even then
-もう一つのeven then-
15
倉知真樹にとって、今の大問題は学校のことでも友達のことでもなかった。
生活に必要なお金を稼ぐためのバイト。そうこれが命の綱だった。
倉知の両親は世間では所謂毒親と呼ばれる、緩く虐待をしてくる親だ。
大学へ行くのも一苦労で、奨学金をやっと得られたと思ったら、親が満額借り受け借金だけが倉知に残った。
大学一年生にして既に借金七百万ほど。
これを返済していくが倉知であるから、当然倉知はバイトを今すぐして稼ぐしかなかった。
幸いでなかったのは、奨学金は飽くまで大学で使うものであるという大義名分があるわけで、そのお金の中に大学で使う入学金と、さらには大学四年間のマンション代金として使われてしまっていた事だろう。
「何で返済する俺に無断で金が勝手に借りられるんだよ。おかしいだろうが」
もちろん一円でも倉知のために使われていないのであれば、訴えれば勝てたのに、それが分かったのが家賃が支払われた後だったから、訴えても勝てないと言われたのだ。
家賃分で二百四十万くらいが飛んでいるわけで、残りの学費とかも入れれば親が使ったのは倉知が使う金額と同等の金額であることが分かる。
もちろん親に抗議をしたところで、親からは。
「あら今まで育てた教育費を入れればこんなもんよ、あとは自分で何とかして~」
そう言いながら既に海外旅行で使い込んでいた。
もちろんそれが分かった時点で親が奨学金のお金を使えないようにしてもらったので、それ以上を引き出させなかったが、案の定親はその後も借りようとしていたらしい。
けれど、それは本人のために使われていないのではないかと疑われ、さらには何なら調査しましょうかと言われて親はやっと引っ込んでくれた。
それでも手切れ金だと思えば安いとさえ思うくらいに倉知の親は方々で迷惑をかけたのだ。
倉知は高校からバイトをしていたが、その貯めたお金を勝手に引き出すのはもちろん、バイト先に乗り込んで勝手に給料を横取りしてくる有様で、倉知はバイトをしていることを隠して何とかお金を貯めた。
それで当面はどうにか食費などを賄えたけれど、やはりバイトをしないといけなかった。返済額が多すぎて大学を出てもきっと返済で首を括る羽目になる。
そう思ったので怪しいバイトに手を出した。
名目はメッセンジャーだった。
ある会社の社内で郵便物を配るという仕事で、時折資料なんかも届けるという内容にちょうど良いと倉知は面接を受けた。
そこではお金が必要であることをしっかりと言ったところ、バイトの面接をしてくれた若い面接官がクスリと笑った。
「なら、もっといいバイトもしてみるかい?」
そう言われて提示された金額は時給五万という一時間の仕事だ。
「や、やります!」
もちろんやらないわけもない。
飛びつくに決まっている。
けれどその内容は聞いていなかった。
その日からメッセンジャーとして会社でバイトをした。
空いている時間でいいからと言われて、他のバイトとメッセンジャーの時間を確認しながらやってみた。
その仕事は疲れるけれど、楽しくて、倉知は小さいのに動き回るから可愛いと初日から女性に人気が出た。
そのバイトを一週間した後、土曜日に会社に来て欲しいと言われて、昼間に社長室へ来るように言われた。
あのよく分からないバイトの件である。
社長室をノックしてから部屋から返事がするまで待っていると、入れと低い声がした。
意外に若い声がして、倉知は驚いてドアを開けて中に入った。
すると社長室の椅子には、あの時の面接官が座っている。
「……え、マジで?」
まさか社長自ら面接官をしていたのかと気付いて倉知は焦ったけれど、向こうは気にした様子はなかった。
「時間通りだ。こっちへこい。仕事だ」
そう言われて社長室の隣に連れて行かれた。
その部屋はちょっと変わっていた。
まるでクローゼットのように洋服が沢山掛けてあり、両脇に並んでいる。
その真ん中を抜けていくと、その奥にはベッドがあるのだ。
しかもキングサイズである。
社長の男はそこにさっさと寝転がると、倉知に向かって言ったのだ。
「ここに、来い」
そう言われた場所は社長の隣。
それに気付いて倉知は焦った。
「すみません、それはいったいなんですか?」
倉知がそう言うと社長は倉知を睨む。
「そもそも俺、あんたが社長かどうかも分からないし、名前も知らないし、何で隣で寝なきゃいけないし……意味が分からない」
倉知が意味が分からないと言うと、社長の男は名乗った。
「私が社長の志方成実(しほう なるみ)だ。お前は私の抱き枕になって私の睡眠中隣でじっとしていることが契約内容になっている。いいから黙ってここに来て寝ろ」
志方がそう名乗ってからベッドから起き上がり、倉知を抱き上げてベッドに潜り込む。
「ぎゃー! ばか、離せっ!」
「いいから黙ってろ。静かにしてれば一時間で終わる」
「いやだ、男の添い寝とかっ!」
そう倉知が逃げようとするも、志方が言った。
「お前、金が欲しいんじゃなかったのか?」
そう言われ倉知はピタリと動きを止める。
「……金、そういるよ!」
「そういえば、何で金がそんなにいるのか聞いていなかった。話せ」
抱き留められたままで倉知は志方にそう言われ、倉知は渋々ではあったが理由を話すことになった。
毒親が奨学金を使い込んでいるという事実に志方もまさかそんな理不尽な理由だとは思わなかったようだった。
「世の中にはおかしな親もいるものだ。お前はそこから脱却をしたわけか」
「当たり前じゃん、これじゃ俺の将来、あいつらに食われて終わるだけだ。だからバイト増やして何とかするしか……」
倉知がそう言うのだが、それを志方が否定した。
「しかし、バイトごときでは足りないな。このバイトでも全然足りないだろう。仕方がないから、二時間に増やしてやる。今日だけで十万だ。これなら土曜だけでも週四で月に四十万。年間四百八十万。二年続ければ更に倍、これで奨学金は返済できる計算だ」
志方の言葉に倉知は本当に口から涎が出た。
「お、美味しすぎる……っ!」
「だろう、何なら夜に二時間も追加すれば一年で返済可能だ。どうする?」
志方はそう言い、倉知の体を撫でた。
「添い寝で一千万稼げるぞ」
志方の言葉に倉知はしっかりと堕ちた。
「や、やります……」
倉知はそう言うと体の力を抜いた。
もうどうにでもしてくれというようにすると、志方はそんな倉知を抱きしめてから急にスヤスヤと寝始めてしまったのだ。
「……マジで? 寝てる……」
何事もなく志方が寝てしまったので、倉知はポケットに入れていたスマホを取り出して、アプリゲームを音を消してやり始めた。
二時間もじっとしているなんて耐えられるわけもなく、何かしてないととてもじゃないが持たないと思っていたのだが、結局倉知はそのまま一緒に寝てしまった。
「……ぐはっ寝てた」
慌てて起きてみると部屋は暗かった。
「マジで……夜じゃないか……やばっ置いていかれた? いや鍵とかあるし……違うか」
ゆっくりとベッドから出てみると、特に何かされたわけでもなく服もそのままである。
部屋から出てみると社長室の電気は付いていて、志方がどこかへ電話をしている。
志方は倉知が出てきたのに気付いて手招きをしている。
何だろうと思っていると側に立てと指示するので立っていると、電話の用事が済んだのか電話を切った。
「よく寝ていたな」
「悪い、俺が寝てどうすんだか……」
「別にお前が寝ていてもどうでもいい。俺が眠れればそれでいいんだから」
志方がそう言うので倉知はそういうものかと首を傾げる。
「それで、俺がいて眠れたのか?」
そもそもの役割が果たせていたのかが問題だと倉知が志方に問うと志方が言う。
「駄目だったらそのまま寝かせてないで叩き出している」
「そうか、よかった」
志方に役に立ったと言われて、倉知は微笑んだ。
それに志方が釣られて笑い、それから思い出したように言った。
「そうだ。お前の通帳を作った。これから無駄使いをしないように俺が通帳を預かっておくから、これにお前の仕事した分を振り込んで毎月口座を見せることにする。お前に預けておくとお前の親が嗅ぎ回って見つけそうだしな」
散々毒親がやってきたことを話したお陰で、通帳類は消えるものという認識をしている倉知には現金以外は信用ならないものだ。
現金ならあちこちに隠せるからだ。
「通帳って本人以外に作れるもんだっけ?」
そういうのに厳しい世の中になっているはずなのにおかしいなと首を傾げていると、志方は何でもないように言った。
「私の兄が頭取の銀行だから、融通はいくらでも利くということだ」
「うわ、何か腹黒いこと沢山やってそうだね」
「まあ、最初の二十万を入れてある。夜の分も入っているからお前、これから俺の家に来て添い寝しろ」
志方がそう言い、倉知はそのまま社長室から連れ出され、車に乗せられて街外れにあるマンションに連れて行かれた。
そこからは駅は遠く、車でないととても移動ができない距離だったので倉知がキレる。
「ちょっと待て、この後仕事をしてから俺はどうやって帰ればいいんだよっ」
「気にするな、泊まればいい。そしたら明日の朝には車で送ってやる」
「……何それ……」
よく分からないまま志方の家に泊まることになり、倉知はそのまま本当に泊まってしまった。帰るにはタクシーしか道がなかったので金のない倉知にはそもそも駅まで歩くという危険極まりない行動ができるほど度胸がなかったせいだ。
結局、風呂にも入り、食事もいい肉を焼いて貰い、寝たこともない柔らかなシーツのベッドに寝ることになった。
優雅に映画を観ながらベッドで男に抱きかかえられて寝るという、今朝はそんなことになろうとは一ミリも考えなかった時間を過ごした。
そしてそこから倉知の生活は志方に滅茶苦茶にされ、気付いたら一年間をバイトに捧げることになってしまった。
その一年後、倉知は志方に連れられて銀行へ行き、奨学金の一括返済をしたのだった。 返せるのは何十年後かと思っていたら、一年バイトにつぎ込んだだけで、気付いたら一年間無駄にしたけれど、大学を休学にしていたお陰で余分に行く一年分の学費もそれで稼げてしまっていたし、これからも土曜昼の抱き枕は実施されたのでお金だけは貯まりに堪った。
そんな倉知に友達が出来るわけもなく、高校時代からの友人たちはとっくに他に友達を作ってしまっていたから、倉知は一人寂しく二年間の大学生活を過ごした。
そして三回生になった時に、倉知には友達が出来た。
「マジで友達ができたんだ。すっげー良い奴、あっちはちょっと事情があって転学してきたらしいからさ。俺がいないと色々分からないって言うからさ、話してみたら何かほんわかしてんの」
そう倉知が嬉しそうに報告すると志方があまり興味がなさそうに言った。
「そうか。しかし転学とは、何やらかしたんだか」
志方がそう言うせいで、倉知はそれにはさすがに文句を言った。
「色々事情があるんだから、その言い方はない。俺だって大概だし、人に言えないことだってあるじゃん。何か感じ悪い、今日は仕事しない」
倉知はそう言い、すぐに会社から飛び出した。
志方があんなに誰かに毒を吐くようなことを言ったことはなく、どうしてそう言うのか分からないと友人になった有瀬籐佳にそれを愚痴ると、籐佳は言った。
「え、それってお気に入りに新しい友達が出来て、その子の事ばかり言われて自分をないがしろにされたら、まあ、機嫌も悪くなるんじゃない? だってその人からすれば倉知が一番のお気に入りなんでしょ?」
そう籐佳が言うので、そういうものなのかと少しだけ思った。
そして馬鹿正直にそう言われたと志方に言うと、志方はそれには面食らっているようだった。
「なかなか出来た友達だな。今度時間があれば顔を見たい」
「うん、じゃあ言っておくよ」
志方がそう褒めるならそうなのだろうと、倉知は志方に友達を褒めて貰って嬉しくなる。
そして偶然にも籐佳の保護者代わりの永峰が志方の幼なじみであることまで分かり、付き合いが深くなると思ったら、色々と雲行きが怪しくなった。
その後も倉知は添い寝をずっとしていたけれど、籐佳の事件などで色々と大変なことに巻き込まれた時にはさすがに志方が倉知をアパートから引っ越しさせて志方の家に住まわせる自体になった。
その時のことを倉知は気にしすぎと言えなかった。
「さすがに離れていると守れない。お願いだ、手の届くところにいてくれ」
志方が真剣な顔をして倉知を説得したことが要因だ。
危険がないなら志方はそもそもそんなことは言わない。
「分かった、そうする」
「ありがとう……真樹」
その時の志方は少し震えていたのを倉知は覚えている。
あの震えこそ、志方がどれだけ倉知を大事にしてくれているのかという証しだったからだ。
事件はその後とんでもない結末になるのだが、その少し前に志方は自分で動いていた。
女性の名前の手紙を持ってきた倉知であるが、志方が顔色を少し変えたのを見て側でその手紙を読んでいるのを見ていた。
志方はそれを読み終わると、倉知にそれを見せた。
「読んで、いいってこと?」
差し出された手紙を読んでみると、過去に志方を刺して怪我をさせた女性からの告白だった。
「え、これって……え、でも……え?」
「気持ちの整理も何もないな。そういうことだったんだろう」
志方はそう言い、永峰に連絡をしようとした。
「前から俺はそいつを疑っていた。だからこれは確定した情報になる決めてだ」
しかしそれはギリギリで永峰に届いた時は、籐佳は既に連れ去られた後だったけれど、志方は持っている情報を全部出して警察を誘導してまで犯人の一人を強制捜査まで持って行った。
そのお陰で事件は解決したけれど、籐佳は怪我をしたし、心に傷も負った。
そして永峰にとっては支えだった人を失った事件だった。
志方は会社の合間に永峰に付き添い、励ましていた。
倉知は籐佳に付き添い、お互いにお互いの友達のために尽くした。
そうして時間はゆっくりと過ぎていった。
倉知はその二ヶ月後にはまた志方の添い寝についたけれど、それはもうお金を貰うような仕事にはしなかった。
「助けて貰ったから、俺も助けになれればいいと思った」
お金はもう要らないと言う倉知に志方が不思議そうにしていたので倉知がそう言うと、志方はふっと笑って言った。
「じゃあ、卒業するときは真樹を貰おうかな」
「はは、あの親から貰うって言うのはちょっと難しいかもな」
「ほう。つまりあの親を黙らせられるならいいってことか。ふむ、それは本気で考えよう」
志方はそう言っていたけれど、倉知はそこは信じていなかった。
添い寝を続けながら、メッセンジャーの仕事は続け、志方のマンションから引っ越すのは面倒だったのと、既に退去したアパートの代金を返金されて親が使ってしまっていたので、もう一度引っ越すことは出来ずに志方のところに住んでいた。
大学を卒業したらきっとマンションは出ないといけないと倉知は思っていたけれど、その前に志方が先に動いていた。
ある日、大学帰りに会社に行くとそこに倉知の親がいた。
「え、何で」
何故このバイト先が見つかったのかと驚いていると、父親と母親はニヤニヤしながら呼ばれてきたのだと言った。
そして接待用の応接室に通され、両親と志方の話し合いが始まった。
「かねてよりお話を通してましたが、そちらの言い値は決まりましたでしょうか?」
志方がそう言い出して両親は、指を一本上げた。
「うちも子育てにここまでかけているんでね。欲しいとおっしゃるならこれくらい出せますよね?」
父親が勿体ぶってそう言うのだけれど、倉知には何のことか分からない。
何だと首を傾げていると、志方の秘書がやってきてお盆みたいなものに乗せた沢山の書類を持ってきた。
「それではまずこちらにサインをお願いします。各書類になりますので目を通してください。サインを全ていただけましたら、こちらの小切手をすぐにお渡しします」
志方はそう言い、目の前で一億円の小切手を切ったのだ。
「……いいでしょう」
それを見る両親の目は金の亡者だった。
彼らが確かに教育にお金を使ったのは間違いないけれど、それでも一億はおかしい値段である。
けれど何か言おうとした倉知に志方が黙っているようにとメモを見せてきたので、きっとこれは何か意味があるのだろうと思った。
そして持ち込まれた書類は、戸籍の分離のもの。さらには沢山の書類は弁護士からのお金を受け取った後は倉知に近付かないという誓約書を何枚も書いている。
もし近付いてきた場合は賠償金などまで設定をしている。きっと困った時は絶対に守らないだろうけれど、これでもし後でそんなことがあっても親が自分で書類にサインをしている手前、自分の持ち家である家を売らないと払えないくらいの金額が設定されていた。
あの家は既に抵当に入っているけれど、今回のお金できっと買い戻せるだろう。それも狙っているらしい。
そんな二人は倉知のことは見もしないで、金を出すという志方の機嫌を気にしているようだった。
そしてそれらを一時間かけて説明をし、サインをさせてから小切手は両親の物になった。
「ああ、それでは私たちはこれで」
「真樹、これで俺らは他人だ。もう実家はないし、お前はこれから一人だ。せいぜい、食いっぱぐれないように頑張れよ」
そう言って二人は小切手をすぐに換金するために銀行に走っていったらしい。
「あの、どういうこと?」
両親が帰ってからやっと倉知がそう言うと、志方が言った。
「結納金だ。真樹を貰うためにな。あとはざっとあいつらが二度と真樹に近づけないようにという書類だ。もちろん弁護士と協議して決めた内容だから、法廷効力があるものだ。これでお前はあの両親から金の無心をされることはない。そう法律で決まったわけだ。すぐに弁護士に書類を出させるから」
志方がそう言うので、倉知は顔を真っ赤にした。
「ゆ、結納金って……本気かよ、あれ冗談だっただろ?」
「いや、本気で考えていたよ。そのために貯金をしたくらいだ」
「そりゃまあ、一億は貯金しないとだな……っていうか、あんたにとってははした金みたいなもんだから……あいつら騙されてない?」
逆にあの両親がもっとがめつければ、恐らく二、三億積んでもよかったかもしれないのだ。
それくらいに志方はお金を持っている青木商事の社長である。世界有数の商事の社長である、一億は本当にはした金だったけれど、それを両親はあまりに無知で物を知らなかったようで、ぎりぎりの欲張りしか見せなかった。
「お前が一億は安かったな。三億ほど用意していたけれど、三分の一で済んだから、残りで一緒に住める大きなマンションに引っ越そう」
志方が急にそう言い出し、倉知が慌てる。
「え、俺、まだ一緒に住んでいいの?」
「当たり前だ、ただ今のマンションは少し狭いから、もっといいマンションを幾つかピックアップしておいたぞ」
「いや、俺が決めるわけ?」
「そりゃ、籐佳くんの近くに住みたいだろう? あの辺りはいいマンションが建っているから、歩いて数分で行ける距離になる」
志方がそう言うので、それにはもう倉知は何も言えず降参するしかなかった。
ここまでして一緒にいたいという志方を倉知はもう邪険にはできなかった。
「分かった。降参です」
倉知がそう言って両手を挙げると、志方は微笑んで言った。
「まあ、大学を卒業するまでは待ってあげるよ。だからそれまでに好きになってくれ」
志方の笑顔に倉知は真っ赤になってしまってから言っていた。
「もう、好きになってるよ……くそっ」
「知ってたさ」
暴言を吐いても何でも倉知が志方を嫌っていたら、奨学金が返し終わった時点で離れているはずである。それでもここまできたのは志方のことを少しでも好きだったからだ。
そして籐佳と永峰を見ていて、恋をするということを教えて貰ったから、自分の志方を好きと思う気持ちが籐佳を好きだと思う気持ちとは違うことを知れた。そのお陰で志方を恋愛対象として見ていると分かった。
事件があったから、それどころではなかったけれど、これでもう周りを気にしなくていい関係になれたのだ。
今でも倉知は志方の抱き枕を続け、仕事は志方の会社でメッセンジャーを統括する部門に就職し、バイトたちと仕分けを日々している。
もちろん社長宛の荷物は倉知が専門で届けていて、お昼の抱き枕もやっている。
志方の抱き枕の意味は、志方が眠るときに何を抱いていると気分良く眠れることと、志方の睡眠時間が極端にないことで、医療的な観点から会社で一時間の睡眠を取るように言われているからだ。
しかも志方は夜も二時間しか寝ないという、ショートスリーパーであり、実は夜の二時間を経過すれば自然に起きてしまうけれど、体を休めるためにベッドにいるように言われていたので、倉知を使って体を休めていたという尤もらしい理由が明かされたのは、出会ってから四年の歳月が過ぎた後だったのである。
「めっちゃ重要な役割じゃん俺!」
そんな話を聞かされた籐佳は、倉知の話に惚気ているなあと言った。
「本当に、志方さん、倉知のこと好きなんだね。倉知もそうだし」
「いや、俺は、そうでもないっ!」
「またまた、降参したって聞いたよ?」
「またあいつ、有瀬にはペラペラ喋るんだからっ!」
「達己さんに惚気てるんだよ。楽しそうだからいっかって達己さんが言ってた」
「いかん、あいつあちこちでペラってのかよっくそっ恥ずかしいだろっ!」
倉知はそう言い真っ赤な顔をしているが、それでも嬉しいのか口元が笑っている。
「もう、倉知は素直じゃないんだから」
籐佳は笑って言い、呆れているけれどそこに志方がやってくる。
「真樹、そろそろ帰るぞ」
永峰との何かの密談をしていたらしい志方が倉知を迎えに籐佳の部屋にやってきた。
もちろん永峰も一緒であるが、志方はさっさと倉知を連れて帰っていく。
「あ、お邪魔しました~」
永峰に倉知がそう言うと、永峰は優しそうに微笑んでからまたおいでと言って玄関を閉めた。
「籐佳も落ち着いたし、永峰さんも幸せそうでよかったね」
倉知がそう言うと、志方はにっこりと笑った。
「そうだな、よかったよ本当に」
志方はそう言ってから倉知に手を差し出した。
その手を倉知は遠慮なく取って、振り回しながら言った。
「志方、俺たちも幸せにならないとな!」
「もちろんだ、真樹」
倉知の言葉に志方も頷いて一緒に手を振った。
そして二人は新居に引っ越し、そこから二人の本当の時間が始まったのだった。
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