even then
12
籐佳が言葉をなくしたところで、祥吾と室岡の二人が言い合いをしている。
「永峰を殺すなんてきいてない。こっちは約束を守ったのに!」
「仕方ないだろう、籐佳に引っ付いて離れないから消えて貰うしか方法がなかったんだ。お前が連れ出す予定だっただろう? それは俺のミスじゃない」
「ふざけるなっ、それじゃこっちだって籐佳は渡さない」
祥吾がそう言うと籐佳に持っていたナイフを突き出した。
そのナイフはさすがに籐佳は怖かった。
体が震えてしまい、座ったまま動けないでいると室岡は大して動揺したようでもなかった。
「うーん、残念だけれど今回も諦めるしかないわけか。いいよ、好きにして。君が殺しても俺は何の被害もない。そして君は永峰にもっと嫌われるわけだ……あははは、面白いね!」
どうやら室岡は祥吾のドツボにはまっていく様を見ても楽しめる人だったようだ。誰かが醜くなっていくのを見ているだけで気分が高揚するらしいから、それは何も強姦されるところを見たいだけではないらしい。
祥吾もまた室岡にとってはおもちゃの一つだったのである。
「……狂ってる……」
籐佳が呟くと、室岡は言った。
「そうかい? 俺は君には触れてないし、こういうことをして喜んでいるのはいつも祥吾だったと思うよ? 全員不幸になれとか言ってせっせと生贄運んできて、それを入江が美味しく頂いただけ。まあ、君ら兄弟は俺が直接呼び寄せたけれど……自業自得だよな。入江をあれだけ嫌っておいて、付いてくるということはそうなりたかったとしか思えないよ」
「馬鹿な理屈を捏ねないでください。世の中には教唆という罪があります。あなたは周りに犯行をさせるために色んなことをしている。もしあなたが罪になるなら強姦教唆や強姦でも主犯になる、まさかこのまま逃げられるなんて思ってないですよね? 僕は今度は逃げないし、あなたがここで言ったことは一言一句間違いなく警察に話します」
籐佳は室岡を睨んでそう言った。
すると室岡の笑顔が消えてしまい、面倒くさそうに言った。
「たく、兄弟って顔は似なくても性格は似るんだな。同じこと吐いて結人も死んだよ。正義感なんて殺せるんだよ。ほら、祥吾もう後はない、やるんだ。そうしてまた一から永峰の側で慰めてやれば良い、今度は代わりはいない」
室岡がそう言った時だった。
「悪いが、もうお前は詰んでるよ、室岡」
その声が聞こえた瞬間、室岡の体が宙を舞った。
ダンッと床に室岡が叩き付けられて、その側には永峰が立っている。
「は……なんで、おまえが……」
事故で重傷であるはずの永峰が元気にここにいることに室岡はもちろん、籐佳も祥吾も驚いて見上げた。
「室岡、お前のマンションに強制捜査が入った、俺の殺人未遂で令状も出た」
そう永峰が言うと室岡ははあっと息を吐いて言った。
「西町の方か」
西町とは室岡が隠し持っていたマンションがある街の名前だ。
「長く尾行してやっと見つけた。そこに今までの犯行を収めた映像を残していたな。押収されてお前の逮捕状も出ただろう」
「そうか、なんで俺に殺人未遂の逮捕状が出た?」
「雇った奴がゲロッたんだよ、そいつ事故車から逃げようとしたみたいだが、思ったよりも大きな事故だったから、足を挟まれて逃げられなかったんだよ。やっと吐いたのと、俺らもお前がそういう事件を起こしている可能性があるから、その根城を警察に教えたんだ」
普段使っているマンションではなく、永峰が志方に頼んでいた探偵が割り出したマンションを通報し、そこで犯行を決定付けるものを見つけさせて逮捕状を取ったわけだ。
「それから、お前らの犯行現場も押さえた。犯行直後だったから証拠は多数だ。鑑識が入ればもっと見つかるだろうよ」
そう永峰が言うとさすがに室岡も観念したようだった。
そこに警察がやってきて室岡を連れて行くも、まだ籐佳が祥吾にナイフを突きつけられて身動きができないでいる。
「やめるんだ、祥吾。もう何の意味もない」
「……なんで俺を疑った……」
ここに祥吾がいることに永峰が何も驚かないことに祥吾はずっと前から永峰が知っていたのだと気付いた。
それはいつからだったのか。
いったい、永峰は祥吾をいつから怪しいと感じていたのか。祥吾はその永峰の変化に気付かなかったのだ。
「籐佳と結人が兄弟だと分かった時、話し合いをしただろう。あの時にお前は自分が俺の電話に出たことを話した時、一回目の電話の内容は前に聞いた通りだったけれど、その後で俺は思い出したんだ。結人は「祥吾にも何様と言われたけれど、それでも」って言った。つまり、お前は俺に結人との会話の内容で言っていないことがあるんだって気付いた」
「それだけで?」
「あとはそれを志方に言った。そしたら志方がお前をずっと疑っていたと言った。それが確証に変わったのは、志方を刺した女が銀髪の男に色々と吹き込まれたと犯行後に手紙で今更知らせてきて、謝罪をしたんだ。出所したからこそ正直に何がどうなってこうなったのかを言いたかったって……それが三日前」
間一髪という感じではあるが、志方はずっと疑っていた祥吾の様子を見るために永峰のためにわざわざ倉知を出汁にして話し合いに参加をしたり、何度も籐佳に関わってきたのだという。
「あは……そういうこと……なんで今更喋るんだ」
どうやら女は裁判ではその証言はしなかったけれど、出所してから幸せになろうとしたときに罪を抱えたままでは自分が許せなくなり喋ったのだろう。
「罪を背負ったままで幸せにはなれないだろう? そういうことだ」
永峰がそう言う。
それにはもう祥吾も何も言えない。
「祥吾、もうやめろ。お前が今まで俺にしてくれていたことは感謝している。でも籐佳は駄目だ。それをしたらもうお前のことを……友達とも見られなくなる」
そう祥吾に永峰が甘く言い始めるもそれが祥吾を追い詰めることになった。
籐佳は駄目だと言おうとしたけれど、急にお腹辺りが熱くなり、その衝撃に声が出なかった。
「籐佳っ!」
目の雨で永峰が叫んでいるけれど、耳に入ってくる音が何か歪んでいるような音に聞こえて、籐佳は体の力が抜けた。
ガクリと視界が揺らいで籐佳が倒れると、永峰が近付いてきた。
ああ、駄目だと籐佳は倒れそうになっているのを足を踏み出して耐え、そして助けようとしている永峰の首筋に飛びついた。
「駄目、見ないでっ!」
籐佳は声を振り絞って永峰を抱きしめた。
永峰はそんな籐佳に押されるように後ろに倒れた。
警察官と刑事が一斉に走り、そして籐佳と永峰を抱えて部屋から引きずり出すように引っ張った。
ドンドン警察官が現場に入っていき、叫び声が聞こえる。
「救急車! 早く、二台呼べっ!」
「一台来てますっもう一台は時間がかかりますっ!」
どうやら近場の消防署から救急車は被害者のために呼んでいたらしいが、もう一台は更に遠いところから呼ぶため、恐らく間に合わないだろう。
「止血!」
叫んでいる声が聞こえ、籐佳は永峰に床に下ろされる。
籐佳はお腹が熱く、痛い感覚よりも熱を感じた。そして息が上がり苦しくて息をしようとしても過呼吸のようになって籐佳はパニックを起こしかける。
「籐佳、俺を見ろっ」
永峰がそう叫んでいる。
薄らと目を開けると、永峰が泣きそうな顔で籐佳を見ていた。
大丈夫だって言いたくて手を伸ばしたけれど、その手が血塗れで永峰の顔を汚してしまった。
それでもその手を永峰が握ってくれたから、籐佳は嬉しくて微笑んでいた。
そしたら急に寒くなり、籐佳はその後のことは覚えていない。
籐佳が病院に運ばれた後、手術をし、幸い臓器を傷つけていなかったことで手術はすぐに終わった。
麻酔が覚めた時には永峰が側にいてくれた。
「籐佳……目が覚めたか?」
「……?」
籐佳は目を動かして声がした方を見た。
すると永峰が手を取ってくれていて、それを撫でながら言ってくれた。
「まだ、朦朧としているだろうから、寝なさい。明日話そう」
そう永峰が言うので籐佳はまた眠りに吸い込まれた。
次の日に目を覚ますと、医者が傷を見てくれていた。
「ああ、目が覚めたかね。まだ痛みはあるだろうけど、傷は良い感じになっているよ。意識が戻ったなら大丈夫だ」
医者が言うには、綺麗に臓器を避けていたから傷は浅いと言われた。
「良かった籐佳……」
永峰がいるかと思っていたが、病室には父親が来ていて永峰はいないようだった。
それから三日で一般病棟に移り、籐佳はリハビリで歩くように言われた。
それまで父親が見てくれていたけれど、明日からは永峰が来てくれると言った。
「彼には助けられたけれど、また沢山助けて貰うことになってしまったね。私は仕事が立て込んでいるから彼を頼るしかないのだけれど……私は事件に詳しくはないから、永峰さんに詳しく聞くといい」
父親はそう言い、必要な物ができたら家政婦に持ってこさせると言って帰って行った。
もちろん父親も事件の詳細は知っているけれど、デリケートな問題になっているから触れるわけにはいかない部分を詳しく言えないのだ。
それにあの場にいた者しか説明は出来ないだろう。
次の日には朝から永峰が来てくれた。
その時は刑事も一緒で事情聴取をされた。
歩けるようになっていたから、ベッドから歩いて面会室を借りて話をした。
「大体のことは彼にも聞いているけど、君にも聞かなきゃいけないから」
そう言われて事件当時のことを尋ねられた。
交差点近くの事故から誘拐されていた時のことなど、籐佳は淡々と話した。
自分に起こっていることではあるが、それでも他人に起こったことのように話してしまった後、籐佳は聞いた。
「祥吾さんは……どうなったんですか……」
「収容先の病院で死亡が確認されたよ。動脈を切っていたからね……救急車が間に合っていても恐らく病院に着く頃には駄目だったろうって」
刑事は現場にいたらしく、あの惨劇を知っている人だった。
恐らく祥吾は、籐佳を刺した後、自分で首を切ったのだろう。
まるで永峰の未練を振り切るように、決して許されない存在として永峰の中で生きていくために自殺をしたのだ。
刑事は聞くだけ聞いて帰って行ったので、籐佳は永峰に聞いた。
「永峰さんは、見たんですか? 祥吾さんが死ぬところを……」
そう籐佳が尋ねると、永峰は言った。
「籐佳が見るなと言ったから見ていない。でも大体のことは想像できるよ。でも止めてくれてありがとう……きっと実物を見ていたら、耐えられなかったと思う」
永峰は結局祥吾の死ぬところを見ていなかった。
籐佳が見るなと言ったから、そうしたと言ってくれて籐佳は嬉しかった。
きっと祥吾は自分の死ぬところを見せたかったはずだ。だから籐佳を刺し、怪我を負わせ、永峰に祥吾への怒りを持たせてから自殺をしたのだ。
「死に顔も見なかった。祥吾の親御さんが早々に密葬して火葬して海に散骨したって。とても一族の墓には入れられないって」
「そう、ですよね……」
家族としては死んだとはいえ、息子の墓を作ってもきっと荒らされてどうしようもなくなると思ったのだろう。とてもじゃないが家にも連れて帰れず、そうするしかなかったらしい。
「祥吾はずっと室岡に脅されて、時々室岡に協力をしていたらしい」
「脅されたって、それは入江たちと繋がっていたからですか?」
籐佳がそう聞くとそうじゃないと永峰が言った。
「室岡と入江が事故を起こした車、あれのブレーキを弄って二人を殺そうとして怪我を負わせたのが祥吾だったらしい」
そんな事実があったとは籐佳も思いもよらず驚いた。
まさかあの二人が命を狙われていたことを逆手に取り、祥吾を手駒にしてくるとは祥吾も予想外だっただろう。
「それで逆らえなかったんですね……じゃあ僕らのことは全部筒抜けだったんですね」
室岡や入江の動向がなかなか掴めなかったのは祥吾が情報を流していたかららしい。
けれど祥吾は籐佳を最初に知った時や、永峰と一緒に籐佳を慰めてくれていたその間のことを室岡や入江には教えなかった。
「だからきっと葛藤はしていたんだと思いたい。けれど俺が籐佳に惹かれていったから、きっとそれで祥吾は壊れていったんだと思う」
祥吾のことは祥吾が残していたパソコン上にあった日記があり、それが証拠として認められたらしいが、そこに永峰に対しての思いがしっかりと書いていたという。
「まだ証拠品だから全部読ませては貰っていないけれど、それでほとんどの犯罪が証明できるそうだ。入江も捕まったし、他の奴らも名前が記されていたらしいから、全員に逮捕状が出たそうだ」
それは○○大学OBによる長年に及ぶ昏睡強姦としてワイドショーを賑わせていて、大学側は証拠がなかったが彼らを大学内に出入禁止にしていたことや噂や地道な証言などから大学同士の連携をして摘発できないかと議題になっていたことを発表した。
大きなニュースになっているが被害者が全員強姦されているという事実から、被害者から証言を取るのには警察も苦労しているという。
しかし室岡が百本以上の映像を持っていることから、相当な数の被害者がいることが分かっているため、裁判も時間がかかりそうではある。
まだ事件から三日ということもあり、大きな騒動であるが、籐佳は個室で二週間入院して、すぐに退院をした。
世の中がその事件を忘れていくのには一ヶ月ほどの時間で十分だったのか、ワイドショーは次の事件やゴシップに変わっていって籐佳の周りも静かになった。
籐佳はマンションに帰ってからは外へは出ずに、実家はマスコミに張られているので帰ることはせず、永峰や志方、倉知などに協力をしてもらって何とか日常が送れている状態にはなったのだった。
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