあ?」
「え?」
 二人で何が駄目なのかということでお互いに意思疎通ができず、宮辻も壱伽も二人で首を傾げる。
 周りはソフトドリンクで酔っ払った人たちが騒いでいるけれど、隅っこにいる二人はお互いに?マークを浮かべて時間が止まった。
「え、いや、別にソフトドリンクでもいいけど……元は取れたし」
「え、何か入れられたと思ったから断ってるんじゃないの?」
そう言い合い、お互いに物凄い勘違いをしていることを知った。
「あははは」
壱伽が噴き出すように笑い出し、宮辻もやっとお互いに何を思っていたのかを知って笑い始める。
「はは、別に時合のことを怪しいとは思ったことないよ。こんな有名人が盛ったなんて噂出たら終わるだろう?」
 宮辻がそう言い、壱伽が有名人だから信用していると言うと壱伽はふっと笑いを止めた。
「あー、うん。あんまいい噂は聞かないでしょ?」
 壱伽はすぐ宮辻の隣に座り、ウイスキーを宮辻に手渡した。
 それを宮辻は受け取って飲み始める。
「まあ、人は言いたいことを言ってるけど、あんたがその噂を打ち消すくらいに明るいから、そこまで悪い噂でもないよ。さっきみたいなヤツは多いんだろうけど、やっかみ半分振られた腹いせってことだろうし」
 宮辻がそう壱伽の噂のことをそんな風な解釈で言うと壱伽は少しだけ照れたように笑う。
「うん、そんな感じ。大っぴらに明け透けだからって、何も誰とでもセックスしたいわけじゃないってどうして皆わかんないんだろうね……それが不思議。そいつら、俺と適当にセックスしたいだけっていう僕より酷い考えのくせに、僕が貞操を守ったら激怒すんの。僕のこと見下してるのが見え見え。男とセックスするようなヤツに人権があるのは表向き、裏では平然と罵ってる」
 壱伽が落ち込んで宮辻にそう言ったが、宮辻は言う。
「そういうやつはそういう考えをずっと持ってきて、これからもそうやって生きていくんだろう。それで人生が破綻しようがどうしようがそれこそ、時合の知ったことじゃないから、一回コナ掛けられて悪い噂を流されても、時合の仲間はあんたがそうじゃないことくらい知ってるから、違うと言ってくれる。実際、悪い噂を広めているヤツの方が、居心地悪くなってるみたいだし?」
 宮辻がそう言うので壱伽はキョトンとしている。
「居心地悪いの? そいつら」
「一人を執拗に恨んで妬んで口にして喜んでるヤツに、仲が良いやつができても同じ考えのヤツしか集まんねえんだ。するとだ、そんな話ばかりで盛り上がるやつと、陽キャで楽しそうに生きてるやつとどっちと一緒にいたいかって言うと、陽キャの方が人生お得ってこと。分かるやつには簡単に分かるから、意外に噂は噂止まりってわけ」
 宮辻の言葉に壱伽はふむと考え込み、そして笑う。
「ああ、そうだね……そりゃ恨み言より楽しくて面白いことの方がいいに決まっているよね」
「そういうこと……ウイスキーごちそうさん。相談賃で貰っておくよ」
 宮辻はウイスキーを一気に飲み干してからそう言うと、壱伽は驚いた顔をして言う。
「やっぱ、強い酒の方がいいんじゃん。ほら、僕の気遣い当たってた」
「当たってるけど、それはここのルール上はよくないと思っただけだ」
 宮辻は壱伽に特別を作るとよくないのだと言ったけれど、壱伽はあっけらかんと言う。
「僕が誰か気に入って特別にしても、誰も驚かないよ。いつものことだと思うだけ。僕って割とそういうのしても仕方ないって思われるみたい。外見が日本人に見えないから、振る舞いも海外の人みたいな扱い」
「そう……じゃあ言うけど、俺は今さっき彼女に振られて落ち込んでるんだ。だから直接慰めてくれる気がないなら放っておいてくれないか? もう一次会も終わるし」
 宮辻は馬鹿明るい壱伽に意地悪を言った。
 やり方は酷い方で、別に壱伽と寝たいわけでもなかったのに、適当に去ってくれる理由を探したら、さっき見た振られた男と同じ方がいいと判断できた。
 壱伽は誰とでも適当には寝ない。相手はちゃんと選んでいる。
 だからこそこれはやけくそだった宮辻が壱伽に都合良く去って貰う理由を与えただけに過ぎない。
「……えっと」
 壱伽は何となくそれは分かったようであるが、宮辻に聞いた。
「来る前に振られた?」
「ああ、彼女が大学に落ちて、別の大学に行くことになって遠くになったから引っ越したあと音信不通で、やっと一ヶ月後の昨日連絡がきたと思ったら、別の彼氏できたから別れて欲しいってさ。遠距離で関係を維持できないって言うけど、単純に他の男とやってよかったってことなんだろうさ」
「ええ、それひっどい……っ」
 壱伽はさすがにその振られ方は、彼女の方が誠意のかけらもないと言った。
「遠距離なのは分かってたし、連絡も付くのに無視して男と遊び回って楽しんだ後、ちょっとの罪悪感で悪い女ねとか思い出して、嘘の理由で平然と別れを切り出すとか最低じゃん」
壱伽はその方にどうやら怒りを向けているが、さっき言った宮辻の言葉には答えていなかった。
「……あのな、だからむしゃくしゃしてるから、時合のこと犯したいって言ってんの、分かってる?」
 宮辻は直接的な言い方で壱伽に言った。
 壱伽はそれを平然と受け止めて言うのだ。
「分かってるよ、君はむしゃくしゃしてて、僕を犯したいくらいに無茶をしたいって思ってる。それって彼女のことを昨日まではちゃんと心配していて、思ってたからこそ、無茶苦茶に何かに当たりたいってことだよね?」
「そう言ってる」
「で、一つ確認するけど、君は男を抱くことはできるわけ?」
 壱伽は真面目に宮辻に問う。
 それは意外な返しで、宮辻は驚いてしまった。
そういえば考えたことはなかった。
 男と寝たことはない。幸か不幸か、恋人は女性だけだった。
 なので男とセックスできるかできないかは、全くもって分からない。
 というか、そもそも壱伽とセックスをすることになったとして、宮辻は自分のペニスが勃起をしてくれるのかどうかさえ自分でも分からなかったのだ。
 脅しに使っておいてなんであるが、セックスに持ち込めるかどうかさえ分からないという、根本的な問題がそこにあった。
「考えたこと、なかったな……そこは」
 宮辻が馬鹿正直にそう言うと、壱伽はちょっとだけ吹きだして笑う。
「まさか……そうくるとは思わなかった……」
「いや悪い。いいから放っておいてくれと言いたかっただけなんだ」
 宮辻は正直に放っておいて欲しいのだと壱伽に言うのだが、壱伽はそれを聞いても離れてはくれなかった。
「じゃあ、僕も言うけど。僕もこの間付き合ってると思った男に、二股されてたことが分かって別れたばかり。もうね無茶苦茶なの、二股された者同士で飲んだくれて、今じゃそっちとの方が仲が良い。でね、この男、本命が振り向いてくれないからあちこちで男引っかけて恋人ごっこしてるっていう酷いヤツなわけ。どう、割と悲惨でしょ?」
壱伽はその問題には吹っ切れていないようで、恨み辛みを吐き出す。
「でね、二股が発覚したのがホテルから出てきたところで、こっちが楽しんだ後にいきなり二股相手が現れて元彼をその場で殴り倒したわけ。呆然としていたら、その二股相手に僕が拉致されて、そのまま飲み屋でクダ巻かれて、本当に二股をされてるのかと思ったら、もう一人別の人に手を出してる現場に遭遇しちゃってね……」
 壱伽がどんどん愚痴りだしてしまい、宮辻は唖然とする。
 その壱伽の経験は宮辻のただ離れたから彼女に振られたという状況とは圧倒的に違った。
「もうね、呆れて呆れて、怒りも沸かないの。何だって今まで気付かなかったんだって思ったら自分が情けないっていうか、こう猪突猛進過ぎたかなと思えてきて、しかも三人目の人が実はその人の本命だとか、本命にはエッチして貰えたけど、愛して貰えないとかそういうを話元彼から聞いていたら馬鹿馬鹿しくなってきたりして、感情がどうしていいのか分からないまま」
失恋はしたけれど、そもそも壱伽はその人のことを本気で思っていたのか分からなくなったと言う。
「相手の動向を見ていたら少しはおかしいことには気付けただろうなって思うし、それより腹が立たないから、もう僕は元彼とどういう気持ちでいたのか分からなくて、好きだったけど、一瞬で冷めて、それで哀れみさえ持っちゃって」
 壱伽の言葉に宮辻は思う。
 壱伽は純粋過ぎただけなのだろうと。相手の言い分を丸々信じるのもいい人過ぎるけれど、愛しているという言葉に触れて、その気持ちに劣っている自分の心が不安になってきただけなのだ。
「それでね……いっそのこと誰でもいいからセックスしてくれないかなって思ってるのだけど、でも僕面食いで、好みじゃないとさすがに身体を投げ出す気にはならなくて、それで君はとても好みなんだけど、どう?」
 壱伽はいきなり話をまとめに来た。
「……は?」
「だから、男を抱けるかどうか分からないんだよね? 君は今日からフリーでずっと彼女に操を立ててたから、セックスもしてきてない。もちろん溜まってるはず。で、僕は誰かとセックスがしたい。君はタイプでセックスしてみたい。ね、ほら、お互いに目的はあるわけ」
「ちょ、ちょっと待て」
 宮辻はまさか断ってからしつこく壱伽に迫られる羽目になり、男と寝るのはさすがにどうかと思う気持ちもあって、何とか壱伽の暴走を止めようとする。
「いや、俺は試したいとは言ってない」
「いいから、しよう?」
 壱伽はそう言いながら宮辻に甘えてきて身体を擦り付けている。
 遠くで幹事がお開きになったことを告げて、一次会で飲み会は終わったことを告げている。
 どんどん人が店から出て行き、宮辻と壱伽だけが残された。
「あのー、そちらまだですか?」
 店員がそう言うので、壱伽が言う。
「そっちの個室、空いてるならそっちに移ります」
「はーい、かしこまりました。どうぞ、空いてますので。お飲物は?」
「ウイスキー四杯、お願いします」
 壱伽が勝手にそう決めてしまうと、壱伽が宮辻を連れて隣の個室に入っていく。
 そこは座敷の反対側にある。
 座敷は次の飲み会の人たちがやってきて、どうしても移動をしなければならなかったし、その人たちが靴置場を占拠して上がってきたため、宮辻は逃げることができなかった。
 隣の個室に入り、すぐに店員がウイスキーを四杯もってやってきた。
「お客さん、これから十分くらい隣の宴会準備で注文が遅くなりますので」
「はーい、大丈夫です。お酒二杯で粘るので」
 壱伽はそれが分かっていたように言い、店員は障子を閉めて部屋を出て行った。
 大きな笑い声や話し声が聞こえているが、その声は障子の向こうで聞こえているけれど、宮辻と壱伽の距離は物凄く近かった。
「じゃあ、ちょっと試してみよう」
 壱伽が笑って言い、宮辻はキョトンとした。
 そこから始まるのは、宮辻にとってずっとあり得ない出来事ばかりだった。

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