even then
13
「マジで、もう気が気じゃなかったよ」
倉知が籐佳を見舞いに自宅まで来てくれて、約三週間ぶりに二人は会った。
「うん、ごめんね。色々ありがとうね倉知。それから志方さんも本当に助かりました」
倉知に礼を言い、一緒に付いてきた志方にも籐佳は礼を言った。
志方がいなかったら、永峰が祥吾に疑いを完全に向けることはなかったかもしれないのだ。
「いや、私の方こそもう少し早く確証が持てれば、君たちを傷つけることはなかったはずだ。悪かった」
志方はどうもそこを気にしている。それに籐佳は慌てて謝られても違うと言った。
「いえ、謝られることはないです。本当に」
「でもね、志方さんはさ、最初から祥吾って人を疑っていたのにずっと言わなかったのって、迂闊なことを言って永峰さんを祥吾って人の思い通りにさせるのが嫌で言えなかったってさ」
倉知はそう言い、籐佳はああそういうことなのかと気付いた。
もし志方さんが何の確証もなく、祥吾を疑っているおかしいと言い出したら、永峰さんはきっと祥吾のことを信用していたから、そんなはずはないと言ったはずだ。そして側にいる祥吾と離れているけれど幼なじみなだけの志方では、きっとその時の信用度が祥吾の方が高かったのだろう。
だから疑っていると言うと祥吾を庇い、永峰は志方との縁も切れたかもしれない。そうしたら永峰を救うことは一生できなくなるかもしれないのだ。
だから確証が得られるまでは動くことができず、けれど祥吾べったりと永峰となるべく会う機会を作って様子をみていたという。
しかも志方の存在も邪魔な祥吾は何とか志方も排除したかったのだろうが、いかんせん志方を悪く言ってしまったところ永峰が志方のことを祥吾が苦手なのだと判断しただけで終わってしまったのだ。
だから永峰は志方にあまり祥吾と会わせることはなく、線引きをしていたことで祥吾には志方の話をしなくなったけれど、志方はそういう態度を見せなかったので永峰は志方には祥吾の話をしていたようで情報は筒抜けだったわけだ。
そして志方は室岡が現れたところで彼が証拠を残していると思い、探偵を使い室岡を尾行させて根城をやっと掴んだのだ。
永峰はそれを聞いた時に、情報が漏れているのではないかと気付いて、誰が漏らしているのかと考えた時、祥吾の発言で引っかかった。そしてそれを志方に話したところで志方はずっと祥吾を疑っていたことを言った。そしてそこにその女性からタイムリーな手紙が届き、それによって祥吾が志方を殺そうとしたことが確定したのだ。
そして祥吾の周りも調べたらアトリエが立派な家に変わっており、その持ち主が室岡になっている事実に、やっと室岡と祥吾が未だに繋がっていることを知ったのだ。
「けどね、永峰さんはちゃんと信じてくれた。志方が嬉しかったってさ」
「余計なことまで言わなくていい」
志方はそう言い倉知に文句を言う。
さすがに全部言われたら恥ずかしいのだろうなと思うと籐佳は志方に肩入れして言った。
「倉知は志方さんのこと大好きなんだね、だから永峰さんと仲良くしていると嫉妬しちゃうんだ。だからこうやって志方さんのこと何でも知ってるって言いたいんだよ」
籐佳はわざとそう言うと、倉知は急に真っ赤な顔をして叫ぶ。
「ち、違うしっ! そうじゃないし!」
「まあ、そろそろ堕ちてやってもいいんじゃない。守って貰ってたのも事実なんだし」
籐佳が笑ってそう言うと、倉知はぐっと息を呑んで更に真っ赤になって震えている。
「確かにその代償も欲しいところではある。真樹、帰ったら覚悟しろ」
志方がそう言い出して倉知が震えて籐佳に助けを求める。
「お願い今夜泊めて」
「いーや、志方さんに恨まれたくないもの」
籐佳はそう言ってニコニコと笑う。
そして倉知は志方に抱えられて帰って行くことになった。
「本当に今回はありがとうございました。これからも永峰さんと仲良くしてあげてください……」
祥吾がいなくなった今、永峰のことを本当に分かってくれる友達は志方しかいなくなってしまった。
だからそう言ったのだけれど、志方はクスリと笑い言った。
「何を言っている。これからは君が永峰を支えていくんだ。だから私からも永峰をよろしく、幸せにしてやってくれ」
志方がそう言ってきたので籐佳はハッとしてからにっこりと笑った。
その笑顔は自分がちゃんと永峰の隣にいていいのだと言われたことが嬉しかったから出た笑顔だった。
倉知と志方が帰っていくと、籐佳は父親に電話をした。
この時間に電話をすることは事前に連絡をしておいたから、父親はすぐに出てくれた。
「あのね、父さん。僕、永峰さんが好き」
そう籐佳が相談があると言って電話したことがこれだったのだが父親はふっと息を吐いてから言う。
「……そんな気はしていたよ。彼はとてもいい人だし、ここまで世話になっていて話は別だなんて言えないよな……うん、父さんは反対はしないよ。だって君の未来だ。もう好きにしていいんだよ」
二度も死にかけた上に、人生を滅茶苦茶にされかけた息子が望んでいることを今更反対も出来なかった。
そして母親が籐佳が入院している間に心不全で死去していた。
こんな時期に葬儀が出ることで一時期マスコミが押し寄せていたけれど、籐佳はまだ退院ができなかったので葬儀には出なかった。色んなことが片付いて、父親もやっと肩の荷が下りたところだった。
「うん、ありがとう。父さんもね、好きにしていいんだよ……僕のことはもう大丈夫だよ」
「何だか皆、私の側から巣立っていくから、ちょっと寂しいけれど」
「ふふ、まだ僕は大学が残っているから、お世話になるけどね」
「それもそうか。まだ二年あるな。今度、周りが静かになってからでいいから永峰さんと家に来なさい。結人にも会いたいだろうし、その時に墓参りもしよう。ああ、結人と母さんは別の墓になったよ。母さんには未練だろうけど、母さんの実家が引き取ると言って連れて行ってしまったからね仕方ない」
どうやら母方の親戚の人は色んな不祥事になってしまった男のところにやったから子供が不幸になった上に、妻も頭がおかしくなってしまったんだと思っているらしい。入院中はただの一度も見舞いには来なかったのに、葬式も父親に出させておいて、遺骨だけ持って行ってしまったらしい。
母親の実家とはほぼ縁が切れているようで、籐佳についても何の言及もなかったというから世間体だけ気にしているだけらしい。
これからは関わることが一切なくなるので、父親としては心労が一つなくなったと言えよう。
「うん、夏休みに入ったら永峰さんと一緒に帰省するよ」
父親にはそう報告をして、籐佳は電話を切った。
自分が選ぶ未来がこれ以上父親を苦しめることにならないことを祈るしかない。
それから部屋で少し体を動かしながら入院している間は掃除をしていなかったので、掃除機とモップで掃除をした。
永峰は急に入った仕事を熟しに部屋に戻っている。
マンションはセキュリティがしっかりしているし、部屋で一人でいるだけなら怖くもなかった。
裁判になっても籐佳は匿名での証言が許されるらしく、別室での発言になるらしい。 他にも被害を訴えてくれる人もいるようで、裁判の維持には十分らしい。というのも、室岡は殺人を犯しても良いと籐佳を誘拐させるときに命令を出していることで、殺人教唆に誘拐監禁、さらには睡眠強姦に至るクスリを自分の実家である病院から持ち出していたことまで発覚しているので、強姦についてはそこまで突き詰める必要がないのだ。
テレビはやっとこの事件のニュースやバラエティーニュースは報道をしなくなり、落ち着いてきたところだ。
大学側は籐佳に対して混乱があるといけないと言い、退院してからの二週間はオンラインでの授業で対応をしてくれた。
そのお陰か事件で不利益になっていた籐佳の単位は何とかなりそうである。
しかし裁判の方は少しだけ長引きそうだと言われている。
室岡には実家から最強弁護士と言われる人が付いたらしく、根掘り葉掘りしてくるかのうせいがあるらしいが、どうやら懲役を減らすことしかできそうもなく、無罪とはいかないらしい。
それはもう籐佳の方も永峰の弁護士と同じところに頼んでいるので、徹底的に争うらしい。
その上で籐佳の生活は事件前と少しも変わらないくらいに穏やかだ。
籐佳は勉強を頑張り、意地でも大学を出るつもりである。
せっかく経済学部にいるのだからと、永峰が秘書検定を受けて秘書にならないかと言い出したのだ。
秘書の道は考えてなかったけれど、倉知もそこを目指していると聞いたので切磋琢磨も出来そうな気がして、その気になってしまった。
そのための勉強も沢山しなければならず、籐佳は忙しくなっているけれど、色んなことが学べると意欲も湧いてくる。
今まで何となく目指していた大学卒業というプランからやっと未来が見えたのだ。
それはとても暖かな未来に見えた。
そして夕方には永峰も籐佳の部屋にやってきた。
「お疲れ様です」
「ああ、籐佳もお疲れ」
永峰は仕事が長引いたのかすっかりお腹が空いたと言って食卓に座る。
籐佳は食事を食べて、今日の話をする。
「倉知は早く素直になった方がいいと思うんですよ」
籐佳は今日倉知に言ったことを言い、それに永峰が笑う。
「そうだな、志方の方はすっかり倉知くんに参っているようだけれど、なかなか堕ちてくれないってあの百戦錬磨の男が嘆いていたよ。あれでも口説いたことはない男だから、どうやって口説けばいいのかと試行錯誤しているらしいけれど、あれだけやられて堕ちないのが逆にいいらしいから複雑だよな」
どうやら志方も永峰にはそう言って嘆いているらしいけれど、それはそれで楽しみではあるらしい。
そういう話をしながら食事を終えて、ソファでバラエティを見ながら雑談をしていた。
そして籐佳は言った。
「あの、父に言いました。永峰さんのことが好きだって」
籐佳はそう言うと、まさか先にそっちにカミングアウトをするとは永峰も思っていなかったようで驚いていた。
「それで、何か言われた?」
永峰にとっても籐佳の父親に嫌われるわけにはいかないから緊張しているようだった。
「好きにしていいって……それに永峰さんじゃ駄目って言えないみたい。そう言うんじゃないかって思ったって」
籐佳はクスクス笑った。
それに永峰はホッとしたようで胸を撫で下ろしている。
「よかった、嫌われたらどうしようかと思った」
さすがに家族を失ってしまった父親に残っている最後の家族が籐佳だけだ。手放したくないと言われたら理解もできるし、こんな環境に置いておくのも不安だろう。しかも預けた男を好きになる息子に理解出来ないこともあり得た。
「永峰さんのことで、沢山父さんと話す機会が増えたよ」
籐佳はそう言い、こういうことは滅多にないんだと思った。
「それでね、夏休みに兄さんのお墓参りにおいでって、永峰さんも連れてね。兄さんも喜ぶだろうって」
「それはいい。一度も行っていないからな」
「はい、父さんも楽しみにしているので是非」
そう言うと永峰が籐佳を見て微笑んだ。
それから思い出したように天井を見上げて呟いた。
「そういえばちゃんと言ってはいなかったな……俺としたことが」
「何ですか?」
籐佳はきょとんとしていると、永峰はソファからラグに降りて籐佳に向かって跪いた。
「君をとても愛している。俺と付き合ってください」
それは永峰からの初めてのちゃんとした愛の告白と付き合いの了承を得る行動だった。
そして籐佳の手を取りしっかりと言ってくれた永峰に籐佳は嬉しさで笑顔になる。
「はい、嬉しいです。僕も永峰さんのこと好きです。よろしくお願いします」
籐佳はそう答えたとたん、永峰は籐佳の手の甲にキスをした。
それに籐佳は思わず泣いてしまった。
「籐佳……」
「永峰さん」
そう籐佳が呼ぶと永峰は言った。
「苗字もいいけど、達己と呼んでくれ。俺のことをそう呼ぶのは多分、籐佳と志方だけしかいない」
永峰はそう言った。
永峰の両親は既に亡くなっていて、会社も永峰が継いでいる。苗字で呼ばれることが増えてとうとう名前を呼ぶ人は減ってしまった。
「はい、達己さん……」
そう籐佳が呼んだとたん、顔が熱くなった。
「な、なんか……照れますね……」
籐佳がそう言うと言われた永峰も同じように照れている。
「こういうの、照れるもんなんだな。好きな人に名前を呼んで貰えるだけで心が軽くなるのは初めてかもしれない」
そう永峰が言うので、籐佳は聞いていた。
「兄さんの、結人のことはどう思っていましたか? 素直に聞いてみたくて」
籐佳が好奇心でそう言うと永峰はそれにはすぐに答えた。
「親友になる前の友達だと思っていたよ。志方ほどでもなかったから親友というのは違うのかもしれない。それでも結人はいい奴だと思っていた。でも籐佳を好きになってから分かったんだ。結人に恋はしていなかったって」
永峰は結人とは友人同士であるけれど、一番の友人だと思っていたのだという。そしてそれが崩れた時、志方や祥吾ほどの親友になれなかったのも仕方ないと思ったのだという。けれど思った以上にショックだったのは親友になりたかったからだろう。
「それと同時に、祥吾にも親友以外の気持ちはなかったよ。あれだけ一緒にいたのに、あいつがあんなことを考えていたなんて一度も気付かなかった。俺はどうも人の感情に鈍感らしい。それであいつも傷つけた。俺に思いがないから結局のところあいつの気持ちには応えられないけれど、何か一つでも気付いていれば、祥吾を楽にしてあげられたかもしれない」
永峰がそう言い、祥吾にいつまでも永峰を思って苦しい思いをさせていたことを悔いている。
「いいえ、それは達己さんにはどうしようもなかったことです。祥吾さんは、最後まで達己さんに気付かれるのを怖がっていました。親友の立ち位置では確かに苦しかったかもしれません。でも祥吾さんは告白をして振られて達己さんの側にいられない方が嫌だったんです。だから告白はしなかったし、微塵も気持ちを滲ませなかった。それは祥吾さんが選んだ道です。こういう結果になってしまったけれど……祥吾さんはそれを後悔はしてなかったと思います。だから最後、ああいうふうにいなくなることしかなかったんです。僕を刺して、達己さんに嫌われてしまうしか方法がなかったんです」
籐佳はそう言い、最後まで祥吾は永峰のことを思って後で苦しくないように、大鹿祥吾という男を憎んで欲しいと思ったのだ。それは永峰の心を思ったのもそうだけれど、実は憎しみを残すことで心に残ろうとしたのだ。
でもそれは籐佳がさせない。
永峰の中の祥吾が偽物だったとしても、そこで培った時間は嘘ではない。確かに友情はあったのだ。
「……そう言ってくれてありがとう。君にそう言われたら、そうなのだろうなと思える。俺は親友だった祥吾のことは覚えておく。それで心から解放する。もうこのことで泣き言は言わないよ」
永峰はそう言い、その後大鹿祥吾という親友の話は心の奥に留めて、一切話題には出さなくなったのだった。
それは悪いことではない。
永峰は生きていて、そして誰かを愛した。
未来はずっと先まで続いているから、思い出に浸る暇もないくらいに忙しい未来を生きていくのだ。
その時に隣にいるのが籐佳という最愛の人であることに永峰は本当に感謝をした。
籐佳はそんな永峰を抱きしめて、そしてずっとその手を握っていくのだと誓った。
感想
favorite
いいね
ありがとうございます!
選択式
萌えた!
面白かった
好き!
良かった
楽しかった!
送信
メッセージは
文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日
回まで
ありがとうございます!